Ch.1 : Eingang
The ember of the life ①
──Kemono Friends : Swing Shift──
寝心地の悪さで目が覚める。霞んだ視界には、黴や
私は痛んだ腰や肩をさすりながら、今度こそベッドから下りて立ち上がった。軽く伸びをしてから近くの棚に置いておいた燭台へと手を伸ばそうとして、やめた。マッチは一応数年分蓄えているが、それでも数は限られている。火が貴重な今の世界では、出来るだけ節約しておかなければならない。
暗闇に慣れた目と記憶している室内の間取りを頼りに、私はカウンター席の裏側にあるシンクへと向かった。シンクの奥にはその他に業務用の調理機器や冷蔵庫、バックヤードへと繋がるドアなどが見える。これらの器具がまともに使えるならばもっとマシな生活が送れるのかもしれないが、生憎ライフラインが全て寸断されているため、きっとその理想的な生活が訪れることは永遠に無いだろう。また、ドアも枠が歪んでしまったことで固く閉ざされており、その先がどの様になっているのか未だに分かっていない。
私はそれらに背を向けると、シンクの脇に置いておいた櫛とコップ、それと歯ブラシを手に取り、今度は玄関の方へと向かう。ノブを回して木製のドアを引き開けると、錆びた蝶番が耳障りな音をがなり立てた。既に鍵は壊れているので後ろ手でただドアを閉めると、微かに日光が差し込む地上の出口に向かって、私は目の前の階段を一歩ずつ上り始める。
上りながら、まだ眠気で霞が掛かったような頭の中で、私は今日やるべきことを考えた。やるべきことといっても、なんてことはない、ただ借りていた本を返却し、また何冊か借り、それと今日の分の食料を調達する、それだけだ。
階段を上りきると、眼前には固着した火山灰と埃で色彩を失った景色があった。私の住処はこの退廃したアーケードの地下にある。室内に厨房があること、そして入口の横に電飾スタンドが倒れていたことを考えれば、恐らく以前は飲食店として用いられていた場所なのだろう。生活に必要な設備が一通り揃っており、また地下にあるということもあり砕屑物の影響も受けず、アーケードの中では比較的室内が荒れていない方であったので、ありがたく使わせてもらった次第だ。私は眩い日光が差し込んでいる右側へと歩を進めた。
暫く行くとアーケードを覆っていた天蓋が途切れ、中央に噴水が位置する小規模な広場に辿り着いた。天蓋の向こう側に見える太陽は既に西の方に傾きつつある。どうやら昼過ぎまで眠ってしまっていたらしい。最近は頻繁に見る悪夢のせいで熟睡できないことが多く、寝不足の状態を引きずることが多かった。まぁ、先にも言った通り一日の中でやるべきことなど殆ど無いので、これは大した問題ではない。
私は中央の噴水へと歩いてゆく。大抵の施設では水道管の損壊により水道が不通となっているが、どういうわけかここの噴水だけは狂ったように水を噴き上げ続けていた。野外なのであまり衛生的ではないが、これを除けば口に入れられるまともな水源は近くに無い為、止むを得ない。私は手で水を掬って腰まで下がる髪にそれを付け、櫛で寝癖を整えた。次にコップに水を入れ、歯磨きを始める。歯ブラシを動かしつつ、私はもう片方の手で額に僅かに浮かんだ汗を拭った。この辺りはサバンナエリアに隣接している為か、もう冬に差し掛かるこの時期でも、晴天時の気温は比較的高くなる。この暑い中で出歩くことを考えると、もともと暗かった気分がさらに沈み込む。今日も嫌な一日になりそうね――青空の中に浮かんでこちらを照り付ける太陽を憎々しげに睨みながら、私は心の中で独り言つ。
そもそも、この数十年、楽しかった日など無かった。
食べては寝、その合間に読書をするだけだ。読書をすることだって、あの異変以前は私の立派な趣味であったが、今はただ惰性でそうしているに過ぎない。生きる意味も理由もなく、同じく惰性で過ごす日々。正直、もう生きていたくなんてないけれども、かと言って死ぬのも怖い。
何もかも中途半端な、何者でもない自分は、命の残滓を生きているに過ぎない。けれども――もうそろそろ潮時だろうか。
私は口を
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