ED (エンドレス・ドリームス)あるいは、立たずのカールの再冒険

深草みどり

不思議島の宝石蝶

序章 嵐の夜

 三人用のテントに、五人の人間。

 男性はただ一人、カール・カビルのみ。他の四人はみな十代の少女だった。

 五人とも急な嵐に襲われびしょ濡れになっている。


 (どうしてこんなことに)


 大粒の尼粒がテントの帆布を打ち鳴らす音を聞きながら、カールは四人の少女たちと狭いテントの中で立ちすくんでいた。

 先ほど、テントの真ん中に吊るしてあるカンテラに保温の魔法と狭いテントに密集していることで、中は蒸し暑いくらいだったが、嵐で湿った衣服が身体にまとわり着き不快だった。カール一人なら、下着姿になって濡れた服を乾かしたいのだがそうもいかない。


 「なんとか必要な荷物は全部中に入りましたね」


 四人の中で一番地味で、そばかすが目立つ少女が言った。怪物の襲撃と突然の嵐でバラバラになった荷物を一番多く集めたのが彼女だ。身につけていた革製のベストが水を弾いたからか、一番嵐の被害が少ない。


 「すごく狭い」


 細身で黒髪の東洋人の少女が手に大きな鞄を持ちながら言った。鞄の中にはいつも読んでいる古い書物が入っているらしく、中が水に濡れていないかを確認している。彼女の黒いローブは水をしみ込んで一段と色が濃くなっている。


 「問題はどうやって寝るか。外の天気が良ければ野宿できるのですが」


 長身で短髪の少女が金属製の胴当てを外しながら溜め息をついた。彼女は外した鎧を乾いた布で拭く。足元には先に外していた小手や脛当てが転がっていた。


 「私はカールさんの隣にします。いいですよね?」


 神官服を着た少女が狭いテントの中でカールの方に身を寄せた。少女の長く癖が強く、湿った金髪がカールにまとわりついてくる。ざわざわとして不快だったが、狭いテントの中では距離を取る事ができない。


 「えいっ」


 わざとらしい声をあげながら、金髪の神官服の少女がカールに抱き着いた。いつもなら身をかわすところだが、ここでは避ける空間がない。仕方なく受け止めると、雨で濡れた神官服の水気がカールの服までしみ込んで来る。


 「まず服を脱いでくれ」

 「まあ! カールさんが積極的!」

 「雨で濡れているからだ。こんな状況では眠れないし、万が一こんな人里離れた場所で風邪をひいたら命に関わる」

 「それもそうですね。では」


 神官服の少女は躊躇なくローブ型の神官服とその下に身につけていた乗馬用のズボンを脱いだ。下にはワンピース状の下着を身につけているので全裸にはならなかったが、それでも年頃の女性が男性の前で取る行動としては問題がある。


 「あなた、もっと慎みを持ちなさい」

 

 鎧の手入れを終えた長身の少女が小言を言うが、神官服を脱いだ少女は悪びれる様子も無い。他の三人も、神官服の少女のいつもの行動に呆れながら、寝る為の身支度をしていた。

 カールも自分のコートを脱ぐ。全身を覆っていた毛皮のコートは随分と湿っていたが、そのおかげで服自体に嵐の被害は少なかった。念のため、上着だけは脱いでテントの枠組みに吊るしておく。

 シャツだけの上半身になったカールを見て、神官服の少女が満足そうに頷く。その横でそばかすの少女が顔をしかめ、カールから一番離れた場所に逃げるように移動した。


「私は一番端で寝ます。何か間違いがあっては困るので。あと、できればこっちは見ないでください」


 そばかすの少女も皮のベストやズボンを脱いで下着姿になっていたが、すぐに毛布で身体を隠していた。護身用か、短刀と弓を身体の近くに置く。もちろん、カールに襲われることを警戒しているのではなく、対怪物向けの備えだ。


