第24話 味方でいるから

 目を覚ますと、身体が怠かった。

 ここ最近、魔法の研究ばかりしているためか、寝覚めが悪い。

 ちょっと根を詰めすぎかもしれない。

 色々とわかってきたこともあるし、少しずつ進んでいるから、止められないんだよね。

 面白いゲームの止め時がわからないみたいな。

 とにかく、少しは自重した方がいいかもしれないな。

 まあ今日もするけど。

 僕はベッドから降りて、一階のリビングに向かった。

 まだ朝だけど早朝じゃない。

 多分七時くらいかな。

 居間には母さんだけがいた。

 食卓にはいくつかの料理が並んでいたけれど、二つだけ。

 僕と母さんの分らしい。


「おはよう、母さん。父さんと姉さんは?」

「あら、おはよう、シオンちゃん。お父様はお仕事でサノストリアに行ったわよぉ。

 マリーちゃんは外で剣のお稽古ね」

「そっか……姉さん、また稽古してるんだ」


 僕はふと窓から中庭を覗く。

 剣を振り続けている姉を見ると、何とも言えない気持ちになった。

 彼女の表情は真剣そのもので、近寄りがたい雰囲気が遠目でも感じられた。

 朝から晩近くまで、ずっと稽古をしている。

 それが毎日続いているのだ。

 しばらくすれば収まるだろうと思っていたけれど、その気配はなかった。

 僕も人のことを言えないけれど、姉さんは少し頑張りすぎだと思う。


「……さっ、食べましょう」

「……うん」


 母さんは何も言わず、少し寂しそうにしながら言った。

 父さんも母さんも、それとなく姉さんに休むように言ったりはしている。

 けれど姉さんは決まって、大丈夫、と言う。

 僕も声をかけることはあるけれど、いつも通りの姉さんだった。

 ただ稽古に対して、強い執着心を抱いている以外は。

 何となく心中は察している。

 母さん達が、あの日のことは気にするなと言っている状況に遭遇したこともある。

 けれど姉さんは変わらない。

 悪いことをしているわけではないし、誰かを傷つけているわけでもない。

 父さんと母さんは怒ることもできず、困っているようだった。

 彼女は努力しているだけだ。

 懸命に強くなろうとしている。

 それを諌めることは、難しいのかもしれない。

 今のところ、大きな問題には発展していない分、余計に。 

 僕の魔法の研究に関しては、かなり色々言ってくるけど、基本的には自由にしていい。

 危険な場合は父さんが同行することになっているくらいだ。

 魔法なんてものでなければ、そこまではしなかっただろう。

 過干渉と放任の塩梅は難しい。 

 僕と母さんは何も言わず、食事に勤しんだ。

 ふと母さんを見ると、何か迷っている様子だった。

 僕をちらちらと見て、俯いて食事を続け、またちらちらと見ている。

 母さんには珍しい反応だった。

 普段はにこにこしながら温かく見守っていることが多い。

 しかし今日の母さんは明らかに様子が違った。


「……もしかして姉さんのこと?」


 僕は不意に思いついた言葉を口にした。

 それは図星だったらしく、母さんは困ったように僕を見ていたが、やがて答えてくれた。


「どうしてそう思ったのかしら?」

「母さんが話そうか迷っているくらいだから、僕に頼みごとか何かしようとしているかなって。

 最近の出来事と僕にできることを考えると姉さんのことなんじゃないかと思ったんだ。

 母さんが僕に頼るなら、姉さんのことしかないから」

 母さんは驚いたように目を見開いていたけど、やがて諦めたようにため息を漏らした。

「シオンちゃんは本当に頭がいいわね……うん、その通りよ。

 マリーちゃんのこと、話そうと思ったの。最近のマリーちゃん、様子がおかしいでしょ?」

「うん。あの……ゴブリンことがあってから、だよね?」

「ええ……あの時のことを気にしているんでしょうけど、少し自分を追いつめすぎていると思うの。

 わたし達からも言っているけれど、聞く耳を持たないのよ。

 シオンちゃんから言った方が聞いてくれるかもしれないと思って……」


 姉さんは頑固だ。

 父さんもそうだから、血なんだろう。

 母さんから言われても、庇った相手の言葉だし、素直に受け入れたくはないだろう。

 罪悪感があるし、気を遣われていると思うからだ。

 父さんの言葉を受けても、父さんは強く、たくましく、そして大人だ。

 余計に意固地になり、早く強くならなくてはならないと思うかもしれない。

 でも僕は姉さんの弟だし、同じ子供だ。

 だから僕から話せば、少しは話を聞くかもしれない、と思ったのだろう。

