第41話 抗う力

 ――二ヶ月後。

 ネコネ族集落、樹林の中。

 俺は走っていた。

 単独だ。

 だが今日の俺は一味違う。

 両手足にはシルフィード。風の技巧武器が装着されている。

 防具も一通り揃えた。

 動きやすさを重視して、軽量の鎧を装備している。

 簡素な衣服から、耐久性のある素材に変えている。

 足の風力で跳躍し、体力を消費しないようにする。

 ブーツの魔力で数メートル跳躍し、着地と同時にまた発動。

 止めどなく走り幅跳びをしているように、俺は木々の合間を縫う。


 速い。

 相当な速度が出ている。

 シルフィードは特性上、一定の風力を生み出し続けることはできない。

 つまり、飛行機や鳥類のような動きは不可能というわけだ。

 だが、上手く扱えば縦横無尽、空中でも移動はできる。

 簡単に言えば無限ジャンプ、無限ブーストによる上下左右の移動である。


「爽快だな!」


 技巧武器のおかげで機動力も雲泥の差だった。

 樹木を倒壊させる音が後方から響く。

 モグモロールのおでました。

 巨大なハリネズミは俺へと迫っていた。

 俺の方が圧倒的に速い。

 機動力の確認は十分。

 次は攻撃力。

 俺は振り返る事なく、その場で後方に宙返りする。

 逆さまになった状態で、両手を伸ばし小手から風を発生させる。

 方向は地面へ。

 俺の身体は一瞬だけ空中で止まり、何度も回転する。

 ひねりを加えると、丁度モグモロールが下方を通るところだった。

 俺は宙で体勢を整え、魔物の方向に向き直る。

 姿の見えないボールを蹴るような所作をする。

 同時に風の塊をイメージし、それが脚部から生まれる。

 髪や衣服が巻き上げられ、俺は宙に留まった。

 ブーツから風が地上に流れた。

 空中で何度も多段ジャンプする。

 シルフィードでは飛行は困難だ。

 そのため断続的な風圧によって移動する方式をとっている。

 それでも機動性は確かだった。

 俺は宙から地上を見下ろした。

 見えない物体がモグモロールに迫ると同時に、風が巻き起こる。


「ギュフッ!?」


 モグモロールが突如として吹き飛んだ。

 そのまま大樹に叩きつけられ、反動で地面に落ちる。

 そして動かなくなった。

 遠距離でもこれか。

 武器の有用性は、間違いない。

 俺は出力を調整し、何度か宙で跳躍しながら地上に降りた。

 魔物を倒したことでレベル上がり、HPも回復した。

 しかし安堵も束の間。


「来た来た! 来たよ!」


 朱夏が興奮した様子で、後方を走っていた。

 続いて、莉依ちゃんと結城さんの姿も見える。

 そして。

 轟音と共に現れたものを見上げた。

 巨大な砂の塊。

 人型でありながら、山と見紛うほどの巨躯。

 樹木をなぎ倒し、体躯を動かしている。

 歩を進める毎に、砂の雨を降らしていた。



・名前:サンドゴーレム


・LV:15,122

・HP:4,254,001/4,332,870

・MP:3,000/3,333

・ST:900,985/1,550,032


・STR:124,354

・VIT:198,998

・DEX:50,987

・AGI:9,011

・MND:520

・INT:902

・LUC:1,121


●特性

 外殻は砂で出来ている。本体は核。

 動きは鈍いが一撃の威力は大きい。



 なんて迷惑な魔物だ。

 小型の魔物が逃げ惑っている。

 まさかこんな大物が樹林の中にいたなんて。


「虎次さん!」


 莉依ちゃんが真剣な視線を俺に送る。

 正直に言おう。

 どうしてこうなった!?

 適当に、森内で魔物を狩っていたら、突然現れたのだ。

 あれか、これも俺のバッドステータスのせいか。

 ゴーレムはトロール以上のレベルだ。

 強敵で間違いない。

 というか、勝てるのか?


