第88話 歴史が動き始めた

「ここが一時的な執務室です」


 ハミルさんに案内されたのは、情報ギルドの一角だった。

 その部屋は他の部屋に比べるとやや豪奢だ。

 床にはカーペット、壁際には本や雑貨用の棚。

 中央奥には机、上にはランプや羽ペンなどの執務に必要なものが揃えられている。


「書類関係はすべて集めてあります。

 報告書類もすでに作成済みですので、目を通してください」


 机の上には紙の束が乗っている。

 何枚あるんだ、あれ……。


「現状、場当たり的に対応しておりますが、何事も最初が肝心。

 一日の食料配給から、各住居人数、空き部屋の数、状況。

 各ギルドからの報告をまとめたもの等々、すべてを確認してください。

 捺印が認められれば、そちらはそのまま進めます。

 問題があれば改善案を併記の上、提出してください」


 ハミルさんを筆頭に、情報ギルドは今後、国政を担うことになる。

 基本的に執政だ。

 名称はありがちだが、何事もわかりやすさが重要だ。

 各部署には分かれるが、大枠は変わらない。

 いつも思っていたが、国の定める法律やら名称やら約款やらすべてわかりにくすぎる。

 国民に理解を求める癖に、理解にはかなりの労力を要する。

 国民にわかりやすく説明する義務があるのに怠るのだ。

 その感覚をまずは是正する。

 と思っていたんだけど、かなり大変だな、これは……。

 莉依ちゃんは部屋を眺めて、ほぇーっと口を開けている。

 聡明とは言え、まだ十歳前、執務を任せるのは酷というものだ。

 莉依ちゃんには、その能力を活かして貰うことにしている。

 俺は椅子に座ると、ハミルさんと莉依ちゃんを見た。


「まあ、こういう執務も重要だけど、まずはやっていかなきゃらないことがある。

 とりあえず、莉依ちゃんは、医療局長をしてくれるかな。

 この時代、文化レベルだと医療の発展は大してしていないだろうからね。

 一先ず、開いている宿を使用して欲しい」

「はい、わかりました!」


 莉依ちゃんは嬉しそうにしながら力強く頷く。

 うん、彼女には性格的にも向いているだろうな。

 俺達との日々で、そこら辺の大人達より肝が据わっているし、頭もいい。

 安心して任せられるだろうが、頼りすぎもよくない。

 時々、覗く方がいいだろう。


「ハミルさんには前にも言ったけど、情報ギルドを再編し『総合事務局』を担って貰います。

 担当部分は幅広いし、すべてに関わります。

 現状、各状況把握を引き続きお願いします。

 また必要に応じて、局を開設しますので、意見を集めてください」

「存じております。現在、都市ハイアス内の状況を事細かに調査中です。

 都度、ご報告することになるかと」


 俺は鷹揚に頷いた。


「ありがとうございます。じゃあ、これからすることを話しますが、その前に……」


 俺が言い終える前に、ドアがノックされた。

 入って来たのは、ディッツとアーガイルさんだった。


「おう、来たぜ、和王様よ」

「お、お久しぶりです……そ、その、王様?」

「二人ともやめてくれ。王様って柄じゃない」

「つっても実際王様になったんだし、そこら辺はきちんとしねぇといけないんじゃないのか?」

「そ、そうだけど。まだ、そういう感じじゃないし」

「ま、俺は好きに呼ぶさ」


 二人とも元気そうだ。

 幽界で二人の死も見たからな、ちょっと複雑な心境だ。

 あれを現実にさせないためにも進み続けなければならない。

 と、再び扉が叩かれた。

 次に入って来たのはネコネ族のババ様だった。


「来たにゃじゃ」

「ババ様、入ってください」

「にゃじゃ」


 ここにいる面子は亜人に対して抵抗はない。

 差別しない人しかいないからな、弊害が少なくて助かる。

 俺は五人をゆっくりと見回し、緩慢に頷くと言った。



「ここにいる五人に、主要な役割を担って貰いたい。

 まず、すでに話したけど、ハミルさんには『総合事務局 事務局長』に就いて貰う。

 人事、総務などの総合的な事務業務を行う局になる。

 莉依ちゃんには『医療局 医療局長』。

 名前の通り、医療に関する局だ。

 医療技術は乏しいため、基本的に莉依ちゃんの能力が頼りになる。

