第7話 絶対守護の鎧

―――自分のお腹から血がトクトクと溢れ出ていく。まるで井戸水が沸き上がるようにトクトクと。


 休日、友達と服を買いに出かけた帰り道のこと。


 通り魔に刺され、搬送先の病院で一人の女の子の魂は天に召される予定だった。


 だが、その様子を眺めていた一人の女神は、清廉な彼女を特別に自分の管理する星へ招待する事にした。

 肉体を癒し、彼女に特・別・な・贈り物を施して。











 普通の高校生だった七瀬夏美が、この剣と魔法の世界、アリスフィアに転移して早7年の月日が立った。




 夏美は仲間達と共に、世界を苦しめる魔族の王、魔獣王ガウスとの死闘を繰り広げていた。


「とりゃああああ!!」

男剣士が剣を一振りすると、魔獣王ガウスの巨躯を支える足が止まる。

「これでもくらえ!」

エルフが魔獣王の背中目掛けて弓矢を射かける。風の加護が加わった魔の矢尻は、狙い正確に急所に突き刺さった。

「どりゃあああ!」

怯んだ隙に、ドワーフが金剛石の斧を頭部目掛けて叩きつけた。


しかし、魔獣王も黙っていない。最後の足掻きとばかりに全力を込めて夏美に猛突進を仕掛けた。


―――ゴキンッ

鉄と鉄がぶつかり合ったような音がした。魔獣王からの突進を受けた夏美にはかすり傷一つなかった。

それは、女神が夏美に贈った聖なる鎧『マリス』のお陰だ。


『マリス』は女神の加護が備わった特殊な全身鎧で、転移した夏美が初めから装備していた女神の贈り物である。金剛石よりも固く、頑丈で物理攻撃は勿論のこと、魔法攻撃すら完璧に防ぐ最高の鎧。夏美にしか装備出来ないが羽より軽く、着脱は自分の意志一つで出来るという優れもの。この鎧のお陰もあり、着実に実力をつけた夏美は今、こうして仲間を集め、世界の危機に立ち向かっている。


―――頼りになる仲間達の援護を受け、ナツミは最後の一撃とばかりに振りかぶった剣で魔獣王の心臓を貫いた。

 恐ろしい悲鳴を上げ、ついに魔獣王ガウスは力尽き、世界に平和が戻ったのであった。




・・・それからしばらくして、祝勝会を上げた夏美達は王都に戻り、旅の疲れを癒すことになった。



 鎧を外し、町娘の格好になった夏美が一人、川辺で物思いに耽っていると

「ナツミ、ここにいたのか」

仲間の男剣士、フィースがやってきた。

「フィース!もう・・・後で部屋に寄るって言ってたのに!」

「ははは、ちょっと夜風にでも当たろうかと思ってね」


 男剣士は夏美にとって駆け出しの頃からの仲間であり、大切な存在だった。男剣士の方も、寡黙ながら夏美と付き合っていくうちに心惹かれ、次第に仲間以上の想いを抱くようになっていった。

 それでも世界が平和になるまではと、お互いの気持ちに蓋をしていたのだが、魔獣王を倒した今、二人の間を邪魔するものは無くなった。


「俺でいいのか?俺なんかで」

「何回言わす気?私はあなたがいいのよ。それとも、私が他の人を選んだらどうする気?」

「それは・・・ふふっ考えたくもないな」

川のせせらぎが聞こえる中、夏美が男剣士に寄り掛かる。


「フィース・・・」

「ナツミ・・・愛している」


二人のシルエットが重なろうとした瞬間の事だった。


『我ガ所有者デアル七瀬夏美二未知ノ危害ガ迫ッテイマス。コレヨリ自動モード二移行シ、目標ヲ殲滅シマス』


夏美の意志とは関係なく、急に実体化した聖なる鎧が夏美の体を動かし、男剣士の首を絞め出したのだ。


「ナ・・・ナツミ・・・どうし・・・」

「何で!何してるの?マリス!?違うよ!フィースは一緒に戦ってきた仲間でしょ?やめてっ!」

夏美の声も空しく、鎧は男の首をきつく締め上げる。

「ぐ、ぐるじ・・・な、なつ・・・み・・・」

「フィース!」

夏美は必死に鎧を消そうと試みるが、それも叶わない。

だんだんと鎧の力も加わり、男の顔に生気が無くなってくる。

「やめて!やめてよ!何でこんな事するのマリス!?フィースは何もしてない!!フィースが死んじゃう!手を放して!離してえええ!!」

何度も懇願するが、首を絞める鎧の力は緩まるどころか、さらにミシミシと力が加わっていき・・・



―――ゴキリッ


最愛の人の首を折ってしまったのだった。



「い、いやああああああああああ!!」



―聖なる鎧マリスは見事、夏美の貞潔を守りきったのである。

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