幼なじみから、はじめませんか?

宇枝一夫

第1話 入学式

 『幼なじみの女子!』

 それは、第二次性徴を迎えた男子にとって、リアルの女性の体と匂いとラッキースケベが拝める、危ない誘惑を助長する唯一無二の存在。


 健康的な第二次性徴を迎えた男子である僕もまた、自分の周りには、幼なじみの女子がいる環境ではないと知ったのは、中学から高校へとステップアップする春休みのある日だった。

  

 多くの十五歳が宿題という拘束具から解放された日々を堪能している時、僕は断腸の思いである決心をし、つらい別れの時を過ごしていた。


「さようなら。僕の幼なじみ達……」


 少ないお小遣いでやりくりして集めた、幼なじみが出てくるコミックやラノベを段ボールに詰めながら、主人公を押しのけて彼女らと過ごした悦楽の日々を、一人かみしめていた。

「そう、これからの僕は幼なじみフェチからリア充へと脱皮して、リアルの女性とおつきあいするのさ!」


 ガムテープでフタをし、思い出とともにベッドの下へと押し込む。

 まてよ。いつしか部屋にリアル彼女が訪問し、この段ボールを見つけた時、彼女はなんと思うだろう?


 ……段ボールを抱えて、クローゼットへと押し込んだ。


『あらあんた、何この段ボール?』

 第二次性徴を迎える男子の最大の敵、母親というモンスターを思い出し、再び段ボールを抱えながら部屋の中を右往左往する。やがて


「ごめんよぉ~。僕が悪かったぁ~! 狭かっただろ~! 暗かっただろ~!」 

 結局のところ、ポッカリ空いた本棚へ彼女たちを並べる作業へといそしむことになった。


 入学式が終わり、恒例の自己紹介が行われる。

左京さきょう中学からきました、長田成実おさだなるみです。よろしくお願いします』

”パチパチパチパチ!”

 無難な自己紹介、完璧だ。そんなことより……。

 なんで僕が出席番号一番なんだぁ! どこいったぁ! 『あ』から『おこ』のヤツはよぉ~!


 廊下側の列の男子の自己紹介が終わると、隣の列の女子の自己紹介となった。

神倉かみくら中学からきました、井筒愛生いづつあおいです。よろしくお願いします。

 女子はちゃんと「い」から始まるんだ。「あ」がいないけど。

 ん? 神倉中学って、僕の左京中学の隣の学区じゃ?


 いやいや、そんなことはどうでもいい! いや、名前は大事だけど!

 横顔でしかわからないけど、肩まで届く短めの髪!

 朴訥ぼくとつながら、かわいさが浮かび上がった顔立ち。

 かといってそれを鼻にかけない、地味な出で立ち!

 いや制服はみんな一緒だからね、と、一人ツッコミ!


 はっきり言おう。好みだ。井筒さんとお近づきになりたい! なれたらいいなぁ~。なれるんじゃないかな~。なれない覚悟はしておけよ!

 しかし、それを口に出す勇気はない。言ったら僕の高校生活は終わってしまう。


”パチパチパチパチ……”


 おっと、つい井筒さんを眺めながら長めに拍手しちゃった。

 うん! ダジャレも切れてるぅ!


 え、彼女、井筒さんがこっちを見ている。よし! リア充の第一歩だ!

「あ、長田です。よろしく」

「……あ、はい」

 それだけを言うと、彼女は僕に背中を見せるように振り返り、後ろの女子の自己紹介を聞いていた。


 ……うわああぁぁぁぁぁ! どこをどう間違ったンだぁ! ボクのバカバカバカバカ!

