第152話 手紙
「来ましたぞ、シオン先生!」
喜色満面という感じで、ゴルトバ伯爵が僕に手を振っていた。
彼の手にはいくつかの手紙が握られている。
ここはゴルトバ伯爵の家。
僕と姉さんは居間のソファーに座ってくつろいでいるところだった。
ウィノナは僕たちの横で美しい姿勢のまま佇んでいる。
特に用事がない時は休んでいいとは言っているんだけどな。
それはそれとして。
僕はゴルトバ伯爵から手紙を受け取った。
差出人は怠惰病研修会に参加していた僕の生徒たち。
まず目に入った名前に、僕は思わず笑みを浮かべた。
「エリスさんだ」
エリス・エシャロスは元問題児グループの一人。
妙に猫に好かれた女の子で、負けん気が強いけど優しい生徒だったことを思い出す。
たしかエリスさんの出身はロッケンドだったはずだ。
伯爵やウィノナが嬉しそうに顔を綻ばせる。
僕は逸る気持ちを抑えきれず、手紙に目を通した。
『シオン・オーンスタイン先生
拝啓、時下ますますのご活躍のことお慶び申し上げます。
現在はメディフにご滞在とのこと。ご壮健でなによりです。ゴルトバ伯爵も矍鑠(かくしゃく)としているご様子で、研修会でのことを思い出し、思わず笑みがこぼれます。
さてご要望にあった妖精の住処の調査に関してですが、早速調べてみました。
魔力を持つ人間で、妖精が生息する地を観察してみたのですが――自然物から魔力が発生することを確認しました。
複数の妖精が住まう森を調査したので間違いないかと思います。
ですが、聞いた限りではアルスフィアよりも魔力の量や数はかなり少ないようです。
しかし間違いなく岩や木々、湖などの自然物から魔力は発生しておりました。
以上が調査の結果です。これがシオン先生のお役に立てることを祈っております。
もしもロッケンドに来る際には是非ともご連絡ください。
エシャロス家総出で歓迎させていただきます。
メディフに行ったのなら、当然ロッケンドにも来ますよね?
末筆ながら、書中をもってお礼申し上げます。敬具』
僕は伯爵と視線を交わした。
「や、やはり、ロッケンドでも妖精が住まう場所では魔力が発生してるようです」
「ほ、他の国ではどうでしょうか!?」
伯爵に言われて、他の手紙も確認してみた。
アドン、プルツァ、そしてリスティアでも同じ結果だった。
これはつまり。
僕は緩慢に首を動かした。ゴルトバ伯爵と目が合う。
伯爵はわなわなと震えていた。きっと僕も同じ状況だっただろう。
僕たちは大きく頷き、そして同時に言い放つ。
「「やっぱり妖精が魔力を生み出しているかもしれません(ぞ)!?」」
妖精がいる場所の自然物には魔力が発生している。
それはつまり妖精が魔力を生み出し『自然物に魔力を与えている』と考えても不思議はない。
もちろんすべての魔力の源が妖精であるという証拠にはならない。
自然物に魔力が帯びている場所に妖精が集まっているだけ、という可能性もある。
だが、妖精の生態、鱗粉のような魔力を落とすこと、魔力の特性を妖精自身が持っていることを考えると、やはり『妖精が魔力を生み出す根源』である可能性は高いと思う。
これはつまり妖精があらゆる可能性を秘めているということだ。
なぜなら僕が知っている魔力や魔法は、基本的に体内の魔力を使ってのものだからだ。
エッテントラウトのように魔力を放出する生物がいても、その魔力量は少なく、また発生条件は非常に限定的で、何かに活用するのは難しい。
しかし妖精ならば?
あるいは妖精が魔力を与えた自然物ならどうだ?
あらゆる可能性が模索できるんじゃないか?
魔族への新しい対抗手段。
新たな魔力の活用方法。
そして、新たな魔法の可能性!
