第105話 これでいい

 十数分後、作戦会議室にて。

 俺、ハミル、莉依ちゃん、ディッツ、そしてカンツの五名が円卓についている。

 カンツは本来、建設局長なのだが、ライコ族の戦闘能力はかなりのものだ。

 そこで山賊の襲来に際し、協力を申し出てくれたというわけだ。

 腕っぷしの強い漁師達にも一応は声をかけた。

 だが、港湾に侵入されない限りは重い腰を上げないだろう。

 万が一、海路経由で賊達が侵入してきた際には彼等が動くだろう。

 ということは東側は一先ずの対応はできるということだ。

 防壁は岸から沖に向けて数十メートルは伸びている。

 簡単に侵入はできないし、試みても船舶を用いでもしない限り対処は簡単だ。

 とにかく港湾区画は気にしなくてもいいだろう。

 全国民達には情報を伝えている最中だ。

 そして現在、集まった面子に説明を終えたところだった。


「――ということだ。山賊の数はわからないが、恐らくそこまで多くはないだろう」


 全員が神妙な面持ちだった。

 建国からまだ一ヶ月程度だ。

 やるべきことは多く、精神的にも落ち着き始めている時期である。

 そこでこの敵襲だ。

 士気が高い状況とは言えないだろう。


「で、どうすんだ?」


 ディッツの問いはもっともだ。

 俺は間髪入れずに答える。


「もちろん戦う。撃退じゃなく撃破する」


 全員に動揺が走った。

 逃がすつもりはない、ということだ。

 やや冷酷な判断に、戸惑ったのか。

 いや、単純に追い返すよりも倒す方が難易度があがる。

 だからこそ僅かに動揺したのかもしれない。

 もし、敵を見逃せば憂いを残す。

 再び襲ってくるかもしれないからだ。

 山賊は噂を聞きつけながらも自国を襲おうとしている。

 ということはつまり、『俺がオーガス軍を撃退したということ』までは知らないか、知っていても事実とは思わなかったということだ。

 考えてみれば、単騎で数千の敵兵を追っ払い、数百の人間を一瞬で殺した、と聞けば信憑性を疑うだろう。

 やはり現実味がない、か。

 一度、現実的な方法で敵を討伐しなければならないだろう。

 一応は想定していたので動揺はない。

 問題は、これからだ。


「ハミル、国民全員の中で、戦える人数はどのくらいだ?」

「能力的に、でしょうか?」

「違う。精神的、肉体的、経験的において、戦える状況に身を置ける人物、という意味だ」

「警備局が50程度。

 亜人達、これはライコ族とネコネ族が主ですが30程度。

 人間の国民で戦える人間は警備局か総合事務局の調査隊などに入っていますので、多くても20人が増える程度、でしょうか。

 ですので、100人程度になるかと思います。

 警備局の人間はディッツ殿の指示により訓練はしておいでですが、状況はどうでしょう?」


 ディッツは肩を竦める。


「大体は、まだ一般人に毛が生えた程度だぜ。

 ただ、剣術の試合には勝てねえが、戦で勝てる方法はある程度、教えている」

「というと?」

「多対一に持ち込むみたいな、簡単な方法だ。それくらいはできる程度には鍛えてる。

 ただ……ほとんどが初めての戦だ。まともに戦えるかどうかは微妙なラインだな」


 そうか、と言って、俺は一拍置く。

 次いで、カンツに視線を向ける。


「亜人達は戦ってくれるんだな?」

「ライコ族は全員が参加だ。ネコネ族の一部も参加すると言っている。

 ライコ族は身体能力も高い戦士。訓練も積んでいる。

 ネコネ族は魔術が使えるが補助的な意味合いが強い。後方支援に回すべきだろう。

 他の亜人は……すまないが、参加の意思はなさそうだ」


 他というと、イヌット族とトリドル族か。

 イヌット族は商人ギルドでの仕事が中心となっている。

 あの二人と上手くいっているかは微妙だが、一応は仕事をしてはいるらしい。

 トリドル族は都市内の運搬が主な仕事だ。

