02 嘘から出たまこと
「――うーん……見事なまでにアルミの灰皿だね。しかも百均の」
しかし…いや、当然と言うべきか、やはりそこに映っていたのは僕が釣り竿で吊るすただの灰皿である。ピアノ線が見えないだけまだマシというものだ……。
「一般の視聴者はともかくとしても、UFOのプロともいうべきM.I.Bがこれを見間違うとは思えないんだけど……」
だが、そうして何か目新しい発見をすることもなく、もう幾度となく見たその動画をシラけた目で眺めていたその時。
「おい! なんだこれ? 電灯にしちゃあちょっと変じゃねえか?」
不意に辺田が、PCの液晶画面を指さして頓狂な声を上げる。
「んん?」
「え、なになに?」
僕と那佐がその指先の指し示すものを見てみると、それは夜空に浮かぶ細長いオレンジ色をした発光体だった。
楕円といおうか〝葉巻〟のような形をしていて、ずっとそれは街灯の一つだと思って見ていたのであるが、そういわれてみれば、他の街灯がすべて白い蛍光灯だというのに、それだけオレンジ色というのもなんだか妙な話だ。
しかも、じっと見つめているとそのオレンジ色の街灯は微妙に揺れ動いているような気もする。
「あっ! み、見たか今の!?」
と、三人雁首揃えて凝視している内に、それは一瞬にしてパッ! っと夜空から姿を消した。
「ちょ、ちょっと巻き戻して今んとこ見るぞ! 確かに今、アレ消えたよな?」
慌てて辺田がマウスを動かし、その部分をもう一度しっかりと確かめてみたが、やはりそのオレンジ色の光は小刻みに揺れ動いた後に、瞬きする間もなく忽然と画面から消え去っている。
「これ、どう見ても街灯じゃないよ! こういう感じの動き方って、オカルトの特番とかで見るUFOの動画そのまんまじゃない?」
「もしかして俺達、知らない間に本物のUFO動画撮ってた……とか? しかも、葉巻型ってことはUFOの中でもいわゆる〝母艦〟ってやつ? それって、ひょっとして大スクープなんじゃね⁉」
思いもよらぬその新事実に、那佐と辺田は驚きの表情を浮かべ、画面を見つめたまま嬉々として色めき立つ。
二人のように騒ぎはしないが、もちろん僕も同様である。
……そうか。それならばM.I.Bが揉み消しにやって来るのもことさら不思議ではない。
今の今までまるで気づかなかったが、まさか、こんなものが撮れていたなんて……。
偽の動画を撮ったつもりが、僕らは知らず知らずの内に本物のUFOを撮影していて、しかも、気づかぬまま、それを全世界規模で配信してしまったのである。
それも、葉巻型の母艦なんていう超レアなケースのやつを……。
「納得……」
目の当たりにした本物の超常現象に驚くよりも、僕は不可解なM.I.B出現の謎が解けたことに、なんだか胸のつかえがとれたような、とてもすっきりした気分を味わっていた。
「どおりで再生回数ガンガン上がってくわけだ。本物のUFOがこんなバッチシ映ってんだから反響デカいのもあたりまえだぜ」
「これはガチでテレビ出て有名人になっちゃう……かも?」
他方、楽天的な那佐と辺田はまた別の現象に対して「うんうん」と首を縦に振り、思いもよらぬ〝棚からぼた餅〟にますます妄想を膨らませている。
だが、すっかり失念していたが、確かに予想外の大好評だったのも、本物のUFO動画であったがゆえの反響だったに違いない。
那佐じゃないが、これは本当にテレビの特番で取材来る日も近いな……。
瓢箪から駒…否、嘘から出た
…………ところが。
事態はそんな暢気によろこんでいる場合でもなくってくる。
「――ん? ……ああっ! あれは……」
その翌日の夕刻、ふと二階にある自分の部屋の窓から家の前の道を見下ろしてみたら、電柱の影に隠れるようにして立ち、こちらをじっと眺めている〝黒尽くめの男〟が目に留まったのである!
黒のトレンチコートに黒のソフト帽、さらに夕暮れ時だというのにむしろ目立つ黒縁のサングラス……明らかに〝M.I.B〟を髣髴とさせる格好だ。
その〝M.I.B〟が、身じろぎもせずにじっとおちらへサングラス越しの視線を送っている……僕が見返していることには気づいていない様子であるが、僕の家を見張ってるのは明らかだろう。
辺田や那佐が自慢げに吹聴しているので、あの動画を撮ったのが日本の高校生で、どこの学校の生徒なのかは容易に知れたことと思うが、さらにクラスメイト達が目撃したように学校周辺で聞き込みをし、ついに僕ら個人を特定して家にまでやって来たということか……。
こいつは、けっこうなレベルでマズイ状況かもしれない……M.I.Bの事件揉み消しってどうやるんだっけか?
確か、「見たことは誰にも言うな」と口止めするみたいな感じだったと思うのだが……すでに動画を世界規模で公開しちゃってる場合はどうなるんだろう?
まさか、命まではとらないと思うけど……いや、秘密裏に僕ら三人を始末した後で、アカウントを奪って動画を削除するとか?
都市伝説にいわれる秘密の組織ならば、けしてないとも言い難いそんな方法に思い至り、僕は背筋に氷水でもかけられたかのように冷たいものを感じた。
「な、何も見なかったことにしよう……」
まあ、さすがに今すぐどうこうされるということもないだろう……たぶんだけど。
僕は言い知れぬ不気味さと恐怖を本心では感じながらも、問題を棚上げするようにあえて窓の外へ目を向けることを避け、まるで何事もなかったかのような体を装って長い夜を明かした――。
「――昨日、家の前にM.I.Bがいるの見たんだ! おい、これってガチでヤバくないか!」
「ああ、俺んちの周りもうろうろしてた。完全に俺達があの動画撮ったのM.I.Bに突き止められたな。ヤツら、俺達をどうするつもりだろう?」
翌朝、登校して辺田を見つけるなり昨日のことを話すと、向こうも同じようなことを言い返してくる。
僕だけでなく、やはり辺田もか……昨日はとりあえず様子見に来たのかもしれないが、ヤツらが直に接触してくるのも最早、時間の問題だ。
「今からでも動画削除したら許してくれるかな? こうなったらもうそれしかないよ」
身の危険を感じ始めていた僕は、珍しくも血の気の失せた顔を見せる辺田にそんな提案をしてみる。
あの反響からすると、もうかなり拡散していることだろうし、今さら削除したところで時すでに遅しの感はあるが、それでもとりあえず「反抗する気はさらさらないので自主規制しましたよ~」というポーズだけでもとっておいた方がいいように思う。
「ああ、そうだな。それで許してくれるかどうかわかんねえけど、とにかくすぐに…」
どうやら向こうも同じことを考えていたらしく、真剣な眼差しで瞬きもせぬまま、辺田がうんうんと頷いたその時。
「おーい! 辺田っ! 衿屋っ!」
一足遅く登校した那佐が、教室に入るなり大声で僕らの名を呼んだ。
この様子からして、那佐のとこにもM.I.Bが行ったのだろう。
「那佐、おまえんとこにもやっぱM.I.Bが来たのか!?」
「来た? ……なんの話? いや、それよりも見てよこれ! これってその黒尽くめ達だよね!?」
だが、辺田の問いの意味を那佐は理解できなかった様子で、訝しげに小首を傾げると、手にしたスマホの画面を興奮気味に見せてきた。
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