第85話 告白に至る病

「動物園だな、まるで」


 悪態を吐きつつ、沼田は俺の隣まで移動する。


「ケセルと一時的に同盟を組もうと思う」

「ちょ、ちょっと待ってよ! そいつ、傭兵団の連中を殺した奴じゃない!

 それに、あたし達も殺そうとしたんでしょ!?」

「僕もそれには賛同しかねるな。そいつは団の奴らを殺した。許すわけにはいかない」


 結城さんとロルフは真っ先に拒絶反応を見せる。

 その意見は最もだし、想定していた。


「他に手はないんだ。地理的に大陸南西にケセル王国がある。その東にエシュト皇国。さらに東、やや北寄りにオーガス勇国があるんだ。

 リーンガムはオーガス寄りにあるからケセルと同盟を組めば……」

「両国で挟める、と。睨みを利かせ、抑止力にもなる。

 なるほどそれは『盲点』でしたな」


 ハミルさんは感嘆しながら、ほうっと呟く。


「ハミルさん、多分ですが、グリュシュナでは『同盟自体、過去になかった』のでは?」

「良くご存じで。歴史を振り返っても一度も他国と同盟を行った例はありません」

「あの、どういうことですか?」


 莉依ちゃんは素直に疑問を口にした。


「目的が完全に別々だからさ。利益目的ならば、利害が一致すれば手を結ぶだろう。

 けど、崇める神のために戦うのに、別の神を信仰している他国と同盟結ぶと思う?」

「それは……言われてみれば、しないかもしれませんね」

「うん、一時的な協力関係でも築かないはずだ。

 だからこれは俺達の取れる唯一のアドバンテージなんだ。

 俺達の国は『神託に従わないから崇め奉る聖神もいない』んだから。

 つまり、完全に利益目的で手を組める、唯一の国になる。

 だから沼田も前向きに考えると言ってくれた。

 仮にケセルが統一国になった場合は治外法権を前提とした植民地化も視野に入れてる。

 そうすれば世界統一を成し遂げた一国としての体裁は保てるからね」

「俺は願いが叶えば他はどうでもいい。それにウチの王は利益重視派だからな。

 多分、要求を呑むと思うぜ。日下部の存在は大きいし、今後を見据えれば手を結んだ方がいいに決まっている。

 何より、エシュトを手に入れられる可能性が上がるからな」

「感情的には沼田は信用できない。

 だけど、こいつは利益という面だけで見れば信用出来る」


 実際、俺が死にかけていた時、沼田は俺を見捨てずドラゴンに乗せて移動していた。

 感情的には俺を殺したいと思っていたはずだ。

 だがそれをしなかった。

 なぜなら、放っておいても俺は死ぬし、俺を殺すより戦わせる方が効率がいいからだ。

 つまり、感情よりも利益を優先する性格なのだ。

 沼田は無情で最低な奴だと思う。

 だけど利益を優先しているからこそ、今回に至っては信用できる。

 奴にとってメリットしかない提携だからだ。


「ケセルと同盟を結ぶには国として独立する必要があるというのが二つ目の理由です。

 もちろんそれ以外にも先を見据えた、他国からの転居者、それによる人員確保も重要です。

 それと……もし、この案が通った場合、恐らくこの国は『亜人と人間』が共存する国になるでしょう」


 この世界では国として認められる条件なんてものはない。

 身勝手に統治者を据え、土地と人と物、住居があれば国となる。

 もちろん、どこの地域もどこかの国の領地となっているから、そんなことをすれば反逆罪として罰せられる。

 だが現状はどうだ。

 どちらにしても殺される。

 ならば、庇護を得られない身勝手な親からは自立するしかないのだ。

 しかし亜人と共存という意見は受け入れるのは難しいだろう。

 現に、参加者の大半は亜人に否定的だ。

 ネコネ族代表のババ様に対しても蔑視を向けている人間は少なくない。

 戦争という危機的状況を乗り越えたことで周りを見る余裕が生まれてしまったらしい。

