第25話 魔法研究と分析4

 朝。中庭。雷鉱石前。

 断続的に電流を走らせている鉱石の前に、僕は立っている。

 僕の横には姉さんが同じように佇んでいる。

 今日は父さんがいない。

 今までは父さんがいない時は実験はするな、と言われていたんだけど。

 姉さんがいる状態で、簡単な実験ならばしていいと言われた。

 それと常に近くには水を汲んだバケツなりを用意しておけとも。

 実験イコール水が必要みたいな図式が父さんの中でできてしまったらしい。


「あ、あのね、姉さん」

「んーーー? なあに?」


 僕はどうしたものかと考えながら隣を一瞥した。

 近い。

 腕を組み、僕から離れようとしない。

 頬をすりすりと腕にこすり付けてくる。

 猫みたいで可愛いが、姉と弟というよりは恋人のようだ。

 嫌じゃないけど、あんまりべたべたするとまた父さんに怒られる。

 それに何というか、このままの距離感は今後を考えるとまずいような気もする。

 子供の内はいいけど……うーん。

 とりあえずそれは置いておいて。

 今は、近くにいられると困る。


「ごめん、少し離れて欲しいんだけど」

「どして?」

「今から、ほら、魔法の実験するからさ。近いと危ないし、ね?」

「……あたし、邪魔なの?」


 悲しそうに目を伏せてしまった。

 なんだこれ。

 傍から見ればイチャイチャしてるようにしか見えないような気がする。

 日本にいた時は、こういう恋人達を見かけたら、内心で呪詛を吐いていたものだ。

 まさか自分がその立場になるとは。

 姉弟だけど。


「邪魔じゃないよ! でも、ほら、離れてくれた方が、魔法の研究がしやすいし」


 唇をとがらせて、姉さんは僕から離れる。

 名残惜しそうに僕の右腕を見ていた。

 そんなに腕が好きなのかな。


「むぅ、わかったわよ」


 姉さんはぷっくりと頬を膨らませつつ、不満そうにしながらも、僕から距離をとった。

 庭の端っこで座り、膝を抱えている。

 姉さんはわがままな部分があるけど、説明すれば理解してくれる。

 僕は小さく嘆息して、口角をあげた。

 さて、今日の研究を始めよう。

 まず、今日に至るまで、僕は幾つかの鍛錬と実験を続けていた。

 それは魔力の形状を変化させるというもの。

 体外放出した魔力の形は今までは、真円だった。 

 それは恐らく、何も命令せずに放出した場合、魔力はその形に落ち着くからだと、今は暫定的に結論を出している。

 だから、形状を変えるという発想に至るまで時間がかかってしまったわけだけど。

 それはそれとして。

 僕は魔力の形状を変えることに成功している。

 意識すれば比較的簡単だった。

 魔力の形状変化において、幾つかわかったことがあった。


 一つ。体外放出した時点の魔力の質量以上に魔力を増加させることが可能。

 何も考えずに体外放出した場合、直径二十センチほどの真円の魔力が生まれる。

 粘土のように質量を増減させず、形を変えるというわけではなく、魔力そのものを薄く伸ばすことも可能だ。

 体外放出した魔力量と体積を60としよう。

 それは固定ではなく、反比例する。

 つまり体積を増やした場合、魔力量は減少する。

 体積が80ならば、魔力量は40という風に前後するというわけだ。

 ただしこれは、総合値は固定、というわけではない。

 この例では総合数値は120で固定だが、実際はかなり違う、という意味だ。

 割合の厳密な計算をするつもりは、今のところはないけれど、間違いない。

 まあ、それは当然なんだけど。体外放出した魔力のエネルギーは変動しないわけだし。

 エネルギーは消費すれば減る。

 そして存在するだけでも徐々に減少していくものだから。

 この事実がわかった時点で、僕の中で幾つかの疑問点が浮かんだ。

 どこまで膨張させることができ、どこまで縮小できるのか。

 前者は、おおよそ、直径五メートルの真円。

 薄く延ばし、水たまりのような形にすれば、十メートルくらいまで可能だ。

 ただ魔力が薄すぎると魔法に昇華できない。

 着火しないし、電気も流さない。

 ある程度の魔力量が必要になるということだ。


 ちなみに、五メートルほどであれば電気はほんの少しだけ通す。電流はほぼ見えない。

 三メートルなら一瞬だけ光り、電流はほんの一瞬だけ見える。

