第22話 第二魔法に至るか否か
イストリアから少し離れた場所に採掘場はあった。
採掘員達が鉱石を運搬しているが、それ以外にも普通に道を通る人がいた。
鉱山だけど、別地域に行くために通る道でもあるらしい。
そのため、旅人や商人の姿も散見した。
採掘場には二区画存在し、一つは採掘員しか入れない独占区域で、もう一方は許可さえ取れば一般人でも入れる採掘区域らしい。
多少のお金を払って入れば後は自由に採掘が可能だ。
ただ一般開放されているだけあって、大抵は安い鉱物だけだし、採掘するにはそれなりの道具や労力が必要にある。
そのため大抵は赤字らしい。
僕達は雷鉱石が目的で、雷鉱石は岩盤内ではなく、普通に露出している。
通りに面して存在していたりするので、近くに看板がある。
そこには『雷鉱石注意』と書かれているだけだ。
岩場にはそこかしこに雷鉱石があった。
グラストさんが言っていた通り、それは放電していた。
青い電流をバチバチと生み出して、発光している。
水に電気を流している状態を外から見ている感じ。
触ると危険だし、近づけないことは間違いない。
雷鉱石は大小あり、大きさに比例して、電流の強弱が変わっている。
「不用意に近づくなよ。火傷じゃすまねぇからな」
グラストさんの忠告を聞き、僕は周りを観察した。
僕の身体くらい雷鉱石は見るからに危険そうだ。
多分、電流を大量に浴びたら死ぬ。
でも手のひらサイズくらいの雷鉱石はそうでもなさそうだ。
それでもかなりバチバチと電気を発しているけれど。
「それで、どうする? ペラ鉱石を使って触るのか?」
「ううん、この状態の鉱石で触っても、当然、電流は通らないからね。
厚いから、絶縁体じゃなくても、電気は通らないはず。だからこうする」
僕はマイカをむしろうとしたが、思ったよりも硬かった。
僕の力だと剥がせないかも。
「貸してみな」
グラストさんに渡すと、簡単に層を剥がした。
何枚か剥がしてくれたので、僕はそれを重ねて、手のひら全体を覆うようにした。
手の上には薄い膜が何枚も重なっているが、少々頼りない。
僕はそのまま、雷鉱石の前に座って、不意に触った。
「シ、シオン!?」
慌てて父さんが僕の身体を持ち上げて、雷鉱石から離れた。
その拍子に、持っていたマイカの膜が落ちてしまう。
「な、何をしてるんだ!? 怪我はないか!? 火傷は!?」
そう言って、父さんは僕の手を何度も見ていたが、怪我はない。
無事だとわかると、父さんはほっと胸をなでおろす。
「まったく、危ないことはするなとあれほど」
「ごめんなさい、父さん……でも、ほら、何ともないよ。
やっぱりあれはマイカだったみたい。絶縁体だった」
父さんが僕を離す。
僕は地面に落ちているマイカの膜を集めると、父さんに見せた。
「……焦げても焼けてもないな。絶縁体というのは、この雷、ではなく電気を通さないんだな?」
「うん。半信半疑だったけど、これで実証されたね」
僕達が話していると、グラストさんが言った。
「それで触れば問題ねぇってことか……貸してみな」
グラストさんは僕の手からマイカの膜を奪い取ると、手のひらの上に重ねた。
そのまま躊躇なく、雷鉱石に触る。
「確かに、何も感じねぇな。完全に防いでやがる」
驚きの表情のまま、グラストは僕を見た。
その目に、強い疑問が浮かび始めると、僕は慌てて二の句を繋げた。
「と、とにかく、これでペラ鉱石だったかな、それが絶縁体だってことはわかったし。
後は大きめのペラ鉱石を購入して、雷鉱石を運べばいいだけだね!」
僕の目的は達成できそうだ。
これだけのことでかなり時間と労力を消費したけど、しょうがない。
地球みたいに、文明が発達しているわけでも、便利な道具があるわけでもないんだから。
不便だけど、別に嫌じゃないかな。
魔法があるしね。
グラストさんは何か考えているようだったけど、特に何も言ってこなかった。
さすがにまずいことをしたかも。
父さんや母さんはあまり気にしないでいてくれるけど、誰もがそうだとは限らない。
グラストさんは良い人みたいだけど、それは何でも受け入れるということじゃない。
早まったかもしれない。
「よし、じゃあ、街に戻って、ペラ鉱石を購入し、また戻ってこよう」
