第97話 二週間の動向

 コンコンと扉がノックされた。


「入れ」

「失礼いたします」


 いつも通りの言葉を出すと、いつも通り規則正しい音と共に扉が開いた。

 そこにいたのはハミルだった。

 彼は音もなく執務室に入ると、手元の紙面に視線を落とす。


「ここ二週間の動向をご報告します」

「うん、頼む」


 建国から二週間、それなりに変化はあったが、まだ急転したとは言えない。

 ここからが重要だ。


「まず同盟条約への返答ですが、依然としてありません。

 ただ沼田殿の移動力を考慮してもまだ早いでしょうから、あと数日はかかるでしょう」


 ケセルに到着した際の連絡は五日前程に来ていた。

 つまり沼田はケセル王の返事をしたためた書簡を運ぶため、こちらに移動しているはずだ。

 まあ、さすがにテレホスフィアで同盟の可否を聞くのは失礼にあたると考えたわけだ。

 沼田には足労をかけるが、この時代、文書として意思の疎通をすることは必然だ。


「次に人間と亜人の関係性ですが、当初よりは良好な状態になっているようです。

 互いに関わりを断っていたのですが、今では事務的なことであれば話す場面も見られると」

「……そうか、仕込みが効いたみたいだな」

「そのようです。このまま続けますか?」

「いや、もうやめておこう。過剰な演出は目立つからな。

 これからは自然に上手くいくことを祈るしかないな」

「かしこまりました。

 ですが、港の連中だけは、完全に亜人との関わりを拒んでおりまして」

「いい。彼等は放っておいてくれ。今はな」

「よろしいのですか?」

「俺が何をするでもなく、気づくさ。

 ハイアス国だけでなく、国民に不必要な存在はいない。

 そして亜人も人間も存在しているからこそ享受できるものもあるんだからな」

「……よくはわかりませんが、和王がおっしゃるのであれば、そのように致します」

「頼む」

「では次です。

 建国当時の家屋数は922棟でしたが、内50軒を解体しました。

 外壁前に運搬しています。

 指示通り野ざらしではありますが、他に保管する場所がありませんので妥当かと。

 解体後、地面に埋まっている基礎などを取り出し、再び土で埋めて整地しております。

 ネコネ族の農業に詳しい方に聞いたところ、都市内のみの生産で賄う場合、野菜のみの年間必要収穫量は約27トンとのこと。現人口数で、です」


 中々に作業が早い。ライコ族のおかげだろうか。


「……数字で聞くと恐ろしい数だな。必要面積はわかるか?」

「畑休めを考えると……最低でも200軒分の土地は必要かと」


 単純計算で考えよう。

 家屋一軒で大体100平方メートルとして、200軒分だと20000平方メートル。

 10000平方メートルで1ヘクタールか100アールだったか。

 まあ、想定の範囲内、か。


「土を含む、環境は問題ないのか?」

「植物が多めの区画だったためか土は問題ないようですが肥料がありません。

 糞(ふん)ですとどうしても臭気が強いらしく、何やら発酵させれば臭いは治まりはするらしいのですが」

「都市内でそれはちょっとな……町中が臭くなったらたまらない」


 しかし肥料か、やはりそこが問題か。

 いや、待てよ、そう言えば商人ギルドに骨が余っていたと言っていたな。


「骨粉も肥料に使えるんだったか。あと、漁師連中に魚を分けて貰えば魚粉もできるだろ。

 それと草木とかを焼くか耕せばいいんじゃないか?」

「なるほど骨粉ですか、それが肥料になると?」

「多分……いや、俺も詳しくないから知らないけど。ただ糞よりは臭いはマシだと思う」

「かしこまりました、ではそのように」

「ちなみに、作物は何を?」

「ジャガイモとタマネギ、小麦などです」

「あ、ああ、そう」


 なんというか想像通りだった。

 この世界の植物や動物は、比較的地球と変わらない。

 イモはあるし犬もいる。

 牛はいないが似た動物のカシウがいる。

 ただ、同名でも実際には微妙に違いがあったりもする。

 多分、厳密には農作物も地球とは違った種だろう。

 日本語が通じるし『部分的に和製英語や単位のような言葉も通じる』所を見ると、もしかしたら、かなり似通った世界なのかもしれないな。

