Ch.8:Here Comes The Dawn.
THE LONGEST NIGHT ①
〔17:40 - 作戦統括本部〕
私の下命に続いて、間も無く投光器の点灯状況を確認できるモニタにおける、最も北にある複数の光点が緑へと変色する――作戦開始地点の投光器が一斉にアクティヴになった証拠だ。そうしてすかさず本部にいる者の目はすぐ横のサンドスター/セルリウム濃度観測モニタへと向けられた。女学園の直下にある巨大なホットスポットには、未だ動きはない。
「お願い……」
私は祈るように手を揉んだ。ここで輝きレザボアが光に反応してくれなければ、作戦の全てが瓦解してしまう。頼むから、少しでも、動いて……。
「……あッ、目標に動きありっ!」
そこで叫ばれるミヤマオウムの声。はっと顔を上げると、ゆっくりではあるが、セルリウムの塊が女学園の直下から西方面へと動き出している様子が伺えた。胸を撫で下ろす私。取り敢えず、これで最初の懸念点はクリアだ。私はマイクを手に取り、通信をする。
《こちらアオサギ。目標が西方面へと動き出したわ。予定通り、このまま地下バイパスの本線へと引き込みます。現在の移動速度は、約15km/h。滞りなく進めば、約20分でバイパスの南B-15出口に到達するわ。ランプ付近に居る第一誘導班は準備を始めてください》
通信を終えてモニタを見遣ると、目標は既に女学園の地下を抜け、バイパスの本線付近にまで接近していた。軌跡を辿ってみると、移動経路の投光器のシグナルはロスト状態にある。恐らく、投光器を破壊するか飲み込むかして進んでいるのだろう。
「投光器は飲み込まれても大丈夫なのよね?」
「ああ、そもそも奴は輝きの嗜好が限定されているからな。仮に輝きが奪われたとしてもこちらに危害を加える手段にはならないだろう」
頷いてモニタへと向き直る私。そう、輝きレザボアが興味を示す輝きは、光を除けば私だけなのだ。ならば私が前線に赴かなければ、奴をただの動く独活の大木にしておける。
「目標、南B-15ランプの北1km地点に接近、間も無く出口の投光器の影響を受ける、作戦中断不能点へと達します。続行の可否を問います」
ミヤマオウムがこちらを振り向く。私とメインクーンは顔を見合わせ、間を置かずして頷き合った。答えたのは私だ。
「大丈夫、続行してちょうだい」
「承知しました」
やがてその巨体は
「目標、ランプの北500m地点を通過、間も無く地上に出ます!」
三つめのモニタに表示された出口付近の中継映像を凝視する私。人気の消え去った道路上に宛らバリケードの如く設置された投光器の群れが、カメラ側へと口を開けたバイパス出口の漆黒を照らし続けていた。小刻みに揺れ始める映像。それは刻一刻と振れ幅を増やし、やがて激しい残像を上下に残すようになる。
息を呑む、私たち。鼓膜を揺らす鼓動の音。口腔に知らず知らずのうち溜まっていた唾液を飲み下した、その時。
――モニタの中が、爆ぜた。
「……っ――状況報告ッ」
私は発信機を引っ掴んで叫ぶ。ノイズの後になる通信音。暫しの間向こうの轟音が鳴り続けていて、それから少しして、こちらにも爆発音が到達した。
《……こちら第一誘導班、オコジョ。全員の安全を確認したわ、大丈夫。粉塵がひどくてまだ目標は視認できません、暫し待たれたい、どうぞ》
「了解。とにかく身の安全を優先してちょうだい、以上」
少し経って、煙っていた映像が少しずつ鮮明に、明瞭になっていく。そうして、漸く薄っすらと見えてきた黒影に目を凝らした、その時。私たちはみな、言葉を失ってしまう。
――粉塵の中で爛々と光る血走った複眼が、まるで見透かしているかのように、こちらを睨め付けていたのだから。
***
〔18:02 - 南B-15ランプ前・第一誘導班 グループ1〕
「みんな、安否を報告してッ」
出口付近の爆発から数瞬の後、また轟音の残響が残る最中私は周囲と無線に向かって叫ぶ。暫くの間咳き込む声や同じく無事を確かめる声が響いていたが、全員この状況をある程度予期していたこともあってか、直ぐに落ち着いて各グループの責任者が私へと安否を報告してくれた。全員、怪我無く無事。それを聞いてほっとしたのも束の間、
