07 絶対に避けられない
「もともと僕はドリアーレ王国について調べていたんですが、その過程でこの
「あ?」
「ですから、『本当の予言』というのは当たるんです」
「そりゃ、そうじゃないか?」
意味が判らなくてシュナードはそう返した。
「いえ、ですから、たとえばなんですが」
ライノンは考えるようにした。
「たとえば僕が本物の
「不吉なことを言うな」
思わずシュナードは厄除けの印を切った。
「すみません。でも僕に予知能力はありませんから、安心して下さい」
「予言だろうと何だろうと、明日死ぬと言われて安心できるもんか」
「仮定ですよ。それじゃ、あなたに僕が死ぬと言われたんでもいいです」
「俺はそんなこと、言わん」
「仮定ですってば。聞いて下さいよ」
ライノンは泣きそうな顔をした。
「泣くなよ、あんた。いい年して」
「す、すみません。でも、まだ泣いていません」
ライノンは目をぱちぱちさせて言った。
「まだ、ねえ」
シュナードは苦笑した。
「すみません」
繰り返しライノンは謝る。
「泣かないようにします」
「そうしてくれ」
女の子に泣かれるのも困るが、大の男ではもっと困る。「困る」の意味合いはだいぶ違うが。
「まあ、判った。俺が明日死ぬと言われたとしよう」
何だか妙な罪悪感を覚えて、シュナードは仮の話を承知した。ライノンはぱっと顔を輝かせた。
「有難うございます。では、続けます」
青年は丁寧に頭を下げ、礼儀正しいことだとシュナードは苦笑した。
「たとえば、そうですね、溺死すると」
やはり楽しくない話だが、仮定、仮定と唱えて聞くことにした。
「そんなことを聞かされたら、あなたは水辺を避けますよね」
「当然だろうな」
「でも、あなたが川縁も歩かず、池にも近づかず、海にも行かず、風呂にも行かなかったとしても、僕が本物の魔力を持った予言者だったら、あなたは溺死するんです」
「……どうやって」
思わず彼は尋ねてしまった。
「桶半分の水でも、人は溺死できるそうですよ」
それが青年の答えだった。「桶半分の水で溺死する」状況がいまひとつ浮かばなかったが、少なくともライノンの言わんとしたことは理解できた。
「悪いことを予言されて避けようと思っても絶対に避けられないってことか」
「そうです!」
ぱちんと学者の卵は手を合わせた。
「ですから、もしその予言が真実の力を持つ者によって発されたのであれば、魔術王は本当に復活するんです」
「言わせてもらえば」
シュナードは片手を上げた。
「仮定が多すぎるな」
「すみません」
簡単な指摘に、ライノンはしょんぼりとした。
「だが、何となく判った」
「判ってもらえましたか!」
次には顔を輝かせる。忙しいことだ、とシュナードは思い、同じような感想を抱いた少女のこともまた思い出した。
(どうしてるのか)
(レイヴァスんとこに懲りずに通ってるのか)
(ほかの戦士を見つけたかな)
それならそれでいい、と思う。金のためであれ何であれ、彼女の気まぐれにつき合う心の広い戦士がいたのなら、それはそれで結構なことだ。
だが。
(……いないだろうなあ)
戦士連中と言うのは、彼自身も含め、あまり気の長い方ではない。いや、彼は大いにつき合った方だろう。指導教官をやっている内に忍耐力を身につけたのだ。
「なあ、もし……」
彼はライノンに視線を合わせた。
「何です?」
にこにこと青年は尋ねる。
「もし。仮にだぞ。英雄の末裔がいるとする」
「ごっ、ご存知なんですか!」
「仮にだと言ってるだろうが」
がたんと椅子を蹴倒して立ち上がった青年に、シュナードは顔をしかめてそう返した。すみません、とライノンは顔を赤くして椅子を戻すと再び座った。
「……魔術王の末裔ってのもいるのか?」
「は?」
「いや、つまり、魔術王を復活させようと英雄の末裔を狙うような」
「成程」
判ったと言うようにライノンはうなずく。
「それでしたら何も『魔術王の末裔』である必要はないですね」
