第52話 新たな協力者
グラストさんの家。一階。店内奥、居間。
グラストさんには申し訳ないが、そこは一般的な家屋の広さしかなく、数人が入れば手狭に感じる程だ。
そこに四人が集まっている。
バルフ公爵の命により集まった面々だ。
僕の手伝いをするという名目はあるが彼等の心の内は、不思議と手に取るようにわかった。
張り詰めた空気の中、引きつる頬を何とか諌め、僕は口腔を開く。
「え、えと、それじゃ自己紹介を。僕はシオン・オーンスタイン。
バルフ公爵の命で怠惰病の原因究明と治療方法模索、それに加えて『五日前』の夜に起きた見えない魔物の調査とその対策を考えることになっています」
反応はない。
正面に座る三人。
一人は冷淡な表情を浮かべ、一人は厳めしく、一人は興味なさげにしている。
何となく心境は理解できるけど、何とも言えない気持ちになった。
僅かな間隔を経て、白いシャツを着ている少年が口を開いた。
「俺はコール。コール・アレイスター。医師であるアルフォンス先生の下で助手をしている。
バルフ卿からの勅命で誰とも知らない子供に付き、怠惰病の治療方法を見つけろ、とのお達しがあったためここに来た。
イストリア中の医師が必死で研究しても治療の糸口も掴めない病気の治療を、外部の素人が、しかもただのガキが調査するから手伝えと言われてな。
落ち着いてきたとはいえ現場は人手不足だ。そんな中で坊ちゃんのお戯れに付き合わされる。
はっきり言って無駄な時間でしかないが、公爵の言葉だから仕方なく、ここにいる。以上だ」
明確な敵意と嫌悪を僕に向けてきた彼は、アルフォンス先生の診療所にいた少年だった。
年齢は僕よりも五歳くらい上だろう。
綺麗な顔立ちなためか、歪むと余計に感情的に見える。
しかしその表情の変化は一瞬で、すぐに冷徹な顔に戻る。
凄艶さを感じる空気に、僕はたじろぎはしたが、ぶつけられる敵意に不快感を抱かない。
当然の感情だからだ。
彼の隣、僕の正面に座っている少女が嘆息しながら二の句を継げる。
「コールと言ったな。貴様は無礼極まりない。
相手が例え子供だろうと、公爵の命で仕方なく付き従うことになろうと忠義を以て接するべきだ。
どのようなことにも意味がある。例え成果を出せなくともその過程に意味があるのだ」
仕方ない奴だと肩を竦めた少女は、顔や体格に似あわない鋼鉄の鎧を纏っている。
彼女はフォローをしているつもりだろうが、僕を貶める言動だった。
まあ、別に気にしてないけど。
歳にして十五歳くらいかな。
華奢ではないが冒険者や傭兵、兵士としては些か心もとない。
金色の髪を頭の後ろでまとめて、少年に近い雰囲気さえ纏っているが、胸の膨らみと妙に高い声音が女性を主張している。
腰には細剣。使い込まれていないことは明白で、かなり心もとない。
はっきり言えば姉さんの方が剣士としては上だろう、と思えるくらいの佇まいだった。
ただ僕は剣士じゃないし、相手の力量を正確に測れるくらいに強くはない。
しかし彼女が醸し出す雰囲気は剣士や騎士のそれではないことは確かだった。
なんてことを僕が考えているなんて夢にも思っていなさそうだけど。
コールが小さく舌打ちをしたが、少女には聞こえなかったようだった。
僕からはコールの表情が見えたから、小さな音の正体がわかったけど、彼女からは死角だったらしい。
無駄な軋轢は勘弁してもらいので、助かった。
少女はコールが何も言わないので、理解したと勘違いしたらしく鷹揚に頷いた。
見目麗しい少女の所作としては適当ではないように思えた。
少女は自信に満ちた顔のまま続ける。
「私はラフィーナ・シュペール!
リスティア国ゼッペンラスト領を統治する我が父アルフレッド・シュペール侯爵が嫡子!
イストリア第七十五親衛騎士隊……のラフィーナ・シュペールだ!」
知らないな。
誰だろう?