 一メートルなら眩く光り、同時に明確に電気が目視できる。


 魔力量によって反応は違い、明らかに威力にも違いがあった。

 五メートル時点で電気を通してもあまり意味はないだろう。

 ちょっとビリってするくらいだと思う。

 フレアに関しては、体外放出した時点くらいの魔力でなければ着火しなかった。

 薄く伸ばしても火は着かず、意味はなかったわけだ。

 さて、では魔力を凝縮した場合はどうだろうか。

 電気の方は小さく光るだけで終わった。

 多分、体積量が少なすぎたのだろう。

 凝縮した分、威力はあるかもしれないが、今のところは使い物にはならない。


 フレアはどうか。

 こちらは少し予想外の反応を見せた。

 普通の火ではなく、バーナーのような火が生まれた。

 ガスに火がついたような反応だ。

 今までのフレアは鬼火、つまり普通の火の形だったが、濃密な魔力に火を着けると、火力という観点でみると、明らかに向上している。

 試しに、木の板に向かって双方を放ってみた。

 今までのフレアは普通に火が燃え移るだけ。

 その上、触れてから燃え移るまで時間がかかる。

 後者のフレア、暫定的にガスフレアとしておこう。

 ガスフレアを使用した場合、木の板の表面は一瞬にして焦げ、着火した。

 火の広がり具合は、フレアと大差はなかったが、板の表面には黒い跡を残していた。

 ガスフレアの方が確実に威力は上だ。

 ただしフレアの方が長持ちする。

 フレアの持続時間は五秒。

 ガスフレアの持続時間は三秒くらいだ。

 持続時間が違うということは、必然的に体外放出し、対象に向かって放った場合、移動距離はフレアの方が長くなる。

 フレアは十メートル程度で、ガスフレアは五メートルほどだ。

 これが一つ目の気づき。


 そして二つ目だ。

 魔力の形状変化は大雑把だということ。

 三角形、四角形、五角形程度ならばできるが、それ以上になると、ぼんやりと丸くなったりする。

 精密な形を作るのは難しかった。

 練習不足なのかもしれないので、この部分は要検証といった感じだ。

 そして明確な形以外、例えば糸の束のような形とか、丸と四角の合体したような形とか、つまり形式ばった形以外の物に関して。

 先に答えを言うと、それも可能だ。

 だが非常に難しく、思った通りの形にするのはより難しい。

 魔力の形状変化は魔力の体外放出や、おおまかな命令、つまり放出し、対象へ向かうといったようなものと比べると、非常に繊細だ。

 つまり明確なイメージが必要ということ。

 人間の思考というのは複雑で不明瞭で、色々なものが混在している。

 イメージしても、雑念が混じってしまう。

 どれほど精神を落ち着かせても、よほどの精神鍛錬を積み重ねた人でない限りは、完全なイメージをすることはできないと思う。

 これも継続して鍛錬する必要があるだろう。

 今のところは、明確なイメージが必要な魔力形状変化はないからいいけれど。

 今後を考えれば、魔力を操作する訓練をしておいて損はないと思う。


 そして三つ目。

 魔力を体外放出した後に、形状変化をするという方法もできるということ。

 基本的に、僕は魔力放出の際、手のひらから魔力を生み出す。

 魔力放出時に、接触面が大きく、イメージがしやすいためだ。

 そして接触面が大きい形状の場合は問題なのだが、例えば、細長い円柱型の魔力を生み出す場合、僕の手のひらから真っ直ぐ魔力が伸びる、という方法で魔力が生まれる。

 真円や四角形のような、手のひらから生み出すことができるような形状以外は、このような方式で魔力が放出されるのだ。

 つまり西遊記の孫悟空が持っている、如意棒が伸びるような感じだ。

 一メートル程度の長さならば瞬時に放出できるけど、それ以上になると一瞬では造り出せない。

 当然だけど、伸ばせば伸ばすほど、魔力量は少なくなり、体積は増える。

 もちろん、手のひらに直接魔力が触れていると、電気や火が身体に触れるため、手のひらから放出するという命令も加えている。

 さて、現時点でわかっている魔力の形状変化に関しては以上だ。

 これを踏まえて、僕は雷鉱石の前に立っている。

 僕は右手から魔力を生み出す。

 手のひらから僅かに離れた場所から、円柱が伸びるイメージ。

 それが雷鉱石に触れる。

