第4話 Letter from father
仕事場でもある自宅のリビングルームで私は原稿に手を入れていた。アリツさんも仕上げを手伝ってくれている。今回はなかなか快調だ。今日中、遅くとも明日の昼までには仕上がるだろう。
「ちょっと休憩しましょうか。お茶を淹れてきますね。」
アリツさんが立ち上がりキッチンへ向かう。私も手を止め軽く伸びをして、ダイニングルームの方に目をやる。そこでは作家の原田テツヲ氏が執筆に勤しんでいた。
「原田先生って、原稿手書きなんですね。」
リビングのソファーの上で膝立ちになってアミメ君がその様子を眺めている。
原田テツヲこと智也はテーブルの片付けられたダイニングの床に寝そべって原稿にペンを走らせている。時折立ち上がって腕組みをし、ウロウロと部屋の中を歩き廻ってはまた原稿に向かう。もう数時間その繰り返しだ。
「智也さんはレモンとミルク、どちらにします?」
アリツさんの声も今の彼には聞こえていないようだ。
「私はミルクティーで。」
代わりにアミメ君が答える。微かに紅茶の香りが漂ってくる。
智也が立ち上がり、ダイニングから出て行く。
「あれ、どこ行くんですか?トイレ?」
アミメ君が彼を目で追うが。
「ちょっと、そこはお風呂ですよ!」
立ち上がり彼を追ってバスルームへ向かうアミメ君。私もつられて席を立つ。
「な、何してるんですか!?そんな所で!」
立ち尽くすアミメ君の後ろから中を覗き込むと、彼はバスタブの中で膝を抱えて蹲っていた。
「ど、どうしましょう。先生?」
「うーん、そう言われても。もしかしたら、これが彼の執筆スタイルなのかも…」
その時インターホンが鳴った。アリツさんの足音が聞こえ、間もなくドアが開かれた。私達も一旦バスルームから出た。
来客はハクトウワシだった。
「ハーイ、進捗どうデスカ?今日はパウンドケーキを焼いて来ましタヨ。皆サン、ティータイムにしまショウ。」
「あら、ちょうど今お茶を淹れるところだったんですよ。」
「Oh. 我ながらGood timing!」
二人はテキパキとリビングのテーブルの上に紅茶とケーキを並べる。私達は四人でテーブルを囲み、温かなケーキと紅茶を楽しんだ。
「ところで、原田先生はどうしたんデスカ?」
「そうでした、呑気にお茶してる場合じゃなかった。聞いて下さい、ハクトウワシさん!」
アミメ君が口を開いた時、件の人物が姿を現した。
「智也さん、ハクトウワシさんがケーキを持って来てくれたんです。ここに置いておきますから、冷めないうちに召し上がって下さいね。」
ダイニングの床で執筆を再開した彼に、アリツさんがそう言って紅茶とケーキを持って行く。
ハクトウワシにアミメ君がさっきの出来事を話す。すると彼女はおもむろに鞄からノートパソコンを取り出し、キーボードを叩き始める。
「ふむ、バスタブの中で膝を抱えて蹲る、と。」
「何ですか、それ?」
アミメ君が画面を覗き込む。
「夜中に裸足で外を歩き回る?パンツ一枚になりスクワットを始める?」
「原田先生が執筆中に行った、これまでの奇行歴です。」
「変人ですね。」
「それを言うならヘンタイデース。」
いや、そこは変人で合ってるだろう。そもそもそんな事を記録している君も同類だと思うが。
「何だか賑やかになりましたね。オオカミさん。」
カップに新しい紅茶を注ぎながらアリツさんが言った。
「私は静かな方がいいんだけどね。」
「ふふ、そうですか?」
まあ、こういうのも悪くはないか。
不意にホルンのメロディが耳に入ってきた。見ると智也が立ち上がり携帯電話を耳に当てている。
「もしもし、俺だよ。ああ、うん。それで?」
友達、それとも仕事の話だろうか?担当のハクトウワシはここにいる訳だが。他の出版社からかな。
取り留めなく考えながらケーキを頬張っていると、ある単語が私の耳を捉えた。