というかゼッペンラストってどこなんだろうか。
聞いたことないけど。
それになんで自己紹介なのに父親の名前を名乗るんだろうか。
貴族、なんだよね。
貴族っていうのはそんなものなんだろうか。
それに気になったところがある。
騎士隊の後に続いた言葉が良く聞こえなかったのだ。
聞いた方がいいんだろうか。
聞かない方がいいんだろうか。
あんなに自信満々にキリッとしているし、聞かない方がいい気がするけど。
「第七十五親衛騎士隊って、雑務ばかりしている役立たずの隊だって聞いたけどな。
しかもその中で『兵長』って。人数が少ない隊だから実質下っ端だろ」
「なっ!? 何を言うか!? 私はれっきとした騎士だ!
見よ! この剣を! 陛下から賜りし剣だぞ!」
シャンという小気味いい音と共に抜かれた細剣は手入れが行き届いていた。
美しく、窓から射す日光が反射してキラキラと光っている。
美術品としては高価だろうが、実用性はあるんだろうか。
本人はそれを知ってか知らず、ふふんと鼻を鳴らしてポーズをとっている。
「室内で剣を抜くなよ、騎士様」
皮肉で言われているにも関わらず『騎士様』という言葉をそのまま受け取ったラフィーナは、したり顔で剣を納めると椅子に座り直す。
「ふん。ようやくわかったか」
始まりから波乱しか感じない。
僕は小さく嘆息し、最後の人間に視線を向けた。
彼女はここに来てからずっと本を読んでいる。
硬い革で作られたその本の表紙には『魔物生態学における実用的な知識と対処方法』と書かれていた。
恐らくは彼女が魔物に精通している人間なのだろうか。
髪はぼさぼさで手入れをしているのかどうか疑問だった。
目を覆わんばかりに前髪を伸ばしているため彼女の眼は見えない。
僕達の視線を受けても気づいている様子もなく、自分の世界に入り込んでいるようだった。
歳は多分姉さんよりも少し上。
十三、四歳くらいだと思う。
ただし細く、小柄なもっと幼いかもしれないけど。
「あ、あの、すみませんけど、自己紹介をしてくれますか?」
僕が声をかけると少女はピクッと肩を揺らした。
「…………ブリジット・ギーテ」
声が小さすぎる。
何とか聞き取れはしたが、雑音が少しでもしたら聞こえなかっただろう。
僕は戸惑いを覚えつつも、会話を続ける。
「あなたもバルフ公爵の命で来たんですね」
「……うん」
「魔物学に詳しいとか?」
「……魔物に関してなら……色々、知ってる」
やはり間違いないらしい。
となるとコールが怠惰病に精通しており、ラフィーナが護衛、魔物調査のお供で、ブリジットが魔物に関して詳しい人、ということになる。
確かにバルフ公爵に頼んだことはこれで通ったことになる。
しかしこれは。
なんというか僕という子供にとっては過ぎた人事だけど、僕が怠惰病と未知の魔物対策を練る立場だとすればお粗末なような気がする。
彼等が優秀かどうかは関係なく、ただ人員や環境整備のような観点から考えてのことだ。
ラフィーナはともかく、コールとブリジットはこの仕事に納得していないように見える。
話を通した次の日に命を受けて異動している彼等の心情は、理解できる。
隊に所属するラフィーナ以外は恐らく一般人だ。
突然、翌日に子供の手伝いをしろと言われて、納得できる方がおかしい。
しかしバルフ公爵はこのイストリアを統治している。
彼の命を突っぱねられる人間はこの街にはいまい。
その感情を理解できた僕はすべてを受け入れていた。
一人でもやるつもりだったので、誰かが手伝ってくれること自体、ありがたいと思っている。
とにかく、役者は揃ったわけだ。
「まずは三人共、集まってくれてありがとう。
最初に言っておくけど、今回の任務に関して、僕は決して遊びじゃない。
それに多少なりとも情報や根拠があってのことだよ。
成功するとは言い切れないけど、進展は必ずあると思う」
「……おまえがアルフォンス先生でも見つけられない怠惰病の治療方法を見つけられるっていうのか?」
コールから感じられたのは明らかな憤りとアルフォンス先生への畏敬だった。
彼にとって、アルフォンス先生は尊敬に値する人物のようだ。
しかしそんな感情の機微をくみ取る余裕は、今の僕にはない。
「少なくともその手伝いはできると思うよ。怠惰病の研究はほとんど進んでいない。
原因も不明だし、患者は増えるばかり。だというのに医師達はその治療方法の糸口さえ掴めない」
「医師を馬鹿にしてるのか……っ!」
「いや、違うよ。僕は医学に精通していないし、素人だから。
イストリア中の医師が原因を掴めないのなら、医学的な見地では、きっと誰も怠惰病治療の方法を見つけられないと思う。
当然、僕も。専門家の足元にも及ばないからね。
だから別の切り口から攻める必要があるんだ」
「別の? ちっ! まさか呪術的な方法でも試すつもりか?