「ど、どうする!? 日下部君!?」


 結城さんが俺に決断を迫る。

 三人の視線を受け、俺は鷹揚に頷いた。


「やろう。四人なら倒せると思う。ただ状況によっては退却を考える。

 フォーメーションはいつも通りで。

 先頭は俺と結城さん。攻撃担当だ。

 中衛の朱夏は補助と攻撃。前衛をフォローしてくれ。

 莉依ちゃんは後方から全体の支援を!」

「「「了解!」」」


 俺達は散開し、各自配置につく。

 改めてゴーレムを視界に入れる。

 でかい。

 トロールよりも更に。

 だが泣き言を吐く時間はない。

 俺は宙を舞い、ゴーレムに向けて拳を振るう。

 手から生まれる風の塊がゴーレムに迫る。

 直撃。

 だが、胸部の砂を散らす程度のダメージしかない。

 HPは……ほとんど減っていない。

 ここまで同じように攻撃を繰り返したが、大して効いていない。

 核を探そうにも身体のどこに埋まっているのかわからない。

 心臓部が定番だと思い、胸部を狙ってはいる。

 だが、威力が足らないのか表面を削るだけで終わる。

 砂は生き物のように蠢き、またゴーレムの身体を形作る。

 堂々巡りだった。


「このぉっ!」


 結城さんが走る。

 電撃を纏わせたウェザーロッドを振り降ろす。

 向かうはゴーレムの足。

 当たると同時に、電流がゴーレム脚部を這う。

 表面を焦がし、煙を上げるが、それだけで終わる。

 相性が悪そうだ。


「もう! 全然効かないよっ!」


 悪態を吐きつつも、結城さんの足は止まらない。

 ゴーレムの足踏みを避けつつ、隙を見て攻撃を繰り返している。

 それは俺も同じだった。


「これならどうだ!」


 朱夏のキューブが形を変える。

 小箱から巨大な槍に形状を変化させる。

 朱夏の手のひらから浮かび、意思に従い、ゴーレムへと槍が飛ぶ。

 膝に刺さった、が先端部分で止まってしまう。


「硬い……ッ!」


 朱夏が手を伸ばし槍を押し込もうとするが、砂の鎧に阻まれていた。

 砂はかなり柔軟性があるらしい。

 敷き詰めれば強固に、隙間があれば緩衝剤に。

 単純な岩のゴーレムよりも厄介だ。


「みなさん!」


 莉依ちゃんの叫び声が鼓膜に届く。

 全員の身体に淡い光が浮かぶ。

 莉依ちゃんが新たに覚えた防御スキル『プロテクション』だ。

 全員の防御力を強化する。

 次いで、莉依ちゃんはホルスターからヴェルカー&ハントを抜くと即座に撃つ。

 銃本来としてはあり得ない速度の連射によって、魔弾が数発射出される。

 それは朱夏の槍が刺さった部分へと真っ直ぐ向かっている。

 魔弾がゴーレムの足に着弾した瞬間、大きなヒビが膝付近から広がる。


「今だ!」


 俺の号令と共に、結城さんは腕を引く。

 そのまま腕を突出し、勢いのままロッドはぐんぐん伸びる。

 硬い音が響く。

 ロッドがゴーレムの脚部に埋まっている。

 そこからピシピシと亀裂が現れ、轟然と片足が崩れ落ちる。


「みんな、離れろ!」


 三者がゴーレムから距離を取る。

 俺は空に飛んだまま砂埃の中央を見た。

 転倒したゴーレムは砂塵と共に横倒しになっていた。

 巨体を倒した衝撃で全身にヒビが入っている。

 俺は体勢を逆さにする。

 そのまま地上に向けて飛ぶ。

 重力と風力を掛け合わせ、速度を限界まで上げる。

 連続で放たれる風圧に、俺の身体は加速を続ける。

 ゴオオッと風音しか聞こえなくなった。

 景色が後方に流れ、ゴーレムの胸部が眼前に迫る。

 四肢からの風圧の発生。

 それにより速度は瞬間的に上昇する。

 地面が迫る。

 俺は拳を握り、腰に沿える。


 『弾けろ』


 その命令によって、右拳は慣性力に負けないほどの風圧を生み出す。

 右拳が地面に向けられる。

 同時に爆発。

 すべての力は拳の先端に集まり。

 ゴーレムの胸部に埋まった。

 砂の塊は見事に弾け、周囲に飛び散る。

 地響きのような重低音が響き渡る。

 衝撃に耐えきれず、俺の身体は弾け飛んだ。

 そして死ぬ。

 意識を失う直前で、拳の先にあった赤い宝石が砕けるのが見えた。



 ――生き返る。

 覚醒した場所は『砂地の上』だった。

 砂しかない。

 核は砕けて、ゴーレムは死んだということ。

 正直、倒せるかどうか微妙なラインだと思ったが、結果を出せたのは喜ばしい。

 さて、技巧武器を手に入れて二ヶ月。

 俺達、朱夏を含めた四人で魔物討伐を繰り返していた。

 どうやらレベルが百ほど上がったらしい。

 ゴーレム自体数が少ないから、また戦うのは難しいだろう。

 しかしこれだけのレベルアップ、相当の実入りがあったと言える。

 俺はステータスの更新部分だけを確認した。



・名前:日下部虎次


・称号:魔物に畏れられし魔導具使い


・LV:9,999

・HP:2,199,999/2,199,999

・MP:0/0

・ST:999,999/999,999


・STR:129,111

・VIT:112,001

・DEX:130,221

・AGI:111,335

・MND:180,221

・INT:87,512

・LUC:*666


●パッシブスキル 

 New・セーブ追加

   …リスポーン地点の設定をどこでも可能になる。



 レベルが著しく上昇した。

 これで簡単に死んだりはしないし、旅をするには十分な力をつけたと言える。

 ただ、スキルがほとんど増えていないのが気になるけど。

 新スキルで、椅子やベッドのような場所以外でもリスポーン地点を保存できるようになった。

 これでわざわざ特定の場所で生き返る必要がなくなる。

 考えてみれば、これ……ものすごく便利なスキルだよな。

 ただ一歩間違えれば、危険な場所で生き返って死んでの繰り返しになる。

 そこだけは注意しないとな。

 不吉な数字が並んでいる気がするが気にしない。

 LUCは、もう知らない!