 そしてディッツには『警備局 警備局長』。

 傭兵の経験があるディッツには都市防衛や警備、安全の確保の予防などに従事して貰う。

 アーガイルさんには『開発局 開発局長』。

 テレホスフィア以外にも色々と尽力して貰いたい。

 多分、かなり無茶を言うと思うけど、アーガイルさんしかいない。

 そしてババ様には『渉外局 渉外局長』を頼みたい。

 主な業務は内外に限らない交渉だ。

 いわゆる亜人と人間の橋渡しをすることが目的だ。

 亜人であるババ様達が人間と亜人との間を取り持つ業務を行うことで、互いの壁をなくしたい」



 一息に説明した俺を見て、面々は沈黙を守っていた。

 いきなり一方的に頼んだから戸惑っているんだろう。

 身勝手だとわかっている。

 けれど、彼等にしか頼めない。

 能力や信頼、性格などを考慮するとこの人選が最も適しているはず。

 ディッツは厳つい外見や粗暴な言動や性格ではあるが、情に厚く、誰かを守ることを一番理解しているはずだ。それに勇敢でもある。

 アーガイルさんは技巧武器を作ったという実績があるし、武器に限らずその技術力は多岐に渡る。自国が他国と競うには不可欠な人物だ。

 ババ様はネコネ族の代表。ネコネ族は人当たりがよく、おおらか。

 交渉が上手いわけではないので業務にはハミルさんか能力がある人間の補佐が必要だろう。

 現状では亜人で信頼できるのはネコネ族しかいないので暫定的な部分もある。

 そして亜人が国政に関わるという事実が重要になる。

 亜人と人間の共存を謳うならば必要なことだ。

 それに、ネコネ族は人の心に入り込むことには長けていると思う。

 天然だろうが、ニースもババ様も俺達といつの間にか親しくなっていた。

 俺が不安に思いながら、返答を待っていると、三人が顔を見合わせ、大きく頷いた。


「ああ、いいぜ。というか、残った時点で苦労するのはわかってたしな。

 俺で役に立てるんなら何でもするぜ」

「わ、私も、こ、こんな性格ですが、た、頼って貰って嬉しいです。

 今まで沢山お世話になりましたし、が、頑張ります」

「にゃじゃ、やれと言われれば、やるしかないにゃじゃ。

 働かないで居候するわけにもいかないにゃじゃ。

 にゃにゃ、任せるにゃじゃ!」


 快い返事に俺はほっと胸をなでおろす。

 断られたら他に伝手はなかった。

 朱夏や結城さん、ロルフ達という知り合いはもうこの街にはいないのだから。


「しかしよ、普通はこういうのは建国前に準備するもんじゃねえのか?」

「そうだな、それが普通だ。けど、演説の後じゃないとだめだった。

 それだけの覚悟がある人間が残っているという確証が必要だったからな。

 それに、演説で俺の考えは全員に伝わっていると思う。その上で判断して欲しかった。

 どっちにしても退路はないから、もしみんなが了承してくれなくても進むしかないわけだけど」

「……色々、考えてんだな」

「まあ、一応な」


 神域での時間は半年、長くも短い時間だったが、考えるために費やした時間もまた多かった。

 リーシュに話した際には中々面白い考えだと言われたが、無謀だという自覚はあった。

 国としての体裁は保っていない。

 人口は少なく、皆、これからどうするべきか明確な順路が見えていない。

 俺が道を照らさなければならないのだ。


「で、何からすればいいんだ?」


 ディッツの疑問は最もだ。

 土地も人も物も何もなければ、とりあえず衣食住が必要になることはわかる。

 だが都市ハイアスには多くの物資がある。

 そのため、中途半端にインフラができているため、視覚的に必要不必要がわかりにくい。

 優先順位を間違えば、後々何かしらの弊害を生みそうだ。


「まず各局には元情報ギルド、現総合事務局員を派遣する。

 彼等を介して、各種の申請などを行って、総合事務局との連携を取る形になるな。

 例えば、医療局なら医療用品、寝具、着替えとか色々いるけど、勝手に近場にあるものを使わないようにして欲しい」

「あ? じゃあ、そこら辺の空き家から拝借するなってことか?」

「そういうことだ。そういう行為が横行すれば、慣習になってしまう。

