第99話 これが魔力です
エゴンさんに案内されてた部屋、教育長室で僕は待機していた。
何の変哲もない部屋だ。
ただソファーと机と本棚があるだけ。
落ち着かないし、学校へ通っていた頃、校長室に入った時のような感覚に襲われていた。
僕はソファーに。ウィノナとエゴンさんは壁際に立っている。
無言である。
なぜならば僕が緊張しているからである。
授業間近となり、一気に緊張が押し寄せてきたのだ。
もう吐きそうだ。
心臓がバクバクいってる。
やばい。久しぶりにこんな感じになった。
あれだ。
学生なら体育祭とか文化祭とかでなぜか大きな役目を任されて、全校生徒の前で挨拶する直前みたいな。
どうせなら早く本番が来てくれと思うのに、一生来ないで欲しいとも思う矛盾的な感情。
生殺しって奴だ。
僕はそわそわしてしまい、ソファーに座り、立ち上がり、部屋をうろうろして、思い出したように教科書を確認し、持ち物を確認し、そして座る。
そんなことを繰り返してしまっているものだから、ウィノナがいつも以上に不安げだ。
「あ、あのシオン様。大丈夫ですか?」
「だ、だだだ、大丈夫!」
「そ、そうですか?」
明らかにそうではない。
しかし大丈夫でなくとも逃げられないわけで。
ああ、患者を治療している場面に立ち会ってもらって、適当に説明する感じだったら楽なのに。
人数が多い分基本的にはそれは難しいし、仮にできても座学は必要になる。
全員の前で話すということは避けられない事態なのだ。
多数の視線をこの身で受けることは必至なのだ。
やだやだ。
考えないようにしていたけど、やっぱりやだ!
やだ! 逃げる! もう帰る!
そんな風に思っても、逃げられない性分だから、逃げない。
僕がおろおろすると、ウィノナもおろおろする。
そんな僕達の様子を見てか、エゴンさんはおもむろに歩み寄ってきた。
「シオン様」
「な、なんでしょう?」
「シオン様は確か、アドンの貴族の方をぶん殴っちゃったと聞いております」
真面目な顔で、おかしなことを言っているエゴンさんを見て、僕は激しく動揺した。
「え? は? え、ええ……まあ、はい。ぶん殴っちゃいましたね」
「なるほど。授業を受ける方々はみなさん、貴族ということは当然ながらご存じでございますね?」
「ええ、まあ。それは何度も聞いているので」
エゴンさんは鷹揚に頷いた。
「でしたら何かありましたらぶん殴っちゃえばよろしいかと思います」
真顔で言い放つものだから、僕は思わず吹き出してしまった。
この人は何を言いだすのか。
「ぶふっ! ふ、ふふ、へ? い、いやダメでしょ!」
「ダメですね。ダメですが、一度シオン様はやっちゃってます。
でしたら二度や三度くらいならばいいじゃありませんか」
「暴論過ぎる!」
「暴論です。しかしそれくらいの心意気でいればよろしいのではありませんか?
何も死にはしません。失敗しても、どうにかなります。多分、きっと」
ならないと思うけど。
エゴンさんの言葉は、妙に心地よく心に届いた。
彼は真っ直ぐに僕を見つめ、表情を崩さない。
言葉はおかしいけど、佇まいは執事然としていた。
彼が言いたいことが何となくわかった。
事前に気を揉んで、心配しても意味はないってことだ。
僕はもうやれることをやったし、実績もある。
だから成功できるかどうかは僕にかかっている。
そのプレッシャーで自分を追いつめてしまったけど、それは意味のないことだ。
やるしかないんだから。
だったら失敗を考えるより、成功を考えるべきだろう。
どうすれば成功するのかを。
少なくとも、ここでうだうだと言うことは、成功の条件には合致しない。
そう考えると少しだけ落ち着いた。
今までどれほどの苦難を乗り越えたと思っているんだ。
これくらい大したことじゃない。
「大分、落ち着かれたようですね。さすがでございます」
「い、いえ。お手数おかけしました」
「いいえ。私にできることはこれくらいしかございませんので」
慇懃に礼をすると、エゴンさんは再び壁際に戻っていった。
演技、だったのだろうか。
彼の言葉は、僕が最も受け入れやすい口調でもあった。
さっきのメイド達に対する態度を見てのことだったのか?
