アキラは自分の能力を明かさない

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第1話 アキラは自分の能力を明かさない(完結)

「あぁ、もう!」

シュウジがUFOキャッチャーのパネルをはたいた。

「俺の能力がサイコキネシスだったら良かったのに。アキラ、お前の能力でなんとかアレを取れないの? なあ、試しにその眼帯を取ってみろよ」と振り向いて僕の右目を興味しんしんに見つめる。

「いやいや、僕の能力はそんないいものじゃないって」と手を振って答えた。

「つーかさ、そもそもアキラの能力ってなんなの? 俺たちもう3年の付き合いになるのに、お前が俺の能力を知ってて、俺がお前の能力を知らないって、酷くない? 不公平じゃん。その眼帯の奥に秘密があるんだろ?」

「いや、だって、能力者っていうだけでそうじゃない人たちの妬みを買いやすいし、最近は能力者を狙った襲撃事件が多いって、ニュースでもやってんじゃん。だから。身の安全のために出来るだけ人には教えたくないんだよね……」

「はぁ……ったく、わかったよ」

シュウジはしぶしぶ納得したみたいだけど、今の僕の言葉は言い訳だ。護身のために言えないんじゃない。僕は自分の能力が恥ずかしくて人に絶対に言えないんだ。それが例え親友のシュウジであっても例外はない。

「シュウジこそ自分の能力をオープンにし過ぎじゃない? もう少し気をつけた方がいいと思うけど?」

「そう? 俺にはアキラが心配性に思えるけどな。襲撃って言っても、死ぬまで痛めつけられるわけじゃないみたいだし。最悪、財布を持って行かれる程度らしいじゃん」と言いつつ、シュウジは UFOキャッチャーにもう三百円投入している。

「それでも十分恐いって。やっぱり自分の情報は隠しておきたいよ」

「ふーん、そういうものか……」

お目当てのフィギュアは落ちそうで落ちない、絶妙の姿勢で俺たちを眺めている。何度シュウジが挑戦しても、アームをさらりとかわし続けていた。ようやくシュウジも諦めて、階段を上ってビデオゲームコーナーへ向かう。それに僕もついて行く。

「対戦しようぜ」

お気に入りの格闘ゲームの前に座るシュウジ。「嫌だよ、僕が苦手なの知ってるでしょ?」

ふとフロアの奥の方から視線を感じて目をやると、薄暗い一角に一見してガラの悪い3人がたむろしていることに気がついた。不機嫌そうな目つきでこっちを見ながら、何かをひそひそ話している。ああ、明らかに悪い予感がする……。

「ああ、あれ?」とシュウジが僕の視線に勘づいた。

「あんなの気にすんなよ。もし俺らに手を出してきたって、俺に敵うわけないからさ。無視無視。それより早く。ゲームしようぜ」

それでも気になるけど……。なんとか気持ちを切り替えて対戦台に座ろうとしたところを、今度はシュウジの声が遮った。

「あーっ、思い出した! あいつら、この前のやつらだ!」

「な、何?」

「一週間くらい前、夜のパトロールで懲らしめたやつらだ!」

能力者の中には、その力を社会に役立てようという人たちがいるけど、シュウジもそのひとりだ。ちょくちょく夜中に町をパトロールをしているらしい。町の治安を守るのが目的で、曰く“能力の高い者は、それに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務がある”と。「こういう考えを、ノブレスオブリージュっていうんだよ」と、いつだったか自慢気に話していた。

シュウジみたいに社会貢献を考えている能力者を、“意識高い系”といって馬鹿にする人もいるけど、僕はそんな風には思わない。むしろ、本当、なんでこんな立派なやつが僕の親友でいてくれるんだろう、といつも疑問に思っているくらいだ。

最近シュウジにそれとなく聞いたら、「アキラは心がキレイで、本当は強いやつだから」と言ってくれた。こういう恥ずかしい台詞をさらっと言ってしまうのも、シュウジの魅力だと思う。「俺は能力に頼って気が大きくなってるだけだけど、アキラは本当に心が強いんだよ」ということらしい。それって盛大に勘違いしてると思う。僕は臆病だ。今みたいに不良に目をつけられていると思うだけで、どうしても怯えてしまう。「一体どこに僕の強さがあるっていうの?」と聞いたら「正義感かなー。あと、意外に執念深い。もっと自分に自信を持てよー」と笑っていた。

ゲーム中もやつらが気になって全然手元がおぼつかない。気にしないでおこうと思っても、目が勝手にあいつらの方に吸い寄せられる。

すると、しばらく様子を伺っていただけなのが、突然こっちに向かってきた!