「あ?」
「だって、そうでしょう? 邪なものであっても力を欲する人間というのは、哀しいかな、たくさんいるのです」
「ああ」
成程、と今度はシュナードが言った。
極悪人の近くには、その悪事で甘い汁を吸おうとする小悪党がたくさん集まる。復活の伝承を知ってそれに手を貸し、「一の子分」になろうとする人間だっているかもしれない。
あくまでも、「お話」として――とシュナードは考えた。
「もっとも、邪な目的でエレスタンを蘇らせたところで、誰かの言いなりになるとは思えません。最初の生け贄は、魔術王を復活させた人物ということになるかも」
「なかなか、気味の悪いことを言うな」
「す、すみません」
「謝らんでもいいさ」
極悪人であったらしい魔術王とやらが「助けてくれて有難う」と感謝するとは思えない。ライノンの話は十二分に有り得ることだろう。
「或いは彼の手下……ということもあるかもしれませんね」
「手下?」
「ええ。魔術王は魔物を従えたとも言います。魔物のなかには人間の何倍、何十倍も寿命を持つ種族がありますから、いまでもエレスタンと直接の契約を交わした魔物が生き残っているかも」
(ミラッサが、言っていたな)
(魔術王とその配下が……英雄の血筋に復讐を誓ったと)
(……いやいや)
彼はまた――今度はそっと――首を振った。
「そうした存在なら、魔術王の復活を助けようと考えるかもしれません」
「『かも』ばかりじゃないか」
苦笑してシュナードは指摘した。
「すみません」
またライノンは謝った。
「謝るなって。……ああ、そうだ」
彼はふと思い出した。
「岩」
「はい?」
「その、何だ」
こほん、と咳払いをする。
「英雄と魔術王の話に、何か『岩』ってのは関係するのか」
「岩、ですって」
「ああ、判らなければそれで」
「ご存知ないんですか?」
意外そうな声がきた。
「へ?」
「だって、アストールとエレスタンの話には不可欠でしょう? 英雄の剣のこと!」
「剣……ああ、魔術王を倒した剣ってことか?」
「もちろん、そうです」
ライノンはまるで威張るように胸を張った。
「先ほど、魔術王の灰を詰めた壺のことを話しましたね。その封印に使われているのがアストールの聖剣なんです」
「へえ」
「壺の話は省かれることもありますけれど、アストールが地面に剣を突き立てて封印が成されたとするのは、語りものの定番である締め方では?」
「そんなに何種類も聞いた訳じゃないからな」
寝物語で聞いた程度だ。吟遊詩人や物語師のような玄人から聞いたのでもない。そんなたいそうな「締め」などなかった。或いは、あったとしても覚えていない。
「んで、岩ってのは?」
「アストールが聖剣を刺したのが『封印の岩』です」
「岩に? 剣を?」
刺せるものか、とシュナードは口を開けた。
「突拍子のないところは『お話』としてお許しください。ただ、全くの作りごとではなく、何かしらの理由があってそうした話が伝わっているのではないかというのが学者の間では通説となっています」
「岩に、剣」
(――岩が認めないわ)
「ふうむ……」
「どうしました?」
「いや」
シュナードは首を振った。
「面白い話を有難うよ、兄ちゃん。一杯おごろう」
「えっ」
「遠慮すんな。別に何も裏はない。単なる礼代わりだ」
「いえ、僕の方こそ聞いていただいて嬉しかったくらいですから、そんな」
ライノンは勢いよく手と首を振った。と、その手が卓上の杯に当たる。
「ああっ」
がしゃん、と音がしてライノンは青ざめた。こらっと厨房から声が飛んでくる。
「誰だ、割ったのは!」
「すすすすみません、弁償します!」
若い学者はまたしても泣きそうな顔で店の主人に謝り、これはもう一杯をゆっくり楽しむどころじゃなさそうだとシュナードは苦笑した。
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