「ああ、ありがとう。それじゃあ、母さん。」
思わず彼を見やる。アミメ君とアリツさんもだ。私達の視線に気付き彼は怪訝な表情を見せる。
「誰ですか?今の電話。」
好奇心を抑えられない様子でアミメ君が尋ねる。
「ん?別にいいだろ、誰からでも。」
「今、母さんって言いましたよね?」
「私も聞きました。ふふっ。」
同意を求めるようにアミメ君がこちらを見る。
「…わ、私も聞いた、かな。」
つい同調してしまった。気にはなったが、これはスルーしておいた方が良いんじゃないかな。だが、アミメ君にアリツさんまでもがニヤニヤしながら彼を見つめる。
「コウテイペンギンだ!“母さん”って呼ぶと興奮するんだ!」
案の定だ。彼は怒鳴り返すと拗ねたように背を向けてしまう。
「…コウテイペンギンを母さんと呼び、興奮を覚える。」
肩をすくめる私達をよそにハクトウワシは冷静にキーボードを叩く。
いや、それは照れ隠しだろう。そうだと信じたい…
その後、ドアの向こうに姿が消える時まで彼の機嫌は直らなかった。
「だって気になりますよ。飽くなき探究心こそが名探偵に必要なものですからね!」
「オオカミさんも知りたがっていましたよね。智也さんのお母さんが何のフレンズなのか。」
彼を怒らせた犯人と彼を自宅に招いた張本人が帰り際に並んで口にする。全く。まあ、私にも責任が無い、とは言えないが。
その夜、私は夢を見ていた。夢の中で私は一頭の獣だった。
私は
目覚めると私は起き上がり両手をみる。私はまぎれもないフレンズだ。ネイティブフレンズのタイリクオオカミだ。
フレンズである私が獣だった頃の夢を見ていたのか。獣である私がフレンズになった夢を見ているのか。
私はフレンズなのかそれとも獣なのか。
ヒトとフレンズが共に生きる街ジャパリポリス
無数の出会いと別れが交錯し
数多の笑顔と涙が生まれるこの街で
人々は生きていく未来へと繋がる今日を
その日、私は智也と共に彼の車で街の“外”に向かっていた。周囲には既に建物は見当たらない。一本道をひたすら走り続けている。
原稿を無事に仕上げた日の午後、私達は自宅で軽い昼食をとり、食後のお茶を飲んでいた。アミメ君、アリツさん、ハクトウワシ、そして彼と一緒に歓談していた時だ。彼が唐突に環境保護区へ行かないかと誘って来た。
「それはまた急な話だね。まあ、もう慣れたけどね。」
「あらあら、デートのお誘いですか。」
「むむ、やっぱり二人はそういう、って保護区ですか!?どうしてそんな所に?」
「オオカミさんに是非とも見せたい物があってね。西部の保護区なんだが、どうかな?」
ジャパリポリスの外部に広がる四つの特別環境保護区。西部にはサバンナや砂漠があり、そこに生息する野生動物がいる。私は北部の生まれだからそれらを直接見た事はない。個人的にも漫画家としても好奇心を刺激される。せっかくの機会だ、この目で観るのも良い経験になるだろう。そう思い私は彼の誘いを受ける事にした。
「もうじきだな。」
彼の声で我にかえる。視界の先に奇妙な形の門が見えてくる。
「オオカミさんはあれが何か知っているかい?」
「ゲートだろう、私も一度見た事があるよ。変わった形をしているね。」
「鳥居と言うんだ。」
トリイ、不思議な響きの言葉だ。
「名前だけで俺も詳しくは知らないんだけどね。」
ゲートの前で彼は車を降り、管理施設で手続きを済ませる。見ると管理者は白いトラのフレンズだ。左右の目の色が違っている。私は何だか親近感を覚えた。
戻って来た彼が車を発進させる。いよいよ私の知らない未知の環境保護区だ。心持ち胸が高鳴るようだ。
暫く進むと彼は車を停める。
「さて、ここからは無法の荒野だ。」
そう言って後部座席から小さめのアタッシュケースを取り出す。中にはリボルバー式の大型拳銃が入っており、彼は弾倉を確認する。
