第69話 人としての矜持

 矢が俺を射殺す。

 火球が俺を焼き殺す。

 氷柱が心の臓を貫き、大岩が俺を圧死させる。

 剣が槍が槌が斧が俺を刺し、斬り、潰し殺した。

 百を超えた辺りで俺は数えるのを止めた。


「こ、こいつ殺しても殺しても死なない!」

「ま、まだ生きてる」

「嘘だろ……こ、こいつはなんなんだ!」

「怯むな! 死して生き返るといえど、無尽蔵ではないはずだ!

 殺せ! 油断するな! 何度も何度も殺すのだ!」


 リカルドの叱咤に全員が油断を失くす。

 参った。

 こいつら強い。

 オーガス軍の兵のレベルはエシュト皇国軍に比べて高い。

 その上、練度が高く、将の命令には従順だ。

 そしてその作戦遂行における彼等の行動は、一糸乱れない。

 傑出するものはないが、チームワークは完璧だ。

 俺は翻弄されつつもすでに百以上の敵を殺している。

 殺すたびにレベルが上がり、傷が癒える。

 最早、ステータスを見るのさえ億劫で、やがて俺は画面を開くことをやめた。

 同時に俺の命も百失っている。

 問題ない。

 百程度なら軽いものだ。

 二百でもいい。

 三百もくれてやる。

 だが。

 それ以上は未知の領域だ。


 最初、トロールに殺された時、俺は大して考えていなかった。

 だが、改めて考えてみたことがあった。

 俺は『本当に不死なのだろうか』と。

 三百回殺されたという経験が、俺へ三百回は死なないという自信を与えた。

 その代わりにそれ以上殺された場合、死なないと言う確証はないと気づかされた。

 その結果、俺はほんの少し、焦りつつあった。

 このまま殺され続ければ、もしかしたら……。

 いや、考えても無駄なことだ。

 そう思い、俺は改めて眼前の状況を把握する。

 矢継ぎ早に迫る、俺を殺そうとする武器。

 剣戟の中、俺は必死で抗っていた。

 第三大隊長リカルドが現れてから、兵達の動きが全く違う。

 このままでは危険だ。

 というか、沼田は何をやってるんだ。

 早く敵を分散させてくれ。

 いつの間にか、俺の周囲には数百、いや千近くの兵が集まっている。

 遠くの丘には別部隊の弓兵が並んでいる。

 包囲網も敷かれ、逃げ場はない。


 後ろの方、明らかに異質な情景がある。

 兵の数が多く、まるで何かを守るように取り囲んでいる。

 中央に誰かが座っている。

 それは間違いなく、将軍。

 俺から離れた場所で高みの見物、ということか。

 侵入者一人にここまで苛烈な戦いを強いられているのだ。

 多少はプライドを傷つけられたか?

 それとも内心で憤り、俺をさっさと殺せと命令をしているか?

