第113話 幕間 誰も予想はしていなかった

 ケインは倒れているロッドに、剣の切っ先を向けていた。

 勝敗は決した。

 ロッドの実力はケイン以上ではあったが、先の流れ矢で足に怪我を負っていた。

 そのため、満足に動くことができず、ケインに敗北したのだ。

 互いに見つめ合い、沈黙を守る。

 それが数秒続き、業を煮やしたロッドが口を開いた。


「どうした! 殺せ!」


 ロッドは自棄気味に叫んだ。

 これがあの親友の男なのか。

 ケインは胸が切り裂かれそうな思いだった。

 僅か前に親友の一人、シェーンを失くし、今度はもう一人の親友まで失くしてしまうのか。


「なぜだ、なぜこんなことを」

「はっ、だから言っただろ金の」

「そうじゃない! なんでシェーンを殺したんだ!?」


 ケインの叫びに、ロッドは言葉を飲んだ。

 その一瞬の反応に、ケインは思わず問いかける。


「おまえが、やったんじゃない、のか?」

「……俺は止めた。シェーンが調査隊に入っていたことも知っていたけど、もう遅かった。

 この作戦を止めさせることはできなかった。

 だけどシェーンの命だけはどうにか助けようとした。

 結果は、おまえも知っての通りだ。

 だけどな、今更そんなことは意味はない。

 俺が加担して、裏切っていた事実は変わらないんだからな。

 どうした? さっさと殺せ。俺はおまえもシェーンも裏切っていたんだ」


 ケインは剣を振りかぶる。

 剣閃は真っ直ぐ、ロッドへと振り降ろされた。

 だが、ロッドの頭部、寸前で止められた。

 ケインは緩慢に、剣をおろし、悲しげな視線をロッドに向けた。


「殺さない。もう親友を失うのはごめんだ。

 後で理由は聞く。逃げるなよ、頼むから」

「……すまん」


 ロッドは泣きそうな顔でケインに謝罪する。

 その姿を見て、ケインはロッドに背を向け戦場へと戻ろうとした。

 が。


「馬鹿が!」


 そう叫んだロッドはケインの背後から斬りつけてきた。

 先の涙など忘れたとばかりに、一瞬の迷いなく、刀身を煌めかせる。

 次の瞬間。


「が、は」


 ケインは振り向きざまに抜剣し、ロッドの腹部を斬り裂いた。


「な、ぜ、わ、わか」

「……おまえさ、嘘吐く時の癖、あんだよ。長い付き合いだからな。

 わかるんだ。おまえが裏切ってたことは知らなかったのにな」


 ロッドは膝を突き、バタッと倒れた。

 もう助からない。

 彼の命はすぐに消えてしまうだろう。

 ケインは顔を顰め、今にも泣きそうな顔を親友だった男に向ける。

 ロッドは何も言わない。

 彼に何があったのか、どういう心境だったのか。

 そうまでして、親友を裏切り殺してまで金が必要だったのか。

 そんなことさえわからず、ケインはただただ悔いた。

 もっと他に方法があったのかもしれない、そう思わずにはいられなかったのだ。


「馬鹿なのは、おまえだ……くそっ!」


 ケインは苛立ちを抑えきれず、叫んだ。

 ロッドは何も言わぬままに、この世を去った。

 彼が何を思っていたのか。

 彼の言葉は真実だったのか。

 シェーンを殺したのではない、助けようとしていたのか。

 真実はもうわからない。

 わからないが、一つだけ確かなことがある。

 ロッドは、ケインを殺そうとしていたということだけ。

 言いようのない感情が浮かんでは消える。

 しかし、すぐに現実が襲い掛かって来る。

 行かなければ。

 戦わなければ。

 意識を強引に前へ向かせる。

 そうして、ケインはその場から立ち去った。

 

   ●□●□


 おかしい。

 何かがおかしい。

 ドヴァルは戦場に満ちていた違和感に気づいていた。

 この戦は普通と違う。

 そう思いつつ、轟音を避けた。

 目の前を通る、大斧を指で軽く弾きながら、嘆息した。

 遅い、遅すぎる。

 このデカブツは芸がないのか、大斧をバカみたいに振り回すだけだ。

 これでは一生当たらない。

 それにそろそろ飽きてきた。


「はあ、はあはあ、く、くそっ!」


 名前はなんだったか、確かディッツと言ったか。

 ドヴァルはすでに興味を失くしつつあった。

 最初は遊び半分だったが、今はただ哀れに思えるだけだった。

 やっぱり大したことのない男だった。

 これが一部隊の隊長だって?

 笑える。


「なあ、なあ? 聞きたいんだけどさぁ、この国であんたが一番強いわけ?

 いやいや、まさか、そんなわけねぇよな、そんな国ねぇわ。

 え? まさか? ほんとに、そうなの? ん? んん?」

「……お、王が、最強だ。誰も勝てねぇ、あいつには」

「ふーーーん、噂では王様って奴が、滅茶苦茶強いらしいじゃん?