彼の言う通り、特別環境保護区では自分の身は自分で守らなくてはならない。具体的には街とは比べ物にならない程、大型で強力なセルリアンが存在するからだ。そう滅多に遭遇するものでもないが、その恐ろしさは私自身がよく知っている。
「ところで、そろそろ教えてくれないか。私を連れ出した理由。私に何を見せたいんだ?」
ハンドルを握る彼に私は尋ねる。
「うーん。別に隠す必要は無いとは思うけど。君のプライベートに関わる事だし。あー…」
彼にしては歯切れが悪い。
「ちょっと、まあ、ある人に会う事になるんだが…」
「コウテイペンギンかな?」
彼が横目で睨んでくる。図星か。歯切れが悪かったのはその為か。
「冗談だよ。何となくそんな気がしたんでね。しかし、私のプライベート?何か関係が…」
そこで私は気が付いた。そうだ、私の父は彼の父と親友だったんだ。幼い彼にも会った事がある。なら、母親とも面識があってもおかしくはない。何か父に関わる物なんだ。
「分かったよ。今は言わなくていい、じきに分かる事だしね。それよりも、君の母上にお目にかかる前に、例の疑問に答えを出すとしようか。」
「俺が、俺の母が何のフレンズなのか、か?」
「そう、これがラストチャンスになりそうだからね。」
「シマウマだ。」
「はぇっ?」
意外な答えに思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「ほら、あそこにいる!」
そう言って彼は顎をしゃくってみせる。なんだそっちか。私も言われた方に目を凝らしてみたが…
「ど、どこだ?見えないぞ。」
「もう隠れてしまったな。」
なんだ、生のシマウマを見られるせっかくの機会だったのに。私はため息を吐いた。
「またチャンスはあるよ。気を取り直してさっきの続きを聞こうか。」
「ああ。色々と考えてみたんだが、まず候補としては、サイ、ゾウ、カバ、それにライオンあたりじゃないかな?」
「いい線いってるな。」
「ふふ、だろう?」
「では、オオカミさんのファイナルアンサーだ。あ、それと動物名は正確に答えること。」
一呼吸置いて私は答えを口にする。
「…マルミミゾウ!」
「いい答えだ。感動的だな。だが不正解だ。」
彼が急ブレーキをかけたので、私は軽く前につんのめった。
「な、何だい?」
「キリンがいる。」
はるか前方に動物のシルエットが見える。首の長い、確かにキリンだ。
「アミメキリンだな。」
双眼鏡を覗きながら彼が告げ、私にも双眼鏡を手渡してくれた。
「おお!あれがアミメ君の先祖か!本当に首が長いんだな!」
自分でも思いの外興奮してしまった。
「あっちにトムソンガゼルがいるぞ!」
「ホントだ!あははっ!」
先程の不正解の事などもうすっかり忘れて、私は上機嫌で野生の動物達を観察し続けた。その後もカバやサイ、シマウマの姿も見る事が出来た。
「さて、オオカミさん、そろそろ管理局の宿舎に…」
彼が言いかけた時、警告音が鳴り響いた。後部座席の荷物の上に置かれたポータブルラジオからだ。
「…こちら、管理局。セルハーモニーの発生を検知。セルリアン及び大型セルリアンの出現が予測されます。管理官並びにこの放送を聞くハンターは速やかに現場に向かって下さい。発生源は…」
彼が素早くポケットから取り出した地図を確認する。
「とんだ事になったな、オオカミさん。」
「行くのかい?私はハンターだが君は…」
「つれない事を言うなよ。相棒だろ?」
そう言って彼はアクセルを踏み込む。車がどんどん加速する。
「見えた!かなり大きいぞ!」
私は双眼鏡で前方を確認する。黒い巨大な影がそびえている。その足元にも小型のセルリアンがうじゃうじゃといる。ハンターと思しきフレンズ達の姿も見える。
シートベルトを外しドアを開けようとした私の右腕を彼の左手が掴んだ。
「一人で背負わないでくれよ。俺もいるんだからさ。」