「虎次さん! やりましたね!」

「日下部君、すごいよ、こんな魔物を倒すなんて!」

「……身体中が砂だらけだけど、なんとか倒せてよかったね」


 三人が喜色満面で走り寄って来た。

 この四人での戦いも大分慣れてきた。

 これならばそれなりの相手でも渡り合えるに違いない。

 さて、みんなのステータスも確認しておくか。

 長いので更新部分だけに目を通した。



・名前:遠枝莉依


・LV:7,012

・HP:1,331,002/1,331,002

・MP:1,025,332/1,754,124

・ST:550,514/687,221


・STR:64,214

・VIT:50,998

・DEX:49,887

・AGI:61,332

・MND:101,358

・INT:159,003

・LUC:98,884


●アクティブスキル

 New・プロテクション

   …対象の防御力を上昇させる。複数かけることが可能だが、効果は薄れる。


●パッシブスキル 

 New・オートプロテクション

   …自身の防御力が上昇する。



・名前:結城八重


・LV:6,987

・HP:1,643,557/1,643,557

・MP:442,901/554,988

・ST:885,901/998,110


・STR:112,221

・VIT:89,025

・DEX:95,012

・AGI:102,125

・MND:61,214

・INT:30,115

・LUC:39.118


●アクティブスキル


 New・アクセル・ツー

   …身体能力を二段階上昇させる。ただし、使用後に反動がある


●パッシブスキル 

 New・カウンター

   …攻撃を受けた時、たまに反撃する。

 New・不屈の闘志

   …ダメージを受けると、たまに怒り状態になり攻撃力上昇。



・名前:辺見朱夏


・LV:6,712

・HP:1,410,009/1,410,009

・MP:1,200,887/1,200,887

・ST:551,178/698,028


・STR:98,014

・VIT:66,128

・DEX:129,990

・AGI:137,002

・MND:70,112

・INT:93,465

・LUC:94,684


●アクティブスキル

 New・精神汚染

   …対象の理性を削ぐ。理性的な行動ができなくなり、混乱する。

    成功率は相手の精神力による。

 New・マインドブレイク

   …対象のMPを減少させる。魔術師に有効。


●パッシブスキル 

 New・冷静沈着

   …意識的に動揺を抑えることができる。

 New・精神混濁

   …時々、敵対している対象が攻撃をやめる。



 全員、かなり成長しているな。

 この分なら問題はなさそうだ。


「今日はそろそろ終わりにしようか」

「そうですね。大分倒しましたし」


 レベルが上がれば魔物討伐の速度も上がる。

 強い敵であればあるほど素材も高価だ。

 ゴーレムの核も同様に、宝石並の価値があるとか。

 魔物を一塊にしておいて、ゴーレムの核だけ回収。

 運搬するには四人じゃ足りない。

 専門職に任せることにする。


「じゃあ、戻るか」

「はー、疲れたー」

「あんな大きい魔物がいるなんて驚きましたね」

「だよねぇ」


 莉依ちゃんと結城さんが雑談をしながら、集落へと向かう。

 二人の背中を眺めつつ、俺は隣にいた朱夏に話しかけた。


「それで、決心はついたか?」

「……うん」

「そうか。どうする?」


 俺の顔は間違いなく強張っている。

 その様子を知ってか知らずか朱夏は長い睫毛を揺らした。

 薄く笑い、告げられる。


「行くよ。僕も。君たちと一緒に」

「そうか。それは助かるし嬉しいよ」

「そう言って貰えると僕も嬉しいよ。戦えるって自信もついたし、それに……」


 俺の顔を窺うように、朱夏が視線を送ってくる。


「それに?」

「なんでもない。とにかく、よろしくね」

「ああ、よろしく頼むよ」


 嬉しいという思いと同時に、俺達と行くことで厄介事に巻き込まれるのではという思いがあった。

 俺と結城さんのバッドステータスは全員が知っている。

 それでも一緒に行く、とみんな言ってくれたのだ。

 俺は自分の弱さを知っている。

 一人でできることは大してない。

 誰かに頼らざるを得ない。

 だから朱夏、莉依ちゃん、結城さんの決断は素直に嬉しいと思っている。

 いざとなれば、どんな手を使おうともみんなを守る。

 例え、敵が誰であろうとも。


「じゃあ、戻ろうか」


 莉依ちゃん達を追って、俺と朱夏は歩いた。


 と、

「ん?」

 何か、心の中でざわつきを覚えた。


「どうかした?」

「い、いや……なんでもない」


 理由がわからず、俺は生返事をする。

 今のはなんだったんだろうか。

 ただの勘違い、か?

 俺は自嘲気味に笑う。

 色んなことがあり過ぎて過敏になっているんだろう。

 気を張り詰めていては心が持たない。

 俺は深呼吸し、朱夏と共に集落へと戻って行った。

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