第8話 マロンレッドローズ

 いつもの中庭。

 僕とマリーは中庭をグルグル走り回っている。


「はっ、はっ! ほっ! よいしょっ!」

「し、しんどい! ね、姉さん、は、早すぎる……っ!」


 圧倒的にマリーの方が早い。

 その上、あちらの方が体力もある。

 二歳、差があるからという理由だけではないだろう。

 運動をする機会が少なかったというのもある。

 元々、あんまり得意じゃないんだけど。

 この身体も、そこまで優秀な身体ではないらしい。

 身体能力はマリーの方が上だ。

 でも後のことを考えて、身体を鍛えることは大事だろう。

 それに、前に比べてマリーは元気になっている。

 あの疑似プロポーズ以降、少しの間、気まずそうにしていたけれど、すぐにいつも通りになった。

 それどころか、いつも以上に元気だ。

 おかげで、僕はこうして付き合わされているわけだけど。

 まあ、別にいい。姉の楽しそうな顔を見ると、僕も嬉しいし。 

 しかし限界になり、僕はその場に倒れ込んだ。


「も、もう、む、無理ぃ……」

「もう! だらしないわね」


 マリーは、大の字になっている僕の隣に座ると、呆れたような顔を向けてきた。

 しかしどこか嬉しそうでもある。

 僕の息が整うまで軽い話をして時間を過ごした。


「――さてと、じゃあ、行こうかしら」

「村に行くんだっけ」

「ええ。一応、手伝いにね。そろそろシオンも行かない?

 お父様も言ってたでしょ。あたし達の仕事なんだから」


 確かに言っていた。

 村に行って、村人と関わるようにしなさいと。

 正直に言おう。

 僕は人見知りである。

 六年も生きて、家族以外と話していない大きな理由はそれである。

 家族は良い。だって家族だし。

 自然に仲良くなるし、別格だ。

 でも他人との関わりは面倒だし、勇気がいるし、相性が悪い相手がいると疲れる。

 僕の興味は家族と魔法だけなので、今まで別にいいやと後回しにしていた。


「うーーーーーーーん」

「そんなに悩むこと? 領民との付き合いも大事よ?」

「…………正直、気は進まないよ」

「将来どうなるかわからないけれど、その……シオンが、家を継ぐことになるだろうし。

 い、今の内に、領主の仕事を学んだ方がいい、と……思う……けど」

「なんで、顔が赤いの?」


 僕は首を傾げて、姉さんを見つめる。

 するといきなり大声を張り上げた。


「う、うるさいわね! とにかく! 行くの! ほら、こっち!」

「ちょ、ね、姉さん!」


 マリーは強引に僕の手を引っ張ると、正門を出た。

 ああ、やだやだ。

 転校初日とか、小中高に入学した初日とか、進級した初日とか、入社初日とか、ほんと嫌い。

 なんであんなに緊張して、あ、どうもとかいいながら、気まずい空気の中で生きないとならないんだ。

 できるなら、体験したくない。

 もうごめんだ。勘弁してほしい。

 そうは思うが、傍若無人の姉には通じない。

 ずんずんと道を進む姉。

 外に出ることは両親から許可が出ている。

 遠出をしてはいけないし、危険な場所には入らないように言われてはいるけど。

 五歳の時から、マリーと一緒ならばかなりの広範囲の移動を許されている。

 オーンスタイン家から道なりに進むと、森が出迎えてくれた。

 その先には平原が広がっており、ぽつぽつと畑が見える。

 そのまま進むと村があるのだ。

 ああ、なんてことだ。見えてきてしまった。


「ほら、ちゃんと歩く!」

「あー……やだなぁ」

「もう、ほんと、あんたこういう時だけ弱気よね」

「すいませんねぇ、人見知りで……」


 嘆息するマリーだったが、足は止めない。

 どうやら今日の姉は本気らしい。

 村が見えた。

 木柵と囲まれた寂れた村だ。

 周辺の領民はここに住んでいるらしい。

 畑の近くに点々と家屋を立てているのではなく、畑と村を完全に分けて、固めて位置しているらしい。


「あっ! マリーちゃん!」


 村の中にいた、子供達が一斉にこちらを向いた。 

 三人。五歳から十歳程度だろうか。

 男の子は一人、女の子は二人。

 みんな快活な感じだ。ちょっと苦手。

 手に鍬やら農耕道具を持っている。

 彼等は一斉に駆け寄ってきた。

 なんと恐ろしい習性だ。

 僕は姉の背中に隠れた。情けないと言うなかれ。

 純真無垢な子供の視線は怖いのだ。


「みんな、こんにちは。お仕事に行くところ?」

「うん! 今日はね、畑の仕事するの! んん!? 