 それでもまだいい方だ。

 街に残っている連中は亜人に対してまだ好意的なのだ。

 一般人であれば、虐げるくらいは平気でする。

 その証拠に、亜人のほとんどは奴隷商人によって虐げられており、それを買う人間も少なくない。

 その社会が言っている。

 亜人は対等ではないのだ、と。


「なるほど、現状を覆すだけでなく、今後を見据えた慧眼。

 お見事な考えです。こんな状況だからこその手段ですな」


 俺はハミルさんの賞賛に対し、緩慢に頷いた。


「こんな状況だから、みんなも決断できると思います。

 これが平穏な状況だったら、一笑に付されるだけだったでしょうね。

 とにかく、俺の考えは以上です。他に意見がなければ、一度帰り、各住民の人達に伝えてください」


 他の意見はなく、話し合いは終わった。

 それぞれ複雑な表情をしている。

 参加者達はぞろぞろと部屋を出て行った。

 その多くは不服そうに顔を顰めている。

 彼等がいなくなり、残ったのはいつもの面々、沼田、ロルフとハミルさん、ババ様に、神父のセインさんだった。

 彼は教会に残り、祈りを捧げる人達を見守り、彼自身も聖神に祈っていたらしい。

 あの戦い中もずっと教会に籠っていたのか。

 これを見事というべきか、そんなことをしても意味はないと言うべきか。

 その彼は背筋をまっすぐ伸ばして動かない。

 やがて小さく口を開いた。


「聖神様を蔑ろにする輩とは生を共にはできません。

 我々、信奉者はこの街を出ます。きっとご老輩の大半は共に出立するでしょう」

「そうですか」


 俺は引きとめない。

 決断するのは本人達の自由だ。

 説得しても、結局決めるのは自分なのだ。

 すでに現実を見たはずだ。

 死人も多く出た。

 それを目の当たりにして出した答えならば、間違ってはいないだろう。

 例え、魔兵化されたり、殺されたり、聖神の勝手で死んでも。

 それは各々が決めた人生なのだから。

 神父は立ち上がり、部屋を出て行った。

 彼には強い意思がある。

 できることなら、人を愛する聖神以外の神が、彼等を見離さないように願っている。


「僕も……納得はできない。そいつは団長も仲間も殺した。

 残念だけど、残っている団員の中には、殺された奴と仲の良かった奴もいる。

 飲み込めない。きっと。傭兵なんて殺し合いの家業だけど、今の傭兵は魔物退治が主だ。

 割り切れるような人間は残っていない。今時の傭兵しかいないから」


 ロルフは比較的冷静に言い放った。

 けど内心では怒りで狂いそうになっているに違いない。

 あれだけ情けない姿を見せていたロルフが断固として俺を否定した。

 短い間に、彼も成長したのだろう。

 団長となり、団員を率いるという立場になったことで彼の中で変化が訪れたに違いない。

 俺はその変化を受け入れ、そして彼の心情も理解した。

 ロルフは部屋を出て行く。

 その背中には、俺との決別の意思が見えた気がした。


「あたしもだよ! やっぱり、そいつは許せない。それに……」


 結城さんは俺を一瞥すると即座に視線を逸らした。

 見たことがある感情が覗いた。

 彼女は恐れている。

 俺を。

 殺人を許容しない結城さんは、俺が大量の人間を殺した現場を見ているのだ。

 決して相容れないだろう。

 結城さんとの距離が、今まで以上に開いている気がした。


「ごめん、ちょっと考えさせて」

「ああ、もちろん」


 結城さんは弱弱しく言い残すと部屋を出て行った。


「虎次君、僕は君の意見に賛成だよ」

「朱夏……ありがとう」

「ううん、素直にそう思ったんだ。それ以外に方法はないだろうし。

 まあ、沼田は気に入らないけど」


 朱夏は沼田をキッと睨む。

 しかし沼田は茶化すように言う。


