魔女のすべて
藤井 涼
第1話 プロローグ
「見てみろよ。あーぁ、やっぱり医者って変な奴が多いんだな。」
隣の男の呟きに答えることもなく、昼下がりの事務所で、結城明はうなだれていた。
-こんなはずじゃなかったんだけどな・・・
毎日毎日、芸能人や政治家や犯罪者の追っかけをし、些細なことを大げさに飾り立て、世に発信する。
それが明の仕事である。
そもそも自分が「ジャーナリスト」などどいう胡散臭い仕事につくとは露ほども思っていなかった。
いい大学を卒業し、名の知れた大手企業に就職し、無難に、平凡に、しかし堅実に生きていくはずだった。
云わずと知れた「堅物」で、「面白味のない」自分が、人の不幸や悪事を何倍にも大きく囃し立てる仕事に向いているはずもなかった。
そんなことは分かっていた。
それでも人生とは分からないものである。
「勉強ばかりのお坊ちゃんは、これだから駄目なんだよ。」
一瞬自分のことを言われているかと思い、視線を上げるも、同僚の男はテレビの方を向いてペンをまわしていた。
流れているのは昼下がりのニュース。
またどこかで誰かが悲惨な事件の登場人物になったらしい。
明はまた手元の紙の束に目を落とす。
そこにあるのは没になった明の原稿。毎日毎日増え続ける一方で、これが取り上げられることなど滅多にない。
以前自分の書く記事のどこが問題なのか聞いたところ、酒に酔った上司に言われたことがある。
『お前には深淵を覗き見る勇気がないんだ』
思い出しても苦笑いするしかない。
そもそも深淵など覗き込むものではない。
人の感情など、所詮その人にしか分からないものだから。
「おい!見てみろよ。別嬪さんじゃん。こいつ最悪だな。」
物思いにふける明の肩が激しく揺さぶられる。
この男と明の女性のタイプは控えめにいっても正反対なので、正直興味がない。
そもそも顔の造形で、人の価値は決まらないというのが明の持論だ。
そう、些か女性にまだ夢をみている自覚はある。
美人でなくても、穏やかな人をいつか伴侶に迎えることが目標である。
「葛西さん。そんなに大きい声出さなくても聞こえてますって・・・」
いつまでも止まらぬ肩の揺さぶりを止める為、明はしぶしぶテレビ画面に目を向けた。
そしていつもの気だるげで代わり映えのない日常は終わりを告げる。
そこに写っていたのは紛れもなく「彼女」だった。
魔女のすべて 藤井 涼 @suzu_fujii
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