真7章「ゼノの記憶」

 ゼノは必死に抵抗していた、リリーもナーファも気を失っている様だ。

 自分と同じくアンドロイドに捕えられたナーファとリリーを助けようと足掻くが、大人でも対抗できないものに子供であるゼノが対抗できる訳が無く、体力を消耗するだけの結果になる。

 しかし、ゼノは諦めなかった。

 無駄だとわかっていても抵抗し続けた、そうしているうちにうっとおしく思ったのかアンドロイドがゼノを始末しようとした時、突如大きな爆発が起こる。


 爆発の衝撃は凄まじくゼノはアンドロイドもろとも吹き飛ばされる。

 運よく軽い打ち身だけですんだゼノは近くにいたナーファに駆け寄る。


「ナーファ!だいじょう……」


 『大丈夫か』と言おうとしてナーファを見たゼノは絶句する。

 爆発の衝撃だろうか様々なものが辺り一面に転がっている、中には鉄骨などの大きな物もある、その中の一つがナーファの胸を貫いていたのだ。


 ゼノは現実を受け入れられないのか、しきりにナーファという名前を連呼しながら体をゆすり続けている。

 無理もないだろう。

 8歳の少年が戦争で両親を亡くした数か月後に自分と近い年の子の死を目の前に突き付けられたのだ。

 ゼノの精神はすでに壊れていた。壊れていたが、最後の希望とばかりにリリーの方にも駆け寄る。

 直後にその行為をゼノは激しく後悔する。

 リリーの右腕が無くなっていた。


(そんな、リリーまで……)


 ゼノは再び絶望のどん底に突き落とされた感覚に落ちるが、リリーの息がまだある事に気づく。


(まだ生きてる!)


 よく見ると右腕以外には目立った外傷は無い様だ、出血さえなんとかすれば助かるかもしれないが、ゼノにはその手段が無い。


(どうすればいい、どうすれば助けられる・・・)


 考えても答えは出ない。

 そんなゼノにふらっと立ち寄ったかのように突然男が話しかけてくる。


「やあ少年そんなところでどうしたんだい? おやおや? もしかしてそれ全部君一人でやったのかい? すごいねえ!」


 ゼノは突如あらわれた男にいきなり話しかけられあっけにとられている。

 男はそんな様子には気にも留めず整った顔立ちとは裏腹に気持ち悪い笑みを浮かべている。


 じっと目の前の惨事を観察する男は、「ああー」や、「これは駄目だねえ」などとブツブツ呟いている。

 当然ゼノが気づいたようにその男もまだリリーの息がある事に気づく。


「おや?この子はまだ生きている様だね?」


 はっとして同意する。

 この男が何者かは知らないが、他に助けを求める相手はいない。

 人を選んでいる場合では無かった。


「そうなんだ! この人を助けて下さい! 今ならまだ間に合うんだ!」


 男の問いにすがる様に助けを求める。

 男は気持ち悪い笑顔のまま答える。


「君は悪魔と契約するつもりはあるかい?」


 ゼノはその意味も分からないまま二つ返事で「はい」と答える。

 とにかくゼノはリリーを助けてほしかったのだ、後先考えずに『悪魔と契約する』という事がどういう事なのかも知らずに答えてしまった。


「まあ正確には僕は悪魔じゃないんだけどねえ」


 あははと笑う男の目は全く笑っておらず、ただ冷静にゼノとリリーを交互に見比べるように眺めていた。

 「よし、いこうか」とゼノに声をかけた男はリリーを背負いながら歩き始める。

 放置されるナーファも連れて行こうと腕を引っ張っても鉄骨が突き刺さっているので動かす事が出来ない。

 男はゼノの肩を叩くと、


「残念だけどその子はもう……」


 男の言葉に改めて死というものを実感する。

 生きていたこととは違い、冷たく、固くなっているその手をそっと地面に置く。

 男も見開いていたナーファの目を閉じさせる。

 そのままリリーを背負いながら二人はその場を後にする。

 無言で歩き始める男に、ゼノは何処へ向かうかも分からず、ただ男についていくしかなかった。


「ねえ何処に行くの?」

「北さ!」


 ゼノとは裏腹に陽気なテンションで答える男は鼻歌を歌いながら歩みを進める。

 この場にそぐわぬテンションにこの人もまたこの事故で親しい人を無くしたのだと思い黙り込む。


 明るい顔をしながら鼻歌を歌う男と、暗い顔をした少年という真逆の二人は男の言う通り北へと向かっていく。


---


 何時間か歩いただろうか、もうゼノの体力は底を突き、リリーの容態も限界に近かった。


(このままでは出血多量で死んでしまう)