 家屋の解体によってできる資材、都市内の物資などを運んでくれている。

 ただトリドル族、一人の運搬重量はさほど多くはない。

 それでも人間よりは空を飛ぶ方が早くはあるが。

 二つの部族連中は戦闘を得意とはしていない。

 そのための不参加だろう。


「エシュト皇国側、つまりここから西側、都市周辺の平原を超えた辺りから山賊達はこちらへ向かっているだろう。

 現在、防壁上に見張りを立てて、警戒している。

 相手の数がわかり次第、即座に知らせてくれるはずだ。

 と、ここまでが簡単な現状説明だが。

 ……まずは作戦内容を伝える前に言っておくことが一つある」


 俺は僅かに目を瞑りゆっくりと瞼を開く。

 そして言った。


「俺は今回の戦には参加しない」


 全員が息を飲んだ。

 それはわかりやすい程の驚愕だった。

 全員の反応があるまで、俺は沈黙を守る。

 動揺から立ち直ったのか、ハミルは恐る恐る俺に声をかけてきた。


「それはつまり、王自ら戦わず、国民が山賊を撃破する、と」

「そういうことだ。指示は出すが、それだけだ」


 不服そうにしている人はいない。

 莉依ちゃんは驚きはしても、俺を非難するつもりはないという感じの顔をしている。

 むしろ、少し心配そうにしていた。

 カンツは瞳を閉じ、何かを思案している様子だった。

 ディッツも同じように何かを考えている。

 だが、四人の中で最も狼狽しているようにも見えた。

 それはそうだ。

 俺が出れば山賊程度ならば一瞬で倒せる。

 それをしないということは、国民達を危険に晒すことでもある。

 俺が言っているのはこういうことだ。

 『死ぬかもしれないが俺は助けない。俺が助ければ万事解決するが、何もしない』と。

 これでは怠惰な人間と思われても不思議はない。

 なぜなら俺にはできるからだ。

 俺が手を貸せば敵兵も数百数千程度なら楽に撃破できる。

 肉体労働も即座に終わるだろう。

 木材や石材の運搬なんて簡単な作業だ。

 だが、俺はそれをしない。


「俺からも一つ聞きたいんだけどよ。これは必要なことなのか?」

「そうだ」


 ディッツの問いかけに俺は即答する。

 眉根を寄せ、何かに耐えるようにディッツは視線を落とす。


「死人が出ても?」

「そうだ」


 逡巡はない。

 冷淡な声音に、俺自身も驚いてしまう。

 それ以上に、ディッツは強い忌避感を抱いていた。

 正義感が強く、面倒見が良い。

 粗暴で言葉遣いも悪いが、情は厚い男だ。

 国民を案じない俺の判断に、少なからず不満を持っているに違いない。

 だが、ディッツはそれ以上、疑問を口にはしなかった。

 わかった。ただその一言を残し、沈黙する。


「私達亜人には異存はない。

 誇り高きライコ族は、王の庇護を求めることを良しとはしない。

 だが、人はどうであろうな」


 視線で俺に問いかけるカンツだったが、俺は返答しなかった。

 それくらいはわかっている、と小さく頷くだけにとどめる。


「作戦は?」

「相手の出方にもよるけど、基本的に三隊に分けるつもりだ。

 ディッツを隊長として第一小隊。これは西門、防壁前に配置する。

 山賊達の行動によって大きく行動指針を変える隊だと考えてくれればいい。

 防壁上にはネコネ族と弓兵を配置して遠距離から支援をしてもらう。

 次に第二小隊。隊長は……特に決めていない。

 ディッツが適任だと思う人間を任命してくれていい。

 この隊は、最初は第一小隊と合同、状況により別働隊として行動する。

 最後に第三小隊。隊長はカンツ。ライコ族の隊だ。

 ライコ族の戦闘能力と俊敏性を活かして、邀撃することが主の隊だ。

 時として突破力を武器にし、自由に敵を攻撃する形もとるだろう。

 敵が攻めてくるまでは三隊とも防壁前に待機する。

 山賊達の数にもよるが、基本的には防壁前の防衛戦線を維持。