 でも、どうだろう。

 僕も少しは話をしてる。

 日常会話のことじゃない。剣術の稽古を少しは休んだらどうか、ということだ。

 でも姉さんは話半分に聞いているだけ。

 まったく言うことを聞いてくれないし、むしろ逆効果のような気がする。

 なんだかよくわからないけど剣術の話をすると、不機嫌になっているような感じがするのだ。

 だからあまり話せない。

 でも、そろそろ踏み込むべきなのかもしれない。


「あ、ご、ごめんなさいね。今のは、気にしなくていいわ」


 僕が押し黙っていたからか、母さんは慌てて訂正した。


「ううん、話すよ。僕も話したいと思っていたし、それに……このままだとあんまりよくないし」


 身体を壊す、とはよく言うが、そこまで働いたり努力する人間は多くはない。

 それはそこから逃れられない何かがあるのだ。

 良くも悪くも自分を追いつめてしまう性格の人に起こり得ることだと思う。

 僕は自分で言うのもなんだけど、飄々としている方だし、最終的にはまあいいかと思える。

 けれど姉さんは真面目だからなぁ。

 その気持ちもわかる。

 僕が姉さんの立場だったら、多分、同じように思うだろう。

 僕の返答を受けて、母さんは複雑そうな顔をしたままだった。 

 七歳の子供に頼む内容にしては少々大人びている。


「ありがとね。シオンちゃんがしっかりしているからって頼るのはどうかとも思うんだけれど」

「もっと頼ってくれていいよ。僕は子供だけど、子供だからできることもあるはずだから」

「シオンちゃん……」


 母さんは何かを言おうとしたけれど、口をつぐんだ。

 物わかりが良すぎただろうか。

 うーん、今までの行動を鑑みると、もう遅い気もするけれど。

 まあ、いいか。

 演技する必要もない。

 僕は僕で、必要以上に取り入る必要はないだろう。

 僕はいつも通りの食事を終えると、お皿を水につけた。

 そして椅子に座ったままの母さんに一声かけると、中庭に出た。


「ふっ! ふっ! ふっ!」


 姉さんが剣を振っていた。

 縦、斜め、突き。

 踏み込みながら、或いはその場で、その型を続けていた。

 真剣で、僕の存在に気づいてもいない。

 彼女は九歳だ。

 そんな子供が一心不乱に剣を振るっている。

 それが強く僕の胸を打ち、締め付けた。

 姉さんは真っ直ぐすぎる。

 周りが心配していても、それに気づいていても止まれないんだろう。

 僕は彼女の近くに移動して、じっと稽古を眺めた。 

 僕が魔法の研究をしていた時、姉さんは今の僕と同じように、見守ってくれていた。

 今度は僕がそうしようと思った。

 それから二時間程度、姉さんは素振りを続け、今度は走り始めた。

 昼時までかなりの速度で走り続け、汗だくになり、息を弾ませた。

 そしてようやく足を止めた。


「はあはあはあっ!」


 鬼気迫っていると言っていい。

 彼女の醸し出す空気は子供のそれではない。

 自分を追い込む人間のそれだった。

 僕はそんな姉さんの姿を見て、何とも言えない気持ちになった。

 強くなるには鍛錬が必要だ。

 そして厳しい訓練であればあるほど、成長は早いし、より高みへ行けるだろう。

 でも、今の姉さんは痛々しかった。

 見ていられない。

 でも、僕は目を背けない。

 僕はいつでも姉さんの味方で、姉さんの力になりたいと思っているからだ。

 けれど、今の姉さんの味方になることは、姉さんのためにはならないだろう。

 姉さんのことを思うなら、止めるべきだと思った。

 そう思って近づく。


「姉さ――」


 話しかけようとした時、姉さんが振り向いた。

 その目は僕を見据え、射抜いた。

 あまりに澄んだ瞳に、僕は言葉を失い、その場に立ち尽くしてしまった。


「……何?」


 姉さんは不機嫌さを隠そうともしない。

 いつもはもっと優しい。

 でも剣術の稽古中は、いや剣術のことを話すとこんな風になってしまう。

 一度、稽古を止めた方がいいと話したことがあった。

 あの日以来、僕と姉さんの間には微妙な隔たりができている。

 険悪ではない。話すこともあるし、仲は良い。

 でも、今までみたいに仲睦まじい感じじゃない。

 何か引っかかりがあり、距離を置いている気がした。

 それが嫌だった。

 僕は姉さんのことが好きで、一緒にいたいし、味方でいたかった。

 そして姉さんのことが大切だからこそ、剣術の稽古を休んでほしいと思ったんだ。

 だから……だから?

 だから僕は姉さんに稽古を止めた方がいい、なんて言ったのか。

 僕が?