 でもさあ、ほんと? オーガス軍数千を撃退したとかって。

 マジ? マジなの? いやいや、ありえないっしょ? ね? な?」

「……事実だ、じゃなきゃ、俺達が生きてるはずがない!」


 再び、ディッツは斧を振るうが、ドヴァルは簡単に避ける。

 もうすでに、軌道は読み切っている。


「それが事実ならマジやばいって。ってか、なんでこないわけ?

 ん? そんなに強いならさ、王様が出てくればこんな戦終わるんじゃん?

 違う? 違わないよね? あってるよなあああ?」


 ディッツは、息を荒げつつも、構えを崩さない。

 勝機は薄いことを知って尚、諦めるつもりはないらしい。


「ロッドから聞けばわかるだろ」

「ん? あー、副頭領ね。ああ、うんうん、言ってたよ。

 でも、それが事実かどうかなんてどっちでもいいのさぁ。

 なんでかって? だってさ、考えてみ?

 そんな強いなら世界征服なんて簡単じゃん?

 各国に侵入して、主要人物をぶっ殺せばいいわけだし?

 じゃあ、なんでしないのってなるだろ? 浮かぶ理由はいくつかあるけどさ。

 まあ、状況や情報を加味して、単純に国を離れられない、ってところが妥当?

 だって、オーガス軍と戦った理由を考えればさ、ハイアス和国を守ろうとしたことは簡単にわかるじゃん?

 で、国民か、都市か守ろうとして、離れられない。

 王様がいないと、俺達みたいな奴らが侵攻してくるからな!

 ってことは、だ。他国に攻め入ることは、少なくとも今はないわけじゃん?

 王様が滅茶苦茶強いってことが事実なら、ハイアスに攻撃を仕掛けるのは悪手だよな。

 でも、俺達はここにいる、なんでかなー?

 はい、ここで問題。なんで俺達はこの国に攻め入ったんでしょうか!」


 ドヴァルはケタケタ笑いながら、ディッツを指差した。

 明らかに馬鹿にしていたが、ディッツは敢えてその問いに答える。



「……わからねぇな」

「うわ! 素直! でも、知ったかぶりされるよりはいいね!

 正解は単純。奇襲することだけがハイアス和国に勝つ方法だからです!

 だって国民や都市、国を守るために自国に残っているのに、自国内で戦えないでしょ?

 国民を人質にとられたらどうする? 戦える?

 どんなに強くてもさ、都市内でバラバラになった敵を一瞬で倒す事なんて無理じゃんね?

 しかも都市や国民を無傷、壊さず殺さずに助けられないよな!?

 聞いた話、オーガス軍は都市に入れず撤退したらしいなー。

 つ・ま・り、都市周辺、都市内だと大々的な攻撃はできない、ってなるんじゃねえの?

 だって王様は、国民や都市が大事なんだからな!

 で、攻めて来たら、王様は出張って来ない。

 事前情報とか調べた感じだと、王様は今回の戦には参加しないってことになってるらしい。

 おかしいよなー。でも理由はあるって思うわけだ。

 王様が戦えば一瞬で片が付くのにしない。その理由。

 例えば力が出せないとか、もしかしたら敢えて戦わず国民に戦わせる、とか。

 ほら、馬鹿どもってのは権利ばかり主張して自分で何もしないからねー。

 そうならないように敢えて国民だけで戦わせる、とか?

 どっちにしてもさ、俺達のやることは変わんねぇの!

 侵略して、人質とって、王様殺して、はい、終わり!

 副頭領から情報を聞いて、準備してたんだけど、色々あってさ、ま、滅茶苦茶?

 でも、まあ、結果オーライ! なんとかなりそうだし気分爽快!