心臓が、どっどっ、と鼓動のペースを上げ始める。胸が、息が、苦しくなってくる。

ダメだ、ケンカになることがどうしようもなく恐い。どうか何事も起こらないように、と必死に祈るしかない。

……結局、やつらは、ゆっくりゆっくり、シュウジの背後を通り過ぎていった。目はシュウジに留めたままだったから、向こうもシュウジに気づいているのは明らかだ。それでも、僕たちに絡んでこないまま、階段を降りていく。その後ゲームセンターを出て行ったらしいのが、なんとなく気配でわかった。

「ああー、緊張した……」安心して思わず声が漏れる。

「アキラはビビリすぎだって。あいつらが見てたのは俺なんだからさ」シュウジはまるで何事も無かったかのようにゲームを続けている。

「いや、そうだけどさ……」

「そんなことよりゲームに集中しろよ」

「はいはい、わかったよ……」

格闘ゲームが好きなくせに、シュウジはそんなに強くない。形勢は僕が優勢だ。

「……実はな、あの3人、女の子を無理矢理車に押し込めようとしてたんだよね……」ポツリとシュウジが切り出した。「レイプ未遂? あんなことに遭遇するのは、パトロールしてても年に一回くらいだよ。俺、頭にきてさ。結構キツめに痛めつけちゃったんだよね……」

「そっか、そうだったんだ……。それは大変だったね……」

そんなことがこの町で起こっているなんて、正直ショックだった。耳にするだけで気分が悪くなる話だ。その時、もしもシュウジが通りかからなかったら、と思うと背筋が寒くなる。

それにしても、シュウジの行動力には、やっぱり感心する。こうやって実際に町の人たちの助けになっているなんて、友達として誇らしい気持ちになる。同じ能力者だっていうのに、自分の能力が嫌いで、力を役立てていない僕とは大違いだ。

そのままゲームの対戦を続けて、戦績は3勝1敗。昼ごはんを我慢して捻出したゲーム資金は、そろそろ底をつきそうだ。

この百円で終わりにしようと思ったとき、さっきのやつらが戻ってきた。わざわざ戻ってくるなんて、とはじめは見間違いかと思った。けど、そうじゃないと確信した時、一気に血の気が引くのを感じた。ああ、まったく、どうしてこんなにも僕は臆病なんだろう。自分で自分が嫌になってくる。

どう考えても、やつらはシュウジに仕返しに来たとしか思えない。睨んでると思われないように、そっと目線を送ってみる。やつらのニヤついた顔を見れば、反省の言葉を言いにきたわけじゃないことは、はっきりとわかった。それに1人増えてやつらが4人になっている。元の3人じゃシュウジに歯が立たないのを悟っているだろうから、応援を読んだのかもしれない。

やつらは真っすぐに僕たちの方に向かってきて、案の定シュウジの後ろで立ち止まった。

「おい!」金髪の男がシュウジの椅子を蹴る。「久しぶりだな。覚えてるか?」

「ぁあ? 何? またボコられたいの?」

シュウジが座ったまま振り向く。いつも僕に向けるのとは違う真剣な表情、これがシュウジの戦闘モードなんだ。

さっきは居なかった長髪を後ろで束ねた背の高い男が、シュウジの顔を上から覗き込む。

「ん、何? こいつか?」

金髪が「はい、そうです」とすかさず返事をしたところを見ると、先輩か何かだろう。

「へぇ……、ずいぶんと調子に乗ってんね……」長髪はずっとシュウジを見下ろしたまま威嚇している。

「はぁ、ったく……」と僕の真横で声がした。

心底うんざりしたシュウジのため息だ。ゲーム機の向こう側にいたはずが、いつのまにか僕のすぐ隣に立っている。「お前らまったく学習しないのな。俺の速さに勝てるわけないのがわかんないの?」

