異世界でチート能力を手にした俺は、現実世界をも無双する 5 ~レベルアップは人生を変えた~

プロローグ


 ――――【恵みの森】。

 そこは、あらゆる自然の恵みが受けられ、数々の貴重な野草が採取できる森。

 しかし、その恵みは草木だけに留まらず、魔物にまで影響を及ぼす。そこに生息する魔物は貴重な野草などを食べて育ったことで、強力な力を得ている。【大魔境】ほどの危険はないが、それでも危険区域に指定されているのだ。

 そんな魔物が溢れる場所でありながらただの危険区域指定に収まっているのには理由があった。


  ***


「ふぅ~……今日もいい汗をかいたぜ」

 一人の男性が、【恵みの森】の切り株に腰を掛け、汗をぬぐう。

 麦わら帽子に、オーバーオールといったいかにも農民らしい姿であり、肩にかけたタオルで汗を拭く姿はどこにでもいそうな中年男性だった。

 しかし、明らかに普通の中年男性とは違う点がいくつかある。

 それは、周囲の切り倒された木々と、魔物の死体。

 そして、中年男性の身長ほどもある超巨大な斧が、立てかけられているのだ。

「にしても……ここの木は切っても切っても生えてくるなぁ。魔物も狩っても狩っても湧いてくるし……まあそんだけ自然の力が強い証拠なんだろうが……強すぎる恵みってのも考えもんだな」

