第40話 技巧武器

 事態が収拾して、微妙な空気が漂う中、俺は口火を切った。


「えと、すみません、なんか騒がしくしちゃって」

「いえ……大丈夫、です……慣れ、てるんで……。

 申し遅れました……私は、この店の主人……アーガイル……です……」

「どうも、俺は……」


 あ、名前どうしよう。

 朱夏はヘンリーって偽名を使っていたし、俺もなにか考えた方が。

 一先ず、適当に名乗っておくか。


「えと、ト、トーラです」

「よ、よろしくおねがい……します」


 まだ他の人達はアーガイルさんを見て、戸惑っている様子だった。

 わからないでもない。

 なんか、怖いんだよな、この人。


「こ、ここは何を売っているんです?」

「……技巧品……です……」


 ぼそりと呟く店員。

 なんだろう。色んな意味で見てるだけで不安になる人だ。


「技巧品って?」

「……精密な、技術で作った……仕掛けがある道具、みたいな……。

 た、例えば……これ、とか」


 球体の何かを手にとり、捻ると、ジジジッと音を漏らしながらゆっくり回った。


「それは?」

「……オルゴールと時計の技術……を活用した、道具です……時間を計ることができます。

 時間になると……音が、鳴ります……」


 アラーム的な感じか?

 説明通り、しばらく経つと音楽が流れた。

 他にも色々道具はあるらしい。

 カラクリ、みたいな感じだろうか。

 こういう技術が現代科学の礎になっているんだろうと思う。

 ただ、あまり売れ行きはよくなさそうだ。

 客数が多いとは思えない。


「なんか……すみません。面白くないですよね……」

「え? あ、いや、そんなことないですよ」


 現代の技術力に慣れている俺にとっては、あまり興味をそそられるものではなかった。

 表情に出したのはちょっとまずかったと思う。

 アーガイルさんは落胆し、嘆息した。


「いえ……わかってるんです……こんなもの作っても、売れないって……。

 それで最近は……もっと有用なものを……考えてまして」

「というと?」


 アーガイルさんはまた店の奥に引っ込むと、木箱を幾つか抱えて戻ってきた。


「におう、におうにゃ!」


 ニースが興奮したように木箱に近づいた。

 これが魔力の匂いの元、か?

 箱の中には棒や手袋。後、小手やブーツ。短剣、手槍など。

 武器や防具に相当するものが入っていた。


「これは?」

「技巧を用いて作った……武器、です……」


 俺はアーガイルさんとニースの言葉を頭の中で反芻する。

 そして浮かんだ疑問を口にした。


「あの、技巧って、魔力を扱ったりします?」

「ええ……自身の魔力を物質化する、技術もあります……特殊な、技巧で……。

 ものすごく、疲れるんで……あまり、やりたくないんですが……。

 背に腹は変えられない、と……ですが、人が来なくて……」


 ちょっとだけ興味が湧いてきた。

 魔力を物質化する、という言葉の意味はまだ判然としないが。


「説明をお願いしても?」

「……もちろんです……この小手とブーツは、風属性の魔力を、物質化しまして……。

 あなたには、これが……合うかと……。

 よかったら……着けてみてください……」

「ど、どうも」


 俺はアーガイルさんから小手とブーツを受け取る。

 軽い。

 素材はなんだろうか。

 ステンレスっぽいけど……そんなわけないか。

 小手は、手の内側は厚めの布で、外側を金属が覆っている。

 装着して、グッと握る。

 力を入れやすく、動きの邪魔にはならない。

 サイズは丁度いいようで、動かすたびにズレる様子はない。

 拳辺りには萌黄色の宝石のようなものが散りばめられている。

 なんか高級そうだ……。

 ブーツも同様の素材。

 ただし動きを考慮しての構造らしく、違和感は薄い。

 これだけで結構すごい技術なんじゃないだろうか。

 ん?

 あれ、なんか。

 これ、もしかして。

 俺は思い付きで『アナライズ』を小手とブーツに使ってみた。



・名前:シルフィード【小手】【ブーツ】


・STR:88,888

・VIT:10,000

・DEX:81,111

・AGI:30,000

・MND:0

・INT:0

・LUC:0


●特性【風】

 素材は、扱いは難しいが高硬度を誇る『イグニ鋼』。

 各所から風を発生させ、遠距離にまで及ぶ。

 技巧武器。

 製作者はアーガイル。



 ……ウソだろ。

 俺は自分のステータスを見てみた。


●アクティブスキル

 ・アナライズ

   …対象のステータスが見える。


 よくよく見ると『対象は魔物とか生物だけ』という限定的な文言がない。

 つまり、なんでも分析できる?