シュウジはもの凄いスピードで動くことができる能力者だ。その姿は目で追うことすら難しい。

金髪たちの顔から薄ら笑いが消えた。一方で長髪はひとり落ち着いた動作でタバコに火をつけた。

「お前……、ケンカ相手が自分のような能力者だってこと、考えてもいないんだろ? 想像力が足らねえよ」

その言葉を聞いて、シュウジの顔が一緒で強張ったのがわかった。能力者同士、しかも向こうはシュウジの能力を知っている。状況は明らかに不利だ。シュウジのスピードに敵うものはない、そう思っていても、もしかして……という不安が襲ってくる。

「アキラ……」シュウジは長髪から目を離さず、僕にしか聞こえないくらい小さな声で言った。「もし、俺がやられるようなことがあったら、アキラは隙を見てここを出て、誰か助けを呼んできてくれ……」

「うん、わかった……」と僕は頷く。

「……さぁ、どんな能力のやつを連れてきても結果は同じだってことを、わからせてやるよ」シュウジはそう言って不敵に笑ってみせた。けど、僕にはその姿が自分自身を鼓舞しているように思えてた。

シュウジだってケンカは恐いんだ。相手が能力者ならなおさら。僕はそんな当然のことにも今まで気がついていたかった。

…………どんっ! と次の瞬間、鈍い音が響く。それは、シュウジが長髪を殴った音…………じゃなかった。

長髪の1メートルほど手前で、シュウジはぐらつきながら頭を押さえていた。一体、何が起こったのかわからない。すかさず、やつらの中で一番身体の大きい坊主頭の男が、シュウジにタックルした。そのまま脚を抱え込んで引きずり倒す。

「おら! 捕まえたぞ!」

……金髪の顔に再び薄ら笑いが浮かんだ。

「ありがとうございます! 前嶋さんの『透明な壁』は、このガキの能力と相性抜群っスね」と長髪に礼を言う。

「ぁあ? 俺の名前と能力を勝手に晒してんじゃねーぞ、馬鹿が。こんなやつ相手にわざわざ俺を呼び出しやがって」

「……すいません」

金髪が怒られた腹いせとばかりに、「このクソが!」とシュウジの腹を蹴り上げる。どすっ、という鈍い音と「うぅっ……」というシュウジの呻きが同時に聞こえた。金髪の一撃をきっかけに、残りの男もシュウジを蹴り始める。長髪は加わらずに2本目のタバコを箱から取り出し、満足そうにその様子を見ていた。

一方で、僕は目の前で親友が痛めつけられているというのに、怖くてどうしても動くことも出来なかった。どうしよう、どうしよう、どうしよう、と同じ言葉が頭の中でぐるぐると回っている。けど、本当のところ何も考えていないことは自分でもわかる。たぶん、目の前の状況をちゃんと捉えることに耐えられなくて、“どうしよう”で頭を埋めることで、自分の無力さに絶望しそうなのを、無理矢理誤魔化しているだけなんだ……。

「アキラ……」シュウジが何発もの蹴りを浴び続けながら、顔だけをを僕に向けた。「……行け」

瞬間、僕は弾かれるように、その場を離れて階段を駆け下りた。

……早く、早く助けを呼ばないと……警察? ダメだ。時間がかかる。外の通行人? 不良4人、しかも能力者も混じってるのに、助けてくれるような人がいると思えない。

……もしかして、シュウジは助けが簡単に呼べないことをわかっていたのかな。それでも「助けを呼べ」って言ったのは、僕が迷わずあの場所から立ち去ることができるように、っていう気遣いかもしれない。だって、もしシュウジが「逃げろ」って言っていたなら、僕はきっと良心の呵責を感じてしまう……。この状況で、自分の身体より、僕の気持ちや感情を心配してたっていうのか? それなのに、僕はシュウジを見捨てようとしているのか?