 ただ、文字だけは完全に知らないものだ。

 転移時に自動的に翻訳能力らしきものが身についた、ってとこだろうな。 

 あまり深くは考えていない。大して意味はないしな。


「解体行程は後一ヶ月ほどかかると想定しています。

 それから畑の土として耕し、山や森から土を運んでくるとのことです。

 ですので、実際作物を植え始めるのはかなり後になるかと」

「最初の収穫時期はどれくらいになりそうだ?」

「半年後、でしょうか」


 一応は、漁師連中や狩猟採集班が食料を収穫してはくれるが、それでも安全マージンを考えると。


「丁度というかややギリギリか」

「仮に農作物が収穫出来なければ食料がない時期が出てくるということになりますね。

 さすがに漁や狩猟採集だけで380人分の食料を賄うのは難しいかと。

 かと言って、国民全員が食料調達に従事すれば他の仕事ができません。

 それでは国ではなく、ただの集落になってしまいますし、近辺の食料が枯渇します。

 この戦争時、それは自殺行為かと」

「……農業担当のネコネ族の人には責任重大だと伝えてくれ」

「ええ、伝えていますが、あの方達はかなり楽観的で」

「だよな……」


 大丈夫か心配だ。やっぱり無理だったにゃ、とか笑顔で言われたら殺意が湧いてしまう。

 頻繁に様子を見に行かせるしかないか……。


「事務局の人間に周知しておいてくれ、最重要事項だとな」

「かしこまりました。既にそのように致しております」


 おい、ネコネ族、おい。

 すでにハミルもおまえ達の楽観的な性格がわかってしまっているじゃないか。

 ほんと、大丈夫か。

 ネコネ族は器用で優秀な種族だし、人間とも比較的に上手くやれる人達だから、渉外局や狩猟採集班、そして農業班になる予定だ。

 なんか不安だ。もっと人数増やせればいいんだけどな……。

 同時に解体材の運搬と、外壁の建造を進めないといけないからな。

 加えて今はエシュトやオーガスは沈黙しているが、いつ攻めて来るかわからない。

 それまでにある程度の補強はしておかなければならない。

 圧倒的に人数が足りないわけだ。

 少し前までは手持無沙汰な人間がいたんだけどな……。

 あれは単純に仕事の割り振りができていなかっただけだけど。

 嘆いても仕方がないか。


「では各局からの報告に移ります。

 まず総合事務局より。家屋の解体、材料の運搬、城郭の建設、加えて後の農耕が行われることを考え、局の新設の要請をしております。

 前者を建設局。今後、継続的に城郭や家屋の建設や修復を行う局です。

 後者を農業局。農業全般を担当。直近では農作物の育成が主な業務です。

 他にもトリドル族やイヌット族の方達の仕事を鑑み、今後新たに設立予定ですが、現状はこの二つです。

 いかがでしょうか?」

「ああ、それでいい。すぐに新設してくれ。

 建設局の局長はカンツでいい。農業局は……えと」

「リコッタというネコネ族の方だったかと」

「ああ、そうだったな。一度しか会ってないから忘れてた……。

 彼に農業局の局長を頼もう」


 ネコネ族の割には真面目な青年だったはずだ。

 ただ影が薄い。圧倒的に薄い。口数も少ない。

 なので忘れていた。も、もう忘れないから。


「かしこまりました。また、二種族の仲介業務を同時に終了させます。

 それと」

「なんだ、まだ何かあるのか?」


 不穏な空気を感じ、俺はハミルから目線を逸らした。


「どこかの誰かさんが仕事をさぼっている時間が多いようです。

 最重要人物の上、最重要の業務ですので、逃げないで頂きたい!

 ……とお伝えください」

「それはけしからんな、けしからん。

 俺からよーく言っておこう。きっと次からはきちんとやるだろう」


 俺のことである。

 だって、ずっと椅子に座って文字ばかり見てたら段々鬱になってくるんだもの。

 たまには外に出たいし、サボりたいし……。

 いや、緊急性の高い仕事はすぐにやってるから、うん、問題ないから。

 俺を見ているハミルの眼が、明らかに見下している。

 俺への評価が急落している、だと?

