第15話

 高校は文化祭の雰囲気を纏ってくる。入口から靴箱までにかかる道はテントが横に並び、駐車場の近場にも白い屋根が立つ。屋上の扉には使われていない机が散乱していて、土台とするために外へ運んでいる。文化祭前日に、俺は出し物の屋根を構築していた。メンバーは俺と月子。そして、クラスの目立たない人間だ。ほかの人たちは教室で飾り付けと清掃をしている。


「浦賀。机が足りない」


 骨格を正しく伸ばし、俺らの頭上に屋根を貼る。影が火照った身体を涼ませた。

 隣のテントは既に完成されており、机や椅子を用意していた。地面は公平ではなく凹凸がある。設置には注意がいるから、気を抜くと机をひっくり返してしまうだろう。


「浦賀さん。俺が運んでくるよ」

「ありがとう」


 手伝ってくれたクラスメイトが靴箱に向かった。そろそろクラスメイトの名前を覚えた方がいい。俺は汗を拭いながら放課後になるのを待っている。


「なんで私が力仕事をやってるんやろ」

「え、いまさら?」


 他クラスの生徒が駆け足で前を通る。影が横に流れていく。


「月子が力あるからだろ」

「私は女なんだけど」

「俺より腕がバキバキのくせに」


 肩に重みが増した。彼女はじゃれるように殴ってくる。


「しかし楓も変わった人間だ。面倒な私に関わろうとするんだから」


 彼女の瞳は文化祭の準備ではなく前日のやり取りを観ていた。いかにも話したそうにしているから、俺の意識は聞き側に徹する。


「ほかの学校は私を腫れ物のように扱うところもあれば、居心地のよい学校もあったち」

「ここは?」

「ここは、分からん」


 俺の高校は冷たいと自覚していた。人柄で順位がつけられるし、目立つ人間は周りだけで完結させている。今の時間も、目立つ人はある意味溶け込もうとしない。落っこちないように飾り付けをしている。鳥越はその状況に身を置いていた。


「楓は可愛い人」

「かわいい?」

「人を思いやれるけど自分よがり。そこが可愛いってこと」


 ホットプレートを貸してくれたし、そう言いながらそれを持ち上げる。指定の箇所に設置して、机を固定した。


「ねえ、浦賀。楓と買い物したんだってね」

「……」


 噂が広まっていた。この街は狭い箱庭だから刺激に飢えている。遠くに住む俺でも肌で感じていた。だから、俺と楓の出歩きは注目されてしまう。少なくとも、このクラスでは。


「偶然だ」

「鳥越が泣いちゃうよ」

「アイツと俺は恋人じゃない。彼女も俺のことは好きじゃない」

「腑に落ちんー」


 鳥越がダンジョンに異変をもたらした。その現象を俺が止めたことを理由にしている。


「あの現象はよくあることなのか?」


 あっ、と大声をあげて二歩下がっている。


「話題を変えようとしとる!」

「答えられないのか」

「つまらん。てか、そんなんも知らんで入りよったと?」


 俺たちよりも場数を踏んだ大人の顔になった。彼女や鳥越の剣幕は不規則に変わるから、羨ましいと劣等感だけ膨れ上がる。


「そもそも、ダンジョンは無くならない。見えないだけで私たちの横にある。なら、なぜ可視化して、攻撃するのか。また、可視化しなければ攻撃を受けていないのか。それは誰かがパイプをやってるか。或いは空き家がパイプとむすびついてしまったから」

「パイプ?」

「前提として空き家がダンジョンになる原因は不明なんやけど、誰かがパイプになるのは分かっている」


 空き家ダンジョンはなくならないし、空き家ダンジョンはいろんな形がある。この探検でわかってるのはそれだけだ。


「あるマイナス感情が空き家と同化することにより、ダンジョンを動かせる」


 鳥越の話やったねと切り替えた。


「鳥越は同化した。だから危険」

「アイツは大丈夫なのか?」

「わかんない。嫌われてるから検証できんし」

「文化祭で一緒に回るときに、それをしよう」

「必死やね」

「幼なじみだから」

「ずるいこと言(ゆ)うね」


 彼女は咳払いをした。額に垂れた髪を見てると、ずるいねという発言が頭に焼き付いた。


「まあ、今はダンジョンに潜ってないんだから大丈夫じゃない?」


 彼女は委員が忙しく、家と学校を往復する日々を送っている。それは俺も同じだった。

 先ほどの生徒が机を抱えていて、俺は眩しい日差しの中へ走る。


 ▼


 放課後。俺たちは会議に回されて話し合いをする。生徒会長は最初に出会いよりも目のクマが目立つようになった。


「ステージの設営ありがとうございます。明日は楽しみましょう」


 担当の先生は腕を組みながら後方で見守っている。剃られた腕毛に注目して話が入ってこなかった。俺の相方である鳥越は用意途中に早退した。疲労が溜まっているようだ。

 彼女は自転車を学校に置いて母親の車で帰宅した。

 一人で帰ろうとしたら、北野が靴箱で待っている。


「今日は時間あるか?」

「ちょっとなら」


 北野は公園のトイレで服を着替えた。私服姿でコンビニに入り、酒を購入して戻ってくる。


「ここはザルなんだよ」

「前夜祭か?」

「そんなところだ」


 人通りの少ない街に来る。俺の家ほどじゃないけれど、生きてるのか死んでるのかわからない家が並ぶ。


「この区画を解体してビルを建てるらしい。潤さん言ってたんだけど乳幼児に優しい条文を立てるんだと」


 北野は自分の父親を下の名前で呼ぶ。言葉の裏は複雑な環境を潜ませていた。


「耳寄りだな」

「俺に取り入ろうとする淫乱な男さ」


 手首の傷を撫でている。不気味な赤は当時の感情が挟まっていた。

 慣れた手つきで酒を開ける。口に持っていき、喉を潤した。俺はコーラを手に、動く喉を見やる。


「お前が委員をやるとは思わなかった」

「北野は俺を笑うか?」

「鳥越と一緒にいてぇからだろ」


 北野は一息で酒を飲み干した。缶を片手で潰す。


「白状しろよ」

「お前に関係ないだろ。フクザツだから」

「それを言われたら踏み込めねえな」


 この一方的なやりとりは不服だった。尻の位置を元に戻す。


「それにしても、女に対して高圧的な態度をとってしまう癖は健全だな」

「黙れよ」


 彼は缶を空に投げた。その回転は俺の鼓動を早くさせる。


「なんで俺にひっつく。前みたいに佐々木と遊べよ」

「今はここが面白いんだ」


 彼は興味がある人間に関わろうとする。俺の性格で取り入ったものの、持て余していたようで離れた。それが、ダンジョンを目撃され話しの頻度が増えた。


「そうそう。煮えきらないお前に忠告することがある」


 コンビニ袋からビールを取り出し、缶を開けた。それを飲みながら、タバコをポケットから出す。


「鳥越が嫌われ出した」

「……」

「ちょうどお前と関わるぐらいに『鳥越っておかしくない?』と扱われている。楓が守ろうとしているけど虚しい結果っぽいな」

「なんとなくそう思っていた」

「俺は性格の悪いキャラだから言うけど、好きじゃないなら突き放せ」

「優しいやつだな」


 俺はコーラをポケットに直した。北野の購入したビールに手をかける。

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