そんなことしたら俺は真っ先に降りる。馬鹿げた信仰で無駄な時間を費やすつもりはない」
儀式的な治療、神に祈ったり呪いを用いたりするような方法だ。
何の根拠もなく、呪術めいたもの。いわゆるオカルト的な治療方法である。
「違うよ。僕が試したいのはそんな不確かなものじゃない。
確かに存在して、そして僕以外にはできないこと」
僕は雷火を装着し、右手をかざしてフレアを発動した。
目の前に浮かんだ青い炎を見て、三人が一様に驚愕の表情を浮かべる。
本に視線を落としていたブリジットも呆気にとられ、蒼炎を見つめた。
やがて炎は消え、静寂が訪れる。
「い、今のはなんだ? 何が起こったんだ?」
「ほ、炎が突然、現れたように見えたが!?」
「…………不思議」
「今のは魔法だよ。僕が生み出した技術。それが魔法。
現象を増幅、維持する魔力という体内の力を放出して具現化しているんだ。
今みたいに火を生み出したり、他にも雷、水、風を作ったりすることもできる。
正確には作るというより、合わせるという感じだけど」
動揺から立ち直っていないラフィーナはあわあわと視線を動かしている。
ブリジットもパチパチと瞬きを繰り返しているだけだった。
三人の中で唯一、冷静さを取り戻したらしいコールが顔をしかめる。
「今の……魔法だったか、それがどうであれ、怠惰病の治療に関係してるのか?」
「魔法は、さっき言ったように魔力を使うんだ。
これは身体や精神に宿る力のようなものを使う。
だから使いすぎると酷く疲れるし、何もしたくなくなるし、動けなくなる。
これって何かの症状に似ているでしょ?」
「怠惰病……」
「そう。僕は何度も同じような症状になったことがあるから間違いない。
そして僕は、魔力の素養がある人の魔力が見えるんだ。
人の中には稀に、僕のように魔力を持っている人がいる。
……僕の姉さんもそうだった。彼女は魔法を少し使えた。
姉さんは五日前、突然倒れて、怠惰病を発病した。それをコールは知ってると思うけど」
コールは視線を合わせずに緩慢に頷いた。
彼は医者の卵だ。
だからだろうか。
患者のことを想う気持ちが言動に現れている。
そこに恐らくは姉さんも含まれているのだろう。
「その姉さんが怠惰病を発症した時、姉さんの身体から魔力がなくなった。
正確には見えなくなった。それは『魔力が枯渇している時と同じ症状』だったんだ」
「共通点はあるって言いたいのか。魔力とやらが枯渇している時と同じ状況。
つまりその魔力が体内に戻れば、怠惰病は治る、と?」
「そう。魔力は通常は休息を取れば回復するんだけど、怠惰病患者はそれができない状態なんじゃないかな。
それが怠惰病の正体なのかもしれないと僕は睨んでるんだ。
実際、魔力を持っているであろう年代の人しか怠惰病に罹ってなかったし」
そこまで話すとコールは視線を落とす。
眉間の皺を深くしている。考えながら、何かの感情を抱いている。
その心中は僕にはわからなかった。
コールはこれ見よがしにため息を漏らすと、肩を竦めた。
「……で? それを証明する方法は? あるのか?
