待ち合わせ

リーマン一号

待ちぼうけ

それはシンシンと体の底から冷えるような日に、わざわざ空港ターミナルまで足を運んだ日のこと。電光掲示版が光る広いスペースの中、俺は旅行会社の広告があっちへ行けこっちへ行けと囃し立てる支柱を背にして、せかせかと行きかう人の群れに目を向け途方に暮れていた。


「・・・遅ぇ」


世にいう待ちぼうけという奴だ。即席麺の出来上がりは3分で、全国各所で救急車を呼び寄せた時にかかる平均時間は8分と言う。ならば、午後2時を約束の時刻として既に一時間もの時間を無駄にした俺には一体何ができたであろうか?大したことはできないだろうが、すくなくとも今よりは有意義な時間が過ごせたんではないか?そう思うと自然と口からは密度の高い吐息が漏れた。


「はぁ・・・」


携帯に受信はなく、常人であれば何かあったのでは無いかと勘ぐり始める頃合いだが、これが記念すべき二桁目を迎える出来事となった今では、もはや定刻に現れることの方が驚きだ。俺は腕を組んで再び支柱に身を預けると、得意の暇潰しをしようと周りの人間を物色し始めると一人の男が目に飛び込んだ。


「ははっ。いいのがいるな・・・」


俺が見つけたのは上下白のタキシードに薔薇の花束をもったいかにもな男。成田離婚なんて言葉があれば、その逆のことをする人間もいるらしく、どこか緊張した面持ちだ。こんな面白そうなものを見てしまっては邪魔しちゃ悪いと思いつつも、興味が背中を後押しする。俺は少なくとも次の飛行機の到着までは1時間あることを確認すると、緊張をほぐしてやろうという軽い気持ちで声をかけた。


「おにーさん。緊張してます?」

「え?あ、ああ。どうも、こんにちは。そうですね。少しだけ・・・」

「すみませんね。人待ちで手持ち無沙汰だったから声かけちゃいました」

「いえいえ。自分もこんな恰好なんでなかなか落ち着かなくて・・・」


そりゃタキシードに薔薇だしな。俺は自分の選択を呪えと心の中で訴えながらも、相手を持ち上げておいた。


「いやいや。似合ってますよ!男前!」

「ははは。止めてくださいよ。本当は似合ってないのは自分でもわかってますから・・・。彼女がプロポーズぐらいドラマチックな演出をしてくれって言ってきたんですよ」


なるほど。前言撤回。マジで同情する。


「彼女さんの便はどの奴です?」

「237便ですね」

「ほうほう。237便、237便と・・・」


俺はいつこの面白そうな余興が披露されるのかと電光掲示板を確認したが、どこにも237便の文字は無い。


「あれ?のってませんね?」

「はい。なんだか遅れているみたいで・・・。毎年なんですよね・・・」

「あー。そういうですか・・・」


見れるか見れないかは時の運らしい。少なくとも特等席には座っておこうと心に決めると、今度は男が俺に尋ねてきた。


「あなたは誰を待っているんですか?」

「ああ僕?僕もおにーさんと一緒ですよ。これです」


男に突き立てた小指を見せた。


「ああ。同じ状況でしたか」

「そうですね。まぁ、タキシードはまだ俺たちにはまだ早いですけど・・・」

「相手はどんな方です?」

「世界中飛び回ってるような勝手な奴ですよ。まさにあんな感じの」


俺はターミナルのスタッフ専用の出入り口から出てきてこっちに手を振る女性を指さした。


「なるほど!キャビンアテンダントさんでしたか!おみそれしました」

「いえいえ、ただの腐れ縁ですよ・・・。さて、そろそろ行きますよ。話しかけてすみませんでした。上手くいくことを祈ってます!」

「ええ。頑張ります!あなたもずっと彼女さんを大事にしてあげてくださいね」


タキシード姿でそんなこと言わるとすげぇ説得力だな。俺はただただ苦笑いを浮かべるだけで彼女の下に駆け寄った。


「ごめんねぇ~。遅れちゃった!」

「よく言うよ。全然反省してないくせに・・・」

「まぁね~。さっき話してたのは知り合い?」


反省してないのかよ・・・。俺はため息を吐きながら答えた。


「初対面だよ。珍しかったから声かけただけ」

「ふーん、そう。後学に教えといてあげるけど、ターミナルプロポーズって結構あるよ」


マジで?タキシードと薔薇なんて昭和初期だろ・・・。俺は日本男児の美的感覚に眩暈がした。


「彼女さんが237便に乗ってるんだってさ。遅れてるらしいけどね・・・」

「そう・・・。見てく?」

「やめてやれよ!可哀そうだろ?」


まったくとんでもない奴だ。俺はしぶる彼女の手を引いてそのままターミナルを出ると、車に乗り込んだ。


「ちっ!見たかったなぁ・・・」

「ただでさえ緊張するんだし、そろそろ練習でもさせてやろうぜ」


邪魔した俺が言うのもなんだけどな・・・。


「あれ?でも、237便なんてあったかな?」


その言葉で少しだけ時が止まる。


「おいおい、ホラーになるからやめてくれよそういうの。なきゃ待ってるわけないだろ?」

「それはそうだけど・・・」


歯切れの悪い彼女の言葉を無視し、俺は車を出すとすぐに空港ターミナルの姿は小さくなっていき、いつもの交差点に差し掛かかると、大きな立て看板が目に付いた。


看板は告げる『2020年、237便運航開始』。


背中に冷や汗が流れるのを感じ、俺はただ『頑張れよ』と声にならないほどの小さな声エールを送ったが、


きっとそれは


俺に良く似た誰かの為。


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待ち合わせ リーマン一号 @abouther

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