 どちらにしても、敵の位置はわかった。

 だが、相手のところまで行くには相当困難な道のりが待っている。

 まず飛び上がるのが難しい。

 俺中心に剣兵、その後ろに槍兵、その後ろに弓兵、魔術兵と並んでいる。

 各部隊は約百程度。

 その後ろには弓兵が立ち並んでいるのだ。

 俺が飛べば即座に矢が飛ぶ。

 何度も体験した。

 では周囲の兵を倒して、敵の間を縫って移動するのはどうか。

 それも試した。

 隙間がないのだ。

 俺の機動力を理解したリカルドは、敢えて、兵達を敷き詰め、移動をできないようにした。


 空もダメ。地上もダメ。

 となると、兵を倒しつつ地上をゆっくり進む方法しかない。

 だが、四方八方から攻撃されている現状、中々思うようにいかない。

 丁々発止とやりあい、そして死に、生き返り、また戦う。

 それで百の兵を殺しても、相手はまだまだいる。

 俺一人で百を倒しただけでも健闘した方かもしれないが、経緯はどうでもいい。

 重要なのは敵が撤退するという結果だけだ。

 剣刃が俺へと迫る。

 俺は屈んで避けると、肘鉄で兵士を即殺。

 鳩尾への一撃は内臓を破裂させ、相手を殺す。

 暇なく振り返り膝蹴り。背後の兵は首の骨が折れその場に倒れる。

 側宙し無数の刃を避け、着地する前に飛んでくる矢を掴む。

 それをリカルドに向け投げるが、周囲にいる兵が重盾で塞いだ。

 俺は舌打ちをし、地面に着地。

 即座に近場の兵士の首を掴み、投げる。

 ブーストによる半自動攻撃でも、限界がある。

 攻撃中はどうしても隙が生まれる。

 通常に比べ、それは僅かな隙だが、それでも敵の数が尋常ではないのだ。

 その隙をつかれることもある。

 必然、俺は何度も死んでしまっているのだ。


「下がれ。奴との距離が縮まり過ぎだ。一定の距離を保て!」


 冷静かつ的確な指示だ。

 兵達は俺との距離を保ち、且つ攻撃が届く範囲を維持する。

 リカルドは更に距離を俺から取り、絶妙な間隔を作る。

 奴のステータスは大したことがない。

 だが智謀はステータスに反映されない。

 INTやMNDはIQや知識とは別のもの。

 これではジリ貧だ。

 せめて将を殺し、戦力を削らなくては。

 沼田はまだか!

 あいつ、本当に逃げたんじゃないだろうな。

 元々信じてはいないが、ほんの少しは期待していたのに。

 もう奴のことは忘れて戦いに没頭するしかない。

 俺は敵の魔の手から逃れ、対抗を繰り返す。


 やがて。

 ――殺した兵士の数が三百に到達。

 俺は二百ほど死んだ。

 いつまで続くのか。

 死ねば体力自体は回復する。

 しかし精神的疲弊はそのままだし、空腹や睡眠欲はなくならない。

 戦いづめだ。

 三時間は動き続けている。


「はぁはぁ、くっ!」


 息が荒い。

 というより、整える時間がない。

 苦しい。

 痛い。

 それでも動きを止めることも逃げることもしない。

 一時的に撤退しても、警戒が強くなるだけだ。

 それに逃げる最中で何度死ぬかわからない。

 逃げ切れないだろうし、何より敵軍の進軍が早くなるだけだ。

 それでは意味がない。

 殺さないと。

 もっと殺さないと。


「まだ生きているのか!?」

「ほ、本当に死ぬのか!?」

「怯むな! 殺して殺して殺しつくせ!」


 リカルドは冷静を装っているが明らかに焦っている。

 本陣の中で敵が暴れているのだ。

 それを数時間も許している時点で彼の責任は重い。

 不幸ながら、彼は早い段階で俺と遭遇してしまった。

 それは、彼が対処をしなければならなくなったと同義だ。

 捕縛すればいいのだが、その考えに至っていない。

 いや、ここまで兵士を殺されているのだ。

 捕まえるなんて生易しい手法が思い浮かばないのだろう。

 このまま気づかないでくれれば。


「そいつを捕縛しろ!」


 リカルドの叫びに、俺は思わず意識を奪われる。

 見ると、リカルドに兵の一人が耳打ちしていた。

 他と色が違う。

 まさか、将軍からの伝令か。

 これだけの時間、気づかなかったようだが、さすがにわかってしまったらしい。

 運が悪い。

 いや、運が良かったのか。

 一人で三百近くの敵を殺したのだ。相当な打撃を与えたはずだ。

 ただ、それが進軍を抑える事由にはなり得なかっただけ。

 まだだ!

 諦めるな。

 捕まらなければまだやれる!


