けものパートナー
天上火
第1話 Under the moonlight
俺はコンビニから出て停めていた車に乗ると、ポータブルラジオの電源を入れる。聴き慣れたテーマ曲が流れパーソナリティの自己紹介が始まる。
「JHKラジオ素面、木曜日のパーソナリティはケープキリンの子、若島と…」
「アンカーの桃井あや子がお送りしていきます。」
「さて、続いては素面インタビュー、今日のゲストは漫画家のワオンソン先生です!」
いつもの二人にハスキーな女性の声が加わる。
「はじめまして。私は漫画家のワオンソンだ、です。」
「先生ちょっと緊張してます?」
「いや、今日は、徹夜明けで…」
「大丈夫ですよ、リラックスしていきましょう。」
「えー、じつは私若島とワオンソン先生にはちょっとしたご縁がありまして。私の母親の旦那の母親の旦那の妹の旦那の息子の嫁の娘が先生の担当編集のアミメキリンさんであると。」
「それって赤の他人…」
「何を言っとるんですか?ちゃんと血繋がってますよ。」
「いや、先生と若島さんは、結局の所他人ですよね。」
「まぁ、そうですけども。僕、先生と血が繋がってるとは一言も言うてないですよ。」
二人の掛け合いの後から抑えた笑い声が聞こえてくる。
「あ、笑うとる。」
「いや気を使わせてしまったようで済まない。若島さんのことはアミメ君から聞いているよ。親戚に面白いヒトがいるってね。」
「ありがとうございます。」
「それでは、先生の緊張も解けた所でインタビューに行きたいんですが、その前に一曲リクエストがあります。えー…」
ヒトとフレンズが共に生きる街ジャパリポリス
無数の出会いと別れが交錯し
数多の笑顔と涙が生まれるこの街で
人々は生きていく未来へと繋がる今日を
執筆が一段落したので少し外の空気を吸おうと街へ出る。今夜は満月の筈だが生憎と雲が多く、雲のベールを通してうっすらと月明かりが見える程度だ。風は微かに頬を撫でるくらい、心地よい夜の雰囲気に浸りながら、ぶらぶらと当てもなく夜道を歩く。
満月の夜は何故か心がざわめく、胸の奥底から昂ぶった感情が溢れ出て来るような不思議な気分になる。妙な高揚感を覚えて居ても立ってもいられなくなる。まだ、自分が獣だった時の本能だろうか?
そんな事をぼんやりと考えながら通りを歩いている時だった。
「美味しかったね。」
「うん。また食べに行きたいな。」
ヒトとフレンズのカップルのようだ。和やかに談笑しながら歩いている。いつのまにか大通りに近づいてきたようだ。幾分夜も更けてきたが、ちらほらと人影が増えている。閑静な夜の街に少しずつ人々の声がさざめき始めた。
その和やかな雰囲気を引き裂くかのように突如悲鳴が響き渡った。
「キャーッ!助けてー!」
「た、食べないで!」
「セルリアンだ!」
誰かが叫んだその言葉を聞いた瞬間、私は
「来ないでー!」
泣き叫ぶフレンズ。
「アードウルフちゃん!」
恋人とおぼしき男が彼女をかばうように抱きしめる。
青い球体のセルリアンはそんな二人を感情の無い眼で見ると触手を伸ばした。
すれ違いざまに手刀を叩き込み、触手を切断する。そのまま右脚を軸に身体を回転、右手で横一文字、左手で縦一文字にセルリアンを斬り裂いた。
粉々になり大気に溶け込んでいくセルリアンの破片。その時私は路地に駆け込む人影を視界の端に捉えた。
「待て!」
咄嗟にその影を追い私も路地へと駆け込む。
セルリアンという言葉を聞いた瞬間、俺は物思いから現実に引き戻された。見れば青い目玉が先端に鋏のついた触手を威嚇するかのように蠢かせている。
近頃セルリアンが現れヒトやフレンズが襲われたというニュースを聞いていたが、まさか自分がその場に居合わせる事になろうとは。
「ひいばーちゃんは言っていた。群れを守るのはリーダーの務めだと。」
そう呟くと同時に身体が動いていた。セルリアンに向かって一直線に走って行くと奴もこちらに狙いを定めたようだ。伸びてきた触手を右腕で払う。腰を落とし左足を大きく踏み込むと強く握りしめた左拳を叩き込む。一瞬金属の質感が拳に伝わるも、すぐさまブニャリとした奇妙な感触があり、セルリアンは全身を波打たせ粉微塵になった。
俺は大きく息を吐いた。心臓が高鳴っているのが分かる。我ながら無茶をしたかな、と思ったのも束の間。傍らの路地から叫び声とこちらへ駆けて来る足音。乗りかかった船だ、俺は腹をくくると路地に向かって駆け出した。
暗い路地を駆け抜ける、間も無く目の前に人影が向かって来る。二つの影は交差し、背の高い影がもう一方の影をビルの壁に押し付ける。
「離せ!セルリアンめ!」
「俺はヒトだ!きさまこそ!」
「私はフレンズだ!」
その時雲の切れ間から月明かりが差し込み、二つの影を照らし出した。長身のヒトとフレンズの姿が互いの目に映る。