 その後ろにいる子、だあれ?」


 栗色の髪をしている女の子が、僕を覗き見る。


「ほら、挨拶」


 こうなっては仕方がない。

 僕はおずおずとマリーの陰から出ると、自己紹介を始める。


「シオンです……」


 声が小さかった。

 なんということか。

 僕は子供相手でも、人見知り能力を最大限発揮してしまった。

 しかしそんな反応を受けても、三人は笑顔のままだった。

 あら、優しい子達なのかな。


「わたしはマロン! よろしくねっ!」


 栗毛の彼女はマロンらしい。栗だけに。

 いや、さすがにそれは偶然だろうけど。

 愛らしい顔立ちと表情だ。小柄で、多分年齢は僕と同じくらい。


「おまえ、格好いい髪してんな! 羨ましいぜ!

 俺はレッド よろしくなッ!」


 名前はレッドだけど、髪は濃い灰色だ。

 でも暑苦しそうだから、名は体を表しているような気がする。

 短髪の少年は、ぐっと握り拳を見せて、白い歯を見せた。

 ちなみに僕の赤髪が羨ましいのか、じろじろと見てきていた。


「私はローズ。この荒涼とした村に咲く一輪の花ですわ」


 村民の割には綺麗な身なりをしている。

 長い髪をたなびかせているのでちょっと高貴な生まれっぽいが。


「こいつ、普通に農民だから、勘違いしないでくれな!」

「う、うるさいわね! わざわざ言わなくていいのよ!」


 マロンレッドローズ。覚えた。

 というか、覚えやすいな。


「よ、よろしく」


 自己紹介を買いを終えると、再びマリーの陰に隠れた。


「恥ずかしがり屋な子なんだね!」

「この村、男が少ねぇから、歓迎するぜ!」

「もしかして畑仕事を手伝って下さるのかしら?」


 三人それぞれが好意的に反応してくれたようだ。

 村の子供は良い子達らしい。


「ええ、手伝うつもりで来たから」

「ありがと! じゃあ、お願いするねっ!」


 マロンが嬉しそうに言うと、マリーも笑顔で頷いた。

 先行く三人に、僕達も続く。


「みんないい子でしょ?」

「うん、そうだね。もっと昔の姉さんみたいな感じかと思った」

「それってどういうこと? シオン?」

「なんでもありません、お姉様」


 我が姉の顔が怖いので、即座に謝っておいた。

 僕はマリーの隣に並び、歩く。


「なんか思ったよりも普通だね。もっと上下関係があるのかと思ってた」

「領主の娘と領民だから、そう思ってもしょうがないわね。

 でも、お父様が領民との距離が近いから。そこまで距離感はないわよ。

 もちろん、互いに尊重はしてるから、不遜なことはないけれどね」

「へぇ……父さん、すごいね」

「そうね。とても尊敬できるわ。女のあたしには領主は無理だけど」

「僕より、姉さんの方が向いてる気がするけどね」

「どうかしらね。あたしは頭良くないから、シオンの方が向いてると思うけれど」


 八歳でこれだけ色々とできて、話せて、知っているのだから十分賢いと思うが。

 年を取るごとに、どんどん大人びている気がする。


「そんなことないと思うけどなぁ」


 なんて話をしていると、畑についた。

 広い。多分、そんなに広い方ではないんだろうけど、素人からしたら広すぎる。

 しかし作物は植えてないみたいだ。


「さっ! じゃ、やろっか!」


 マロンが元気いっぱいに、鍬を手に畑に移動する。

 残りの二人も倣って、移動すると、ざっくざっくと土を耕し始めた。


「何してるの?」

「休ませていた畑を耕して、畝(うね)を作ってるところね。

 冬は作物が育ちにくいし、食糧を貯えないといけないから、その前に収穫するように計算してるのよ」


 なるほど。色々と考えながら仕事をしているらしい。

 僕にはわからない世界だ。


「あたし達もやりましょう」


 領主の子供が領民の仕事を手伝う。

 これが普通ではないことはわかる。

 でも僕はこのやり方が好きだ。

 まあ人と接するのは苦手だけど。


「シオンはみんなに聞いてからやりなさいよ。あたしに頼らずにやること!」

