Once the girls were here ②

「えっと……」

 どう返答したものか私が悩んでいると、アーチの陰に隠れていた少女はおどおどした素振りでその場を離れ、私のもとへと駆け寄ってくる。

「その、来てもらったところ悪いのだけど、私、連れて行くなんて一言も」

「えっ、でも、後ろの方が呼んで下さいましたし……」

 彼女に言われて振り向いてみると、いつの間に戻って来ていたのか、クロウタドリがすぐ背後で後ろ手を組んで立っていた。

「あおちゃん、その子はどうしたの」

「どうやら私たちに付いて行きたいそうよ」

私の言葉を聞いたクロウタドリは、人の良さそうな笑顔を浮かべて訊ねた。「どうして一緒に行きたいのかな?」

 少女は恥ずかしそうに両手を前に組んでもじもじしていたが、やがて決心したようにその大きな瞳をクロウタドリに向けると、口を開いた。

「わたし、探し物をしてて。もし良ければ、お二人に手伝って頂きたいんですっ」

「探し物?」

「はい。これなんですが……」

 少女は着用しているパーカーのポケットをまさぐると、一つの缶バッジを取り出した。表面にはカラフルな背景の上に、《PPP》のアルファベットが意匠化されたものが印刷されている。これは――。

「この名前を使ってお歌を歌ってるっていうフレンズさんたちを探しているんです。パークの何処かには絶対いるはずなんですけど──」

「――《ペパプ》」

「え?」

 私が頭の中に浮かんだその読みを半ば無意識的に呟いてしまったのを聞いて、彼女がこちらの方を振り向く。しまった――知らないふりをするべきだったのに。しかしもう後の祭りなので、私は観念して語を継いだ。

「……《PPPペパプ》、でしょ。アイドルグループの」

 私が言い終わるかどうかというタイミングで、突如飛びついてきた少女に両腕を掴まれた。彼女は目を輝かせてこちらを見上げてくる。

「ちょっ」

「そう、それですっ! 知ってるんですかっ?!」

「まあ名前だけなら……と言うか、ちょっと、一旦離してくれるかしら」

 あ、すみません、と彼女は私の両腕を離したが、それでも興奮冷めやらぬといった眼差しでこちらを見つめている。面倒な事になってしまったな、と私は思う。

「……それで、どうしてあなたはPPPを探しているの」

「わたし、コガタちゃんの夢を叶えてあげたいんです」

「コガタちゃん? あなたの友達なの?」

「はいっ、それで、わたし、PPPの皆さんを見つけて、コガタちゃんにお歌をきかせてあげたくって……」

 私は彼女の要領を得ない答えに頭を掻く。ただでさえ新世代との会話を苦手とする私にとって、彼女との会話は苦しいものがあった。

 私が背後にいるクロウタドリに助けを求めようと振り返ったのだが、彼女はどういう訳か少女の手の中に握られているバッジに目を落としたまま沈思しているのかこちらの視線に全く気付いていない。彼女の目前で軽く手を振って視界を遮ってやると、ようやく顔を上げ、こちらを見てくれた。私がこれでもかと言うほど眉根を寄せて困り顔を作ってやると、その救難信号を汲み取ってくれたのか、クロウタドリは私と少女の間にするりと割り込み、尚も必死で訴え続けている少女を宥めすかす。

「……まあ、ちょっと落ち着こうよ。手掛かりを得られて興奮する気持ちは分かるけれど、僕たちも詳しい事が分からなければちゃんと君の助けになることが出来ない。取り敢えず、日陰になってるここは寒いし、日の当たる向こう側へ行こう」

 クロウタドリは少女の背に手をやり、アーケードが架かっている市街地の向こう側、則ち水辺エリアの中へと彼女を誘う。すみません、と彼女は頭を下げ、素直にクロウタドリの提案にしたがった。その様子を見つつ、私は、厄介なことに巻き込まれてしまったと深く溜息を吐くのだった。



***



「ごめんなさいっ、わたし、必死になるとすぐ前のめりになってしまって……」

 秋晴れの空の下、水辺エリアの中に敷設された遊歩道を歩きながら少女はそう言い、何度もこちらに頭を下げた。大丈夫、大丈夫だから、とそれをクロウタドリが手ぶりで彼女を落ち着かせる。なんとも忙しないアニマルガールだ、と隣に並んで歩く私は他人事のように思う。