 と、電流が走る。

 手前に。

 僕の目の前まで赤い電気が走ったのだ。

 バチッという恐ろしい音を慣らしつつ茨は流れ、そして消えた。

 眩いばかりの光が中庭を照らし、そして消えた。

 僕は反射的に手のひらを後ろに引いてしまった。

 魔力は手から放していたので、手を伸ばしていても怪我はしなかっただろうけど。

 心臓が一瞬にしてうるさくなる。


「だ、大丈夫、シオン!?」


 姉さんが慌てて、僕の近くに駆け寄り、手を何度も確認していた。

 怪我はない。ただ怖かっただけだ。

 ちょっと予想はしていたけど、これはやはりそうなるか。


「大丈夫。なんともないよ」

「そ、そう? だったらいいけど……でも、さっきの、どういうこと?

 電気が手前に来ていたけど。あたしはシオンの正面に電気が向かうと思ったんだけど」

「それなんだけど、フレアの時も思ったけど、魔力を消費して、魔法は生まれているんだ。

 だから、魔力がある方に流れてくるのは、おかしなことじゃないんだよ。

 魔力が雷鉱石に触れた時点で、僕の方向に流れてくるのは当然の帰結だと思う」


 姉さんはよくわからないと首を傾げていた。

 ただ説明するのも、なかなか難しいような気がする。

 この世界には、電気という概念は浸透していない。

 雷はあるから、何となくの説明はできるけど。

 さて、先ほどの現象の検証に映ろう。

 当たり前の話。

 僕は離れた場所から棒のような魔力を生み出し、先端を雷鉱石に触れさせた。

 すると電気は触れた部分から魔力を伝っていく。

 つまり僕の手元に向かうわけだ。

 まあ、これは当然、予想はできた。

 思ったよりも怖かっただけだ。

 ただこの場合、フレアと違って、電気の場合は触れた時点で放電してしまい、対象に向かって放つことが困難だ。

 雷鉱石に触れた時点で、対象へ向かう魔力の棒が十分に伸びきっている必要がある。

 つまり、僕、雷鉱石、対象、という立ち位置になり、僕は対象まで魔力を伸ばした状態で、魔力を雷鉱石に触れさせなければならないということ。

 魔力の棒の中心部分に雷鉱石を接触させ、僕と対象に向かい電気を流すような感じだ。

 かなり非効率だし、そのためにはかなりの命令が必要で、魔力量の消費が激しい。

 体外放出、魔力を伸ばし、そのままで固定し、中心部分を雷鉱石に接触させる、ということだ。

 これだけでかなり無駄な命令が多い。

 真っ直ぐ魔力を伸ばし、任意のタイミングで電気を流すことができればいいんだけど。

 ただそれは無理だ。雷鉱石は断続的に放電しているし、手に持つのは不可能。

 マイカ、じゃなくてペラ鉱石のような絶縁体があれば別だろうけど。


 うーん、今のままだとフレアみたいに手軽には使えそうにないかな。

 僕は心配する姉さんを宥めて、実験に戻った。

 今度は放出した魔力を比較的、薄めて伸ばした状態で雷鉱石に触れさせる。

 これは先ほどの言ったように、直径三メートルほどの厚みのない円であれば一瞬だけ光り、電気が一瞬だけ走る。

 触れる時までに形状を作り上げておかなければならないけど。

 雷魔法は使い方が中々に癖がある。

 触れた時点で、電気は魔力を喰らうために暴れ回る。

 火もそうだけど、火は持続力がある。

 雷は一瞬にして魔力を消費してしまうため猶予があまりないのだ。

 火魔法のフレアとは違い、雷魔法には問題が山積みだ。

 どうしたものか。

 色々と活用できそうな可能性は感じているんだけどな。

 しばらく実験をしては脳内で検証、それを繰り返しているとやがて昼になっていた。


「シオン、そろそろ戻ろ?」

「……うん」


 姉さんは僕を気遣ってくれていた。

 父さんがいないため、姉さんは剣術の鍛錬をせず、僕の実験に付き合ってくれたのに。

 すでに色々としてくれているのに、これ以上、何か負担をかけるわけにはいかない。

 できるだけ笑顔を浮かべて、姉さんと共に家へ戻った。

 僕は、煮詰まっている現状に気づき始めていた。

 何かが足りない。

 このままだと多分、雷魔法はまともに使えない気がした。

 まだ形にもなっていない。

 そしてその打開策も僕には浮かばなかった。

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