第71話 因縁
長府は楽しげに笑い、小倉は不気味に薄ら笑い、江古田は蔑視を隠そうともせず俺を見、カタリナは義憤に駆られている様子だった。
全員傷は残っていないようだ。治癒したのだろうか。
「長府」
「騒がしいと思って戻って来てみたらこれだ。
いよいよ化け物じみてきたな、おい。
だけどよ、その方が、こっちも気兼ねなく殺せるってもんだ」
「俺を殺せるのか……?」
「さてな。試してみる価値はある。前回と違って、今回は油断しねぇぜ?
おい、リン、沙理、カタリナ。おまえ等はあのドラゴンを殺せ!
沼田が乗ってるからな、油断すんなよ」
「了解したわぁ」
「気を付けてね。そんな奴、ぶっ殺してよね」
「かしこまりました。勇者様」
女衆は踵を返し、空を飛ぶドラゴンに向かっていった。
機動力がある相手に対し、どう立ち回るつもりだろうか。
しかし能力を考えると、対処のしようはあるような気がした。
長府が近場の兵に視線を送ると、今まで殺気立っていた兵達は、俺から意識を逸らした。
そして、俺と沼田を放置して移動を始めた。
視界の端に、大隊長らしき人物達が指示をしている姿が見えた。
「ここからは一時的に第一大隊長ルドガーが指揮をとる!
異世界人の対処は勇者殿達に任せるのだ!
整列し進軍する! 休みはない! 気を抜くな!」
二十代後半くらいの若者だった。
若くして相当な地位についているらしい。
どうやら彼が将軍の任につくようだ。
予想通り、頭を殺してもまた頭ができてしまう布陣になっているらしい。
それは将軍だけでなく大隊長への信頼さえも硬く結ばれているということでもあった。
厄介だ。
号令に従い、兵達は整列しつつ、俺から離れていく。
俺は一瞬だけ、兵達を見たが、即座に長府に視線を戻す。
「もしも、隙を見せ続けていたら殺してたぜ?」
だめだ。
長府相手では油断はできない。
こいつを殺してから、再び大隊長を殺さなければ。
「さて、ここからは邪魔者はいねぇ。殺し合いだ」
「……血の気が多い奴だ」
「血だらけの奴に言われたくはねぇな。善人プレイはやめたのかよ?」
「元々、自分が善人だとは思わない。俺は自己満足のために戦ってるだけだ」
「はっ。そりゃ結構。自分が善人だと思ってる奴ほどムカつく奴はいねぇからな。
どいつもこいつも自分が正しい、正義だと言いながら他人を虐げる馬鹿ばかりだ。
臭くてしょうがねぇ。自分のことが見えてねぇ。
俺は自分のために行動してる。俺が正しいなんて思わねぇ。
俺は俺がしたいように俺の求める物のために生きている。
他人なんて知ったこっちゃねぇからな。
良い物食って、良い女を抱いて、周りに賞賛されて、馬鹿を見下したいんだよ」
我欲に正直なのだろう。
善人ぶって正義の名のもとで人を殺すような奴らよりはマシだ。
ただ、その欲望は周りを省みなさすぎる。
それではただの自己中心的な人間だ。
俺は善人じゃない。
だが、こいつほど自分だけのことを考えてはいられない。
……いや、俺も変わらないか。
自分の目的のため他人を殺して、傷つけているのだ。
どっちに非があるかなんてどうでもいい。
先に手を出したのはどっちかなんてこともどうでもいい。
結局、俺が成したのは人を殺したということだ。
正義はない。
悪もない。
あるのは主観的な感情から生まれる、詭弁と欲望の結晶。
耳触りが良い言葉に変えても根本は変わらない。
結局、皆自分の利益のために行動しているのだから。
醜い。
だが、その醜さを無視して、生きてはいけない。
人間の美しさも醜さも、所詮は一面性に過ぎないのだから。
「おまえの言うことは最もだ。俺も自分のためにこんなところにいる。
言い訳はしない。人を殺す正当な理由なんて存在しない。
俺は俺の目的を果たしたいだけだ」
しかし全面的に長府の行動を認めているわけじゃない。
俺と奴とは違う。
考えが圧倒的に違うのだ。
だから俺は敢えて言おう。
「俺はおまえが気に入らない」
その台詞を口にすると、長府はニッと笑った。
「俺もだ。結局、ムカつく相手は排除するってのが世の常だ。
日本なら面倒な方法をとらなきゃなんねぇけどよぉ、ここでは単純だ」
「ああ、俺も言い繕うのはもうやめる。おまえは殺さないと今後、俺達に危害を加える。
ここで殺す。長府和也、おまえという存在をここで消してやる」
「いいねぇ、ゾクゾクする。俺はよ、おまえみたいな奴をぶっ潰すのが好きなんだよ。
ここなら殺してもお咎めはねぇ。
……結局、転移した人間は何かしら欠落してたのかもしれねぇな。