 俺は試しに家具や家屋をアナライズした。

 出ない。

 何でもアナライズできるというわけではなさそうだ。

 条件はよくわからないが。

 俺が視線を忙しく動かしていた中、アーガイルさんが他の面々に近づいていった。


「よかったら……」

「あ、ど、どうも」


 結城さんは鋼鉄製の棒のようなものを受け取っていた。

 長い警棒っぽい形状をしている。


「よかったら……」

「あ、ありがとうございます」


 莉依ちゃんは小型の銃のようなものを二丁受け取っていた。

 かなり小さく、莉依ちゃんの手でも持てるようだ。


「よかったら……」

「ひゃ!? あ、ありがとう……」


 朱夏は怯えながらも、正方形の箱のようなものを受け取っていた。

 見た目はルービックキューブっぽい。どうやって使うんだろうか。


「……あなたは魔術師、ですか?」


 ニースの前に行くとアーガイルさんは残念そうに言った。

 ニースは、自分も渡されると思ったんだろう、手をわきわきと動かしていた。


「そうにゃ!」


 胸を張りながら答えるニース。

 どうやら、もう先ほどの一件を忘れているようだ。


「そうですか……申し訳ありません……。

 技巧武器は、魔力を持っている方には使えません……」

「……にゃ、わたしだけ使えないのかにゃ? かにゃ?」

「はい、すみません……」


 ニースは明らかに不機嫌そうにふんぞり返る。

 アーガイルさんは申し訳なさそうにしながら、俺達に向き直った。


「裏庭へ……ここだと、危険なので……どうぞ、こちらへ」


 低姿勢のまま、アーガイルさんは店の奥へ。

 俺達も続き、扉を通ると、店の裏に出た。

 狭いながらも空間がある。


「技巧武器は……魔力を持たない人のための……武器です。

 私の魔力を用いた魔晶石が、装着してあるので……魔力を持つ人には使えません……。

 使い方は簡単、です……装着者の意思に反応する、ようにしています……。

 トーラさん……装着中の『シルフィード』を使ってみてください。

 試しに拳を突き出して……『風で可能な範囲内のこと』を思い浮かべてください。

 但し、効力には限界があります、ので……ご注意を」


 説明の内容はわかるが、どうも実感がない。

 俺は全員から離れて、言われるままに拳を突き出した。

 なんて考えればいいんだ?

 えーと、風よ舞え、みたいな?