 そうなるとかなり厄介だ。悪習をなくすのは難しいからな。

 だから国と自分、それらの物資をきちんと区別しないといけない。

 現状、宿や家を勝手に使っているからな。

 それをきちんと国が認識、管理し、あてがわなければならない。

 そこら辺の把握も総合事務局に任せている。

 これからは『住居や食料の配給などはきちんと個別に管理する』ことになる。

 住民には登録してもらい戸籍を与える。

 人数が少ない内から整備をしておくことが肝要だ」

「なーんか、面倒臭いな……」

「曖昧にすると個々に任せることになる。そうなるといざという時、破綻する。

 戸籍があれば、不法入国者がいなくなるし、行方不明者にもいち早く気づける。

 今後、法律やあらゆる環境を整備していけば戸籍の存在は不可欠だからな。諦めてくれ」


 ディッツは難しい顔をしているが、アーガイルさんは、なるほど、なるほどと頷いている。

 ハミルさんは表情を固定したまま、耳だけを働かせているようだ。

 ババ様は聞いているのかどうかわからない。ちょっと不安になるな、この人……。

 莉依ちゃんは俺の隣で真剣に聞いている。


「基本的な政務はここから始まる。まずは戸籍を浸透させることからだな。

 で、警備局は、名前の通り、都市内の問題を解決、あるいは予防すること。

 それに外部からの脅威、魔物や盗賊、他国の侵略などに対処することが目的だ。

 常時見張りを立てて、内外を警備して貰う。問題が起これば対処、が基本業務だな」

「なるほどな、それならわかりやすい」


 ディッツは腕を組み満足そうにしている。


「アーガイルさんの担当する開発局は、名前通り様々な物を開発して貰います。

 テレホスフィアの利便性の追求に並行して『汎用性の高い武器と防具、兵器の開発』をお願いします。それに加えて、今後各局から依頼が出てくると思うのでできるだけ対応してください」

「わ、わかりました……い、今までと変わらない、ですから、で、できると思います……」

「頼りにしてます。で、渉外局のババ様は、しばらく俺と行動を共にしてもらいます。

 やることは、それでわかると思いますので」

「ふみゅ、よくわからないにゃじゃが、クサカベにゃんが言うならその通りにするにゃじゃ」

「ありがとうございます。

 それと、みんな、ハミルさんは俺の補佐官でもあるので、今後の方針や人材、活動場所、詳しい業務内容は説明を受けて欲しい。

 すでに二人で内容は詰めているし、紙面に内容もある程度まとめているから。

 では、ハミルさん後はお願いします」

「わかりました。その前に一つだけ進言させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「え、ええ、なんです?」


 たまにハミルさんはこういう風に提案してくる。

 その度に、ちょっと身構えてしまう。

 この人、得体が知れないというか、底が見えないんだよな。


「敬語を止めましょう。王が下の者に敬語を使うのはよろしくない。

 威厳を見せるためにも必要かと思われます」


 想像してみた。

 一国のトップである王が誰かに敬語を使っている姿を見て、人はどう思うか。

 ……頼りがいがないように見えるよな。

 かなり抵抗があるが、ハミルさんの言葉は正しいと思った。


「……わかりました、いや、わかったよ。今後は、敬語は止める。

 ババ様、アーガイルさん申し訳ないけど」

「い、いえ……そ、そんな、むしろ、敬語だと、も、申し訳ないと思っていたので、助かります」

「ババはどうでもいいにゃじゃ?」


 さすがネコネ族、適当だぜ!

 俺は苦笑し、再び全員の顔を見つめる。

 大丈夫、この面子ならばなんとかなる。

 一国を建てるのだ。

 生半可な苦労ではないだろう。

 それでも、高揚感はあった。

 俺達の力で国を作るという現実が、不安であり楽しみでもあったのだ。


「じゃあ、これからよろしく頼むぞ、みんな」


 俺の言葉への答えは決まっていた。

 全員が淀みなく首肯した。

 その瞬間から、ハイアス和国の歴史が動き始めた。

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