ヒトの男はフレンズの両手首を掴み壁に押し付けている。すると、彼女の瞳が虹のような光彩を放つ。彼女が男の両腕を押し返しかけるも、再び壁に押し付けられてしまう。男の瞳もまた虹の光を帯びていた。睨み合いは十を数える程しか続かなかった。
「うみゃーっ!?」
二人の耳にフレンズらしき悲鳴が届いた。
男は両手を離すと同時に後ずさり、彼女と距離を取った。一瞬互いに身構えたが、男が軽く顎をしゃくると彼女は不服そうに鼻を鳴らした。それでも二人は男が駆けて来た方へと路地を走る。
「向こうだ!」
「分かってるよ!」
通りへ出ると彼女が叫び、男も叫び返す。
彼女は上体を低くし前傾姿勢をとると、風のような速さで通りを駆け抜けて行く。力では勝っていた男だが彼女の速さにはまるで追いつけなかった。
「あそこか!」
人だかりができている中に二人のフレンズがいる。彼女達の周りに先程のものより小型のセルリアンが三体。
「セルリアンだ、下がれ!」
「警察はまだか?」
「このままじゃあの子達が…」
どうやら戦える者は居ないようだ。皆、遠巻きに見る事しか出来ない。
私は跳躍するとセルリアンの一体に手刀を振り下ろす。
残る二体がフレンズに襲い掛かるが、
「させない!」
二体とも空中で両断され砕け散った。
周りに居た人々からどよめきと歓声が上がる。
「大丈夫か?」
フレンズの一人、恐らくサーバルキャットのフレンズに声をかける。
「私は平気だけど、この子が、カラカルが!」
見るとカラカルと呼ばれたフレンズはぐったりして苦しげな表情を浮かべている。
「これは、サンドスター欠乏症か?」
サンドスターは私達フレンズが生きて行く為の活力の源。これをセルリアンに奪われた者は体力、気力を失い、最悪の場合死に至る。
「まずいな。誰か救急車を呼んでくれ!」
その時、こちらへ近づいて来る車が見えた。確かあれはジムニーだ。停車して降りてきたのは先程の男だった。
「大丈夫か!」
「大丈夫じゃない、問題だ。」
男は私達の様子を見て取ると、カラカルを抱き抱えた。
「俺が病院まで連れて行く。」
「頼めるか?」
「問題無い、大丈夫だ。」
そう言って男が車で走り去ると、入れ違うようにパトカーのサイレンが鳴り響いた。
そして、私達は真っ先にパトカーから降りたフレンズの刑事から事情聴取を受けた。彼女はリカオンと名乗った。
サーバルによるとカラカルを襲ったのは人型のセルリアンだったようだ。ただ、ヒトか或いは何のフレンズかまでは分からなかったらしい。奴は小型のセルリアンを残して逃走した。
「私もそいつを追っていたんだが、詳しい姿は分からないな。」
「そうですか。ところで失礼ですが貴女はミックス、いやネイティブですか?」
「私はネイティブフレンズのタイリクオオカミだ。ハンター資格も持っているよ。」
「そうでしたか、御協力に感謝いたします。」
リカオン刑事はそう言って律儀に敬礼をする。
そうして、幾つかの問答の後解放された私はサーバルと共にカラカルが運ばれたという病院を訪れた。
「今は小康状態を保っています。ただ、大分サンドスターを消耗していますので、しばらくは入院して貰うことになりますね。とにかく処置が早かったことは不幸中の幸いでした。」
初老の医師による説明を成り行きで私も受ける。
「カラカル元気になるんだよね。良かった。」
サーバルは安堵の表情を見せた。
私はふと疑問に思った事を口にした。
「ところで、彼女をここに運んで来た人は?」
「それが、名前も言わずすぐに出て行ってしまったそうなんですよ。」
「そう、ですか…」
カラカルの家族を待つというサーバルに別れを告げると、私は病院を後にした。
家路の途中で立ち止まり、おもむろに袖口をまくってみると、手首に掴まれた痕が付いている。
「ネイティブの私が力負けするなんて。何のフレンズなんだ?」
夜も更けて静けさを取り戻した街の中を月明かりの下一人私は歩いた。
俺は車を停めて外に出た。見上げるといつの間にか空を覆っていた雲は流れ去り、晴れ渡った夜空に蒼い月が輝いていた。その満ちた月を眺めているうちに何故かあのフレンズの顔が思い浮かんだ。黄色い右目と蒼い今宵の満月のような左目。
「連絡先を聞いておけば良かった。…なんてな。」
月明かりの下で一人車にもたれかかると俺は誰にともなく呟いた。
やあ、私はタイリクオオカミだ。こんな話を知っているかい?妖艶な美貌で権力者を惑わし、いくつもの国を混乱させたフレンズがいたそうだよ。そんなにも美しいのなら一目見てみたいものだね。君もそう思わないかい?
次回 『Nine tails』
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