 第三小隊、第二小隊による挟撃を行う方針になると思う」

「思うってのは曖昧だが……」


 カンツはやや不安そうにしている。


「残念ながら情報が少ない。時間もな。

 これから敵兵の数、武器の種類、進行速度、練度諸々を調べることは難しい。

 わかっても対処に時間を割くことはまず不可能だ。

 となると、早い段階で対応できる態勢を整えるしかない」


 仮に、俺ならば即座にハイアスを出て、山賊達のところに向かい調査はできる。

 迎撃もできるだろう。

 だが俺はそれをしない。

 してはならない。


「指示はどうするのだ?」

「テレホスフィアで行うつもりだ。後で隊長に配る」

「そうか、ならばわかった。他に質問は特にない」

「俺も……異存はない」


 カンツに比べて、明らかに異存はありそうなディッツだったが、一応は納得してくれたようだ。


「それじゃ、みんな、よろしく頼むぞ」


 俺が言うと、カンツとディッツは部屋を出て行った。

 どこか不穏な空気が残ったままだった。

 だが気にしてはいられない。

 俺は気を取り直し、ハミルに向き直る。


「俺は西防壁上の見張り塔に行く」

「この雨の中、ですか? 視界は悪いですが」

「問題ない。むしろその方がいい。

 山賊の姿を確認後、防壁上の見張りを集合させて、第一小隊に組み込んでくれ。

 それと、防壁上に配置する後方部隊は見張り塔から離すように」

「なるほど……わかりました。準備をしてまいります」


 簡単な報告と確認を終えると、ハミルは一礼し、部屋を出る。

 部屋には俺と莉依ちゃんだけが残った。


「私は、戦場近くで臨時の応急処置施設を作っておけばいいですか?」

「うん、助かるよ。そのつもりだったから」


 さすが莉依ちゃんだ。

 自分がやるべきことを正確に認識している。

 戦場では怪我人が必ず出る。

 処置がどれだけ早いかで生死を別つこともあるだろう。

 とりあえず、少しだけ時間がとれた。

 色々なことが一気に押し寄せて、少し気疲れしてしまったのか少しだけ体が重い。

 思わず、嘆息すると、莉依ちゃんが立ち上がり俺の隣まで近づいてくる。


「大丈夫ですか?」


 その一言に色々な疑問が含まれている気がした。

 総合事務局の待合室での出来事は、莉依ちゃんには話していない。

 何かあったことはわかっているだろう。

 それでも彼女は事情を聞こうとはしなかった。

 俺が話さなかったからだ。

 話さないならば聞くべきことではない、と思ってくれている。

 その心遣いが嬉しくも思い、申し訳なくも思った。


「……大丈夫。全部、上手くいくから」


 曖昧な言葉だった。

 それでも莉依ちゃんは、そうですか、と小声で漏らし俺の首を抱いた。

 ほんのりと甘い香りが鼻孔をくすぐった。

 折れそうな程に細く頼りないはずの腕は、温かかった。

 その体温だけで落ち着いてくる。

 自分でも気づかない内に、緊張していたらしい。

 俺は優しく彼女の腕に触れた。


「私にできることは何でもします。虎次さんのためなら」


 その言葉には強い意思が込められている。

 本心からの言葉であることは間違いなかった。

 莉依ちゃんはそういう娘だからだ。


「……わかってる。ありがとう」


 正直に言えば不安もあった。

 これでいいのだろうか。

 自分が動いた方がいいのではないか。

 これから起こることは本当に上手くいくのか。

 上手くいっても、その後がどうなるかはわからない。

 好転するか、それともここで躓くか。

 あるいは……すでに失敗しているのか。

 それはわからない。

 道はひどく不安定で、認識もできない。

 だが、莉依ちゃんの温もりを感じることで、動悸が治まる。

 これでいい、と思える気がした。

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