 なんということだ。

 ……真面目に仕事しよ。


「総合事務局からは以上です。

 では次に警備局です。ディッツ局長より意見提出。

 人が足りねえ、だそうです」

「二週間の内に志願者は?」

「数人程。すべて警備局に回しました。

 他、仕事がなかった子供や老人は力仕事が無理なので物資の仕分けや、採集班に加入させ近場の山に行くようにしております。

 漁師以外のほとんどの若者は解体運搬か警備局に入っています。

 余っている方は病人か精神的、肉体的に動けない人達くらいでしょう。

 大概は医療局にいます」

「ディッツには悪いが頑張れと伝えてくれ」

「わかりました。もの凄く愚痴を言われそうですが」


 ハミルにしては珍しくため息を漏らした。

 あ、これ何度も言われてるんだな。

 内心で悪いなと思いつつも、口には出さなかった。

 なぜならこれからも彼にはそういう役回りを任せることになるからだ。

 ……通貨制度ができたら、給料弾んであげよう。


「次、開発局から。一言、できました、とのことです」

「どんな様子だった?」

「莉依様の扱っている武器のような形状をしておりました。

 確か『銃』と言っていたようですが。

 誰でも扱えるそうです。その代りに、弾数は少ないとか。

 それと大量生産は難しいらしく、まだ数丁しかできていません」

「十分だ。後で俺も確認しよう」


 着火式の火砲が主なこの世界で、拳銃張りの兵器はそれだけで強力だ。

 誰でも扱えるというのが重要なのだ。

 オリジナルができればあとは数を作るだけだ。

 時間がかかろうとも、必ず生産はできるのだから。

 アーガイルは俺の依頼を見事に達成したと言えるだろう。

 なんか技巧武器から始まり、結構むちゃな要求をしている気がするな。

 彼にも給料を多めにあげよう……。


「次に渉外局ですが。

 一応は『仕込み』とは別に亜人と人間との仲を取り持とうとしてくれている様子です。

 奴隷販売店に残っている亜人達にも食料の配給をしてくれています。

 評判は悪くないようですが、主だった活動は他にはないですね」

「いいんだ、マスコット的な感じで頼んだから」

「マスコット、ですか? それは一体」


 あ、これは通じないのか。

 ああ、そうか。マスコットという言葉はわかっても、マスコットがこの世界に存在していないんだろう。

 なるほどな、そういうことか。


「いや、なんでもない。つまり彼等は彼等の存在自体が希少ということさ」

「そうですか……わかりかねますが、これ以上は理解出来そうにありませんしイヤな予感しかしません。

 ですので次に行きましょう」


 その感覚は多分正しいね。


「ああ、頼むよ」

「最後に医療局。現在、局員は五人ですが、どうやら人手が足らないようです」

「うん? 病人や怪我人が多かったのか?」

「いえ、そういうわけではないのですが……」

「何だ歯切れが悪いな」

「その、どのように申したらよろしいのか、このような状況は想定しておりませんで」


 ハミルは言葉に窮している様子だった。

 いつも冷静な彼が、こんな風になるなんて、一体どうなってるんだ、医療局は。

 莉依ちゃんは、大丈夫なのか?

 突然、彼女のことが心配になってきた。

 最近、忙しくてあまり顔を合わせていない。

 思えば、会話もほとんどしていない。

 もしかして。

 互いに忙しくなって疎遠になって、自然に離れて行ってしまう的な!?

 医療局で突然の異性との出会い、俺とは会えない寂しい気持ち、そんな時に優しくされて、なんやかんやで? なんやかんやで!?

 待て待て、そうなったら俺死ぬよ。

 マジで。

 俺は胸中で狼狽しながら、いても立ってもいられず、立ち上がった。


「報告は他にはないんだな!?」

「は、はい、ありません」

「じゃあ、俺は医療局に行ってくる!」

「わ、和王!? お待ちください、まだ目を通していただかなくてはならない書類が多数あります!」


 あの冷静なハミルがちょっと泣きそうになりながら俺を引っ張った。

 俺は極々稀に、偶に、気が向いた時に、もしかしたら頻繁に執務室を脱走している。

 どうやらそれが効いたらしいが、今日は別だ。

 行かなくては!

 ヒロインがここしばらく出てないって問題だもんね!


「ええい、離せ! 俺は行くぞ!」


 俺はハミルを振り切って、部屋から出て行った。


「王! さっききちんと言いましたよね!?

 お、お待ちくださいぃいぃぃぃーーー!」


 悲痛な叫びが響いたが、俺の頭には莉依ちゃんの笑顔が浮かんでいた。

 待っていてくれ、莉依ちゃん。

 今すぐ行くからね!

 俺はハミルの声を半ば無視して、建物をさっさと出た。

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