 それからの僕はみんなの自己紹介が終わるまで、シンバルを叩くお猿さんと化していました。


 「日直なんだが、さっそく長田君と井筒さんにやってもらおうか」

 そういいながら、担任の先生は僕の机の上に日誌を置いた。


「といっても、今日なんて入学式と自己紹介だけだから書くことは決まっているけどな。書いたら後で職員室に持ってくるように。戸締まりも頼むな。では最後のかけ声は井筒さんにやってもらおうか」

「は、はい。きりーつ!」

 さすがに高校生活初日だからね。井筒さんの声一つで、立ちにくいことはないよ。

 ん? 何を言っているかわからないって。健康な第二次性徴を迎えた男子高校生はね、起立一つにも気を使うのさ。


「あの、次はなんと……」

 戸惑う姿もかわいいな。

「ああ、『さようなら』でいいか」

「さようなら!」

『さようなら!』

 入学初日でよそよそしいクラスメイト達は、特に教室に残ってだべりもせず、すぐさま校門へとその足を向けた。


 あっという間に教室に取り残された僕と井筒さん。

 とりあえず真新しい日誌をめくろう。

「え、えっと、日付と曜日と、今日の天気は……今の天気でいいのかな? 午後から雨が降ったりするかも。欠席者は……いないよね。名前って男子が上だっけ?」

 独り言のように呟きながら日誌を書いている。早速危ないヤツだ。


「あ、私の名前は、自分で書きます」

 そうだよね。こんなキモイ奴に名前を書かれたら、輝かしい高校生活が汚されるモンね。

「ど、どうぞ」


『へぇ……長田、成実って、こういう字書くんだ』


「ん、そうだけど? は、初めてだなそんなこと言われたの。僕はむしろ井筒さんの『あおい』ってどんな字なのか……」

「はい」

 差し出された日誌には、きっちりした字で『井筒愛生』と書かれていた。


『愛に生まれるか……きれいな名前だね』

「あ、ありがとう」


 くぅ~かわいいなぁ~!

「だ、男子に名前を褒められたの、初めて……」

 ぐわぁぁぁ~! これだよ! これ! コミックやラノベでは味わえない! リアルの女子の可愛さ!


「ん~入学式の感想って、どう書けばいいんだろ?」

 シャープペンを泳がせながら呟くと

「新しい門出とかでいいんじゃない?」

 井筒さんが助け船を出してくれた。


「でも卒業式の時に門出って言ったような……」

「うそ! あ、そう言われてみれば……」

「『新しい高校生活に向けて、期待に胸をふくらませる……』”ふくらませる”の漢字は?」

「ちょっと待ってて、はいこれ」

 スマホの画面を僕に見せてくれた。ケースもストラップもかわいいな。ラノベでは表現されないんだよこういう女の子らしさは!


「黒板は……消した方がいいよね?」

「あ、私がやるね」

 黒板をフキフキする姿もかわいいなぁ~。

 女性の美しさは背中に出るって言うけどさ、井筒さんは完璧だね。


「入学式のことは書いてくれたから、自己紹介のことは私が書くね」

「はい、どうぞ」

 日誌を手渡す。指と指とが、手と手がなんてことはない。


「……中学の時は、みんなから愛ちゃんって言われてたの」

 おお、これは! 書きながらこちらが質問していないことを話すなんて、僕の脳内花壇にバラのタネがまかれたのかな!?


『……僕もいつかは、愛ちゃんって呼びたいな』 


「えっ?」

 ……おいいいいぃぃぃ! 調子に乗るんじゃねぇぞ! この幼なじみフェチ野郎がぁ!


「い、いやぁ、別に付き合うとかそういうことじゃなくて!」

「つき……あう」

「いやいやいや! と、友達! そう、お友達として!」

「とも……だち」

「ち、ちがうちがう! く、クラスメイトの、ヒット、ヒト、一人として!」

「くらす……めいと」


 ど、どうすればいいんだぁ! 入学初日で早速登校拒否かぁ! 引きこもりかぁ! 退学かぁ!


「……あのぉ」

「は、はい! すいませんでしたぁ!」

 もうこうなったら謝るしかない!


「クラスメイトは当たり前だけど、つきあうとか、ともだちとか、いきなりそんなことを言われたら……」

「そ、そうだよね。わ、忘れてくれると、ぼ、僕は明日から充実した高校生活の気体に胸を入れて膨らませてパンク……」


『まずは、幼なじみからで、いいですか?』

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