まったりブックカフェ

@moga1212

カワセミと四回転半

オレは都内近郊に住むカワセミ。


だが、そんじょそこらのカワセミと一緒にしてもらっちゃあ困る。


川に自生する木の枝に止まり、神経を集中する。


周りの景色が緩やかになり、魚の動きが止まって見えた、その瞬間、オレは枝から飛び出した。


そして、体を捻り、1回転、2回転、3回転……


次の瞬間には、魚はオレのくちばしの先で、ジタバタしていた。


パシャパシャ、と一斉にカメラのシャッターが下りる。




「お前さぁ、どんだけ目立ちたがりなん? わざわざ回転するとか」




 隣で仲間のカワセミが言う。




「ちょっとはプロ意識もとーぜ? オレらはアイドルなんだからよ」




 オレらカワセミの写真を撮るために、この川には大勢の鳥好きが集まってくる。


仲間ん中には、集中して餌が取れないなんて言う奴もいるが、オレはその逆で、どんどん撮って欲しい派だ。


そんなある日、ちょっと変わった人間が現れた。












「おお~!」




 その日も、3回転半を決めて魚をキャッチし、ご満悦で昼食にありついていると、少し痩せた感じの男が、オレに視線を注いでることに気が付いた。




「しっかたねぇな~」




 オレは、プロ意識を働かせて、もう一丁、3回転半を決めて魚をキャッチして見せた。


どーだ、恐れ入ったか? と胸を張ると、予想外のセリフが耳に飛び込んできた。




「それが限界? 全然大したことねーな」




 オレは、開いた口が塞がらず、魚が川に落ちたことにさえ、しばらく気付かなかった。




「……言うじゃねぇか。 目ん玉かっぽじって、もう一度見やがれ!」




 オレは再度、3回転半を披露。


どーだ、次は見逃さなかっただろ!


ところが、その男は眉一つ動かさず、しかも、こんな言葉を放ってきた。




「だから、それは見飽きたっての。 3回転半なんて誰でも出来るんだからよ」




 こんなコケにされたのは、生まれて初めてだ。


オレのプライドに、火がついた。














 次の日も、男はオレの事を見に来ていた。


オレは、こいつを見返す為に、新たに回転を加えた前人未到の4回転半に挑戦していた。




「くっ」




 しかし、結果は惨敗。


四回転を回りきらずして、水面に突っ込んでしまう。


それでも、負ける訳にはいかねー。


オレは、来る日も来る日も挑戦し続けた。














 この日、オレは300回目の挑戦を迎えた。


みな、息を飲んで、オレのことを見守っていた。


いつの間にか、オレのチャレンジを見届けるのは、あの男だけじゃ無くなっていた。


枝から飛び立つ。


すぐさま回転に入り、1回転、2回転、3回転……




「負けて、たまるかあああっ」




 4回転、半!


オレは、水面に飛び込み、魚をキャッチした。


はあっ、はあっ……


枝に戻る。


周りからは割れんばかりの拍手。


どうだ、と男を見ると、ボソリ、とこんなことを言った。




「お前にできて、俺にできねぇわけねぇよ……」




 男は、走りさって行った。


何だよ、もっとオレを褒めろっての!














 とあるスケートリンクに、以前カワセミを見に来ていた男がいた。




「まーた3回転半か。 それはもう見飽きたんだよ!」




「もっ、もう一度お願いしますっ!」




 男は何度も何度も失敗した。


それでも、めげずに立ち上がる。


頭の中には、あのカワセミの4回転半をイメージし続けていた。


そして何より、折れない心を、カワセミから学んだ。




(次は、絶対成功させる!)




 300回目の挑戦。


その日、男は4回転半を自分のものにした。


男の名前はユズル。


後の金メダリストである。 








 

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