第103話 コワレモノ達

 いくつかの施設を回り、説明を終えると中央広場に向かった。

 結局食事をせずにナディアと沼田はケセルに帰ることになったのだ。

 ある意味助かったな、食事はあまり美味しくはなかっただろうから。

 沼田がすたすたと俺の目の前まで歩いてくる。


「じゃあな」


 ぶっきら棒な言い方だが、僅かながらの親近感がそこにはあった。

 沼田に対して好ましい印象は抱いてはいないが、それでもあえて突き放す必要も今はないだろう。

 まだ沼田には聞きたいことがある。

 俺は自然に問いかけていた。


「剣崎さんは?」

「あ? ああ、元気にやってるぜ。

 張り切ってるみたいだ」

「……ケセルの勇者にはなれないんだろう?」

「オーガスに登録したままだな。神子と交渉した経緯もないらしい。

 ただ、まあ、やりようはある。あいつが望むならな」


 それ以上は言うつもりはない、とばかりに肩を竦めた沼田は、さっさと俺に背を向けた。

 剣崎さんは統一国の勇者となり、叶えたい願いがあったのだろうか。

 ……彼女にも色々と事情があるのだろう。

 だがそれが当たり前だ。俺だってそうなのだから。

 問題はない。敵でなければ。


「それでは失礼しますわ」

「ああ、気を付けて」

「またな。何かあったらテレホスフィアで知らせる」

「わかった」


 ドラゴンに乗り、こちらに別れの挨拶をした二人に俺は手を振る。

 羽ばたきが始まる前に、ナディアが思い出したように言った。


「忘れていましたわ! エシュト皇国の動きですが、不穏です。

 どうやら何かをたくらんでいる様子ですが今のところ目立った動きはありませんわ。

 オーガスに関してはこちらに情報は入っておりませんが、同様に動く様子はないとのこと」


 エシュトへ大量の人間が移動したはずだが、その情報はケセルに入っていない、のか?

 戦争下では、移民の存在は珍しくないのかもしれない。

 だが、目立った動きではあるように思えた。

 あえて隠しているのか、それとも本当に気づいていないのか。

 俺は疑念を表に出さずに答える。


「そうか、ありがとう、有益な情報だ」

「いえ、ただ、気を付けてくださいませ。

 敵はエシュトとオーガスだけではありませんことよ」


 それはどういうことか聞こうとしたが、すでにドラゴンは巨大な翼を羽ばたかせていた。

 風音に鼓膜が揺らされる。

 音が聞こえなくなると同時にドラゴンは飛翔した。


「それでは」


 ナディアが叫ぶと、ドラゴンは俺達に背を向け上空へと昇った。

 そのまま高高度に達すると、ケセル方面へと飛んで行く。


「何だか不思議な人でしたね」


 莉依ちゃんは複雑そうな顔をしたまま呟いた。

 俺も同じ心境だった。

 少女の様で、王の威厳さもあり、そしてどこか掴みどころがない部分もある。

 あれがケセルの王、か。

 俺は彼女の言葉を思い出していた。

 『つまり、あなた達が都合のいい状況で一方的に同盟を破棄する可能性もあります』

 別の意味合いだったが、額面通りでもあった。

 もしかするとケセルとの同盟はいずれ破棄するかもしれない。

 方向性が不一致となれば、そうせざるを得ない。

 ナディアは期待と不安を残して去っていった。

 俺には、この不安が現実にならないよう、願うことしかできなかった。


   ●□●□


 ハイアス和国から数時間、移動したナディアと沼田は地上を見下ろしていた。


「そろそろかしら?」

「ああ、確かこの辺りで……いたいた」


 目標を見つけ、沼田はドラゴンを操作し、地上へと降りた。

 ちなみにドラゴンの名前はジーンだ。

 スキルによって操ってはいるが、ジーン自体も沼田に心を許している。

 不思議なもので、沼田自身も愛着がわいているほどだ。

 地上に着陸すると、沼田だけがジーンの背中から降りた。


「よう」


 浅い森から影が見える。

 戸惑いながら顔を覗かせた人物は、沼田の顔を見るとほっと息を吐いた。


「早かったね」


 剣崎円花だ。

 虎次といた時とは違う服装で、白衣のような衣服を着ている。


「まあな、昼飯食べずに戻って来たからな」

「あ、そ、そうなんだ。ごめん」

「俺の判断じゃねえよ」


 ちらっとナディアを一瞥した沼田を見て、円花はナディアに一礼した。

 とりあえず、と二人はジーンの背中に乗った。


「お待たせしたわね」

「た、大して待ってないから大丈夫。それで、どうだったの?