だから、選ばれた。だからこんな無法の世界に放り込まれた。そう思う。
俺は感謝してるぜ、聖神にな。日本じゃこんなスリルを味わえない。最高だ、ここは。
おまえも、そう思うだろ?」
「賛同しかねるな。だけど日本にいた頃も、腐ったような世界だったのは変わらない。
ただ……一部理解はできる。ここの方がしがらみがない。
世間とか民意とかみんなっていう気持ち悪い枷がな」
「違いない。その部分じゃ、俺はおまえと同意見だぜ」
くくくと笑う長府を前に、俺は不思議な感覚を抱く。
一瞬にして、過去の情景が思い浮かんだ。
――教室。窓際の席に座っている俺。
俺は一人で窓の外を眺めている。
友人はいない。いじめられてもいない。
空気の存在。
それでいい。孤独でも平穏ではあったのだから。
つまらない日々だ。
そう思いつつも、俺は毎日を過ごし続ける。
そうすることしかできないから。
クラスの中心は長府達のグループ。
彼らは休み時間、談笑をしている。
うるさく笑い、騒ぎ、それでもクラスメイト達と仲良くしている。
しかし、奴らは一人の男子をいじめていた。
殴る蹴るの暴行は教室内ではしない。
必然、パシらせたり、小突いたり、目の前で悪口を言う程度だ。
もうやめてくれ、と許しを請う男子に、グループの一人がこう言った。
「なら、別の誰かを指名しろ。そしたらそいつを次にいじめる」
悪魔の命令に、男子は泣きながら教室中を歩き回る。
スクールカースト下位の人間に、視線は集中した。
オタクグループ、気の弱い連中、そしてぼっち。
最終的に孤立していた俺の目の前に彼は来た。
そして彼はこう言った。
「く、日下部君」と。
俺は別に彼に対して何も思わなかった。
彼の心情は理解できたし、そういう結末になる可能性はあると考えていたからだ。
だが快く受け入れたりはしない。
狼狽し、拒否することもなかった。
ただ漫然と、俺は首を横に振った。
「それは俺の役割じゃない」
俺の答えはあまりに意外だったのか、彼は狼狽え、どもりながら俺を糾弾した。
無茶苦茶な言動だったが、俺は冷静に受け止め、否定した。
俺は善人じゃない。
強さもない。
力もない。
誰かを守るような正義感もない。
守りたいと思えるような人もいない。
だから何もしない。
いじめられるような人間はそれだけの理由があるのだ。
非があると言っているのではない。
いじめられてしまう要因が存在するということだ。
残念ながら彼にはその明確な要因が存在していた。
俺と彼とのやりとりを見ていた、長府が俺の元へやってきた。
じっと見つめて来た。
俺も見つめ返した。
その時、感じたのだ。
こいつは俺と相いれない存在であると。
それを長府も感じたのだろう。
敢えて、俺を放置し、再び彼をいじめ始めた。
俺が奴を気に入らない理由は明白だった。
似ているからだ。
互いに己以外はどうでもいいと思っている。
互いに己の欲望だけを満たそうとしている。
俺は表面上は虫も殺さぬ顔をしながらも、自分を大切にしていた。だから一人を好んだ。
長府はおおっぴらに欲望を出した。それは彼の性格や容姿や能力によって実現が可能だったからだ。
だが根本は一緒だった。
共に、自分のことしか考えていない。
俺は自分のことを下げ、蔑ろにすることで自身の価値を定位置に保った。
だがそれはある意味、自らの地位を明確にし、適度な生活を営ませるという意図があった。
他の人間はどうでもいい。自分のことだけ考えればいいと。
長府も同じだ。彼の場合は他人を虐げることを良しとし、自分の欲望を叶えることが肝要だとしているだけ。
根元は同じなのだ。
大して関わりのない人間には最低限の礼節と親切を見せるが、それだけだ。
莉依ちゃん達を最初に助けたのは、俺自身の死生観の欠如から来るもの。
俺は優しくなんてないのだ。
自分のことしか考えておらず、自分の欲望を優先させている。
だから、こんな自分や他人を犠牲にして大事なものを守ろうとしている。
――思い出した。俺は前から長府和也を嫌っていたことを。
もう戸惑いはない。
俺は目の前の敵を睨み付け、そして拳を固く握った。
「さあ、もういいだろ。やろうぜ。さっさと殺し合いを」
狂気を孕んだ瞳が俺だけに向けられる。
俺は恐怖を抱くでも、忌避するでもなく。
真っ直ぐ受け止め、そしてほんの少しだけ自覚していた。
高揚していることに。
「行くぞ」
その一言を告げ、俺は地を蹴った。
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