「勘弁してくれよ。言っておくけどよ、金盗んだのは金山な。俺は勝手に逃げただけ。

 おまえ達と一緒に居ると目的を達成できないだろうし、俺は一人の方がいいと思ったからな」


 エインツェル村から出発した時のことを言っているようだ。

 なるほど、そういえばそういうこともあったか。


「あの、ボクもちょっと考えるよ」

「あ、ああ。わかった」


 剣崎さんは思案しながら部屋を出て行く。

 彼女とは付き合いが最も短い。

 正直、まだどういう風に接すればいいかわからない。

 と、ババ様が俺の足元に立っていた。

 服の裾を引っ張り、俺を見上げている。


「のう、さっきの話を聞いて思ったにゃじゃが、亜人をこの国に連れて来るにゃじゃ?」

「全員じゃないけど、誘致しようと思ってます」

「ふみゅ。それなら亜人側としては助かるにゃじゃ。

 お主達に頼んでいたネコネ族の捜索もこれで解決するわけにゃじゃ。

 けど、亜人の中には気性が激しい人種もいるにゃじゃ。

 そこんとこは気を付けるにゃじゃ」

「ええ、わかってます」


 事前に、リーシュに話は聞いてる。

 半年もあったんだ。

 色々、この世界のことは聞いているし、それなりに準備はしてきた。


「ほんじゃ、また後でにゃじゃ。ああ、儂らはクサカベにゃんに付いて行くにゃ。

 そうする方が」

「いいって、占いで出てたんですか?」

「にゃじゃ! お主もわかって来たにゃじゃ。にゃふふふ。ほいじゃにゃ」


 お尻をふりふりしてババ様は部屋を出る。

 そして、沼田が、大して興味ないが仕方なく、といった感じで聞いてきた。


「日下部。とりあえず、おまえの方針は変わらないってことでいいんだよな?」

「ああ、二言はない」

「なら、一度、俺はケセルに帰るわ。王の奴に伝えないといけないしよ。

 連絡はこのテレホスフィアって奴でいいんだよな?」

「ああ、それで頼む。

 遠距離で連絡がとれるっていうのはこの世界ではかなり有利だ。

 それと俺達は街から離れられない。

 あくまで近隣の戦闘に介入する程度しかできないからな。そこを忘れるなよ」

「わかってるって。それじゃあよ、死ぬなよ」


 背中越しに右手を振って。沼田は去って行った。

 これでよかったんだ。 

 感情は忘れろ。

 利用できることは利用するべきだ。

 沼田も俺に対して同じことを考えているはずなんだから。

 残ったのは莉依ちゃんだけだった。

 彼女はゆっくりと立ち上がり、俺の下へ歩いてくる。


「あの」

「な、なに?」


 おい、俺、おい。

 何を緊張してるんだ。

 信じろ。

 彼女はきっと俺についてきてくれる。

 そう信じるんだ。

 俺は莉依ちゃんの次の言葉を待った。

 数秒にも満たない時間だったはずなのに、長く感じられる。

 そして莉依ちゃんは言葉を紡いだ。


「き」

「……き?」


 あれ、なぜか顔を赤くしてる。

 これってもしかして、あれか。

 もしかしてキスしたことを思い出しているのでは。

 瞬間的に顔が沸騰した。

 体温さえ上がり、全身がドクンと脈動する。

 何を言うつもりなのかわからない。

 けど、身構えてしまう。

 こんな甘酸っぱい思いは初めてだった。

 だから戸惑った。

 俺、初恋とかまだだったんだよな。

 ……もしかして、これが初恋なんだろうか。

 俺は、莉依ちゃんを本当に好きなんだろうか。

 見ると、莉依ちゃんは俯いてしまった。

 愛らしすぎる。

 うん、好きだな、これ。

 もうだめだなこれ。

 死んで、今生の別れになると思って、莉依ちゃんを想った。

 それで気づかされたんだ。

 でもなんて言えばいいんだろうか。

 わからず、俺達は無言を通す。


「あ、の」

「は、はい! なんでっしゃろ」


 なんでっしゃろ、ってなんでっしゃろ!?