もしもそうならば素晴らしいほどの観察眼と応用力だ。
女王に信頼される執事ともなれば、これくらいは当然なのだろうか。
僕も単純だな。
でも今までこんな風に言われたこと、なかったかも。
何だか、ちょっと嬉しかった。
ウィノナを見るとなぜか、少し複雑そうな顔をしている。
僕と目が合うと、慌てて目を逸らした。
彼女との関係性は少しは変わっているけど、まだまだ距離があるからしょうがないか。
そんなことを考えていると扉が叩かれた。
エゴンさんが扉を開くと、どうやらメイドが迎えに来てくれたようだった。
緊張の面持ちで、妙に整った顔立ちのメイドが扉前に立っている。
「さ、参加者の皆様が集まりましたので、お、お呼びに参りました」
「ありがとう。それじゃ行こうか」
僕が言うとウィノナとエゴンさんは流麗に首肯する。
さて、どうなるか。
不安はある。
しかしさっきとは違って、緊張感は薄れた。
下準備はした。
もう大丈夫だ。
きっと。
さあ、行こう。
僕は教育室から外に出た。
朝よりも足取りは少しだけ軽かった。
●○●○
講堂。
学内に置いて最も広い部屋であり、講義を行えるような設備が揃っている。
その部屋の前に僕は立ち尽くしていた。
後ろではウィノナとエゴンさんが僕の動向を見守っている。
他のメイド達は講堂後方の扉前でスタンバイしている。
もちろん全員ではない。さすがにそれだけの人数は入れないし。
精々、20人くらいだ。
生徒達それぞれに付き人がいるみたいだけど、全員を入れると邪魔で仕方がないし、断っている。
授業中は外で待機している形だ。
一応、別室を用意しているので問題はないはず。
不満はありそうだけど。
僕が入ると同時に彼女達も部屋の後方から入室する形だ。
講堂内には200人が座れるようになっている。
大学のように地面は斜面になっており、後方からでも正面が見えるようになっている。
すでに研修生達は講堂内にいるはずだ。
中からは話し声が聞こえている。
学校に通っていた頃を思い出した。
あの時は生徒の立場だったけど、今日は教師の立場だ。
入ってすぐのシミュレーションはバッチリだ。
まずは真っ先に教壇へ向かい、そこで話す。
最初は歩くだけ。簡単なことだ。
僕はウィノナとエゴンさんに振り向き、頷いた。
二人が頷き返してくれると、意を決してすぐに扉を開く。
引き戸が開かれ、ガラガラという音が響き渡った。
室内の会話が一気に途絶えた。
気まずい。
しかし気にしてはいられない。
正面に教壇が見える。
よし、行くぞ。
左側は見ない。生徒達がいるからね!
ぎこちなく教壇まで歩き、僕は教室内を見渡した。
120人。
内訳、119人が貴族、1人だけが平民。
平民の男の子は教室の端っこ、みんなとは離れた場所に座っている。
中には白髪の老人もいた。
彼には魔力がない。
ないのだが、なぜかここにいる。
あれ? ちょ、え? なんでいるの?
聞いてないんだけど?