 姉さんの味方であるはずの僕が『姉さんの考えを否定した』のか。


「……姉さん」

「だから、何よ?」

「ごめん」


 僕はすぐに謝った。

 頭を垂れて、姉さんに許しを請う。


「……何について謝ってるのよ」

「僕は、姉さんの考えを否定してしまった。だからごめん。

 姉さんの気持ちも考えず偉そうに助言なんかしたつもりになって。

 ……僕は姉さんの味方でいなかった」


 今まで、姉さんは僕の味方でいてくれた。

 魔法なんて怪しげなものに執心していることを止めもせず、助けてくれて、味方でいてくれたのに、僕は……姉さんの行動や考えを否定した。

 ずっと味方でいてくれた彼女のことを諌めた。

 大人ぶって、上から目線で、彼女のことを勝手に判断して。

 僕は何様だ。

 やりすぎは身体に毒だ。

 それはわかっている。

 時として周りが止めることは大事だ。

 でも僕がすることはそんなことじゃなかった。

 僕は大人じゃない。親でもない。

 姉さんの弟で絶対的な味方だ。

 例え、姉さんが間違っていたとしても、安全圏から高説を垂れるなんてことをしてはいけない。

 僕は姉さんと共に歩くべきだったんだ。

 辛い時は共に辛い目にあう。

 悲しい時はずっと傍にいる。

 周りから否定される時は一緒に否定され、一緒に行動する。

 姉さんはそうしてくれた。

 魔法なんて、存在するかもわからないのに、否定せず、受け入れて、その上で僕のことを考えて行動してくれた。

 その彼女に、僕はなんてことを言ったのか。

 僕の言葉は今までの彼女の優しさをすべて否定してしまっていた。

 そんなことに気づかず、僕は何をしていたんだ。

 自分の愚かさに苛立ちを覚えた。

 見放されてもしょうがない。

 そう思った。

 でも。


「違うわ。そんなこと気にしてない」


 姉さんの言葉を受けて、僕は即座に顔を上げた。


「でも、いつも姉さんは僕の味方でいてくれたのに、僕は……」

「確かに、そりゃちょっと思ったわよ。なんで味方になってくれないのって。

 でも、シオンが言っていることは間違いじゃないとも思ったし、それはいいの。いいのよ」


 よくない。よくないけれど、姉さんが気にしているのはそこじゃないらしい。

 いや気にしているけれど、飲み込んでくれたということか。

 やはり気にしてはいたんだ。

 自省はしないといけない。


「じゃあ、その、どうして」


 なんて言えばいいのかわからなかった。

 怒っているのか、という言葉は妥当ではないような気がした。

 別に、姉さんは常に怒っているわけでもないし、僕との距離ととっているわけでもない。

 何となく、近づきがたくなっているだけで、それは態度が違っているということではない。

 普段はまったく今まで通りだったのだから。

 僕の戸惑いを受けて、姉さんは嘆息した。


「シオンが悪いんじゃないわ。あたしが勝手に……嫉妬してるだけ」

「嫉妬?」

「あたしはシオンのお姉ちゃんだから、ずっと守ってあげなきゃって思ってた。

 だから、ずっとシオンの味方だったし、ずっと剣の訓練をしてた。

 自信、少しはあったのよ。魔物相手でも戦えるはずって。何かあったら守るんだって。

 でもできなかった。怖かった。足が震えて、力が入らなくて何もできなかった。

 それで……お母様があんなことになって……あ、あたしは……」


 姉さんは自分を抱きしめた。

 トラウマになっても仕方がない。

 怖くて、何もしたくなくなってもおかしくない。

 普段通りに振る舞える姉さんは強い人だと思う。

 けれど、そんな彼女でもあの恐怖を忘れることはできないだろう。

 あの醜悪な存在と対面し、平気でいられる人間はいない。


「死ぬと思った。でもお母様が助けてくれて、何が何だがわからなくなって。

 あたしは、ただ叫んでただけ。シオンが助けてくれなかったらみんな死んでた。

 生きてることが嬉しかったけれど、お母様のことを考えると素直に喜べなかった。

 何より……何もできなかった自分に腹が立った。

 そして、守る存在だと思っていたシオンに、守られたことが……許せなかった」

「僕が、嫌いになったの……?」


 姉さんは慌てて首を横に振って、僕に近づいてきた。


「そ、そんなことは絶対にないわ! シオンはあたしの弟だもん!

 今までも、これからも大好きなまま!