 『ボクの言う通りになった?』」

「ええ、あなたの助言通り、同盟は組めたわ、ありがと。

 亜人達の存在やあの男の考えには吐き気がしたけれど」


 ナディアの笑顔は、完璧ではあったが何かが欠けていた。

 しかしそれに円花は気づかない。


「そ、そっか、よかった」


 円花は照れながら後頭部を掻いた。

 二人の様子を見ながら、沼田はやれやれと嘆息する。

 まるで二重人格だ。だが、これがナディアという王の一面でもある。

 利を得るためであれば演技もいとわない。

 円花のアドバイス通りに行動したことで、かなり都合のいい着地地点に落ち着いたはずだ。

 少なくとも日下部達はナディアの目論みに気づいてはいないだろう。

 ……実のところ、会談の始め、ナディアは円花の助言を無視していた。

 恐らく自分の力だけで好条件を飲ませることができると思ったのだろう。

 だが、実際は日下部にやり返されてしまった。

 おくびにも出さないが、内心、悔しいのではないだろうか。

 しかし、結局、途中で路線を変更し、円花のアドバイス通りに行動した。

 結果、ハイアスの人間には知られることなく、こちらの望みは達成されたし、ケセルの内情までは知られていない。

 つまり、ナディアの心境以外は完璧な結果と言える。


 奴らには同情するが、いかに合理主義だろうと、王相手に人情を持ちこんではならない。

 一国を治めるということは、不義に手を染めると同義だ。

 人を殺すこともある、誰かを陥れる事もあるし、謀り、裏切り、利益を得る事も少なくない。

 民衆は美談を望んでいるため、そんな部分は決して見せはしないが。

 この少女は清濁を併せ呑んでいるのだ、この年齢で。

 それが女でありながら自らを『王』と名乗る、ナディア・フォン・ケセルという少女だった。

 それは覚悟だ。

 女でも子供でも人でもなく、王という生物に生まれ変わるという意思の表れだ。


 沼田は思った。

 なんて哀れな娘なのだろう、と。

 生まれながら生き方を決められているのだ。

 それが当たり前なのかもしれないが、日本に生きてきた沼田には理解ができなかった。

 大なり小なりしがらみはあるものだが、彼女の場合は常軌を逸している。

 ――それがこの国の、統治者としての生き方なのかもしれねぇな……。


 そして彼女の願いを叶えるために尽力している自分も、本性を知らず執心しつつある円花も彼女と変わらず、歪なのだ。

 自身はいい。

 自分は望んで歪になっているのだ。理由も明確だと自覚している。

 だが、この剣崎円花という女はどうも気になる。

 突如として、ケセルに行きたいと申し出、そして今は、ナディアに気に入られている。

 貴重な情報を得られる能力のため重宝されているということもあるだろうが。

 ……そもそも、こいつはなぜオーガスを逃げ出した?

 オーガスのやり方についていけなくなったと言ってはいたが。

 どうもしっくりこない。

 どうしても叶えたい願い事がある、ということか?

 そのためなら恩がある日下部達を蔑ろにしてもいい、と。

 あいつらはお人好しだから別に何も思っちゃいないだろうが。

 傍から見ていると、この剣崎という娘、中々に強かで利己的のような気がする。

 警戒は必要か。


「さて、帰りましょう。宰相達が首を長くして待っていますからね」

「……心配し過ぎて胃に穴が開いてなきゃいいけどな」


 今回の遠征はナディアの独断で行われた。

 一応、宰相を始め、上位貴族や上流階級の連中には伝えてはいるが、当然ながら反対された。

 日下部にはまるでケセルでは内部で諍いが起こっているかのように言ったが、そうではない。

 『むしろケセル程、一致団結している国はない』だろう。

 さて、そんな謀りもどれほどまで持つか、見ものだな。

 どちらが先に裏切り、どちらが先に気づくか。

 そして、日下部とナディアはどこまで気づいているのか。

 沼田には見当もつかないし、どうでもよかった。

 彼は、ただナディアのためにここにいる。

 この歪な少女の願いを叶えるために。


「ねえ、リキもそう思うでしょう?」


 何を、とは聞かない。

 そんなことはどうでもいいからだ。

 ナディアが賛同を求めるのであれば、自身も同意する。

 そう思わなくとも、そう思うようにする。

 自我はない。

 あるのは願いだけ。


「ああ、そうだな」


 彼女の望みを叶えよう。

 ――いつか。

 沼田はジーンの背を撫でる。

 硬い感触が自分の心のように感じた。

 それがどこか心地よく、何度も撫でる。

 手のひらの薄い皮膚がほんの少し裂かれ、血が滲んだ。

 それでも構わず撫で続けた。

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