内心の動揺を思い切り顔に出してしまっていた僕は、すぐに表情を取り繕う。
理由はわからないけど、最初が肝心だ。
なぜいるのか考えるのは後にしよう。
僕は一拍置いて、視線を右から左に動かしながら、咳払いをしてゆっくりと話し始めた。
「んっ、んん! は、初めまして。僕はシオン・オーンスタインと言います。
今日から皆さんに、怠惰病治療に関しての研修をさせていただくことになっています。
三ヶ月という期間は少しばかり長いかと思いますが、頑張っていきましょう」
おお、なんということか。
視線が突き刺さる。
それだけならいいんだけど。
ものすごい睨んでくる人がいる。
怪訝そうに見てくる人もいる。
バカにするような人もいるし、むしろすでに話を聞いてない人もいる。
寝てる人もいて、小声で話している人もいる。
新任教師の心境ってこんな感じなんだろうか。
これは心が折れる。翌日から出勤したくなくなるな。
いや、僕は逆に少し安心したけど。
だってみんな僕に一切、興味がないみたいだし。
期待の目を向けられると緊張するけど、興味がないのなら心は楽だ。
なんだかいつもの調子が戻ってきたかも。
なんて思っていたら、何人かの顔が目に入ってきた。
一人は僕をじっと睨んでいる。
しかし、その彼女は僕を敵視しているようには見えなかった。
真剣な表情だったからだ。
僕の言葉、一挙手一投足を見逃さない、そういう目をしていた。
他にも気になった子もいる。
なぜかニコニコしている女の子とか、さっきの平民の男の子とか。
やはり一番目立っているのは後方にいる老人。
彼はじっと僕を見て、品定めをしているように見えた。
お目付け役という奴だろうか。
なんか緊張がぶり返してきた。
気にせず、話を進めよう。
「今日はすでに夕方ですし、明日からのスケジュールや内容を軽く話して終わります。
すでに日程に関しては教科書と共にお渡しているかと思いますので、そちらを参照ください」
教科書。これは魔法書に書かれている怠惰病治療に関する記述を書き写したものなので割愛。
スケジュールに関しては大まかな日程が決まっているだけで、内訳は未定な部分も多い。
初の試みだし、進捗によっては大幅に内容を変えることになるからだ。
「まず最初の一週間は怠惰病治療に必要な魔力解放の授業を始めます。
魔力とは、体内に巡る生命力と精神力に大きく作用する、力の名前です。
誰しも持っているわけではなく、素質ある人が持っているものです。
そして魔力を持っている人間でなければ怠惰病にはならず、そして怠惰病患者を治療することもまた魔力ある人間でしかできません。
すでにお聞きと思いますが、ここにいる人達のほとんどは、魔力を持っている方々です」
聞き覚えないだろう言葉を並べた。
そのため僕はできるだけゆっくりと喋った。
しかし話している最中も反応は薄い。
一応、事前に研修生に選ばれた人達には、魔力の説明はされている。
それに教科書にもスケジュールが書かれた紙にも魔力という記述はある。
だからと言ってそれをすぐに受け入れることはできないだろう。
そういう理由から僕としてはもっと何かしらの反応があると思ったんだけど。
手ごたえがないな。
とにかく話を進めるしかないか。
「その後、状態を見ながら魔力のコントロールを練習し、治療に関しての知識を学びつつ、実際に治療していくことになります。
三ヶ月というのは最大の期間であり、早い段階で治療が可能となった場合は、こちらから卒業の許可を出すことになるかと思います」
ここで僕は閉口する。
正直、治療できるようになるかどうかわからない、という言葉を言いたかった。
けれどそれを言ってしまえば、失敗時の言い訳になるし、何よりだからなんだという風な印象を与えるだけだ。
失敗するかもしれないけど、とりあえず頑張ろうなんて言っても気分が萎えるだけ。
それに……失敗したら僕達の立場は危うい。
どっちにしろ一緒ならば、無言実行した方がいい。
「授業内容は今のような座学と実技の二通りになるかと思います。
卒業試験では実習を行い、患者さんを治療することになりますので、覚えていてください。
ここまでの説明で何か質問はありますか?」
僕が言うと、誰もが顔を見合わせる。
貴族と言っても、反応は一緒なんだな。
学生時代を思い出すと、こういう態度をしていたような気がする。
とりあえず周りを確認したりね。
「じゃあ質問」
「はい、どうぞ」
金髪碧眼のどこにでもいる容姿の少年が気怠そうに言った。
もちろん座ったままである。
この世界に僕の知っているマナーは通じない。
まあ、敢えて指摘するつもりも、教育するつもりもないけど。
少年は周囲の生徒達と視線を交わして、なぜかニヤニヤし始めた。
なんだ?