 焦り始めるゼノに男は相変わらず陽気なテンションで着いたよとだけ言って立ち止まる。

 たどり着いた場所は寂れた塔の様な建物だけだった。

 男は躊躇なく塔へと入っていく。

 立ちすくむゼノに気づくと手招きをしてゼノを呼ぶ、それによりゼノもゆっくり塔へと向かう。

 塔の中はかなり埃っぽく何年も前から人が居ない様だった。


「ここは?」


 ゼノが問いかける。


「エデン管理局本部だよ」


 さらっととんでもない事を言う男に元々持っていた不信感が更に強くなる。

 エデン管理局は先程まで自分達がいた場所じゃないか、いくら此方が子供だからといって馬鹿にしすぎではないだろうかと感じたゼノはそれを隠す事なく睨みつける。

 ゼノの視線を感じたのか男は慌てて訂正する。


「違うよ!?さっきまで居たのは第二支部!こっちは本部!」


(本当か?)


「まあこっちの本部はもう何年も使われていないんだけどね」


 ゼノはやはり信じきれない、しかし他に頼れる者もいない。

 もう男の事などどうでも良くなったゼノは早くリリーを治療してくれと急かす。


「大丈夫だよ、運ぶ時に応急処置はしたからね、そんなに直ぐに死ぬ訳じゃないさ。でも急がないといけないのは事実だね、少し早歩きで行こう」


 そう言って少し歩くペースを上げた男と共にゼノは建物の地下へと向かう。

 地下には広い通路が真ん中に一つ、両脇にはそれぞれ幾らかの扉が並んでいた。

 細かい部分は違えど、自分達がブリッツに案内されたエデンの第二支部と同じ構造だと気付く。

 男が言う通り、この場所が本部なのかはわからないが、少なくとも関係性はある様だ。


「おーい、こっちだよ!」


 立ち止まっていたゼノを男が呼ぶ。


「君も手伝ってくれ」


 地下通路から一つの個室に入っていた男はリリーを縦長の椅子の様な物に乗せようとしていた。


「ここは?」

「緊急手術室だよ、今この子を乗せたのは手術台。人間を治すための場所って言えばわかるかい?」

「リリーを治せるの!?」


 全く信用していなかった男からの予想外の言葉に思わず声が大きくなる。


「言ったじゃないか、助けるって。いや、言ってなかったか?済まない、正直僕も焦っていてねちゃんと言ってなかったと思う。

でも今はそんな事よりこの子の事が先だ、申し訳ないけど右腕は無いものと考えておくれよ」


 男は言うだけ言って治療に専念し始める。

 『自分に出来る事は無い』と感じたゼノはそのまま部屋を後にする。


「大丈夫だ、電気が通っていなくとも僕には知識がある。

ちゃんとした医療機器が無くともメスさえあれば止血手術ぐらいなんとかなるさ……」


 男の独り言の内容はよくわからなかったが、きっとリリーを治す事に関係しているのだろう。

 ゼノには今はこの男を信じるしかなかった。


---


 疲れが溜まっていたのだろう、気づけば部屋の外の壁にもたれかかり寝てしまっていたゼノが起きる。


(毛布だ……)


 あの男が掛けたのだろうか、ゼノは毛布を羽織りながら緊急手術室へと入る。


(いない……)


 手術室はもぬけの殻でリリーも男もいなかった。

 途方に暮れるゼノは手当たり次第に他の部屋を探す。

 何個目かの部屋で気持ちよさそうに眠るリリーを見つける。

 安堵のため息をつきながらヘタリ込むゼノの後ろから声がする。


「おはよう、少年」


 振り返ると男がいた。


「リリーは?」

「大丈夫、彼女は助かったよ」

「良かった……」


 ようやく張っていた気が抜ける。

 男も少し笑っていた。


「さて、何から話せばいいのか」


 男はゼノに悪魔と取引するという言葉の意味を説明しようとしていた。


---


「まずは自己紹介から始めようか、僕の名前はネシア。エデン管理局本部の局長、つまりリーダーをしている者だ」

「エデン管理局の局長……ブリッツさんは?」

「彼は第二支部の局長だね、No.2といったところだよ。とても我の強い男だった、アルビオンを見ただろう?実はあれは殆ど第二支部だけで制作していた物なんだ、情けない話だが実権は殆ど彼に握られていてね、彼を止められなかった」