本当に情けない……。情けなくて涙が出そうだ。

大体、僕は能力者じゃないか。自分は無力だって思うのは、とんでもない甘えだ。ただ恐がって逃げているだけだ。自分は臆病なんてのも、ただの言い訳。僕が助けないで誰が助けるんだ? 僕しかいない。挑戦もしないで逃げ出すなんて嫌だ!

そもそも……、一体、僕は何を恐がっているんだ? 殴られること? 痛いこと? 能力を晒すこと? お金を取られること? そんなことが何だっていうんだ? シュウジがボコボコにされているのに、そんなことが逃げる理由になるのか?

ここで逃げたら親友失格だ。明日から合わせる顔がない。闘うことがそんなに恐いか? 親友を失うことの方がよっぽど恐いはずだろ?

僕は何で階段を降りてるんだ? 降りたらダメだ。上がらなきゃ、戻らなきゃ。

階段を降りきったところで、僕は足を止めた。

「……やっぱりダメだ。逃げ出すなんてありえない」

少し考えて、1階を見渡す。上の騒ぎを聞きつけてか、まばらだった客はもうひとりも残っていない。ただ、女性の店員だけが僕を怯えた目で見ている。

彼女に近づいて、諭すように言った。

「警察を呼んでください。それから、その後はトイレに入って内側から鍵をかけて。絶対、何があっても出ないでください」

彼女はコクコクと頷いた。

恐い……けど、上がらないと。シュウジを助けるために。シュウジと親友でいられるために。僕の能力を知って、期待はずれだとがっかりするかもしれない。でも、そんなことは、今はどうでもいい。たとえものすごく痛い思いをしても、逃げ出すより何倍もいい。

制服のブレザーを脱ぎ捨て、階段を踏みしめる。一段上がっていく毎に、お腹の底から勇気がこみ上げて、それが頭まで上っていく感覚がある。きっと立ち向かえる。

階段を上りきった。

すでにシュウジは髪もぐちゃぐちゃで、服も汚れていて、口の中を切ったらしく、血が流れていた。いや、もしかしたら、内臓が傷ついて吐血したのかもしれない……。カッと頭に血がのぼるのを感じた。頭が沸騰してしまったみたいだ。

「……やめろ」大声を出したつもりだったけど、震えている上、かすれて聞き取れないくらいの小声になってしまった。でも、恐怖からじゃない。怒りのためだ。

僕はもう一度、腹に力を入れて、拳を握りしめて、叫んだ。

「やめろ!」

やつら4人がこっちを向く。相変わらず恐怖感は襲ってくるが、負けられない気持ちがそれをはるかに上回っている。

「お前、逃げたんじゃねーの? 何? 戻ってきたの?」

馬鹿にした表情で僕に近づこうとする金髪を「待て」と長髪が止める。

「……もしかして、お前も能力者か?」

それを聞いて、金髪が顔色を変えて後ずさりした。

僕はその問いに答えることなく、眼帯を掴み、そしてとった。

他人の前で右目を開くのは5年ぶりだ。

金髪たち、元いた3人は警戒でいっせい身体を強張らせた。長髪だけは、相変わらずタバコを燻らせている。たぶん、『透明な壁』というのを目の前に展開していて、そこからくる余裕なんだろう。自分は危害をくわえられない、と。

そのまま、しばらくはどちら側も動かず、膠着状態になった。時間にしたら、1分もないくらいだと思うけど、僕にはひどく長く感じられた……。

「ふー、…………で、何をしたいわけ?」長髪は動こうとしない僕にしびれを切らしたらしい。「何かするなら、さっさとしろよ」

僕は尚も動かない。

「ちっ」と舌打ちしながら無警戒に近寄ってきた長髪に、ガンッと頭を殴られる。殴られた部分が痛みで熱くなる。それでも僕は視線をやつらから離さない。

僕が何もしないのを見て、今度は金髪が寄ってきた。

「んだよ! 眼帯なんか外すから、目からビームでも出るのかと思ったじゃねーか!」

みぞおちに膝を入れられる。昼ごはんが逆流してくるのを必死に耐えた。続けざまにくる膝蹴りを防ごうとお腹を押さえるけど、衝撃はなおも身体を伝わってくる。痛みと気持ち悪さで、頭がくらくらしてくるた 。長髪を除いた全員に、囲まれ殴られ蹴られる。頭に胸に腹に脚に次々と強い刺激が走った。