何を言うつもりだ、この人。
「あんた何歳?」
見下すような視線と声音だった。
けどそれくらいのことは想定しているし、そもそも何十、何百と言われてきたことだ。
動揺は微塵もなく、僕は淡々と答える。
「十三歳ですが」
「あははは! 十三? 十三歳のガキがオレ達に授業するって?
マジかよ、勘弁してほしいわぁ」
僕から見れば君の方がガキなんだけどね。
まあ、これくらいの反応は予想していた。
ただ思ったよりも低俗な感じだったけど。
貴族だからと言って礼節を重んじているわけじゃないということだね。
「年齢は関係ないかと思いますよ」
「へぇ? 関係ない? そりゃそうか。そうだよな。
だって怠惰病治療をできる唯一の人間なんだからよ。年齢は関係ない。そうだな。
じゃあ、先生よ。そろそろ本題に入って欲しいんだわ」
「本題?」
何が言いたいのかわからない僕は首を傾げる。
ここに来て、なぜか室内がざわめき始める。
なんだ、どういうこと?
僕は疑問符を頭に浮かべることしかできず、少年の言葉を待った。
「わかってるくせによ。茶番は終わりってことさ。
そろそろ教えて欲しいんだわ。本当の怠惰病治療の方法についてな。
そのために集めたんだろ? オレ達を」
何を言っているのかわからなかった。
しかし彼以外のみんなも僕を見て、何かを聞きたがっているように見えた。
彼の取り巻き以外も同じような反応だったのだ。
「誤魔化しはもういいよ。もう嘘を吐く必要はないだろ。
それともこいつが本当のことだとでも言うのかい?」
パンパンと教科書を叩きながら、嘲笑を浮かべる少年。
僕はただ少年の動向を観察した。
「さすがに、こんな馬鹿らしいことを本気で信じてる奴はいない。
だけど、わかんだ。そりゃ、小国であるリスティアの唯一と言ってもいい特権だもんな。
世界中で蔓延している怠惰病治療ができるってのはでかい。
だからこそ簡単に手放したくない。他国に情報を漏らしたくない。交渉の材料にしたい。そう思ってるのは、もう誰もがわかってる。
だからさ、オレ達もこうしてわざわざ足を運んでやった。
けどさ、ここまでさせておいて、研修自体もその嘘の情報を元に行うなんてしないよな?
それで最終的に、やっぱり無理でした、治せるのはあんただけだ、ってなったら……。
さすがにどこの国も黙っちゃいられないぜ?」
ああ、そうか。
わかった。彼が何を言っているか。
『今まで僕達が開示していた情報は嘘だろうと思っている』ってことだ。
もちろん怠惰病患者を治療したという実績はある。
そんな嘘を吐けば国際問題になるし、国をあげて偽装するにも限界があるし、そんなことをする馬鹿な王は存在しない。
そこまでの馬鹿ならば国はすぐに崩壊するからだ。
しかしミルヒア女王は賢明な人だし、他の国の王もそれを知っているはず。
だから怠惰病治療ができるという部分は信じているのだろう。
しかしその方法自体は信じていなかった。
改めて考えれば得心いった。
そもそも魔力なんて存在があるなんて信じられるはずもないだろう。
だからその部分だけは嘘だと断定して、推測した。
結果『怠惰病治療自体はできるが、魔力は嘘』という風に決めつけた。
それでも女王の言葉だからとりあえずは指摘せずに、それは事実だろうという体を保った。
それはあくまで他国からすれば体裁を保つためにそうしてやった、ということだ。
僕にとっては、自分で見つけ、開発した魔法という技術だから当たり前だと思っていたけど。
他の人間からすれば、正気を疑うほどの非常識なことだ。
「メリットはあった。だから集まった。だけど、これ以上はデメリットの方が多い。
わかるかい、先生? ここが限界のラインだってことだよ」
頬杖を突きつつ、退屈そうに呆れたように少年は言った。
彼の言葉が真実だとしたら、なるほど、僕は正しい情報を生徒達に与えなければ、立場を危うくするだろう。
しかし実際に魔力は存在するし、怠惰病治療をするには魔力の存在が不可欠だ。
「茶番はもういい。そろそろ教えちゃくれないかい?