 前後不覚になっている。

 何を考えているのか。

 何をしているのか。

 俺は誰で、ここはどこで、俺は何なのか。

 もうわからない。

 緊張しすぎている。

 莉依ちゃんも同じなのだろう。

 スカートをぎゅっと握って何かの感情に耐えている。

 可愛いな。

 可愛いなー。

 可愛いんだもんなー。

 最近、ずっと気を張り詰めていた。

 その反動で、俺はちょっと色んな意味で残念な方向に行こうとしていた。

 それでいいじゃない。

 行っちゃいなよ!

 言っちゃいなよ!

 何を言おうとしているのか自分でもよくわからない。

 けど何か言おうとして口を開いた。


「へ?」


 開いただけで出たのは情けない言葉だった。

 だってしょうがない。

 莉依ちゃんが俺に抱きついて来たのだ。


「り、莉依ちゃん?」


 莉依ちゃんは何も言わず、俺のお腹に顔をうずめた。

 そのまま時が過ぎてしまう。

 俺は言葉を忘れて、莉依ちゃんの感触を噛みしめた。

 ……なんかちょっと表現が間違っている気が。

 とにかく、俺はどうしていいかわからなかった。

 胸が苦しいのに幸せな時間だった。

 こんな感情は知らなかった。

 だけど、今ならわかる。

 きっと俺は。


「す、好きです」


 ん? 告白された。

 告白された!?

 余計に頭が混乱している。

 やばい。

 心の準備が全然できていない。

 なのに時間は過ぎていく。

 何か言わないと。

 遅れる程に彼女を傷つける。

 ならば、素直に口にしよう。

 俺は一呼吸おいて、頭を覚ました。

 そしてゆっくりと口を開き、


「俺も、好きだよ」


 言った。

 言ったけど、恥ずかしすぎて顔が熱い。

 自分の気持ちが曖昧だった部分もあった。

 けれど自覚してしまう。

 俺は莉依ちゃんがこんなにも好きだったんだと。

 最初に出会った時から、莉依ちゃんは特別だった。

 それも今思えば、もしかしたら一目ぼれだったのかもしれない。

 だけど、俺達は自覚してなかった。

 それでも互いに互いを大切に思っていたということはわかっていた。

 互いに欠けた部分が、互いで補えるような存在だと。

 だからこれまで一緒にいたんだ。

 そう思う。

 明確に好意を認めたことで、心が軽くなった気がした。

 同時に莉依ちゃんがどれほど自分にとって大事な存在かも理解する。

 もう二度と、莉依ちゃんを失いたくはない。

 その決意を強くした。

 俺の返事を受けても莉依ちゃんは動かない。

 答えもない。

 どうしたのか、と心配になった。

 俺はやんわりと莉依ちゃんから身体を離したつもりだったが、緊張のあまり少し力を入れ過ぎたらしく、強引に引き剥がしたようになってしまう。


「あ、やっ」


 莉依ちゃんはこれ以上ない程に顔を赤くし、涙を流していた。

 瞳には熱がこもっている。

 年下とは思えない、妖艶さと幼さが同居していた。

 その一瞬の表情に俺は衝動的に再び抱きしめた。


「好きだ」


 もう一度言った。

 最初は平静を装い、二度目は感情的に言った。


「わ、私も好きです」


 今度は莉依ちゃんが返答する。

 嗚咽を漏らし、抑えきれない涙を流す彼女を俺は強く抱きしめた。

 その瞬間だけは、他のことなどどうでもよかった。

 何もかもを忘れて、莉依ちゃんのことだけを考えた。


 ――次の日、剣崎さんは沼田と一緒にケセルに行った。

 

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