「捕まえろ!」

「殺しても無駄だ! 逃がすな! 捕まえるんだ!」

「そっちに行ったぞ!」


 全員で俺を捕まえようと手を伸ばす。


「く……っ!」


 足を攻撃され、機動力を奪われた。

 だが、シルフィードによって敵の手を逃れる。

 それも時間の問題だろう。

 こうなったら一か八か。

 殺されても構いはしない。

 将軍に向けて全力で飛ぶ。

 俺はその場から飛び立つ。

 長い時間、地上にいることが多かったため、周囲の兵士達の反応は悪かった。

 俺は空中に浮遊し、間髪入れずに将軍のいる丘へと飛んだ。

 無数の矢が俺の身体を突き刺す。

 頭や心臓を射抜かれなければいい。


「追え! 行かせるな! 追うんだ!」


 俺の下を前線として布陣していた軍隊は、将軍へ集結する。

 俺の進行を阻害するように、矢と魔術が飛び交う。

 俺は致命傷だけ避けながらも加速する。

 身体中から血が流れる。

 痛みなんて知ったことではない。

 殺さなければ。

 街のみんなが殺されてしまう。


 結城さんが。

 朱夏が。

 ニースが。

 剣崎さんが。

 アーガイルさんが。

 ディッツが。

 リアラちゃんが。

 ロルフが。

 出会ったみんなが。

 そして、莉依ちゃんが殺されてしまう。

 そんなの絶対に許せない。

 将軍に迫る。

 白髪で厳めしく、屈強な体つき。

 荘厳としており、纏う空気が一般人とは違う。

 表情は平静で俺の姿を見ても、動揺は見られない。

 むしろ受けて立つとばかりに剣を抜き、構えた。

 彼のステータスは俺よりも上。

 近いのは沼田が変装していたシュルテン。

 識火の照らす横顔は精悍で、強い意思が見えた。


「アアアアアァァッッ!」


 裂帛の気合いと共に、俺は拳を突き出す。

 そのまま空中から将軍へと突進する。

 ギィンと金属音が響いた。

 将軍であるのは間違いなく、その男は俺の一撃を真正面から受けたのだ。


「ぐっ!」

「ぬぅんっ!」


 老骨の膂力とは思えない。

 腕力だけで俺を弾き返した。

 出血を多量にしていたため、俺の膝は折れてしまう。


「殺すな。捕縛するのだ。生き返ればまた傷は完治してしまうぞ」

「はっ!」


 やはりバレている。

 それはそうだ。

 散々、生き返る場面を見せてしまったのだから。

 死なない相手ならば、どういう対処をすればいいかわかる。

 これだけの時間が経ってしまったのは驕りと、連絡の不備だろう。

 だがそれも終わり。

 誰でも考え付く方法がある。

 俺の状況であれば、俺の能力であれば。

 最も効率的で最も単純且つ簡単な方法がある。

 だが、俺はそれを避けてきた。

 それをしてしまえば、俺はほんの少し保っていた人間性を失う気がしたからだ。

 考えないようにしていた。

 死んでも生き返る。

 不死の存在。

 人間ではない。化け物だ。

 それでも俺は人間だと、普通の人間だと心の底では思おうとした。

 しかし、そんなものはただの自己満足だ。

 傍から見れば変わらない。

 意味のない意地だ。

 俺は何を求めているのか、今一度考えるべきだ。

 俺は守りたいだけ。みんなを守りたいだけだ。

 大事なものが増えた、いや増やしたのは、そうしなければいけなかったからだ。

 誰かの命を守ることで、俺は俺の能力の価値を勝手に定めた。

 そうすることで自分の価値を信じた。

 そうしなければ保てなかったからだ。

 俺は人間だ。

 俺には役割がある。

 俺は普通だ、と。

 でもそれも、もう終わりだ。

 こだわりは捨てる。

 勝つためなら、目的を達成するためならば他は諦めるべきだ。

 だから。

 俺は自分に拳を向け、首の頸動脈を風で切り裂いた。

 『自殺だ』


「なっ!?」


 今まで一度も動揺することがなかった将軍が驚愕の声を上げる。

 プシュッと血飛沫が生まれる。

 既に大量に出血していたので、すぐに意識が薄れる。

 痛みは薄い。

 自分の手による死の甘受。

 逃れてきたはずの、倫理観からの逃避。

 しかし最早それは叶うことはない。

 もうどうでもいい。

 人に殺されようが、自分で死のうが結果は変わらない。

 死ねば多くはリセットされるのだ。

 化け物でいい。

 守りたいものが守れるのならば。

 構いはしない。

 死ぬ。

 そして生き返った。


「――さあ、仕切り直しだ」


 俺を取り囲む兵。

 後方で戸惑う将軍。

 リカルド達は遥か後方から俺の下へと集まっていた。

 いや、奴らだけじゃない。

 大隊の全員が俺を殺そうと集結している。

 俺の目の前には将軍。

 これだけの近さならば、殺せる。


「ええい、何をしているのだ! メッカード将軍を守れぇぇッ!」

「侵入者を捕まえろ!」

「将軍お下がりください!」


 俺を睨んでいた将軍だったが、部下達の進言に渋面を浮かべ、下がった。

 くそっ! これでは元の木阿弥だ。

 逃がしてたまるか!

 俺は強引に兵士達を吹き飛ばし、将軍に迫る。

 だが、後方からの攻撃もあり、思うように進まない。

 ここまで来て、逃がせるか!


「おのれ、貴様!」

「将軍、ここは抑えて下さい!」


 俺から逃れるようにしているのが気に食わないらしく、憤怒の表情を浮かべている。

 迫る俺。

 逃げる将軍。

 周囲は兵で溢れ逃げ場はない。

 殺され、生き返る。

 捕まってしまいそうになると、俺はまた自殺した。

 そんな中、日が射し始める。

 視界が広がった。

 それほどに時間が経っていたのだと気づいたと同時に、再び暗闇が周囲を覆う。

 ふと空を見上げた。


「待たせたな!」


 それは緑竜と沼田の姿だった。

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