息を呑んだ。粉塵の中、初めて姿を現したのは、投光器の明かりを浴びて光る、複数の眼であったから。全員も同じく絶句して、ただ同じ方角を呆然と眺めていた。
煙が晴れてゆく。果たして露になったのは、極めて巨大な黒塊。あまりにも大き過ぎて、半身は未だにバイパスの中に残っている。基質がまろびでたバイパスの出口は完全に崩壊していて、弾け飛んだその瓦礫が周囲の地面やらビルやらをめちゃくちゃにしていた。予め奴の突進を想定して投光器は出口から離れた場所やビルの側面、屋上に設置をしていたのだが、その半数は先の衝撃で破壊されてしまったようだ。軽く舌打ちしてから、全体チャンネルに切り替え、無線機に向かってがなり立てる。
「こちら第一誘導班のオコジョ、目標を目視で確認。大きさはほぼ推定通りで、高さ30m、幅20m弱。全長は下半身が未だにバイパスに残っていてわからないけど、相当のデカさね――やはり500m近くはありそうだわ。目標は円筒に近い胴体を有していて、その下部から地面に向かって巨大で太く、有機的な足を何本も生やしている。形容するなら、そうね……
報告した後でもう一度双眼鏡でその図体を確認する。
円筒の先、言わば頭部には口吻様の突出部が有り、その頂部に主眼、そして周縁に複眼が並んでいた。続けて胴体。一見して一本の長い筒のように見えたが、よく観察すると体節構造のようなものが存在することが分かった。その体節にそっててらてらと光る硬そうな外皮を備えているようで、すると、奴の外見は真クマムシ目よりも異クマムシ目のそれに近いのだな、と私は思った。まあ、既存の生物学の知見が非生物の連中に通用するわけがないのでこの洞察はあまり意味が無いだろう――恐らく、地下の高温高圧に耐えるために形態変化した結果、緩歩動物に近いものへと収斂したのではなかろうか。溶岩・マグマ由来の個体は変形能力を持つとのことで、現在の外見から行動を絞ってしまうのは危険だ。
通信が入った。メインクーンの声だった。
《こちら本部のメインクーン。こちらもモニタで奴の姿を確認した。設置済みの投光器が随分被害を受けたようだが、誘導に差支えはあるか、どうぞ》
「目下のところ、誘導が困難になる程の被害ではないわ。遠方や屋上にあるものは生きているし、その光で目標は南へと動き出しつつある。これから誘導班のみんなで退避場に置いておいた予備の投光器をトラックに積んで、遠隔で進路へと派遣させるわ。それで問題なく当初の光量は確保できると思う、どうぞ」
《了解した、何かあったらすぐに連絡をくれ。健闘を祈る、以上》
私はチャンネルを切り替え、第一誘導班の全員に対して指示をする。
「これから予備の投光器を積んで輝きレザボアの進路に送るわ、近くにいるグループ1、2、3は手伝ってちょうだい! 残りのグループは目標の監視を徹底、移動以外の動き、外表の変化があればすぐに報告して」
言うが早いか、私は背後の機材置き場へと走り出す。後ろで放心状態だったフレンズ達も、その動きを見て行動を開始した。
***
〔19:17 - 境浦大橋北詰・第一誘導班 グループ7、8、9〕
双眼鏡で橋の袂から北方面を監視していた私は、あっ、と声を上げた。大体1㎞ないくらいの、大通りが折れる向こう側から、のっそりと現れる巨大な影。それはやがて、屈折部に設置されていた光源をずっぷりと飲み込んでしまった。
「来たわね。――総員、第一種戦闘配置」
《マーゲイ、そういうのはないから……》
やべ、チャンネル変えるの忘れてたわ。私は苦い顔をしつつ、周波数を切り替えて周囲のグループに指示を出す。
「輝きレザボアのお出ましよ、橋の投光器を全て点けて! 作業中のフレンズは今すぐホールディング・エリアに退避!」
言い終わる直前に背後から熱さを感じる位の光が前方へと投げ掛けられる。遠くの奴の眼球がぎょろりと動き、こちらを睨め付けてきた。どうやら地上に出てから動きは鈍化してしまったらしく、移動速度は大体10㎞/hないくらいの牛歩。けれど、奴は着実に、作戦通りパーク・セントラル方面へと進んでいた。