「え、えー……やだなぁ」

「やるの! はい、鍬(くわ)!」


 鍬を手渡されて放置された。

 姉はさっさと畑に行き、せっせと土を耕し始めた。

 ああ、やだやだ。

 しょうがないけど、やだ。

 やるしかない。

 僕は意を決して、マロンに声をかけることにする。

 一番、話しかけやすかったからだ。


「あ、あにょ」


 噛んだ。第一歩から踏み外した気がした。

 でも、マロンは気にした様子はなかった。


「うん? あ、仕事わからないの?」

「う、うん。教えてくれる?」

「いいよっ! えとね、まず、ここから真っ直ぐに――」


 マロンは丁寧に仕事を教えてくれた。

 といっても、真っ直ぐ、畝を作るだけだ。

 どういう感じで作るのかまではわからなかったので、真剣に聞いた。


「できるだけ等間隔で、土の量も同じようにしてねっ!

 そうじゃないと、水はけ悪いし、変な感じに育っちゃうんだっ!」

「う、うん、わかった、やってみるよ」


 マロンの指示通りに、僕は鍬を振った。

 六歳の身体には重く、かなりの重労働だった。

 畝を作るだけの仕事。でも簡単ではなかった。

 僕以外のみんなは慣れた様子で、てきぱきとこなしている。

 けれど、やはり大変なようで、息切れはしている。

 子供だけの仕事。大人たちは別の畑で働いているらしい。

 聞くと、畑の仕事だけでなく、森の中で山菜をとったり、川や湖で魚を取ってきたりもするとか。

 現代では考えられないが、この世界では子供も大事な労働力のようだ。

 ただ、徴収税は少なめなので、生活が貧しいわけではないらしい。

 領地が広く、人も比較的多いので、十分な蓄えもあり、税の支払いもできるようだ。

 聞くと、一般的な領主の生活は、僕達に比べるとかなり裕福のようだ。

 僕達の食事のバリエーションが少ないのも、課税が少ないせいだろう。

 家が比較的広いのは見栄えが整っていないと、領主としての威厳がなくなってしまうからしい。

 移住してきた人、領外での交渉などのためにも必要だとか。

 誰かが訪問して来た時、寂れた家だと困るもんね。

 どんな場合でも、舐められると終わりだから、わからないでもない。

 これは父さんに聞いたことだけど。

 作業を続けていると、気づけば夕方になっていた。

 汗だくになり、身体中が疲労している。

 けれど悪い気分じゃなかった。


「今日はこれで終わりっ! ありがと、マリーちゃん、シオンちゃん!」


 マロンがニカッと笑い礼を言ってくれた。

 レッドとローズも嬉しそうに笑顔を作る。


「いやぁ、助かったぜ。マジで。三人より五人だな!」

「初めてにしてはよくやったと言っておきますわ。ありがとうございます、二人とも」

 あれ、なんか恥ずかしくなってきた。

 大して力になれなかったということもあるけど、他人に感謝されるようなことがなかったからだ。

 家族ならここまで恥ずかしく思わなかっただろう。

「ふふ、また手伝いに来るわ。ね、シオン」

「う、うん。また来るよ」


 僕達は三人に向けて手を振ると、別れた。

 帰路に就くと、いつもと違う風景の中を歩いていることに、妙な感慨を抱いた。


「どうだった?」

「楽しかった、かも」

「そう、よかったわ。あたし、勉強が休みの日にはいつも行ってるのよ。

 シオンも気が向いた時でいいから行きましょう」

「……うん」


 最初に比べると、嫌ではなかった。

 マロンレッドローズの三人もいい子だったし。

 また会いに行こう。次はもっと仲良くなれるはずだ。

 それにもっと領主の仕事を知るべきかもしれない。

 やりたくはないけど。向いてないんだよなぁ。誰かの上に立つこと。

 一人で何かするのは好きなんだけど。

 でもたまにならいいかな。

 漠然と将来のことを考えた。

 あれ、僕ってこのままいけば領主になるんだろうか。

 領主、僕が?

 想像したら、憂鬱だった。

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