 許せなかったのは自分自身。今もシオンの強さに嫉妬してる、あたし自身の弱さよ。

 大好きなのに、シオンに嫉妬してる自分が嫌で、強くなろうって。

 そしたらきっと自信が持てるし、もっと堂々とできるって」

 近くで見ると彼女の手は赤く染まっている。

 どれほどの時間、剣を握っていたのか。

 激しく痛むだろうに、それを表に出さない。


「だから、稽古を続けてたんだね……」

「ええ。でもね、わかってるのよ。こんな風にやっても身体を壊すし、みんなに心配をかけるって。

 けれど、じっとしていると落ち着かなくて、あの日のことを思い出して。

 シオンの顔を見るとどうしても嫉妬してしまって。その思いを振り切りたくて」

「姉さん……」


 これが子供なのかと。

 いや、子供も大人と同じように悩み、そして真剣に生きているのだ。

 それを僕は忘れていた。

 僕が子供の頃、こんな風に真剣に生きてはいなかった。

 けれどそれでも悩みはあったし、辛い思いもした。

 マリーはまだ九歳だ。

 それなのに色々な思いを積み重ね、必死に現実と戦おうとしてる。

 その勇敢さと清廉さに僕は胸を打たれた。

 だからか、僕は自然と姉さんを抱きしめていた。

 溢れる思いのままに、僕は力を込めて、姉さんの身体を引き寄せた。


「シ、シオン……?」

「気づけなくてごめん。

 姉さんが悩んでいたことはわかっていたのに、姉さんの思いはわからなかった。

 ごめん、ごめんね。姉さん。僕は姉さんの味方のはずなのに、味方で居続けられなくてごめん」


 身長はまだ姉さんの方が高い。 

 しかし、以前ほど、身長差はなくなっている。

 僕は姉さんの胸に顔を埋め、ぎゅっと抱きしめた。

 すると姉さんも僕の背中に手を回してきた。

 縋るように力を込めてきた。同時に思いが伝わってきた気がした。


「……ご、ごめんね、シオン。嫌な態度、とっちゃったわね。ごめんなさい……」

「いいんだ。何かあったら僕にぶつけてくれていいんだ。僕は全部受け止めるから」


 姉さんは何も言わず、ただ僕を抱きしめた。

 子供も大人も関係ない。

 誰もが必死で生きている。

 それが転生して気づいた一つのことだった。

 姉さんの顔は見えない。

 でも時折聞こえる嗚咽が、彼女の感情を表していた。

 僕は無言のままだった。

 姉さんも無言のままだった。

 ただ互いに体温を求めるように、抱きしめあった。

 縋るように。

 互いの感情を宥めあうように。

 時間を過ごした。


   ●○●○


 姉さんは無茶な稽古をしなくなった。

 きっちりと休憩をとり、夕方前には稽古を終えるようになった。

 今までは早朝から日が暮れて、夕飯になるまでずっと稽古していたから、かなりの変化があったと言えるだろう。

 母さんと父さんは安堵したようだった。

 姉さんとの微妙な距離感はなくなり、今まで通りの関係に戻った。

 いや、多分違う。

 というかかなり違う。


「ほら、シオン。あーん」


 食卓である。

 夕食である。

 テーブルにつき、食事時である。