彼が横目で私を見る。
「分かっているさ。頼りにしてるよ、相棒!」
笑みを返すと私はドアを開けて車から飛び降りる。
私は
不意に視界が陰った。上に目をやると翼の生えたセルリアンが向かって来る!咄嗟に防御姿勢をとる。同時に銃声が轟いた。
セルリアンがフラフラと地に落ち砕け散った。拳銃を構えた相棒の姿が目に映る。
「無事か!オオカミ!」
「ああっ、おかげさまでね!助かったよ!」
彼が駆け寄って来る。辺りを見回すとハンター達が他のセルリアンを次々と倒している。
「やっちゃうですよー!」
「サイサイサイサイ!サーイ!」
「うちのシマにぃ、手ぇ出してんじゃねぇぞ!」
フレンズ達に混ざってヒトの姿も幾人か見えた。程なく小型のセルリアンはほぼ駆逐され残るは…
「あのデカブツか!」
智也が拳銃を全弾発射する。ヒトのハンター達も一斉に発砲し、それに続いてフレンズ達が攻撃を仕掛ける。だが巨大セルリアンはびくともしない。
皆の顔に焦りと不安、そして恐れの表情が浮かぶ。
私の中には恐怖と怒りの入り混じった感情が渦巻き、気付けば歯を食いしばり奴を睨みつけていた。
突如、空に虹色の光条が走りセルリアンにぶつかった。奴の巨体が僅かだがよろめいた。立て続けに虹色の光条が奴に向かって走り、黒い破片が飛び散る。奴のよろめきが大きくなる。ハンター達の間から驚きと安堵のどよめきが起こる。
一台のジープが向かって来る。長大な銃を構えたフレンズが乗っているのが見えた。虹色の光がその銃口から放たれる。巨大セルリアンの四本足のうち、前足が折れ、後ろ足にも大きなひびが入った。
ハンター達が攻撃を再開する。私も奴の後ろ足に渾身の蹴りを放つ。ついに後ろ足も折れて、バランスを崩したセルリアンは横倒しになった。
「みんな下がって!」
ジープを運転していた二本角のフレンズが叫んだ。助手席の大きな耳のフレンズが持っていた銃を投げ捨て車から降りる。地響きがした、ように感じた。
青いシャツに黒のホットパンツ、白く長いもみあげ、首にはマフラー。何故か既視感を感じる。いつも間近で見ているような?
彼女の全身が虹色の輝きに包まれる。ゆっくりと倒れたセルリアンに向かい走り出す。虹色の輝きが増していく。
「そお〜れ!」
大きなそれでいて間延びしたかけ声と共に右拳を突き出す。セルリアンの全身にひびが入り、そこから虹色の光が溢れる。次の瞬間、黒い巨体は粉々に砕け、飛び散った破片は瞬く間に空気中に溶けて消えた。遅れてハンター達が歓声を上げる。
あまりの出来事に私は呆然と立ち尽くしていた。大きな耳のフレンズがこちらに近づいて来る。
「お帰りなさ〜い。も〜大変だったでしょ〜う。」
にこにこしながら話しかけてくる。
「ただいま、母さん。」
私の隣で智也が答えた。
特別環境保護区管理局の宿舎で私達は改めて自己紹介をした。莉伽と名乗った彼女こそ、智也の母親であり、地上最大の生物アフリカゾウのフレンズだ。
「早速だけど母さん…」
「あなたがオオカミさんね〜。とっても素敵だわ〜。もふもふしてて可愛い〜。」
何か言いかけた智也に構わずアフリカゾウ、莉伽さんは私に話しかけてくる。間延びした口調だがどこか有無を言わさぬ迫力がある。
「タイリクオオカミのフレンズって〜、お母さん初めて見るわ〜。サバンナはどうかしら〜?シマウマさんは見た〜、キリンさんは〜?」
「母さん!」
「あ〜、でも〜、キリンさんって実はとっても危険なのよ〜。あまり近づいちゃダメよ〜。キリンには気をつけろ〜。サバンナのテッソクよ〜。」
「母さん!母さんってば!」
必死で呼びかける智也をよそに莉伽さんはマイペースで話し続ける。…智也、君も色々と苦労していたんだな。
「も〜、ど〜したの?そんなに息を切らせて〜。」
「母さん、俺達が来た理由、話しただろ!彼女は…」