怠惰病治療の方法をさ。いい加減、飽き飽きしてるんだわ。
こんな場所まで足を運んで、疲弊してるし、苛立ってる連中も少なくない。
女王様に何を言われたかわかんないけどよ、子供でもわかるだろ? どうすべきか」
僕は思案する。
彼の言葉遣いはやや辛辣で粗暴で一方的だ。
しかし筋は通っているし、感情的な部分はできるだけ排している。
好感触ではないけど、納得できる内容ではあった。
「なるほど、正論ですね」
「だろ? じゃあ、教えてくんねぇ? 本当の治療方法。
まっ、説明だけでいいよ。今日はもう遅い時間だしな」
「そうですね。その前に、ちょっとカーテンを閉めましょう。
メイドさん達、お願いします」
僕が言うと、教室の後方に立っていたメイド達が慌てて部屋のカーテンを閉めはじめた。
真っ暗とは言えないけど、薄暗くなり、明らかに光は遮断される。
「お、おい! 何するつもりだ!? く、口封じでもするつもりか?」
「そんなことしませんよ。それこそ国際問題になってしまうじゃないですか」
「じゃ、じゃあ、何を」
「ですから怠惰病治療の方法をお見せしようと思います。見ていてください」
「見せるって……患者もいないのによ」
不満げな口調だったけど、少年は静かになった。
態度や口は悪いが、聡明な少年なのかもしれない。
幼さはあるけど、理解力はある。
とりあえず見てから考えても遅くはない、そんな感じだろう。
まあ、次の一言でその考えは一変するだろうけど。
「ではみなさん、今から魔力を見せます」
「あ!? 魔力!? まだそんなこと言って――」
僕は右手の平を正面にかざした。
手から現れたのは淡い光。
「――んのか、よ……?」
少年や他の生徒達も驚愕の表情を浮かべ、魔力の光に視線を向ける。
魔力の光自体は普通の光と違い、辺りに反射しない特性を持っている。
しかし闇に浮かび上がる魔力の光は、普段よりもより強く存在を主張する。
光は僕の手のひらを離れて部屋中央の通路をゆっくりと進み始める。
誰もが光を注視し、近づくと反射的に距離を取った。
その光は部屋の中央で止まり、突然上空へ昇る。
全員が見上げる。
光は天井付近で破裂し、室内に光の粒子が飛び散る。
天井という蓋があるにもかかわらず、天には星々が燦然と輝く。
瞬き、消えて、また浮かんで、揺らめく。
生徒達の視線は天井へと釘付けとなっていた。
「綺麗……」
誰かが言った。
ほう、とため息が響いた。
数秒だけの天体。
それは徐々に終わりを告げる。
星々は重力に誘われるようにゆらゆらと地面に落ち始める。
それは舞い散る雪のように。
ゆっくりと落ちていった。
突如現れた光に驚き、離れていた生徒達は、振ってくる魔力の雪を前に、自然と手を出した。
手のひらに落ちたそれを見つめ、そして呟く。
「あったかい」
誰かが言ったその言葉を受け、一人二人と魔力を手に取る。
温かい。そして感触がある。
それを『彼等は身を以て知った』。
魔力は徐々に消えていく。
そして、やがて光はすべていなくなった。
誰もが声を失っていた。
そんな中、僕がゆっくりと言葉を紡ぐ。
「これが魔力です」
その言葉だけで、生徒達の間に衝撃が走ったことは間違いなかった。
息を飲んだ。
その感情は理解できる。
僕も初めて魔力を見た時、感じた時、自分が生み出せた時、同じことを思ったのだ。
こんな素晴らしいものが存在するのか、と。
魔力自体には大きな力はない。
けれど人は魅入られる。
魔力そのものの不可思議な力によって、好奇心を刺激される。
それは可能性だ。
未知への興味であり。
そして、根源的に人が望む、人の領域を超えた力の存在。
だから惹かれる。
僕はそうだった。
生徒達はどうだろうか。
そんな不安はあった。
しかしそれは杞憂だったようだ。
「魔力……って、本当にあったんだ」