「取り敢えずさ、君のことについて詳しく知りたいな。その服――じゃなくてを見る限り、多分ペンギンちゃんかな?」

「あ、はいっ、わたし、ハネジロペンギンっていいますっ」

 ハネジロペンギンと名乗る彼女は、肌触りの良さそうな質感を備えたフリル付きのスカートとワンピースになっているパーカー様の服に、淡い桃色のブーツを合わせた、シンプルな出で立ちだった。パーカーの袖の先は手袋のように手先までをすっぽりと包み込む構造になっており、その形はまるで実際のペンギンのフリッパーを彷彿とさせる。背はクロウタドリよりも小さく、頭頂部が私の首元に達するくらいの高さしかない。ハネジロはフリルを揺らしながら両隣の私たちを見やると、「あの、お二人は」とおずおずと言う。

「僕はクロウタドリ。そしてそっちが――」

「アオサギよ」

「クロウタドリさんに、アオサギさんですね。お二人はお友達同士、なんですよね?」

 ハネジロの言葉に、私は眉を顰める。

「友達というか、というか……?」

「だった……?」

 私の言葉に何か不穏さを感じたのか、ハネジロはクロウタドリの顔を伺う。クロウタドリは、何を思ったのか薄ら笑いを浮かべると、馴れ馴れしく彼女の肩に手を回し、悪戯っぽく言ってみせた。

「ダメダメ。あおちゃんはシャイだから、恥ずかしくて本当のことは言えないのよ」

「しゃ、しゃい?」

「恥ずかしがり屋さんってことね。実際は僕たち、だからさぁ」

「はぁ?」

 私はクロウタドリの放言に思わず声を出してしまう。マブだって? 冗談じゃない。しかし、彼女は私の言外に込めた非難を気にも留めず、言葉の意味が分からずにきょとんとしている彼女に話を続けた。

「大親友なんだよ。一見して冷たいように見えるけどいい子だから、いっぱい頼ってやってね」

「わ、わかりましたっ」

 好き放題言う彼女を、私は峻厳に睨め付ける。それを物ともせず、クロウタドリはハネジロの肩から腕を離すと、首の後ろで手を組んで歩き始めた。

「ところでさ、さっき話していたコガタちゃんって子のことなんだけど」

「あ、はい……」

 クロウタドリにその話題を振られた途端、急に彼女の表情が暗くなるのが分かった。そのまま暫く沈黙が続いたが、ハネジロは意を決したように顔を上げると、自分と、そしてコガタと呼んだアニマルガールの関係について話し始めた。


「わたし……わたし、実はつい最近――と言っても三年前になりますが――に生まれたばかりのフレンズなんです。元々キョウシュウ地方の南の方で家族と一緒に洞窟の中にある巣に住んでいたんですが、わたしだけフレンズになってしまって。この姿になったことで家族の皆はわたしのことが分からなくなっちゃったみたいで、巣を追い出されてしまったんです。それで……帰る場所も無く辺りを彷徨っていたそんなわたしを助けてくれたのが、コガタちゃん――コガタペンギンちゃんでした」

 ハネジロは訥々と、ゆっくりと、話を続ける。

「コガタちゃんはわたしよりもずっと年上のフレンズで、どうやら異変? が起こる前に生まれたそうなんです。異変の前にこのパークの中に住んでいたヒトっていう動物がいなくなっちゃってから、ずっと一人で、長い間暮らしてきたんだって。だから、同じペンギンの、しかも自分によく似たフレンズに出会えてすごく嬉しいって、言ってくれました」

「それからコガタちゃんの巣で一緒に暮らし始めたんです。コガタちゃんは色々なことをわたしに教えてくれました。ヒトのこと、パークについての詳しいこと、ここで生きる術、文字、時計の見方、一年の数え方、その他にも色々と。その中でもコガタちゃんが熱心に教えてくれたのが、音楽でした。コガタちゃんは音楽が大好きで、異変の後は自分が集めていた音の鳴る円盤――ええと、”CD”って言うんでしたっけ、それを聞いて寂しさを紛らわせていたそうです。特に好きだったのがさっきお見せした《PPP》っていうアイドルグループだったらしくて、CDやバッジの他にも、タオルとか、シャツとか、色々なものを収集していました」

 私は彼女の話を聞いて、新世代であろう彼女が「三年」という時間の概念を知っていた理由を合点した。なるほど、彼女の言う「コガタちゃん」とは生き残りだったのか。

「……コガタちゃんは自分で歌うのも大好きで、よくわたしにPPPの曲を歌って聞かせてくれました。すっごく綺麗な歌声で――わたし、コガタちゃんの歌声で音楽のことも大好きになったんです。……でも、まさか、コガタちゃんの音楽好きがあんなことに繋がってしまうなんて、わたし思っていなくて……」