 まさかこんな結末になるとは、そう言いながらネシアはうなだれる。


「君の名前は?」


 気分転換とばかりにゼノの名前を聞いてくる。

 正直に答えて良いものかと迷ったが、素直に自分の名を名乗る。


「ゼノ、8才……です」

「そうかい、ゼノと言うのかいよろしくね」


 ネシアは笑顔で握手を求める。

 戸惑いながらも握手にこたえるゼノの手をネシアは強引に自分の方に引き込む。

 何事かとネシアの顔を見ると笑顔を絶やさなかった先ほどまでとは違い、真面目な顔付きでこう言い放つ。


「ゼノ、君にこの世界での出来事を全て話そうと思う」


 ネシアの迫真の表情に思わず生唾を飲み込む。

 ゼノはこれからネシアに聞かされる話がどれ程壮絶なものなのかと子供ながらに覚悟する事になる。


---


 事の発端は約1000年前にも遡る。

 その時代には今の時代と同じく、『魔法』と言う概念が存在していた。

 しかし、今の時代とは違い、四大元素という概念は無かった。

 人々は自由に様々な魔法を使い、時には空を飛び、時には自身を獣の姿に変えたりもしていた。

 一口に魔法と言っても1000年前はその幅がとても広かったのである。


 エデン管理局を設立した初代管理局長である男が、幼馴染の二人と一緒に、一つの遺跡に迷い込む。

 その遺跡の中は狭く、壁一面に大きな壁画があるだけの殺風景な場所だった。

 何気なくその壁画に触れた男は途端に魔法に目覚める。


 初めて世界に魔法が生まれた瞬間だった。

 それから男は3年足らずでエデン管理局を立ち上げ、世界に魔法と言う概念を生み出したのである。


 エデンは順調にその功績を広めていた。

 しかし行き過ぎた技術はエデンを破滅へと導く。


 この世界以外の存在を確認したエデンは、その世界への侵入を試みる。

 『次元転送』と呼ばれた技術はエデンの人々を別次元へ飛ばし、尚且つ帰って来る事にも成功した。

 決してその時代や世界の人間と関わらない様にし、どのような技術を持っているのか、どのようにものを利用しているのかを探る為だけに次元転移を行っていた。


 しかしある世界に次元転移した際にトラブルを起こす。

 次元転移に成功した職員は、いつも通り転移先の世界の調査に移ろうと準備をしていた。

 その最中に突然転移装置が暴走を始め、その世界の至る所に亀裂を入れ始めた。

 やがてその亀裂は職員達を飲み込みながら消滅する。


 職員達も奇跡的に無傷で帰還する事が出来たがトラブルが一つ。

 転移先の世界の人物である女性が職員達に巻き込まれる形でエデンの世界に来てしまっていた。

 職員達は大慌てで元の世界に戻す方法を探る。

 しかし、同じ情報を打ち込んでも、似た世界の情報からその人物の世界を割り出そうとしてもとうとう元の世界に帰る事は出来なかった。


 職員達が落ち込む中、その女性だけが目を輝かせる様に言った。


「この世界はまるで御伽話の様な世界だわ」


 彼女は自分の職業を『科学者』だと名乗った。

 科学というものはエデンの職員達にとってそれこそ彼女が言うように御伽話の世界のものだった。


 しかし彼女は持ち前の頭脳で魔法を利用し、科学と言える技術を生み出した。

 それがアンドロイドだ。

 アンドロイドはまさに科学と魔法の融合といった代物で、後の世界の技術を大きく成長させる。


 昔のアンドロイドは試作品という事もあり、今のものとは比べ物にならないぐらい粗末な物だった。

 人間の補助なしでは歩く事さえままならない。

 そのアンドロイド達は個別番号と言うものが与えられた。

 試作品、つまりはプロトタイプの頭文字を取って『P型』と呼ばれる事になる。


 P型は惜しくも作業投入される事は無かったが、その時代から更に200年たった頃。

 エデンの技術は更に成長を遂げていた。

 ある職員がとある地下施設でとっくの昔に機能停止していたはずのP型アンドロイドを発見する。

 その事を皮切りにエデン内でクーデターが起き、エデンは崩壊への道をたどる事になる。


---


 ネシアから渡された『データログ』というものを読み終える。