 僕の隣には姉さんが座り、満面の笑顔でスプーンを僕に向けている。

 その上にはシチューが乗っていた。

 正面に座っている父さんと母さんの反応を見てみよう。

 母さんはニコニコしている。

 しかし食事の手は止まっているし、僕達を凝視している。

 父さんと言えば、あんぐりと口を開けたまま硬直していた。

 それはそうだろう。

 今まで仲が良かったとはいえ、一定の距離は保っていた。

 普通の姉と弟だったはずだ。

 それが何を間違えたのか、料理を食べさせる姉と、食べる弟というシチュエーションが生まれてしまっているのだ。

 親からすれば、え? なに? なんなのこれ、となるだろう。

 実際なってるからね。

 僕の心情は、複雑だ。

 なんというか、言葉に言い表せない感じで、ああ、もう! よくわからん!


「……あーん! シオン、あーんしてよぉ……」


 笑顔だった姉さんが、徐々に泣きそうな顔になっていく。

 まずい。これはかなりまずい。

 食べなければ姉さんは泣くし不機嫌になる。

 こういうところはかなり子供っぽいし、頑固だし、わがままだからだ。

 しかし両親の前で、あーんをするなんて苦行ありますか?

 なんなのこれ。恥ずかしすぎて死にそうなんだけど。

 でも姉さんを放置するのはもっとできない。

 僕は顔を熱くしながらも、両親を見ずにスプーンを咥えた。

 シチューで喉を鳴らすと、すぐに俯く。


「おいし? ねえ、シオン、おいしい?」

「う、うん。おいしいよ」

「ほんと!? えへへ、今日の料理はね、あたしも手伝ったんだぁ」

「う、うん、知ってる」


 元々、姉さんは器用で色々とできる人だ。

 料理も時々は手伝っているし、家事全般ができる。

 今日はかなり真面目に料理を作っていたが、なるほど、こういうことだったのか。

 いや、なんでこういうことになってんの?

 あれか。あれなのか。

 昨日のあれのせいか。

 でもあれは姉と弟の範疇に収まるやりとりだったんじゃないだろうか。

 しかし、それ以前に僕は姉さんに告白しているわけで。 

 いや、そもそもそういう問題じゃないような。

 あれ、もう頭がこんがらがってよくわからない。

 そもそも僕も自分の感情がよくわかっていない。

 考えがまとまらず、僕の頭は知恵熱を発し始めたようだった。

 そういうことから。

 僕は思考を停止した。


「はい、シオン。あーん」

「あーん!」


 僕は感情を捨て去り、食事を続けた。

 うん、おいしいね!

 もうどうでもいいね!

 姉のあーんとかご褒美だと思おうね!

 両親達の反応を見ずに、僕達はひたすらにいわゆるイチャイチャし続けた。

 考えるな。

 考えれば憤死する。

 だから考えてはいけない。

 そんな風に自分を律し、食事に勤しんだ。

 ちなみにそれから一週間はそれが続き、ついに父さんから「いい加減にやめなさい」と説教を受けるはめになり、ようやく終わった。

 嬉しいような、悲しいような複雑な気持ちになった。

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