妖精に協力してもらえば。
あるいは妖精が関わる自然物や環境を利用すれば。
更に魔法学を進展させることができるのだ。
「伯爵!!」
「先生!!」
僕とゴルトバ伯爵は頷きあった。
「これは間違いなく史上初、妖精学における大発見ですぞ!」
「魔法学の新たな発見! 大きな進歩を遂げるでしょうね!」
僕たちは、がしっと互いに握手した。
「妖精学の!」
「魔法学の!」
「「発展のために!!」」
二人して目をキラキラと輝かせ、未来に思いを馳せた。
ああ、なんて最高な気分だ。
ただ妖精が魔力を生み出している可能性が高くなった、それだけのことで、こんなにも気分が高揚するなんて。
隣で僕たち二人の動向を見ていた姉さんとウィノナは、くすりと笑った。
もう慣れっこだと言いたげな表情だった。
●〇●〇
そろそろ就寝時間だというのに僕の頭は冴えに冴えていた。
伯爵家のベッドは広く、ふかふかで寝心地がいい。
家具や装飾品は少ないのに、寝具にはかなり気を使っているようだった。
広い屋敷に住んでいながら侍女がいないため、掃除が大変なんじゃないかと思っていたけど、数日に一度、ハウスキーパー的な人が来るようになっているらしい。
そこまでするなら侍女を雇えばいいのにと思わなくもないけどゴルトバ伯爵曰く、他人が常に傍にいるのが嫌らしい。
伯爵らしい考え方だ。
客間の一室。ベッドの上で、自分の書いた魔法書を読んでいた。
魔力や魔法の概要、特徴、放出方法、鍛錬方法などなど、僕が研究した内容がすべて記述されている。
鼻歌交じりに目を通すと、感慨深かった。
魔法のない世界で、一から魔法を生み出した。
ここまでやってこれたのは僕一人の力じゃない。
たくさんの人に支えられてきたのだ。
僕は魔法書を鞄に入れて、天井を仰いだ。
「……みんなに感謝しないとね。いや、感謝だけじゃない。行動しないと」
僕が感謝を告げても誰もが、気にするな、これくらい当然だと言ってくれるだろう。
でもそれじゃダメだ。
人や環境に恵まれていることを忘れてはいけない。
最近も、僕のわがままで姉さんやウィノナを巻き込んでしまっているし。
ゴルトバ伯爵は僕の同志だし、ドミニクは仕事だからちょっと違う。
もちろん二人にも感謝はしてるけど、やっぱり姉さんやウィノナに比べると、自分のためという側面はあるだろう。
姉さんとウィノナは僕に付き合ってくれているだけだしね。
「二人になにかしてあげたいな」
そう思いながら窓の外を眺める。
すると小さな魔力の玉がぽつりぽつりと浮かんでいるのが見えた。
まさかメルフィがついてきたのか?
アルスフィアからここまでそう遠くはないけど、一人で来るなんて危ない。
妖精は、夜に出かけることは少ないらしいけど、それでも彼女の好奇心の強さを考えるとありえないことじゃないと思った。
僕は慌てて窓を開けると、頭を突き出して周囲を見渡した。
メルフィは……いないみたいだ。
じゃあ、あの魔力の玉は一体何だったのだろうか。
僕は寝巻の上に上着を羽織ると、カンテラ片手に伯爵家を出た。
夜の街は静まり返っている。不気味な様相を呈しつつも、どこか幻想的な空気が漂っていた。
魔覚を使うと、ほんの少しだけ移動している魔力の存在を感じ取った。
他の魔力は止まっている、つまり寝ている人たちの魔力だろう。
今のところ、僕の魔覚は最大20メートル程度。
それ以上の距離はまだわからない。
見失わないようにしないと。
たまに寝ている酔っ払いを素通りして、僕は通りを抜けた。
街頭代わりの雷光灯が点在してる。小さくパチパチと音が鳴っているが、それほど響いてはいなかった。
魔力の気配を追ってしばらく歩くと、交差路に辿り着いた。
そこには巨大な噴水があった。
大理石を思わせる綺麗な石造りの噴水だ。
月明かりを反射している様は、美麗で思わず目を奪われた。
噴水の水は透き通っていて、不純物が一切ないように見えた。
噴水近くには舞台を作るための材料や、出店用のテントなどが大量に置かれている。
「そうか、妖精祭がもうすぐあるんだっけ」
すっかり忘れていたが、そんな催しがあると数週間前に聞いていた。
すでに開催されていたかと思ったけど、準備に時間がかかったんだろうか。
この時代のイベントって結構スケジュールが適当だったりするんだよね。
そりゃ車も電車も飛行機もないんだから、日時をきっちり決めると困るんだろうけどさ。
魔力の気配は消えていた。
あれは誰の魔力だったのか。
近くであれば何となく魔力の持ち主の特徴や魔力種がわかるんだけど。
気にはなるけど、ここで突っ立っていても意味がない。帰るか。
踵を返し、伯爵家へ向かおうとした僕の視界に、妖精祭と書かれた小さい看板が目に入った。
妖精祭か。
どんな内容なのかは知らないけど、妖精という言葉を聞き、僕はほのかに高揚した自分に気づいた。
「そうか、これだ!」
正直、僕は甲斐性がない。
プレゼントしたり、お出かけしようと誘ったり、喜ばせるなんてことができない人間だ。
まあ、童貞だし、魔法の研究ばっかりしてるし。
だけど今回の僕は違うぞ!
二人にいつもの感謝を込めて、妖精祭に誘うのだ!
二人へのプレゼントを何にするか考えないとな。
そんなことを考えながら、軽い足取りで伯爵家へと向かった。
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