父さんは気にした様子はなく、グラストさんを一瞥すると嘆息した。
父さんも僕と同じように考えたのだろうか。
でもそれが事前にわかっていたら父さんなら止めたと思うけど。
そこまで深く考えなかった、って感じなのかも。
僕もそうだし。
とにかく、目的を達成できそうだし、早いところ、雷鉱石を持って帰ろう。
色々と気になることはあった。
けれど、僕は新たな魔法研究の材料を見つけたことで高揚していた。
火属性から雷属性へ。
今度はもっと魔法らしい魔法が使えるといいな。
そう思いながら、街へと帰った。
●○●○
ペラ鉱石の膜で包まれた状態で、風呂敷に包み、雷鉱石を持って帰った。
大きさは二十センチ程度のもの。
あまり重いと運べないし、危険でもある。
そのためこれくらいが限度だ、と父さんに言われたのだ。
僕としては、丁度いい大きさだったので不満は一切なかった。
それと余ったペラ鉱石は、グラストさんに譲った。
半額出してくれたので、別に問題はない。
良い人だ。
結構高いのに、甥っ子みたいなもんだからなと笑いながら言ってくれた。
父さんとグラストさんの厚意を無駄にしないように、魔法の研究を頑張ろう。
ちなみに雷鉱石を持ち出す時、受付の人はものすごい顔をしていた。
母さんはニコニコ笑っていただけだったけど。
さて。
今、僕は中庭にいる。
雷鉱石は常にバチバチ、ピカピカするので、部屋に置いておけないのだ。
それに家に燃え移ったら大変だし。
ということで、中庭の端っこにある、岩場に置いておくことになった。
雷鉱石は断続的に電流を発生させる鉱物。
エネルギー源が何なのかとか色々と疑問はあるけど、僕は科学者でも鉱物学者でもない。
魔法が使えれば他は別にどうでもいいし、調査が必要ならするだけだ。
離れた場所から姉さん、父さん、母さんが見守っている。
父さんは目をキラキラ輝かせて、動向を見守っていた。
母さんは笑顔のまま、僕の姿を見ていた。
姉さんは、外出しているようだった。
僕は雷鉱石の前に立ち、手をかざした。
さて始めよう。
雷魔法の実験、開始だ。
僕は右手に魔力を集める。
集魔状態から、体外放出へ移行。
手のひら大の魔力の玉が放出され、雷鉱石へと向かう。
触れた。
その瞬間。
青白い電流の色が、一瞬だけ赤白く変色した。
そしてほんの少しだけ眩く光った。
「おお!?」
父さんが拳を握りつつ、興奮したように声を上げた。
が。
「……おお?」
声に疑問の色が滲み始める。
雷鉱石は放電し続けている。
通常通り。青白い電流だ。
つまり、一瞬で通常の現象に戻った。
魔力を与えたことで変化したのは、色と光量だけ。
それ以外に一切の変化がなかった。
しかも光の量がほんの少し増えただけで、大して意味はなかった。
更に、火に対して魔力を与えた場合は、放出した魔力はそのまま移動をし、離れて消えていたが、雷鉱石に向けた魔力は一瞬にして消えた。
「失敗したのかしらぁ?」
「そう、みたいだな」
それぞれの反応を見せる、僕の家族。
落胆していることは間違いなかった。
背後で戸惑いの気配がした。
僕がその場から動かなかったからだろう。
二人は僕の下へ近づいてきた。
「ま、まあ、失敗するのは当たり前だ。
今までだって、一杯失敗して、やっと火の魔法が使えたわけだしな。気にするなシオン」
父さんは僕の肩をポンと叩いて、慰めてくれた。
その隣で、母さんが首を傾げつつ言う。
「あら? シオンちゃん、もしかして……」
僕は肩を震わせた。
それは悲しみから生まれたものではない。
僕は笑っていたのだ。
「うへ、うへへっへ、へへへっ!」
「ど、どうした!? シオン! 成功してないのに、その顔になるとは……。
ま、まさか、電気が身体に伝わっていたのか!? それで頭がおかしくなったのか!?」
「あらあら、シオンちゃん、とっても素敵な顔になってるわねぇ。
うふふ、幸せそうねぇ。お母さんも嬉しくなっちゃうわ」
僕は父さんに身体を揺さぶられた。
「死ぬな、シオン! 傷は浅いぞ!」
仮に脳に何かしらのダメージがある場合、そんなことをしたら本当に死んじゃうからやめようね。
なんてことも、今の僕にはどうでもよかった。
「うへへ、成功したぁ。やったよぉ」
「どういうことだ? どう見ても、失敗だったぞ?
