異世界冒険失敗譚

ヨシダアイ

第1話 青い瞳の勇者

「素晴らしい素質を持ったお方だ!」

 此度、召喚された勇者を前に、王国護衛長は舌を巻いた。


 近年、魔族の侵攻により危機が迫る母国が、秘術とされた勇者召喚の儀に応じて異世界からやってきた勇者。金色の髪はそう珍しくはないが、白磁のように美しい肌に宝石のような青い瞳をした青年の姿は宮廷の女性の心を一目で奪ってしまった。


 その身体つきはほっそりしているものの、元々内包された筋肉は見事なものだ。猫科の動物のようにしなやかで、なおかつ瞬発力のある猛獣の如く力強さを備えている。訓練の為に用意された護衛兵が一人残らず床に倒されてしまっているのも仕方がないというものだ。


 「大丈夫ですか?申し訳ない、怪我をされてしまったようだ。肩を貸しますので治療をしてもらいましょう」

 そして、この謙虚な姿勢だ。召喚されたばかりの勇者は突然の事態に取り乱す者や尊大な態度で混乱を招く者もいる中、非常に落ち着いて事態の収集に努め、自身が置かれた状況を理解して魔族の討伐に納得して下さった。


 また、この方は老若男女関わらず、全て平等に優しい。この世界に来たばかりで心細いだろうに、そんな態度は見せず、時には笑顔で我々を受け入れて下さるのだ。訓練にも全く手を抜かず、毎日毎日こちらの座学を学ばれた後、夕刻までこの訓練場まで足を運ばれる。

 そうした様子から、この城下での勇者の人気は高まった。



―――――――――――――――――――



 数か月経ち、今日はいよいよ勇者が魔族討伐に向けて旅立つ記念の日。多くの国民が城下に祝福に押し寄せ、歓喜の声が広場に響いている。


「本当にお一人で向かわれるのですか?」

「ええ、まずは一人でこの国を見回った後、独自で仲間を探していこうと思います」

 王女の言葉に、勇者は優しく返した。

 王国護衛長は、自分も選りすぐりの若者を仲間に推したものの、非常に丁寧に断られた。

「この国には頼れる兵士が一人でも必要なはずです。私の事は気になさらず、訓練に励んで下さい」

 最後までこちらを気遣う優しい言葉をかけて、王の激励と共にこの国を後にした青い瞳の勇者は城を後にした。







――その数か月後。勇者が去った後の国内では、奇妙な連続殺人事件が起きていた。


「・・・今度の女の死体は目ん玉をくり抜かれて見つかったって話だぞ」

「前の女は鼻だけ綺麗に削ぎ落されてたんだってな。全く、人間業じゃあねえよ」

「盗賊かなんかの類だろ?全く、魔物以外にも気を付けなきゃならんとは」


 妙齢の女性が次々と、死体となって人気の無い森や河原で見つかったのだ。

 それも、どの死体も必ずどこか体の一部が無くなっていた。



 事態を重く見た王国は、幾度も騎士を派遣して真相の追及に当たらせたが、調査に向かった者は誰一人帰らなかった。そして、現場には手掛かりも何も残っていない。

 顔も何も分からない事から、密かに魔族がこの国に侵入し、女を襲ったのだと大きな騒ぎになったが、ついに誰もその正体を掴めなかった。


 勇者のその後を知る者はやがていなくなり、次第に魔族の侵攻により国は衰退の一途を辿っていった。




――この世界に住む人間は誰も知りようがないだろう。

 青い瞳の勇者として地球からやってきた男、トマス=ジョンソンがかつてフロリダ州を震撼させたシリアルキラーだという事を。

 気に入った女性の体の一部を満足するまで集め続けた猟奇的殺人犯は、地球の法の縛りを抜け出した。

 勇者の力を得た彼を止める者は、もはや誰も存在しない。


 何がいけなかったのか、それは誰にも分からない。全ては彼に力を与えた神の気まぐれの結果に過ぎないのだ。

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