痛い、身体中がズキズキする。……でも、痛いだけだ。痛い以外に何もない。なんだ、大したことないじゃないか。僕は今まで何を怖がっていたんだろう。痛いのなんか、我慢すればそれでいい。

「この野郎、何笑ってんだ!」

心に余裕が生まれて、ちょっと表情が緩んだらしい。右脇腹の上、たぶん肝臓あたりに金髪の膝をくらう。鈍くて重い不快感に襲われ、思わず両膝をつき、その場に倒れる。でも、やつら全員を右目の視界に捉えておかないといけない。顔だけは上げて睨み続けた。

「……何だよ、こいつ。気持ち悪ぃ」

ひとしきり殴って蹴って満足したのか、やつらが手を止めた。

…………そろそろかな。注意深く見ると、やつら全員、顔色が悪くなってきている。僕の能力はちゃんと発動しているみたいだ。

突然、ひとりタバコを吸っていた長髪が、キョロキョロ周りを見渡して、そして階段に向かう。

「ちょっと、前嶋さん。どこ行くんスか?」

追いすがる金髪の声を無視して、長髪は階段を降りていった。残りの3人が、それに続く。

フロアには僕とシュウジだけが取り残された。ゲームのデモシーンの音が流れているだけで、まるでこの町に2人しかいないような感覚に陥る。

「……シュウジ、大丈夫?」

「……生きてるわ。すげー身体中が痛いけど。でも、骨が折れたりとかはないみたい」

「……そっか、よかった」

「アキラは?」

「大丈夫、心配いらないよ」

シュウジが大怪我を負ってなくて心底安心した。僕も身体がつらいけど、まだ仕上げが残っている。まだ、休めない。

「……追いかけなきゃ」

シュウジには悪いけど、しばらくここに残ってもらう。僕はやっとのことで身体を起こして、ゲーム機に寄りかかりながら、階段に向かう。

「どこ行くんだよ?」というシュウジの言葉に無言の笑顔で返す。

……無理に急がなくても、やつらがどこに行こうとしているのかはわかっている。

言ってみれば、降りかかる火の粉を浴びて、今、それをやり過ごしたところだ。このまま、やつらを逃がす選択肢もある。でも、それじゃダメだ。シュウジと僕が痛い目にあった意味がまるでない。悪いことをすると僕たちに見つかって酷い目にあわされる、とやつらに思わせないといけない。

階段の手すりに手をかける。一歩ずつ、ゆっくり転ばないように気をつけながら、降りていく……。

「おい! コラ! ふざけんな! さっさと出てこい!」1階の奥から金髪の怒号が聞こえる。僕は声のする方に向かった。

重い身体を引きずって行くと、やつらはドアを必死になって叩いている。僕はその場にへたり込み、UFOキャッチャーに身を預けた。やつらは僕が降りてきたことにすら気づかないほど必死だ。

「いつまで入ってる気だ! 返事をしろ! おい!」金髪の顔が真っ青になっている。

……無駄だ。さっき彼女には、何があってもトイレから出ないで、とお願いしている。

長髪がやっと僕に気づいた。

「お前の仕業か……」

僕は答えることなく、全員を見続けた。見続けることが必要だ。なぜなら、右目の視界に入った生き物を強制的に下痢させる、それが僕の能力だから。

我ながら情けなくて、かっこ悪くて、恥ずかしいと今でも思っている。でも、今日はその能力を初めて有意義に活かすことができた。これほど自分が能力者でよかったと思ったことはない。

