第112話 幼き愛情

 ハイアス和国、都市中央、中央広場上空。

 俺は、虚空に浮かび、断続的に宙を跳んでいる。

 回転しつつ、極大感知で都市内、都市周辺の戦況を認識。

 伴って、指弾を放ち、死者を出さないように尽力していた。

 最初は西側だけだったため、まだ余裕があった。

 だが、今は西側の防壁上、見張り塔から移動し、都市中央広場まで移動。

 その上空に飛びあがり、高度を維持して西側の山賊達、東側の海賊達との戦況を把握しながら手助けしている。

 もちろん、誰にもバレないように、だ。

 鼓動が早い。

 体も重くなっている。

 雨で身体が冷えてもいるし、体調は良く言って最悪だった。

 疲労が尋常ではない。

 集中を継続することの辛さを、初めて知った。

 自分で戦えば一瞬で終わるのに、と思わないこともない。

 それでもこの戦いは必要であることは確信していた。

 やめるわけにはいかない。


『満足かい?』


 隣でぷかぷか浮かんでいるリーシュが楽しそうに言った。

 俺はほんの少しだけ意識を会話に割いた。

 問題ない。支援にも慣れてきたところだ。


「何がだ?」

『わかっているくせに。ここまで順調なんだろ?

 オレは詳しくは知らなかったけど、漁師達と亜人達と共闘させたこと。

 計算の内なのかい?』

「……たまたまだ。これで関係性が変わるとは限らない」

『けれど、まったく関わりがない状態よりは好転する、だろ?』


 俺は無言で返す。

 そう、カンツ達を港に送ったのは、単純な援軍という意味合いだけではない。

 亜人達との軋轢を解消するという意図もある。

 当たり前だが、それだけで解決するとは思っていない。

 だが、漁師達は、いや、恐らくは特にラカが、亜人を嫌っていた。

 そのため、港に亜人を入れることも出来なかったのだ。

 今回、半ば強引だが、亜人達が港に入ることができ、漁師達と関わりができた。

 この戦いが終われば、関係性も良くなるはずだ。

 ……よほど酷いことがなければ、だが。


『気苦労が絶えないね。裏で気をまわして、演技までさせて。

 今回のような状況まで利用するとは。君はどこまで考えているんだい?』

「買い被るなよ。大して考えちゃいない」

『どうかな。オレはそうは思わないけど』


 指弾を飛ばしつつも会話は円滑に進行する。

 一先ず、好調だ。

 山賊、海賊の数は順調に減らしているし、死人もいない。

 怪我人は莉依ちゃんが治してくれているし、残っている連中は気力が充実している。

 そのため、治療後、また戦闘に戻る兵もそれなりにいた。

 不甲斐ない王への憤り、国民を守らなければならないという責任感と使命感。

 その感情が良い方向に出ているらしい。

 だが、安心するにはまだ早い。

 何が起こるか、わからないのだ。

 俺は気を抜かず、作業的に支援を続けた。

 どれだけの時間がかかろうと、俺は僅かにも油断をするつもりはなかった。


   ●□●□


 莉依は都市内、西門前の応急処置施設内にいた。

 施設という名前ではあるが、単純に西門近くにある家屋を間借りしているだけ。

 内部には応急処置用の包帯や強めの酒、ベッドが並んでいる。

 この世界での医療技術はかなり原始的で、西洋医学よりも薬学の方が進んでいる。

 そのため、外科技術がある人間はほぼ皆無。

 内科も薬草での治療が主だ。

 そんな中、彼女のような治療ができる人間は重宝される。

 いや、この世界に治癒魔術のような類はないため、莉依の能力は特別だと言っていい。

 次々に運ばれる怪我人を治療し続ける。

 流れは簡単で、重傷な患者をベッドに横たわらせる。

 それを莉依が治療する。

 彼女は、死の目前レベルの重傷者でなければ、治癒が可能だ。

 そのため患者の全員を完治させることが可能だった。

 少なくとも今のところは。


「急いで、患者さんをこっちへ!」

「は、はい!」


 最近は少しずつ慣れてきた看護師達の仕事は、莉依が診られる患者以外の応急処置と、患者の搬送が仕事だ。

 数が少ないため、忙しいが、順応するもので最初に比べるとかなり円滑に動けている。

