Intermission ⑤

Journal: Day769

 わたしは日記のページを暫くぺらぺらと捲ったり前のを読み返したりと暇潰しで弄んでいたけれど、やがてそれにも飽きて、頬杖を付き目の前で静かに本を読んでいるあおちゃんを見遣った。

「ね~、あおちゃん」

 あおちゃんは顔を上げた。けれど、。まあ、いつものことだから慣れちゃったけどね。

「いっつも同じ本読んでるよね。『星の王子さま』」

 びしっ、と音を立てんばかりにわたしは両手に握られている本の表紙を指差した。白の背景に、灰色の小さな星。その上に金髪の王子さまが立っている可愛らしいイラスト。学校の図書館にいる時は、決まってあおちゃんはこの本を読んでいた。


 再び本へと目を落としてしまったあおちゃん。わたしは立ち上がって、図書館の中を歩き出す。ここは結構大きくて、雑誌から学術書までなんでも揃っていたりする。特に理数科の子たちはレポートのために小難しい本を読んでいたりして、大変だなあって思ったこともあったっけ。それを横目に、わたしは専らマンガばっかり読んでたんだけどね、えへへ。

 でも。わたしは小説の棚の前に行き着いた。あおちゃんのおかげで、わたしだってちゃんと、小説を読むようになったんだよ。一冊を引き抜いて、中身を捲ってみる。これはわたしが異変後に読んでいたやつだ。それから次の本へ、タイトルだけ知ってるやつ。案の定、表紙から中身まで、。次の本は題名すら知らなかったけれど、ちゃんと文章が書かれていた。多分、あおちゃんが読んでくれたんだろう。


 またあおちゃんのいる机へと戻ってきたわたし。既に本を畳んで、外を眺めているみたいだった。そのさらりと伸びる銀髪と、後頭部から後ろに跳ねた濃紺の跳ね毛を、わたしはじっと見つめる。そうして、声を掛けた。


「帰ろ、あおちゃん!」



***



 女学園の目の前を走る並木道の街路樹はすっかり葉が落ちてしまっていて、萎びたりぱりぱりに乾いたりした落葉が歩道の端や、植栽の中を埋めていた。見上げてみると、周りのビルよりも背が高い幹や枝の集まりが、ずんずん後ろへと流れてゆく。横を見ると、あおちゃんも一緒に上を眺めていた。

 お洒落なカフェが立ち並ぶ通りや、カラオケ店や雑貨屋さんが沢山ある繁華街を通り抜けると、閑静な住宅街に差し掛かる。突き当りにはジャパリラインの線路が見えていて、そこを右に曲がって坂を登っていけば、わたしがいつも通学に使っている駅に辿り着く。


 丁字路で立ち止まって、振り向くわたし。あおちゃんは曲がり角にある塀の高いお家の方に向かい合っていた。一度塀の上から身を乗り出している金木犀の木々を見上げてから、今度は地面へと頭を下げた。わたしも隣に行って、一緒に見下ろす。そこには黒々としたアスファルトと、側溝のコンクリートの蓋だけがあった。何も言わずにその長い睫毛を下げているあおちゃんに、わたしは言った。

「金木犀、どっかいっちゃったね」

 もう一度その横顔をちらりと見る。反応は無かった。淋しそうな顔を、浮かべているだけ。

「……しょうがないよ、もう12月だもん。落ちたやつは全部、風に吹き飛ばされちゃったんだと思う」わたしはつとめて明るい声で、呼び掛けた。「行こっ、モノレール来ちゃうよ。今日はわたしのお家で、映画観る約束だったでしょ?」

 それでも、あおちゃんは動かなかった。わたしは眉を顰める。手を握って坂の上へと連れて行こうとしたが、全然動かない。


 おかしい。、今まで一度も、こんなことなかったのに。


 そこで、突然背後から強い光が浴びせられた。

 振り向くと、モノレールの高架が見えなくなってしまうほどの強い光が、突き当たりのフェンスの向こう側から差してきていた。


 横の影が動き出す。


「ち、ちょっとっ、あおちゃんっ?!」


 長い銀髪が揺れた。駆け出した脚は動きを緩めることなく、フェンスの向こう側、強い光の方へと突き進んでいく。わたしは慌てて、その背中を追い始めた。

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