その魔法とやらがあるのはわかった。だがその魔法があるっていうのと、さっきの魔力が怠惰病に深く関連するってのはまったくの別問題だ。
魔力が存在する、それが怠惰病に関わるって証明する方法はあるのか?」
小ばかにするような言動。
しかしその瞳は僅かに揺れていた。
ああ、そうか。
彼にも矜持がある。
仮に僕が正しいことを言っているとしても、素直に受け入れられるはずもない。
真剣であればあるほど、多くの犠牲を払い、努力をしてきたものほど譲れない。
それが僕にとっては魔法で、彼にとっては医学なのかもしれない。
ただ僕は誰かに認められるためにこの力を得たわけじゃない。
単純に楽しかったから。好きだから得た力だ。
でも今は、姉さんの言葉に従って、誰かを助けるために尽力する。
それだけのことで、そこに拘りはない。
助けられればなんでもいい。
「あるよ。それは後で見せられると思う。信じるかどうかは、コール次第だろうけど」
「……まあいいさ。どうせすぐすぐにやめるわけにもいかない。
先生の指示でもあるからな」
むしろバルフ公爵よりもアルフォンス先生の指示だったから仕方なく来たんじゃないだろうか。
なんてことを思いつつも、僕は苦笑を返すだけに留めた。
ラフィーナは僕達が話している間も特に何か口を挟んだりはしてこなかった。
いや、この人、もしかして事情を把握してないんじゃ。
なんだかそんな気がする。
僕がじっと見つめていることに気づいたラフィーナはハッとした表情を浮かべ、腕を組んで背中を反った。
威厳のポーズらしい。時はすでに遅いけれど。
いつの間にか本を畳んだブリジットがゆっくりと手を上げていた。
「え、と。何か質問かな?」
コクコクと頷いたブリジットは小ぶりな唇をプルプルと震わせる。
「ボクは……見えない魔物……の調査のために呼ばれたの……?
怠惰病……に関わり……ない?」
「直接、怠惰病に関わりはないね。でもまったく無関係ってわけでもない。
まずさっき人の中には魔力を持つ人がいるって話をしたよね?
実は魔物は全員魔力を持っているんだ。魔法は使えないみたいだけどね。
あくまで僕が知っている範囲内でのことだから、もしかしたら世界にはそんな魔物もいるかもしれないけど」
ブリジットは、ふるふると首を振る。
顔が動く度に野暮ったい髪が左右に揺れた。
「いない……。あんな力……使える魔物……いない」
「そっか。そうだとは思ったけど、わかってよかった。
魔物に関して情報が欲しいと思ったのは、他にも理由があって、怠惰病治療をするにあたって、魔力を供給する方法を模索したいってところにあるんだ。
魔力は危険で、魔力自体で対象を殺してしまうこともできる。
魔物相手に何度か使ったけど、魔力を流すと魔物が持つ魔力に反応して、浄化されるんだ。
怠惰病を治療するには恐らく魔力を供給して、患者の体内魔力を満たさなければならないと思う。
その方法を調べるためにどうしても魔力を持つ相手に魔力を流す実験をしないといけない。
魔力を流した時、どんな反応をするのか。どう変化するのか。
それを知るには専門家がいた方がいい。
それに夜の新たな魔物、レイスに関しても」
「あ、あなたはそのレイスを見たの?」
「え? ああ、うん。見たよ」
そこまで言うと、突如としてブリジットは前のめりになって、テーブルに腹這いになった。
その状態で僕に手を伸ばす。
ホラーだ。怖い。めっちゃ怖い。
長い髪を振り乱して迫ってくる様子は怖気を誘った。
「ほ、ほんと!? どんな形をしてた? いつ、どこで見たの!?」
「お、落ちついて! い、以前、夜にその魔物と遭遇したんだ。
その時は何とか撃退したんだけど、今はその対策を練っている最中。
い、いつ、街に来るかわからないから。
雷光灯が有効だってことはわかったから事前に、父さんが公爵に報告していたらしいけど。
と、とにかくその対策のために魔物に詳しい君を呼んだってこと!」
「そ、そっか、うふふ……新しい、魔物が……わかるっ! 楽しみぃ」
本人は嬉しくて笑っているらしいが、傍から見れば恐怖をそそる光景だ。
魔物が好きな娘らしい。
彼女の前で魔物の話をする時は気を付けよう。
「それで魔物を相手にすることもあるだろうってことでラフィーナに来てもらった……んだと思う」
「ほ、ほう! そうか! 魔物相手!
よかろう! こう見えて、私はオークを何体も仕留めた実績があるからな!
大船に乗った気でいるといいぞ、シオン殿!」
ふんぞり返っているが不安しかない。
大丈夫だろうか。
「そ、そう。それと、その『殿』っていうのはいらないよ。
呼び捨てでいいし」
「ふむ、それもそうか。爵位も持たぬ童相手に敬意を払いすぎるのも問題だな。
よかろう! では特別にこの任務中だけは私をラフィーナと呼ぶがいいぞ!」
「そ、そうするよ。あはは……」
一人は不服そうに視線を逸らし、一人は、がははと笑い、一人はぶつぶつと独り言を漏らしている。
大丈夫だろうか。大丈夫じゃないだろう。
先行きが普段だけど、一人よりはいいはずだ。
多分、きっと。
そう信じて、僕は乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。
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