 そう口にしながらため息をつくこの中年男性こそが、【恵みの森】をただの危険区域に留める要因であり、『せい』を冠する人類の守護者だった。

「まあいい。あともうちょい伐採して、魔物どももちょちょいと間引いとけば、周辺の村にまでは魔物も出てこねぇだろっと」

 立てかけていた斧を手に取り、切り株から立ち上がろうとした――――その瞬間だった。

「っ!?」

 突如、『せい』に強烈な殺気が向けられた。

 その殺気を受けた『せい』は、一瞬にして戦闘態勢に移行すると、油断なく斧を構える。

「なんだ? この殺気は……」

 だが、『せい』にはここまで強烈な殺気を放てるような存在と【恵みの森】で出会ったことがなかった。

「――――こーんなところに居やがったのか、『せい』」

「っ! お前は……」

 すると、【恵みの森】の奥地から、一人の男性が姿を現した。

 その男性は赤いドレッドヘアに、胸元の大きくあいた黒いシャツ、その上から白いジャケットを羽織っており、極限まで鍛え抜かれ、凝縮された筋肉がシャツ越しに分かった。

 獣を連想するような荒々しい気配に、鋭い金色の瞳はまっすぐ『せい』を見つめている。

 そして、この男こそが、『せい』に強烈な殺気を浴びせている張本人だった。

「何しに来やがった? ――――『拳聖』」

 『拳聖』と呼ばれた男は、『せい』の反応に笑みを浮かべる。

「そう警戒するなよ」

「こんな殺気をぶつけといて、何を言ってやがる」

「落ち着けって。俺様はただ――――お前を殺しに来ただけなんだからよ」

「っ!?」

 『せい』は『拳聖』の言葉を受け、すぐさま手にした斧を振り上げた。

「【れつきよう】っ!」

 そして勢いよく斧を地面に叩きつけると、そこから大きな地割れが発生し、『拳聖』の足元にまで到達した。

 だが……。

「おいおい、この程度かよ?」

『拳聖』はつまらなさそうな表情を浮かべると、『せい』の攻撃を難なく躱す。

「――――んなの、俺様でもできるぞ」

 そのまま『拳聖』が軽く地面に拳をぶつけると、先ほどの『せい』の一撃より速いスピードで、鋭い地割れが、『せい』の足元にまで伸びた。

 『せい』は何とかその攻撃を避けつつ、『拳聖』に向かって叫ぶ。

「くっ!? 俺を殺すってどういうことだ!?」

「どうもこうもねぇよ。ただ、俺様がお前を殺す。それだけだ」

「それだけだと!? お前も『聖』を冠する存在ならば、こんなこと……」

「ああ、『聖』ね。だからどうした?」

「なっ!?」

 『拳聖』の言葉に、『せい』は思わず絶句する。

「俺様は『聖』の役割だのなんだのには興味がねぇ。俺様はただ、強いヤツと戦いてぇからそれができそうな『聖』になっただけだしよ」

「なら、なんで同じ『聖』の俺を……」

「はあ? 俺様と同じような実力者が『聖』なんだろ? なら、戦わねぇ理由がねぇだろ」

「……お前の戦闘癖には付き合いきれん。それに、最近『邪』の動きが見え始めたんだぞ。それなのに仲間内で戦ってる暇は……」

「『邪』ってのは、この力のことか?」

 『拳聖』の体から、突然黒い靄が勢いよく噴出した。

「……は?」

 それは、『せい』の語る『邪』の力そのものであり、『拳聖』の体からその力が溢れ出ている状況に、『せい』は理解が追い付かなかった。

「どう、して……お前がその力を……」

「んなの、より一層強くなるために決まってんだろ?」

「っ! お前、裏切ったのか……!」

「まあそういうことになんのかね?」

 なんの悪びれもなくそう告げる『拳聖』に、『せい』は言葉を失う。

「ていうか、なんだっていいじゃねぇか。俺様は、お前を殺しに来た。それだけなんだからよ」

「……お前が裏切った今、俺もお前を殺す理由ができた。お前だけは、野放しにしちゃいけねぇ」

「いいねぇ、その表情。おら、かかって来いよ」

「――――【裂空】っ!」

 『せい』はその場で素早く巨大な斧を振り回すと、真空の巨大な刃が、【拳聖】めがけて飛んで行った。

 だが、そのすべてを『拳聖』は難なく躱す。

「なんだ、地面の次は空気かよ。だが……テメェ、それごときで『せい』とか冗談だろ?」

「いや、お前は終わりだよ」

「あ?」

せい』の攻撃はただ地面や空気を裂いただけではなかった。

 なんと、『拳聖』が躱したはずの真空の刃は、徐々にその規模を大きくしていき、再び背後から『拳聖』を切り裂こうと襲い掛かる。

「ハッ! たかだか追尾能力程度で粋がってんじゃねぇよ。んなもの、もう一度避ければ――――」

「それをさせると思うか?」

「なっ!?」

 次の瞬間、『せい』は手にした斧を大きく振りかぶり、そのまま『拳聖』目掛けて投げつけた。

 その勢いは凄まじく、新たな真空の刃をまき散らし、確実に『拳聖』の退路を塞ぎながら、真空の刃と巨大斧で挟み切りにしていた。

「おいおい、逃げ道は左右前後だけじゃねぇんだぜ?」

 しかし、『拳聖』はそれらの攻撃を上空に跳び上がることで躱そうとした。

 だが――――。

「もうお前に逃げ場はない」

「は? ……なっ!?」

 なんと、『拳聖』は『せい』の攻撃によって最初の地割れを跨ぐ位置に誘導されていた。そして、その地割れから超高エネルギーの光が、地割れから溢れ出た。

「【裂叫】は、ただ地面を裂く技じゃない。大地の叫びを引き起こす技だ」

 その光の奔流はすさまじく、周囲の木々や地面を焼き尽くすほどで、さらに避けたはずの真空の刃や斧もまだ追跡してきているため、空中にいることで逃げ場を失った『拳聖』に、対処する術はなかった。

「て、テメェええええええ!」

「強者と戦いたい割には、油断が過ぎたな。――――【天獄】」

 『せい』が技名を呟くと同時に、『拳聖』の体に真空の刃と巨大斧、そして光の奔流が一気に飲み込んだ。

 光の奔流を見つめる『せい』は、顔をしかめる。

「しかし……まさか『聖』の中から『邪』の力を扱う者が出てくるとは……こりゃあ他の連中にも――――」

「――――何終わった気でいるんだ?」

「っ!?」

 『せい』は目を見開き、声の方向に視線を向けると、そこには無傷で佇む【拳聖】の姿があった。

「馬鹿な……完全に【天獄】はお前を……!」

「拍子抜けだな。テメェにゃあ『聖』の名は重い」

「何を――――がふっ!?」

 『せい』が言葉を紡ごうとした瞬間、その口から大量の血が溢れ出た。

「何、が……」

 『せい』の胸に、大きな穴が開いていたのだ。

「あんまりにもテメェがぬるい攻撃するもんだからよぉ……殺しちまった」

「俺を、殺そうが……俺たち『聖』の中で、最強の、存在……『剣聖』、が……お前を滅ぼすに決まってる……覚悟して……」

「とっとと死ね、雑魚が」

「――――」

 『せい』はその場に崩れ落ちると、激しく痙攣をおこす。

 その姿を『拳聖』は冷めた目で見つめながら、すでに物言わぬ屍となった【せい】を蹴り飛ばした。

「あーあ、つまんねぇ。せっかく『邪』どもの力を手に入れて、『聖』の連中にケンカ売ったのによぉ。ちたあ楽しませろよな」

『――――勝手なことをするなと言ったはずだが?』

「あ?」

 『拳聖』のすぐ隣に、突然黒い靄が集まり、ヒト型のシルエットができあがると、そこから声が発せられた。

「何しようが俺様の勝手だろうが」

『そんな言い訳が通用するとでも? 貴様は我々【邪】の力を借りているだけだ。そして、偶然とはいえ確かにその力が完全に適合した。だからこそ、貴様は慎重に――――』

「うるせぇ」

 『拳聖』は黒い靄の話を遮ると、無造作にその拳を靄にぶつけた。

 その一撃はすさまじく、周囲の木々や地面などを吹き飛ばすだけでなく、黒い靄も完全に消し飛ばした。

「俺様は誰の指図も受けねぇ。それに、『邪』の力がいつまでもテメェらのモノだって考えてんなら……俺様を見くびりすぎたな」

 黒い靄のいた場所に『拳聖』は背を向けた。

「俺様は、好きなようにやらせてもらうぜ」

 そして、【恵みの森】から静かに立ち去った。


   ***


「――――ここまでか」

 『邪』の存在する【世界の廃棄場】で、先ほど『拳聖』に警告した黒い靄の本体が、苦々しく呟いた。

 その本体は、『拳聖』の近くに現れた時以上に濃密な黒く、邪悪な靄で覆われており、その正確な姿を確認することはできない。

「ヤツの実力を見誤ったようだ」

 もはや『拳聖』は完全に『邪』の手を離れた。

「『邪』の力に適合できた数少ない実験体だからこそ、与えた力の制御を甘くしていたのがダメだったな。仕方ない……こうなったからにはヤツには消えてもらわねば……」

 『邪』としても、言うことを聞かない駒に用はなく、あっさりと『拳聖』を処分することを決めた。

「少々面倒だが、これからの計画の参考代と考えれば安い。ヤツを消すことなど、造作もないからな。そうなると、いまだに生きている『弓聖』のなりそこないに宿らせている我々の欠片にも、新たな宿主を探させねばならぬか……」

 『邪』はそう独りごちると、静かにその場から消えていくのだった。

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