Reminiscence ①
超巨大総合動物遊園『ジャパリパーク』。
その弩級の威容を誇る世界でも類を見ない巨大複合アミューズメント施設は、旧小笠原諸島全域における、急激な地殻変動に伴う大規模な隆起・海退現象により発生した環状の
島嶼部が発生した当初は、その一帯を領土・領海として持つ日本国の主導により、隆起により浮上・地上化した石油・天然ガス賦存エリアや海底熱水鉱床及びコバルトリッチクラストにおける採掘を行う最前線基地たる大規模採鉱プラントの建設が行われる予定であった。しかしながら、火山活動が収束したのち第一回目の実地踏査が行われた際、未だ不毛のその島嶼にて発見された存在により、その利用方針は大きく変わることとなる。
その存在こそが、他でも無い私たち──『アニマルガール』であった。
彼女たちはヒトの女性と酷似した生体構造と、ヒトと殆ど同一のDNAを備えていたが、唯一異なる点としてその頭頂部や臀部から生える獣様の耳や翼、尾があった。同時期に島嶼部において発見されたエキゾチック物質『サンドスター』(及び、その発生源となる『セルリウム』)がその動物形質の発現に関わっていることは間違いなかったが、産出されるサンドスターの形態と、動物形質の再現時に現れる形態とでは、どういう訳か全く異なっていた。この謎めいた現象を解き明かすため、形質発現時のサンドスターの構造を同環境で人工的に再現する実験が行われたのだが、結局のところ科学的再現性は確認することが出来ず、結果としてこの不可思議な現象の仕組みというものは終ぞ未解明のままで終わってしまったのだった。このような経緯から、電離した気体を表す従来の意味においてでは無く、「造物主により形作られた」という語源に沿った意味合いで、このアニマルガールの動物形質のことは『プラズム』と呼称されるようになったのだと言う。
動物が人の姿をとって人類の前に現れるなんて有り得ない、非現実的だ、そのような童話のようなことが起こるわけがない。そんな声が方々から上がった。しかし、研究が進むにつれ、彼女達が備える動物形質がコスチューム・プレイで使われるような人工物ではないこと、加えて物理的に通常の人間が持ち得るはずのない
かくして、アニマルガールの公共福祉の確保を目的とする独立行政法人とその附置研究所であるサンドスター研究所・ジャパリパーク動物研究所が設置される運びとなる。また世界の気候が集約しアニマルガールたちが思いのままに暮らすこの島の観光需要を見込み、民間企業への
但し、日本国はアニマルガールの存在が明るみに出ることによって生じうる国内法制度の混乱や国際社会に於ける過度な責任の増大を懸念し、島嶼への立ち入りを守秘義務を負った関係者のみに制限する時限法を制定したうえで開発を行い、その後にパークのプレオープンを行った。
その後、国外組織の介入や、アニマルガールが生活していく上での社会的エンリッチメントを高めていこうとする機運の醸成、また何より、次世代の外交材料として本格的に島嶼部で産出されるセルリウム・サンドスターを用いて自国のプレゼンスを高めていくには彼女らの存在を国外に開示せざるを得ないという状況が決め手となり、政府はアニマルガールを含めた島嶼の全容を国内外に公表し、結果としてパークはグランドオープンを迎える。
過去に例を見ない、非現実的な亜人類の出現に世界は混乱した。
島嶼の周辺に眠る莫大な鉱産資源はもともとその利用をかねてより計画していた日本にとって喉から手が出る程欲しいものであり、大規模採鉱プラントの建設計画については延期こそあれど、破棄はされていなかった。しかしながら、サンドスターの影響により裸地であった島嶼の植生は火山活動収束後1ヶ月も経たずに極相にまで至り、加えてサンドスターにより生かされる彼女たちは島から離れることが出来ないという背景も相俟って、彼女たちの唯一無二の生活環境を一国の利益の為に破壊することは生命倫理に反するのでは無いかという国際的世論が醸成されていった。
日本側から様々な試案が出されたがそれらはどれも同意を得ず、最終的に島嶼部の開発の為に召集された臨時会議において提案された折衷案に基づき、島嶼自体の開発は固有の環境を維持することを主目的としたものに制限し、サンドスター
また同時期には、国内法の整備が遅延した結果として、アニマルガールの人権に関して特に定める、日本に対して強い自動執行力を持った国際条約が締結された。加えて、サンドスターにより全世界の気候帯が再現された島嶼における動物生育上の有用性を認め、ワシントン条約各附属書にパーク内への動物の移送要件を緩和することを定めた例外規定が追加された。アニマルガールそのものの登場から10年近く経ってようやく行われたこのような国際的法整備は、ある種遅きに失したものと言える。
その後、日本国内におけるアニマルガール関連の抜本的な法整備において、憲法上の権利の保護範囲及び既存法令の準用・類推適用可能性や彼女らの始期・終期の法的解釈等を巡りかなりの紛糾が起こったらしいが、それに関してはここでは割愛するとしよう。
旧小笠原村民を中心として復興した小笠原村は、パークの職員や研究の為に世界中から集結した研究者、及び法的な「人」としての立場を獲得したアニマルガール達によって人口が急増し、結果的に市制移行、新小笠原市となり、アニマルガールの社会生活の実現を主な目的とする『試験解放区』という地域自治区を設置するなど、世界的にも歴史的にも類の無い都市として再出発を果たした。
このようにして、パークが誕生してから数十年、人間とヒト化した動物とが種の隔てなく共に生活する、まさに地上の楽園として栄華を極めたこの島は、この先何十年、何世紀にも亘って幸せな世界を築いていくはずだった。
はずだった、のだ。
そう、あの日が訪れるまでは。
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