「あぁぁあああーっ! あぁぁあああー!」金髪はもう限界を迎えつつある。我慢のあまり、内腿が小刻みに震えている。

僕は胸ポケットからスマホを出した。

「おい、お前、どういうつもりだ……? まさかだろ? なあ!」長髪はこれから自分たちに起こる最悪の出来事をいち早く察知したようだ。

「動画、というか生配信するんだよ……。おまえらの下痢糞お漏らしの決定的瞬間を」

長髪の顔が引きつった。そして、その後に怒りと絶望が顔中に広がった。

「くそ、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる殺してやる殺して……」もはや金髪はドアを叩く気力もない。虚ろな目は、すでに諦めたということだろう。うつむいて、小さな声でぶつぶつ呟いているだけだ。

そして、その時がやってくる。金髪が、堕ちた。

「っうっ、うっ、うわ、うわぁあああああ! あぁぁあああー! あぁぁあああー! あっ、あっ!」

ブリブリブリブリュリュリュっ! ブッチチブブブチチチチブッ!!!!!!! ブッチブチリリリリッブチチリ!!!! プチュ!

怒りとも羞恥ともとれる絶叫とともに、金髪の白いチノパンに茶色い染みが広がっていく。目を口をこれ以上ないくらい大きく開き、涙とよだれが流れ出るまま、真っ赤な顔で天を仰いだ。

残りの3人は同時だった。

「あー! あーっ!! あぁぁあああー! ウッ! うわぁッ!! あぁぁあああー!! あーっッ! あぁぁあああー、あぁぁあああー! うわ! わ! あわわわ、わわッ、ああ、あぁぁあああーッ!!」

ブリブリブリブリュリュリュっ!!! ブッチチブブブチチチチブッ!!!!!!! ブッチブチリリリリッブチチリ!!!! ブリブリブリブリュリュリュっ!!! ブッチチブブブチチチチブッ!!!!!!! ブッチブチリリリリッブチチリ!!!! ブリブリぶりッ!!

「ああーっッ! あっ、あんっ! あんっ! あははんっッッ!!」

悲鳴とともに、ひどい悪臭があたりに立ち込める。今や4人とも、この世の終わりを目撃しているかのような絶望感を漂わせている。

「撮るな、撮るなよ……。お願いだから、なあ、頼む、お願いします。お願いします。お願いします。撮らないで、撮らないでください……お願いだから撮らないで……」坊主も涙を流していた。

一部始終をカメラに収めてからスマホをしまうと、はい、と背後から眼帯が差し出された。

「アキラやったじゃん」とシュウジの明るい声。眼帯を受け取って振り向こうとすると、「いやいや、絶対にこっち見ないで」とシュウジが笑った。

「シュウジ、身体どう? 大丈夫?」

「あちこち痛いけど、まあ、大丈夫。念のため病院行こうかな。アキラも来いよ」

「そうだね」

「こいつらどうする?」

「店員が通報したはずだから、見つからない内に逃げた方がいいと思う」

そう言って、僕はやつらに近寄った。

「本当はまだ配信してない。今度、何かやったら、全世界に公開するからな」

「……………」

「削除されても、何回でもUPしてやる」そう言って、金髪の上着を探る。あまりの臭さに鼻がもげそうだ。財布から免許証を取り出す。

「小川 慎か。学校? 会社? どっちでもいいけど……。お前の周りの人間全員にこの動画を見せてやるからな」

金髪はうなだれたまま、動かない。

「返事は?」

「はい……」とようやく力なく答えた。

終わった…………。

「行こうか」と僕はシュウジに微笑んだ。

「お前、その前に眼帯をつけろって」

「あ、そうか。ごめんごめん」

「お前の能力、最恐な。強いじゃなくて、恐ろしい方の最恐」

「そうかな?」

「そうだよ。超恐い。あ、でも、今度便秘の時はよろしくな」

「あー、確かにそういう時は便利かも」

「商売になるんじゃない?」

「いやいや、無理でしょ。人前で能力を晒したくないし」

「えー、もったいない」

僕らはお互いを支え合いながら、ゲームセンターを出た。空はとっくに暗くなっていて、星が出ている。今夜はいつもより空気が澄んでいるみたいだ。

「今日はもう病院やってないかもね」

「そうだなー、明日にしよっか」

通行人の注目を浴びながら、僕らは互いの家に向かって歩きはじめた。

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