 ハネジロの顔に一層陰が差す。クロウタドリが彼女の事を気遣って、話すのがつらいなら話さなくていいんだよ、と語りかけた。しかし彼女は、大丈夫です、と言い、少し呼吸を整えたのちに再び語りだした。


「ちょうど、数週間前のことです。いつも通り、コガタちゃんがわたしに、日課にしていた歌の練習のために夜の水辺に行ってくる、と話して、巣を出ていきました。わたしたちは習性もよく似ていて、お互いに長く巣を離れるということは殆ど無いんですが、でもその日はコガタちゃんの帰りがかなり遅くて、心配になっていつもお歌の練習をしている水辺に見に行ってみたんです。そうしたら、コガタちゃんがいるはずの場所に、セルリアンの群れがいて……」

 ハネジロの声が段々と潤んでくる。再びクロウタドリが声を掛けたが、彼女は話に夢中になっているのか、言葉を止めようとしない。

「わたし……わたし必死で、セルリアンハンターのフレンズさんたちを呼びに行ったんです。非力なわたしじゃ、あんなに沢山のセルリアンには敵わないって、分かってたから。でも……セルリアンハンターの方たちを連れて来た時には、えぐっ、もうっ、手遅れで……水辺には、動物の姿に戻っちゃったコガタちゃんがいてぇっ……」

 そこで、堰き止めていた涙が彼女の目から零れ始めた。一つ、二つと雫が落ち、彼女の足もとに滲んでいく。クロウタドリが背中をさすり、一旦休もう、と彼女を近くにあった東屋の方へと連れて行った。私もそのあとに続く。


 東屋の椅子に腰かけた後も、ハネジロは暫く嗚咽を漏らしながら泣いていた。彼女を宥めるクロウタドリを見ていた私は、ここにいるのが自分一人でなくて良かったと安心する。長い間他者との交流を避けていた私は、こういう時にどうしていいかさっぱり分からなかった。

 暫くして落ち着いたハネジロは、泣き腫らした目を幾度か擦ったのち、顔を上げて話し始める。

「……ごめんなさい、ご迷惑をお掛けしてしまって。さっきの話の続きなんですが、コガタちゃんはずっと、直接PPPのライブを見ることが出来なかったことを残念そうにしていました。その残念そうな顔が、わたし、忘れられなくて……だから、せめて最後にお空からPPPの皆さんのライブを見させてあげたいと思って。そのために、わたしはこの水辺エリアに来たんです」

 ハネジロは私たち二人の顔を交互に見上げると、どうかPPP探しに力を貸してほしい、と懇願するのだった。

 うーん、と私は心の中で唸り声を上げる。こちらから聞いておいてなんだが、これは随分と骨の折れそうな話だなと思う。営業時のようにスピーカーを通して呼び掛けられるなら話は別だが、その手段が使えない異変後の広大なパークの中で特定のアニマルガール達を探し当てるのは、文字通りの暗中模索と言えるだろう。それに、私たちも目的地へと向かう旅路の途中にある。心苦しくはあるが、ここは――。

「申し訳ないけれど、私たちは――」

「協力しよう」

「は?」

 横から割り込んだ彼女の言葉に、ハネジロは涙を湛えつつも僅かに愁眉を開く。

「い、いいんですかっ?」

「そりゃ勿論。ね、あおちゃん」

「え……」

 一斉に向けられた四つの眼に気圧されて硬直してしまう私。返答するまでのごく僅かな間に、私は考えを巡らせる。

 異変前におけるPPPは、パークのグランドオープン後には史上初のアニマルガールによるアイドルグループとしてパーク内に止まらず世界中にその名を轟かしていたのであり、興味がない私の記憶にもその名前が残っている程には話題に事欠かない存在であった。しかし、異変後に新世代の間で彼女たちのグループ名が呼ばれているところを私は一度も耳にしたことが無かったのだ。このことから推し量るに――恐らく異変後のパークに、少なくともPPPという名前を持ったアイドルグループは存在していないのではないか。勿論のこと、新世代と出来るだけ接触を避けていた私は異変後のトレンドをちゃんと知らないのだが、けれどもそんな嫌な予感がしていた。だから、パーク中を探し回ったとして、彼女たちを見つけられる確率は、極めて低いのではないか。下手な安請け合いをしたら、むしろ彼女を悲しませることになるのではないか。――ここは心苦しいが、きっぱりと断っておくに限るのでは。

 だがしかし――悲しいかな、このような推論を、ハネジロの前で堂々と開陳できるほど私の心臓は強くなかった。彼女に手を握られ、目を潤ませつつ懇願された私は、なんとか笑顔を取り繕って、心の中では暗澹たる思いを抱えつつも、口では彼女の頼みを応諾してしまっていたのだった。

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