 次の瞬間。

 無風の中、突如として拳から風が巻き起こる。

 強風まではいかないが、僅かに身体が押される。


「きゃっ!? か、風が」


 莉依ちゃんがスカートを抑えつつ、驚愕に満ちた表情を浮かべる。

 他の面々も驚きながら手元の技巧武器を見下ろしていた。

 ニースはふて腐れて、端っこでつまらなそうにしている。


「今のは風が巻き起こった……だけですが……風で対象を切り裂いたり……。

 あるいは、風の力で……早く移動したり、高く飛んだり……できます。

 い、色々と試すと……楽しいかもです」

「す、すごいですね、これは……」

「い、いえ」


 それからアーガイルさんは全員の武器について説明してくれた。


 莉依ちゃんの武器『ヴェルカー&ハント』

 属性は火と土。

 見た目通り、銃のように圧縮した魔力の弾を射出する。

 弾丸は無限。ただし連続で発砲するには限界がある。

 使用者の意思で弾の軌道、速度、質量などを多少なりとも変化可能。

 銃口のサイズ以上の弾丸も射出可能。

 ステータスはこれだ。



・名前:ヴェルカー【左銃】 ハント【右銃】


・STR:122,222

・VIT:1,111

・DEX:90,001

・AGI:0

・MND:0

・INT:0

・LUC:0


●特性【火土】

 素材は、扱いは難しいが高硬度を誇る『イグニ鋼』。

 遠距離攻撃を主体にしているが、近距離でも威力はある。

 最高着弾距離は1キロ程度。

 技巧武器。

 製作者はアーガイル。



 結城さんの武器『ウェザーロッド』

 属性は風と水。

 見た目は金属の警棒。

 特殊な金属、『エリン鉱物』を活用している。硬度は『イグニ鋼』に劣る。

 グリュシュナにおける特殊金属の一つで、魔力による形状記憶、形状変化金属。

 かなりの伸縮が可能。

 強度は高く、棒部分に電流を走らせる。

 強弱を自分で決められるが、出力によって魔力が枯渇する。



・名前:ウェザーロッド


・STR:100,001

・VIT:33,334

・DEX:12,345

・AGI:9,898

・MND:0

・INT:0

・LUC:0


●特性【風水】

 素材は、扱いは難しいが高硬度を誇る『イグニ鋼』

 各所から風を発生させる。遠距離にまで及ぶ。

 技巧武器。

 製作者はアーガイル。



 朱夏の武器『キューブ』

 属性は風と土。

 手のひらサイズの正方形。

 変形武器であり、数千に及ぶ形状記憶金属『エリン鉱物』の密集体。

 意思によって形を変えるため、非常に扱いが難しい。

 使用者から遠くには離れられないため、遠距離用の武器にするには不向き。



・名前:キューブ


・STR:55,555

・VIT:55,555

・DEX:55,555

・AGI:55,555

・MND:0

・INT:55,555

・LUC:0


●特性【風土】

 特殊な金属、『エリン鉱物』を活用している。硬度は『イグニ鋼』に劣る。

 グリュシュナにおける特殊金属の一つで、魔力による形状記憶、形状変化金属。

 形状によってステータスが変わる。

 意思によって形状が変わるため、使用者のイメージ力が重要。

 技巧武器。

 製作者はアーガイル。



 すべての技巧武器に言えることだが、魔力は大気中のものを利用しているらしい。

 自然には魔力が宿っているからだ。

 魔力がないと言われる人間も、極少量の魔力がある。

 そのため一時的に武器の魔力がなくなっても、一定時間待てばまた使用可能、らしい。


「これは……すごいな」


 俺達は感嘆と共に、自身の武器を思い思いに試していた。

 しっかり全員に適した武器を渡されたような気がする。

 アーガイルさんにはそれぞれに合う武器がわかったんだろうか。


「あの、これ高いんですよね?」

「……いえ、一つ、金貨五枚で……大丈夫です……」

「えーと、それってかなり安いんじゃ」


 俺は朱夏に向き直る。

 すると、朱夏も迷いなく頷いた。


「これなら白金十枚分くらいはすると思うよ」

「らしいですが……」

「いえ、金貨五枚……で、いいです……売れないんで。

 というか、今日の食事にも困って……まして……買ってください……。

 お願いします……ど、どうか」


 わなわなと震えながら、アーガイルさんは俺に迫る。

 ホラー映画のワンシーンみたいだ。

 周囲で悲鳴が上がっている。


「か、買います。買います! あ、でも一つ分しかないんですが」

「いや、残りは僕が出すよ」


 朱夏が軽い調子で言う。

 俺は予想だにしない答えに、思わず聞き返しそうになる。

 だが、これだけの品だ。

 アーガイルさんは売れないと言っていたが、高を括れば売れてしまう可能性がある。

 今、すぐに買った方がいいのは間違いない。

 それほどに良い買い物だと思った。

 俺は逡巡を振り切り、素直に答えた。


「……悪いな。すぐに返すから」

「いいんだ。僕の分もあるしね」

「あの……じゃあ、か、買ってくれるんですか?」

「ええ、むしろお願いしたいです。でも本当にいいんですか?

 素材代だけでもかなりするんじゃ」

「そうですね……素材だけで白金二枚分くらいは……します……。

 けど、売れないと意味がないですし……。

 今日中に売らないと……もう、家賃も払えないし……」


 青い顔が更に青くなっている。

 この店、立地は最悪だ。

 というか借家だったんだな……。

 客数は少ないだろう。

 売り上げはスズメの涙程度と考えれば。

 売れればいいと考え始めてもおかしくは、ないか。

 なんだか不憫だ……。


「みんな、ちょっといいか」

「ん? なに?」

「どうかしましたか?」

「なになに、どしたの?」


 俺は全員に俺が思った通りに話した。

 ちなみにニースは拗ねたままだったのでそっとしている。


「僕はそれでいいと思うよ。虎次君らしいね」

「ですね。私も賛成です!」

「あたしも構わないよ。というかその方が気が楽だね」

「ありがとう、助かるよ」


 みんな快く了承してくれてよかった。

 俺は何となく放って置けなくて、アーガイルさんに提案する。


「あの、とりあえず、金貨二十枚分払わせて貰おうと思います。

 それで何回かに分けてせめて素材分くらいは払わせて貰えませんか?

 一括だと難しいですけど」

「と、言いますと……白金貨を八枚、ということですか?」

「ええ、それでも安いと思いますけど……さすがに金貨五枚は申し訳ないので」


 アーガイルさんは目に見えて瞳を輝かせた。

 そして。

 号泣した。


「ずびばぜん、ありがどぉ、ありがどぉございまずぅ」


 アーガイルさんは腰に抱きついてきた。

 華奢なのに、どこから力が湧きあがるのかガッチリ掴んで離さない。

 必死さが怖い!

 顔も怖い!


「き、気にしないでください。と、とにかく離れて」

「うぇい……」


 そんな、意気消沈したDQNみたいなこと言わなくても……。

 俺はあまり強く出られず、遠慮がちにアーガイルさんを引き離した。

 顔中、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。

 よっぽど切迫してたんだな……。


「しゅ、修理は無料でいつでもするんで……言ってください」

「あ、ありがとうございます」


 深い事情はよくわからない。

 でも、まあこれでよかったんじゃないだろうか。

 そうして朱夏に足りない分を払って貰ってから、俺達は帰路についた。

 

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