第3話 東の森の魔道士は名声が欲しい


 グラナード王国の東部には、南北に延びた山脈が連なっている。そのふもとは広大な森が広がっている。

 大部分は昔ながらの原生林だが、最近では森を切り開いて街道を整備し、ちょっとした町になっている地域もある。

 そんな町から少し離れた森の中に、森林がぽっかり切り取られたような空き地がある。


 そこに場違いな大きな邸宅が建っていた。

 その邸宅には、やや青みがかった黒い長髪の青年が一人で住んでいた。

 不健康そうな顔色だが、体格は大柄で眼光も鋭く、ただの引きこもりのお坊ちゃまとは明らかに違う、人を寄せ付けない雰囲気を持っている。


 彼の名は、バルブリード。

 凄腕の魔法使いとして、その道の人に知られていた。





「いいだろう。その依頼、受けてやろう」

「……え、本当にいいんですか?」


 尊大なバルブリードの答えに、小柄な男が驚いた様子を見せた。


「何だ? 自分で俺様に頼んでおいて、それが受けられたのが不満なのか?」

「い、いえっ。そういうわけではなくて……」


 小柄な男は慌てて答えた。

 男はとある仕事を依頼するため大金を持って、こんな辺鄙なところに住むバルブリードの元に訪れていた。

 その依頼とは、憎き相手である北の魔女ミリアの抹殺だ。

 彼もまた、北の魔女ミリアの気まぐれによって、痛い目に遭った悪党団の一人である。

 彼らにも非があって、まぁつまり逆恨みなのだが、彼らの流儀はやられたらやり返せ、である。

 ただ真正面からぶつかっても返り討ちにされるだけなので、こうやって腕の立つ魔道士に、それを依頼しに来たのだ。ちなみに、依頼金は「北の魔女被害者の会」から抽出されている。


「――北の魔女の抹殺か。良いだろう。いつかはあいつとは決着つけたいと思っていたんだ」

「えっと……お知り合いなのですか?」

「いや、知らん。だが奴とは並々ならぬ因縁があるのだ」

「そ、それは?」


「うむ。ところで貴様、なぜこの私がこのような辺鄙な場所にすんでいるか分かるか?」

「い、いえ……」

「ふっふっふ。それは北の谷には魔女ミリア、南の王都には魔法局の天才マヨーネ。となれば、バランス的には東の森くらいしかなかったからだ!」

「それなら西の港町でも良かったのでは……」

「人混みは苦手なのだ」

「は、はぁ」

「だが北の魔女が消えれば、バランス的に俺様は北一帯の支配者になる! こんな夏には虫一杯になる森ともおさらばだ! はーっはっはっは」


 ……魔法使いは変わった者が多い。

 北の魔女に恨みを持つぐらいは、魔法使いと付き合いのある小柄な男は、こっそりため息をついた。



  ☆☆☆


 