いや、まさか色が変わったし、光は発生していたから、成功なのか?
しかし火魔法に比べると、何というかただ色が変わっただけのような気がするが」
僕は笑顔を我慢しつつ、説明を始めることにする。
「へへ……あ、あのね、火打石から出る火花は厳密には放電で、この電流と同じ現象なんだ。
それで、魔力に触れさせると青い炎が生まれる、ってことは父さんも知ってるよね?
この時点で、僕は二つの仮説を立てていたんだ。
魔力は可燃性物質で、それ以外の特性はないということ。
もう一つは、魔力は可燃性物質にもなるけど、それ以外の特性があるっていうこと。
あくまで可燃性物質というのは暫定的で、それは一つの特性でしかないかもしれないけど。
とにかく可燃性物質としての特性しかないなら、雷鉱石に魔力を接触させれば燃焼を起こすはずなんだ。
でもそれはなかった。電流の色が変わって、光量が増えた。
つまり、魔力は可燃性物質としての特性以外にも特性があるってこと。
僕が想像している色々な魔法を使えるという可能性が高くなったってことなんだ」
火、この場合は火花だけど、それに接触した場合、魔力は炎を纏う。
しかし電流に接触させると変色し、発光した。
まったく別の現象だ。
科学に基づいて考察することは難しい。僕は理系じゃないし、詳しいわけでもない。
ということで、僕がやっているのは色々な条件で魔力を触れさせ、その結果を鑑みて、理論を積み重ねるだけだ。
今回の実験では、魔力の性質を知ることができたというわけだ。
あくまで一部だけど、それでもこの収穫は大きい。
だって、火魔法以外にも使える可能性他あるってわかったから。
まだどうやって雷魔法として活用するかはわからないけど。
光明は見えたのだ。
だから僕は笑った。
劇的な結果は求めてなかったんだ。
僕はただ、燃えないでくれと願いながら魔力を放っただけ。
それが叶った。
だから僕は嬉しくてしょうがなかったのだ。
「ふむ、私も詳しくはわからんが……つまり雷魔法とやらが使える可能性が高くなったということらしいな」
「うん。でも今の状態じゃ、使えないね。
ただ体外に魔力を放出して接触させても、電流の性質に変化を与えただけって感じだった」
「どういう結果が出れば、成功したって言えるんだ?」
父さんの疑問を受け、僕は理想的な映像を思い浮かべた。
「うーん、手のひらから目標目がけて電撃を放つって感じになれば、かな」
「手から雷が真っ直ぐ出るような感じか?」
「そうだね。そんな感じだと思う」
「魔法を使う方にも被害が出そうだが」
「手のひらから直接、魔力を放出させた状態で電撃を放った場合はそうなるだろうね。
火魔法も同じだけど、まずは自分が怪我をしないように考えないといけない。
その前に、幾つか試さないとだけど……」
「そうか。とにかく、今日はやめておきなさい。帰ってきて、すぐに実験を始めたからな」
父さんの言う通りだろう。
朝出発して、採掘場に行ったり、市場で買い物をしたり、他にもついでに買い物もした。
そのおかげで帰ってきたのは夕方前だったのだ。
さすがにずっと魔法の研究をするわけにもいかないだろう。
本当は、色々と試したいけど。
今日は一杯、わがままを言ったし、父さんには迷惑をかけた。
ペラ鉱石も買ってもらったし、採掘場の採掘代も払ってもらったし。
結構な額になったはずだ。
貴族の子供でよかった。
父さんに言われて、僕達は家の中に戻った。
それは赤く染まり始めている。
その中で、雷鉱石が断続的に放電していた。
僕は思った。
これは夜は目立つだろうな、と。
早めに、囲いか何かを作っておいた方がよさそうだ。
そんなことを思いながら、僕は家の中に入った。
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