 莉依は、全身に裂傷がある兵士を治療し始める。

 スキルによる淡い光が、室内を照らす。

 それを見て、患者たちが自然と視線を奪われていた。


「おお、見ろ。あれが莉依様の力だ」

「なんと美しい」

「神々しい、正に女神だ」

「天使だ。莉依様」


 拝まれている気がするが、最近は慣れてきた。

 なぜか、ちょっとおかしい人達が周囲に集まることがある。

 莉依は困っていたが、強く言えずに、現状を保っているのだ。

 どこでも変な人はいるもの。

 変態さんもいるものなのだ。

 ロリコンもいるのだ。

 仕方ない。王様もそうなのだから、何も言えない。

 たまにちょっとおかしくなるけど、しょうがない。

 莉依は恥ずかしいながら、できるだけ無視して、患者の治療に勤しんだ。

 次々に運ばれているのに、なぜか死傷者はいない。

 重傷ではあるが、治療で何とかなる範囲内の患者ばかりだ。


「あ、あの、亡くなった方は?」


 近くにいた看護師に、小声で聞いてみた。


「いえ、一人もいないようです」

「一人も?」

「は、はい、そのようですが」


 さすがに、死者が一人もいないのはおかしい。

 誰も死んでいないということは喜ばしいが、これだけの規模の戦争で、死者がゼロということがあり得るのだろうか。

 莉依は即座に、内心で否定した。

 きっと虎次のおかげだろう、と確信した。

 だが、だれも虎次のことは話していない。

 たまに聞こえても、王である虎次への非難や不満だけで、何かをしているという話は聞いていない。

 ということは、誰にも見られないようにしているのだろうか。

 彼ならばできるだろう。

 だが、そこまでして国民達だけで戦争しているという体裁を保つ必要があるのか。

 莉依は人の汚さを虎次ほど知らなかった。

 だから僅かに、人への期待を持ち続けてもいた。

 そこまでしなくとも、国民達は努力し邁進するのではないか、と思ったのだ。


 だがこうも思った。

 虎次がそういう結論に至ったのであれば、それは正しいのだろう、と。

 今まで、彼がやってきたことは間違いがなかった。

 盲目的に信じるべきではないが、それでも彼の行動は間違っていないという確信はあった。

 自分は彼の助けになれているのだろうか。

 彼の隣にもおらず、怪我人を治療している。

 もちろん役には立っているだろう。

 でも、本当の意味で彼を支えられているのだろうか。


 もっと、頼りにされたい。

 もっと、信頼されたい。

 もっと……甘えて欲しい。


 そう思うのはわがままなのだろうか。

 自分が弱いことは知っている。

 でも、これ以上強くなることは、いや、彼以上に、彼と同等に強くなることは難しい。

 それは理由なき確信だった。

 恐らく、一生かけても、彼のようになれない。

 ならば、自分にできることだけをするしかないのだろう。

 でも、と思う。

 彼の後ろを歩くのではなく、隣を歩きたい。

 そう思ってしまう。

 もし、誰かが、彼と共に、彼と同じ景色を見ているのであれば。

 きっと嫉妬してしまう。

 愛情を感じてはいる。

 彼の好意も伝わっている。

 でもそれとは違う。

 それだけで満足できていない。

 きっと自分が子供だからなのだろう。

 大人でありたいと思うと同時に、歳をとれば考えが変わるのかどうかはわからなかった。

 このままでいいのだろうか。

 もっと彼に近づきたいと思うのはおこがましいことなのだろうか。

 ……もしも、あと数年、歳を取っていれば、もっと違った関係を築けていたんだろうか。


「莉依様!」

「え?」


 いつの間にか、隣に看護師が立っていた。

 物思いに耽りながら治療をしていたらしい。

 全身傷だらけだった男はすでに完治していた。


「次の患者さんが」

「す、すみません、すぐ行きます」


 今は、余計なことを考えるのはやめよう。

 みんなを助ける、それができるのは、自分しかいないのだから。

 無理矢理に思考を変え、莉依は治療を続けた。

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