それから暫く経って、奴が500mほど先まで迫ったとき、私は周囲のフレンズ達に命じて共に橋の袂から堤防を駆け下りた。川岸で待機していた鳥のフレンズ達の翼を借り、対岸の奥側、誘導班のメンバーが集まる退避場へと避難する。
対岸に辿り着いて少し経った頃、その巨躯が橋の北側に並んでいた中層ビル群からぬっと姿を現した。奴が緩慢な動きで橋へと進入すると、その重さでこちらにも聞こえるほど大きな軋みが鳴った。それを聞いて、周囲のみんなが悲鳴に近い声を上げる。私はみんなを落ち着かせるために口を開いた。
「大丈夫、みんなであれだけ頑張って、橋を強くしてあげたんだから。自分たちの働きを信じなさい」
輝きレザボアはその身を橋の上部構造に擦りつけながら、ゆっくりと、大儀そうに、進んでゆく。ワイヤーが撓み、千切れるものもあった。塔柱も揺らぎ、軋り、軽く外側へと曲がってしまう。大丈夫、と呟いた。それは皆だけでなく、自分を安心させるためでもあったかもしれない。大丈夫。大丈夫。私は知らず知らず両手を組んでいた。橋を彩る白色のイルミネーションが、端からどんどんと飲み込まれ消えてゆく。けれどそれは、作戦通りことが進んでいるという希望の証。やがて、北から迫るその暗闇は橋の南端へと達し、月明かりの無い周囲は完全に暗がりへと沈んでしまった。その中で上がる歓声。全員がハイタッチをしたり、抱き合ったりして、歓びを分かち合う。私もついその輪に加わってしまったが、現場責任者としての立場をはっと思い出すと、軽く咳払いして喧騒を鎮め、全体チャンネルへと告げた。
「こちら第一誘導班、橋上誘導グループのマーゲイ。たった今目標は境浦大橋の南端に達し、そのまま橋の南側へと進んでいったわ。これから私たちは奴を背後から追跡して、引き続き投光器による南部への誘導を行います」
***
〔20:20 - 作戦統括本部〕
「目標、市街地を抜けました!」
作戦開始からもう少しで三時間が経とうというころ、輝きレザボアはようやく新小笠原市の市街地を抜け、パーク・セントラル外縁へ達しようとしていた。そして予想通り、目標の移動速度はさらに遅くなった。周囲に建築物が少なくなり、通りに設置していた投光器の光がより拡散されるようになったからだ。これにより、奴の移動速度はおよそ5km/hほどにまでなっていた。
《こちら本部のアオサギ。第一誘導班は手筈通り誘導路周辺から撤収、退避場にて休憩を取ってちょうだい、お疲れさまでした。続いて第二誘導班、作戦行動の準備を開始してください。こちらでは商業街区点灯の準備を進めます、以上》
指示に続いて返ってくる各部署からの返答を受け取ってから、私は無線機の前を離れ、ミヤマオウムとメインクーンが並んでいるモニタの前へと移動する。画面にはパーク・セントラル内の地図が表示されている――これは、遠隔で商業街区の照明を点けることの出来るプログラムであった。
「どう、送電の方は問題なさそう?」
「はい、オコジョさんの助けもあって、先程SMESからの投入が開始されました。これでいつでも点けられますよ」
彼女の言葉に頷いた私は、もう一度中継映像を確認する。目標は既にパーク・セントラルの広大な駐車場に差し掛かっていて、その悍ましい目は真っすぐ、パークの搬入口へと向かっていた。
「奴は既に進路をセントラルの方向に取っている。もう点けても構わないだろう」
「了解です。北側商業街区、A-1からA-5までの区画、点灯!」
ミヤマオウムはラップトップの操作により開閉器を一斉に操作し、遠隔で点灯処理を完結させる。搬入口両側と、その奥、パーク内通路に面した突き当たりの街区が一気に明るくなった。新月の暗さの中、その煌々とした灯りを一身に浴びた輝きレザボアは、その主眼の奥にある瞳孔を軽く窄める。それから、今度は移動速度を増加させた。
「目標、増速。15km/hほどで南方へ直進していきます」
私は目を細めてその成り行きを見守る。
さあ、これから奴は、どう出るか。
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