「因みにこのデータログって奴もこの文章の中に出てくる科学という要素がふんだんに詰め込まれているものだ」


 ゼノも昔子供に読み聞かせるような本の中で科学というものが出てきたのを覚えていた。


「でもこれって1000年前の出来事ですよね?」

「ああそうだ、僕も到底信じられなかったんだが現にアンドロイドという存在が生まれた、いや、蘇ったと言うべきか。とにかく奴らは目の間に現れ人々を襲った、それは紛れもない事実なんだ」


 ゼノもアンドロイドを目の前で見ていた。

 とてもその存在を否定することなどできなかった。


「僕は他のデータログも見てみたんだが、このエデンのクーデターを切っ掛けに人類の数と共に生活レベルも落ちてしまっている」


 ゼノにも心当たりがあった。

 もし科学が存在していてこのデータログの通り、魔法の技術と科学の技術が合わさればこの世界の技術レベルは今よりもっと高かった筈だ。

 しかし現実は科学どころか魔法すら消滅していた。

 人類の人数は大幅に減少し、エデンと言う一組織だけでその人数を把握できる程に。

 その少ない人類もアンドロイドにより虐殺されてしまった。


「あの、エデンにいた人達はどうなったんですか?」

「隠しても意味がなから言うけど、おそらくもう・・・」


 では今この世界で生きている人間はネシア、ゼノ、リリーの3人だけと言う事になる。


「今アルビオンがどういう状態なのかはわからない、そもそも何故暴走したのかさえ・・・

とにかくしばらくここに身を隠す必要がある。幸い食糧にはまだ備えがある筈」


 そういって部屋の壁をコンコンと叩く。

 すると何かのスイッチが入った音がする。


「よいしょっと」


 ネシアが壁を横にずらすと、埃が経ち、悪い空気が流れる。

 咳を抑えながら中へ入っていく。


「あったよ!」


 ネシアの嬉しそうな声が響く。

 ネシアの手招きでおそるおそる中へ入っていくゼノは歓喜の悲鳴を上げる。


「すげー!」


 実に子供らしいリアクションに、自然とネシアの顔も緩む。


「原始的な保存方法だけどね、ほら!」


 ネシアがゼノにある物体を見せる。

 中身にはコッペパンが入っていた。

 長期間放置されていたにも関わらず鮮度を落とさずにいたそれにゼノは喜んで噛り付く。


「密閉された入れ物の中に保存したい食べ物を入れることで通常よりも長く持たせる知恵だよ」


 得意げに語る。


「その方法を応用して、この小部屋を密閉空間にしていざという時に役に立つようにある程度保存食を入れておいたのさ、10年前にね」


「どうやら密閉し切れてなかったみたいだけどね」と埃を眺めながら笑みをこぼす姿に、初めて人間味を感じる。


――この人は信用するに値する人物だろう


 ゼノはそう思う。

 同時に食料を確保したという安心感も得る。


 これならリリーもしばらく大丈夫だ。

 やさしさからそう考えたゼノはネシアに問いかける。


「リリーはいつ起きるの? ごはんとかは大丈夫?」


 その問いにネシアが凍りつく。

 何かまずかったのか、もしかしたらリリーは助からないのか不安がゼノを襲う。


泣きそうになっているゼノを見て、ネシアが慌てた様子で答える。


「大丈夫、彼女は生きているよ。ただ……」


 ネシアは言いあぐねている様子だった。

 ゼノは急かすように再び問いただす。

 観念したようにネシアが答える。


「彼女が目を覚ます様子が無いんだ。

もしかしたら一年、十年目を覚ます事が無いかもしれない。

昏睡状態ってやつなのかな……」

「そ……んな……」


 動揺を隠せないでいるゼノに励ますようにネシアが肩を叩く。


「でも死んでいる訳ではないんだ!きっといつか目を覚ます。

それまで二人で頑張ろう」


 ゼノを励ます姿は、出会ったころとは真反対で、きっとこの姿こそが本来のネシアなのだろう。

 ネシアのやさしさに触れながら、涙を拭い笑顔で答える。


「うん、頑張ろう!」


 極限状態の中で出会った二人の間に、確かな絆が生まれた瞬間だった。

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