 ってか、そんな強い人間がいるとは思えないけどね、俺は。

 あくまで、仮定? どっちもでいいってか?」



 ドヴァルは会話をしながらも、やはり違和感が強くなっていくことに気が付いていた。

 戦場に散らばる『死臭』がそこかしこに現れては消えている。

 何事もなく、だ。

 本来ならば死臭がある場所は危険地帯であり、そこにいれば死が訪れる。

 そしてその時がくるまで臭いは濃く、徐々に薄れるはずだ。

 なのにだ、ある時を境に突然消えたり出現したりするのだ。

 これは死を恐れ、死と共に生きてきたドヴァルの能力だった。

 狂気じみた人間である彼はいつしか、死の臭いを嗅ぎ取ることができるようになった。

 その場にいれば死が訪れる。

 その臭いを避け、彼はずっと生き続けて来たのだ。

 だがこの戦場では、その能力が機能していない。

 ――何か別の力が働いているのかねぇ。

 自分が特別だとは思うが、唯一の人間だとは思わない。 

 別の誰か、そう例えば王様も、何かの能力を持っていると考えるのが妥当だろう。

 そうでなければ、人外じみた強さなど手に入れられないのだから。

 この戦、イヤな予感がプンプンする。

 時間が経つごとに色濃くなっていっている。

 逃げちまうか、そう思うも、ここまで来て逃げるわけにはいかないとも思う。


 スンと鼻を鳴らした。

 一瞬にして死臭がした。

 即座にその場から離れると、足元に強い衝撃が走った。

 ブーツが傷が出来ている。

 何か明滅したと思ったら、これだ。

 やはり何か、外からの力を感じる。

 王か、それとも何か別の誰かか。

 何度目か、死臭のおかげで回避はできているが、いつまでも持たない。

 逃げるか、そう思ってはいたが、目の前の男が、存外に粘る。

 大男の手や足が震えている。

 体躯に比べ、精神力は然程、狂人ではないようだ。

 殺そうと思えば、殺せる。そう思い、何度か試みたが、その度に、死臭が濃くなるのだ。

 やはり、この場は危険だ。

 だが逃げることも難しいと直感が言っている。

 まずいな、気づかない内に袋小路に迷い込んだのか。

 ディッツがザッと地面を蹴った。


「まだやんの?」


 面倒くさそうにしながらドヴァルは、ディッツの一閃を避ける。

 学習しない男だ。そう思いつつも、ここまで自分に逆らう人間を見たことがない。

 誰も、恐怖し、忌避し、負の感情を向けて来る。

 なのに、ディッツという男は自身にそういう感情を向けてはいないのだ。

 敵意はある。恐怖もあるようだが、別のものだ。

 なんというか、対等な、ある種、純粋な何かだった。


「おまえを、殺す……まで、はあはあ……やめん!」

「怖いんだろ?」

「ああ、そうだ、怖い」


 ディッツは震える手を強引に抑えた。


「俺は憶病でな、傭兵なんてやってた時も、大して危険な仕事はしてなかった。

 けど、クサカベと出会って、そんな自分がイヤになった。

 わかるか? 目の前で、自分よりも若い男が、自分よりも強く、勇敢で、偉業を成す姿を見た人間の気持ちが。

 情けない。くだらないプライドが傷つくんだ」

「王様だっけ? ふーん、そんなにすごい奴なわけ?」

「ああ、あいつはすげぇ奴だ。だから、逃げるわけにはいかない。

 妹の自慢の兄貴で居るためにも。

 そして……いつかあいつに、認めさせる日が来るまでな」


 今まで、こういう手合いは存在した。

 何かしらの信念を持ち戦いに挑む人間は多くはないが、いなくもない。

 だが、最終的には恐怖や本能に負けるのだ。

 しかしこの男は、本心からそう思っているようだった。

 なぜか、死を以っても、この大男の意思は変わらないように思えたのだ。

 明らかに格下であるのに、気圧されそうになった。

 恐らく、恐怖で支配することは難しい相手。

 ならばやはり殺さなければならないのだろう。

 そう思った時、ドヴァルは衝撃にバランスを崩した。

 地面に倒れ、転がると、痛みに顔を顰めつつも、転がり衝撃を殺した。

 滑らかに起き上がると、腹部に走る痛みに気づく。

 最悪だ。

 自分でも気づかぬ内に、ディッツの威圧感に呑まれていたのか。

 死臭に気づかないとは。

 どうやら周囲で戦っていた兵に巻き込まれたようで、腹に剣が突き刺さっていた。


「あー、いてて」


 軽い調子で、剣を抜き捨てる。

 こりゃまずいかな。

 逃げるのも無理。

 殺すのも無理。

 街中へ入るのも無理。

 誰かの援護で、完全に手段をなくしていた。

 戦いを仕掛ける前から、敗北は決していたのだろう。

 仲間の数も半分以下になった。

 なのに、敵の死体は一つも転がっていない。

 つまり。


「あー、そっか。そういうことか」


 王の力だろう。

 王は姿を見せず、自国の兵達を守っていたのだ。

 戦で死人が出ないなど、あり得ない。

 これだけの規模なら数十人は出る。

 なのに一人も死者がいないなんて異常だ。

 今更、そんなことに気づくなんて。

 ドヴァルは自身の傷と、状況を鑑みて。

 ゆっくりと瞼を閉じて。

 そして冷静に決断した。

 この戦はもう。


「あ?」


 判断したはずだったが、突如として止んだ雨に気を取られた。

 曇っていたはずの空からは光芒が射し、地面を照らす。

 視界は明瞭に。

 そして、ドヴァルだけでなく、誰もがなぜか、理由もなく。

 後方を眺めた。

 そこに見えたものに、誰もが言葉を失ったのだ。


「あれは」


 なんだ、と言う前にその正体に気づいてしまった。

 あれは。

 三つの影が近づいてきていた。


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