 それから数日後。

 バルブリードは北の谷付近の荒野を歩いていた。


「暑いな……くそ。北の魔女め。まさかこれも罠なのかっ」


 普段、日の当たらない森の奥で暮らしているバルブリードにとって、遮る物のない荒野に降り注ぐ太陽の光は、それだけで暴力だった。


 依頼主が手配した馬車で北の魔女の根城まで近づき、そこからは気づかれないよう徒歩で慎重に進んでいた。

 北の魔女の家は時々引っ越しているようだが、盗賊たちが気象情報並みに逐一観察しているとのこと。

 それにしたがって進むことしばし。

 ようやく家らしいものが見えてきた。


「……こ、これが魔女の家なのか……?」


 苦労してやってきたバルブリードを馬鹿にしているのか、と思うくらい荒野には不釣り合いな、ごく一般的な一軒家。

 それが庭付きでぽつんと建っていた。


 バルブリードは遠視の魔法を使って様子を探る。

 しばらくして、庭先でなぜか石に話しかけているようにも見える、一人の少女が目に入った。


「……ほう。悪くないな」


 噂通りの容姿だ。あれが北の魔女だろう。

 このようなところに住んでいるにもかかわらず、日に焼けた様子もなく透き通るような白い肌をしている。

 若干、見た目が幼い気もするが、美しさがそれを勝っていた。

 体格も若干、バルブリードの好みに比べて貧相な気もしたが、それはそれで許容範囲だった。

 依頼を受けた金で、何度か女を買って遊んだことがある。

 どうせ殺すなら、その前に楽しませてもらうのも悪くない。


 だが美しい身体を傷つけてしまったら興ざめである。

 そのために、まずは眠ってもらおうと、ぎりぎりまで近づいて彼女の精神に直接魔法をぶつけた。


「――ぬっ?」


 だがその魔法は届かなかった。

 伸ばした手を、ぴしゃりと払われてしまった。そのような感覚だ。


 気づくと、北の魔女はゆっくりとこちらに近づいてきていた。


「こんにちは。物騒な方ですね。精神に直接働きかける魔法は、相手を傷つけてしまうから極力使用を避けた方がいいと先生から教わりませんでしたか?」

「あいにく、傷つけるのが目的なんでね」


 バルブリードは余裕を見せつつも、内心は動揺していた。

 魔法とは力である。

 どのような仕組みで発動させるにしろ、最終的にはそれを生み出す力、魔力に依存する。

 この後のお楽しみを考え、廃人にしないよう若干手加減はしたが、不意打ちの精神攻撃をあっさりと防がれてしまったのだ。

 噂通りの魔力の持ち主のようだ。


 バルブリードが警戒しつつ相手の様子をうかがっていると、北の魔女はなぜか顔を輝かせていた。


「ということは、私を殺しに来たのでしょうか?」

「……そうだと言ったら?」

「ちょうどいいのです。今度こそ本物をクレラちゃんに見てもらいましょう!」

「は……?」

「この間の幻影は後であっさりとばれてしまって、逆に感心されて困っていたのです。ですので、本当の戦いというのを見せられるチャンスです」

「なっ、なめるなぁぁぁっっ!」


 よく分からないが、馬鹿にされたように感じたバルブリードは、魔力の塊を思いっきり北の魔女に向けてぶつけた。

 当初の予定を無視した、単純な魔力の波動である。

 まともにぶつかったら、華奢な北の魔女の身体など粉々になってしまうだろう。


 だがまたしても、力を入れたゴム毬に押し返されるように防がれてしまう。


「くそっ、この……っっ」

 バルブリードが気合いを入れて一気に押し切ろうとする。

 が、びくともしない。

 対照的に、北の魔女の表情はひょうひょうとしたままである。


「ま、まさかここまでとは……」

「私のことは『北の魔女』と巷では呼ばれているみたいですが……」


 ミリアはどこか寂しげに微笑んだ。


「努力や気合い程度でどうにかなるのなら、魔女と呼ばれたりはしないのです」


 一瞬で押し返された。

 衝撃で、バルブリードの身体が大きく後ろへと弾かれる。

 だが彼も、自称「東の森の魔道士」として、伊達に戦闘経験を積んではいない。

 体勢を崩されながらも、不意を突くように魔法の光線を放った。

 しかしさすがに無理があったのか、それは大きく外れてしまった。

 代わりに光線が打ち抜いたのは庭にある、ただの物置だった。


「ちっ」

「なっ……そ……そんな」


 だがミリアは大きなショックを受けたように、がくりと膝をついた。

 理由は分からないが、北の魔女が精神的なダメージを受けているようなので、バルブリードは余裕を装いながら、北の魔女に話しかける。


「ん、何だ? よほど大切な魔法道具でも入っていたのか?」

「……あの物置には、貴重な貴重な食料品を保管していたのです」

「は?」

「それが一瞬で焼け焦げてしまった私は、何を食べればいいのでしょう? ギャギャバー三食なのですか?」

「そ、それは……」


 バルブリードはじりじりとあとずさった。

 ミリアの食に関する思いは強い。

 夕食抜きとされた怒りは、計り知れないものであった。


「よくも……許さないのですっ」


 それは彼が今までに感じたことのないほどの殺気で。

 ――バルブリードは全力で逃げた。




  ☆☆☆



 うっそうと木々が茂った東の森の中にある邸宅。

 バルブリードの屋敷の元に、北の魔女抹殺の依頼をした「北の魔女被害者の会」の男が訪れていた。


「……あの、すいません。例の依頼、どうなったでしょうか?」 

「はっはっは。うむ。抹殺には至らなかったが、北の魔女に多大なる精神的ダメージを与えてやったぞ。これで問題ないだろう」

「……おかげで、その後八つ当たりみたいに北の魔女が襲ってきて、ぼろぼろにされましたけど……」


 男は、額に巻かれた包帯を見せつけるように言った。


「それはそれ、これはこれだ」

「今度は精神的ダメージではなく、出来れば確実に抹殺していただけるよう、再び仕事をお願いしたいのですが……」

「断る!」

「…………」


 バルブリードは即答した。

 依頼人の男は弱い立場で何も言えず、すごすごと引き下がっていった。



「……ふぅ。とりあえず痛み分けということにしておくか」


 依頼人が消えるのを待って、バルブリードは大きく息をついた。


 とはいえ、何とか体面を保っただけで、満足しているわけではない。

 今回は準備不足だったのだ。

 依頼がなくとも、今度またいつか、北の魔女の弱点を見つけて、復讐してやうという意思はあった。


 ――だがそれは先のこと。

 今はただ、あの恐怖を忘れ、森の奥でひっそりと暮らすのであった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る