 「あたしはここで。一番場所を取らないし」


 いつの間にか黒いローブを脱いでいた、四人の中で一番小柄で細身な東洋人の少女がテントの入口に陣取った。濡れたローブをのれんの様にテントの入口側に干し、積まれた荷物の間に滑り込み丸くなる。


 「では私が真ん中ですね」


 鎧を脱ぎ終えた長身の少女が地味目な少女の隣、右から二番目に寝転がる。長身の少女は鎧のおかげで嵐の被害は少なかったらしい。一人だけ下着姿にはなっていなかった。


 「というわけで、私がカールさんの隣になりました」

 「そうみたいだね」


 カールは毛布を身体に巻き付けテントの一番端で横になった。


 「え、それだけ?」


 神官服を脱いだ少女が、カールの反応の少なさに落胆するが、すぐに気を取り直してカールの隣に横になる。カールの毛布の一部を奪い、自分の身体にかけた。


 「……自分の毛布を使ってくれないか」

 「さっきの戦いで消し炭になってしまいました」


 怪物に火をつけるよう指示を出したのはカールだ。結果として、もう一つのテントと様々な道具が燃えてしまったが、そうしなければ命の危険があったため仕方が無い。カールは諦め、毛布の半分を神官服を脱いだ少女にかけた。少女は一つの毛布の中で身体を寄せてきて、少女の下着越しに彼女の体温がカールに伝わって来た。

 カールへの密着度合いが過ぎる気もしたが、事態が事態なのそのままにすることにした。神官服を脱いだ少女の身体と密着して寝る事はやや暑苦しいだけでそれほど不快ではなかった。ただ、時々長い髪が鼻に当たってむずがゆかった。

 カールが目を閉じて、嵐の音に意識を集中し眠りにつこうとしていると、一つ隣で寝ている長身の少女の声がした。


 「カビル卿、念のために言っておきますが、今夜は遠慮してください。魔法を使っている関係でランタンの火は消せません。狭いテントの中で色々とされると、きちんと眠れません。明日も色々と大変になると思いますので、休息はしっかりと取らせてください」

 「この前も説明したけれど、私は何もしていないよ。知っているだろ、私は立たずのカールだ」

 「人づてに聞いた話です。どこまで本当かわかりません」

 「大丈夫。さすがに人前であんな事はしません。ね、カールさん」


 神官服を脱いだ少女が思わせぶりに言った。事実、カールと彼女との間には何も無いのだが、玉の輿を狙う彼女はぐいぐいとカールとの距離を縮めようとする。


 「……もう寝る」

 「ああ、カールさんが冷たい。でも大丈夫です。私が暖めて、って痛い! ちょっと背中をつねらないで」

 「あなたは少し黙ってなさい。そしてさっさと寝る」


 長身の少女に叱られた神官服を脱いだ少女はしばらくジタバタしていたが、やがて今日の疲れが出て来たのか大人しくなった。テントの中が静かになった後、カールはようやく落ち着いて眠りにつく事ができた。


 外では嵐が吹いている。

 テントが揺さぶられる度に、天井から吊るされたカンテラが揺れてテント内の影を動かす。カール以外の四人はあっという間に眠りについたようだ。こんな状況でもすぐ休めるのは、彼女たちがそれなりに経験を積んだ冒険者だからだ。カールもかつてはそうだった。冒険者として名前を上げ、貴族に叙勲された。冒険者を引退し、王都で華やかな生活を送っていた。知己の貴族に依頼され、久々に冒険者の真似事をしてみたのだが、観光気分で冒険を始めたことが悪かったのか、「仕事」は失敗。仕事の達成に必要な道具は壊れ、獲物も失った。王都ではカールの帰りを首を長くして待っている依頼人。状況を打開しなくてはいけないのに、頼れるのは少女ばかりの冒険者パーティのみ。


 (どうしてこうなったのか)


 神官服を脱いだ少女の寝息を聞きながら、カールは事の発端となった二週間ほど前の出来事を思い出していた。あの日、カールはある貴族邸宅を訪れていた。

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