「はいはい。和彦さんの娘さんなのよね〜。ちゃ〜んと、分かってるわよ〜。」
やはり、父と面識があったのか。莉伽さんは一度席を外し、すぐに戻って来た。手に封筒を持っている。
「はい、オオカミさん。あなたのお父さんからの手紙よ〜。五年くらい前だったかしら〜?うちの旦那さま宛に届いたの〜。」
莉伽さんは古びた封筒を私に差し出す。
「父さん、来ていたんだな。ここに。」
「あなたには黙っていたけれどね〜。…ごめんなさいね。」
二人の間にただならぬ雰囲気を感じたが、私の心は父の手紙に向けられていた。
「どうしてこれを私に?」
「オオカミさん、家族の遺品が写真しかないって言ってただろ。だから、俺の父さんと望月のおじさん、君のお父さんが親友だからさ、もしかしたらと思って、母さんに聞いたんだ。そうしたら、手紙があるって聞いて、余計な事かと思ったけど、君に見せたいと思って。」
「そうか、いや、いいんだ。気を遣わせてしまったね。ありがとう、嬉しいよ。」
「この子優しいでしょ〜。ふふ、うちの旦那さまもね〜、むかし〜…」
「だから、母さん!」
私は封筒から手紙を取り出した。丁寧な手書きの文字が書かれている。間違いない、父の筆跡だ。
今日太郎、久し振りだな。お前に伝えたい事が出来たので筆を執った。
実は、俺に娘が出来たんだ。血は繋がっていないが、心は繋がっている大事な家族だ。タイリクオオカミのフレンズだ。名前は付けていない。それは俺の役目じゃない。いつか彼女に名前を付ける相手が出来るだろう。そんな日が来たら俺はどういう風にすれば良いかな。素直に喜ぶべきか、それとも頑固親父になるべきか。いや、まだまだ先の話だな。
彼女は好奇心が強く繊細で、心優しい娘だ。俺も父親になって、この歳で新たに気付くこと学ぶことが出来た。妻も同じだ。家族っていうのは互いに学び、分かり合うものなんだってそう思うよ。
智也君も立派になっただろう。いつか娘と会ってくれたらいいな。二人は良い友達になれると思うんだ。俺達のように。そうなったら素敵だと思わないか?
今日太郎、よかったら会いに来てくれないか。昔のように、またくだらない話で盛り上がろう。妻と娘にも会ってくれ。二人も喜ぶよ。お前は俺にとって一番の親友だ。お前に会えて良かった。なんて、書いてて照れくさいな。じゃあ、お前に会える日を楽しみにしているよ。またな、今日太郎。
読んでいるうちに父の顔が、優しく誠実だった父の姿が思い浮かんでくる。胸の奥が熱い。その熱が喉を上って、目から溢れ、頬を伝っていく。これは涙?私は泣いているのか?
昔、父から聞いた。人は悲しい時、嬉しい時、涙を流すのだと。私も流せるのと尋ねたら、そうだよと笑って答えてくれた。
でも、涙は流れなかった。父と母の死を知らされた時も。二人の葬儀の時も。墓を訪れた時も。私は泣くことが出来なかった。
所詮は獣なのだと思った。私には誰かを想って泣くことも、まして誰かを愛することなど出来ないのだと、そう思っていた。それなのに…
不意に背中を叩かれて、俺はむせた。振り返ると母さんが顎をしゃくって合図をした。躊躇ったが、背中に不穏な気配を感じ、俺は足を踏み出した。
タイリクオオカミの前に立つとそっと彼女の肩を両手で抱いた。彼女は俺の胸に縋り付いてきた。驚いたがそのまま抱きしめてやる。彼女は声をあげて泣いた。胸の内の想いを吐き出すように泣き続けた。
アフリカゾウのフレンズ、莉伽です〜。皆さんはこんな話をご存知かしら〜。何でも、サバンナには、と〜っても大きなナメクジさんがいたそうなのよ〜。でも変ね〜、私はまだ一度も見た事がないわ〜。ばーちゃんにも、そんな話は聞いたことないし〜。不思議ね〜。
次回 『Runabout』
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