「あれが? 魔力……?」
「う、嘘だろ。あ、あれは嘘の情報だと思ってたのに」
「信じられん……し、しかしあの光は」
「……とっても綺麗だった」
焦がれるような表情。
それぞれ惹かれた理由は違うだろう。
しかし魔力を持つ者の宿命として、魔力に興味を抱くものだ。
だって特別なのだ。
存在自体が特別なのだ。
だったら興味を持って当然だと思う。
少なくとも僕はそう思う。
僕は視線でメイド達にカーテンを開けるように指示した。
部屋が一気に明るくなる。
すると全員の表情がより鮮明にわかるようになった。
まるでおもちゃを前にした子供のような顔をしている。
しかしその表情は一瞬で、ほとんどの人達はすぐに我に返った。
「魔力は存在し、そして魔力は怠惰病患者達を治療する最も重要な要素です。
先程申しましたが、みなさんにはまずは魔力を扱えるようになってもらいます」
「お、俺達にも同じようなことが?」
「できます。まったく同じことができるにはかなりの鍛錬が必要ですが。
魔力を生み出すこと自体は、そう時間をかけずにできるはずですよ」
少年の目が輝いた。
しかし周囲の視線を集めていることに気づいたのか、顔を赤くして慌てて仏頂面になってしまう。
何この子、可愛いな。年齢的には多分、年上なんだろうけど。
「とりあえずは納得頂けたようですね。では今日の説明はこれで終わりとします。
質問は――」
ほぼ一斉に生徒達が立ち上がると、僕の下へ駆け寄ってきた。
なにこれ、怖い。
勢いと顔が怖い。
「ま、魔力を出す時、どんな感じですか!?」
「え? そ、そうですね。温かくなって力が外に出る感じ、ですかね」
「魔力っていろんな形で出せるんですか!?」
「まあ、そうですね。ただしイメージが必要なので、複雑な形は鍛錬が必要に」
「出して! もっと魔力出して! 見せて!」
「い、いや、今日はもう終わりで」
「あれ。先生って結構、筋肉ありますね。身体は小さいのに」
「ち、小さい!?」
「どっかに何か装置があるんじゃないのか? 服の下とか」
「な、ない! ないから! 服の中に手を入れるのはやめて!」
もみくちゃである。
生徒の半分近くが僕にあれやこれやと質問し、身体をまさぐっている。
あ、や、やめ!
これ以上されると色々とまずい。
女性も沢山いるけど男性も多い。
つまり嬉しくない。
「あああああ! もうやめてぇ!」
僕は生徒達の間を縫って、瞬時に移動した。
思わず軽くブーストを使ってしまったが、仕方ないじゃない。
「と、とと、とにかく、今日は終わりです! 明日からよろしくお願いします!
それじゃ!」
僕は逃げるように講堂を出た。
ウィノナとエゴンさんもなぜか走り、廊下を抜ける。
「上手くいったようですな」
「上手くいきすぎました!」
「だ、大丈夫ですかシオン様! 服がめちゃくちゃに!」
引っ張られたのか、服がだるっだるだ。
ほんっと、子供かあの人たちは。
まあ子供なんだけど。
「シ、シオン様、なんだか嬉しそうですね」
「え? 僕が?」
ウィノナに言われて、自分が笑っていることに気づいた。
そうか僕は嬉しかったんだ。
さすがにあれはちょっと興奮しすぎだとは思う。
でも気持ちはわかるし、僕も嬉しかったのかも。
魔力に興味を持って、綺麗だって言ってくれた。
自分が褒められてる気分になった。
僕が好きな魔法を好きになってくれた気がした。
……まあ、魔法は使えないから、魔力の事しか教えられないけど。
でも思ったよりも上手くスタートを切れた。
まだ楽観視はできないけど。
始まる前よりも楽しみな気持ちが大きくなっていた。
きっと生徒達も同じ思いだと信じて。
明日の授業を楽しみにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます