stigma 1
「……なんもねぇな」
荒野を貫くひび割れた道路の上、悪路にハンドルを取られそうになりながら大型のバイクが走っている。
周辺には目立った建造物はなく、時折打ち捨てられた石造の家屋や、文字すらも読めなくなった看板が景色に流れていくのみで人の姿はない。
バイクに跨る男は感慨もなく呟き、くわっとあくびをした。ゴーグルの奥の眠たそうな目が潤む。着古した黒革のジャケットが風を受けてバタバタと暴れ、音を立てた。胸元では三連に連なるクロスのネックレスが揺れている。
「なんもないね」
タンデムシートから返事がある。その声はあどけなく、少年とも少女とも取れる声だ。
ヘルメットから溢れる銀糸のような髪。民族的な刺繍が入った灰色のシャツに黒いワークパンツ。ゆったりとした装いは華奢な身体には少しオーバーサイズにも思える。その胸元に膨らみはない。
「前閉めなよ、ヴァイン」
前の男の暴れるジャケットを手で払いながら、少年が諭した。
声に怒気はなく、ジャケットの裾が顔の前にくる度ペチペチと叩く様子は遊んでいる様にも見える。
「風はこいつの友達。よって俺の友達だ。そいつを受け入れないわけにはいかないな。友達は大事で、俺は情が深い」
ヴァインと呼ばれた男はバイクのタンクを撫でて飄々という。
「要するに前を閉めたら暑いってことでしょ。後ろの人の顔に裾が当たるのは気にしない」
「ビア君よ。共に友情を感じようではないか」
ヴァインは遮るようにそう言うとスロットルを開けた。ジャケットが一段とはためき、ビアという少年の頭の上で踊った。
日は高く、雲のない空から差す陽光は鋭い。ヴァインは革のジャケットにブラックジーンズとブーツという少し暑苦しい格好をしているが、その顔は友達のおかげか涼しい。
ヘルメットを被っていないというのも要因の一つだろう。黒い天然パーマが空気を孕んで無造作に揺れている。
「ほらほら。しっかり走れ爺さん」
二人が跨るバイクは調子が悪いらしく、マフラーから異音が爆ぜた。ヴァインが所々錆が見えるタンクを叩く。錆や塗装剥げ、黒い大型バイクはよく見ると年季が入っている。
「友達は大事じゃないの?」
「殴り合う友情もあるのだよ」
「お爺ちゃんの友達を殴る?」
「ケースバイケース」
「……だってさ。おはようアルコ」
ビアが呆れたように下を向き、誰かの名を呼んだ。いつに間にかビアのシャツの胸元からは黒猫が顔を出している。凛とした顔立ちで右眼が青く、左眼が黄色の
「喉が渇いた」
牙を剥き出しにあくびをした後、眠そうな目のまま黒猫が喋った。寝起きの不機嫌さがあり、どこか太々しい。
猫が人語を操ったが、ビアは「そうだね」と平然としている。ヴァインも気に留める様子はない。
「喉が渇いたっ」
ビアの胸元で黒猫がもう一度言う。二度目は訴えかけるように声量が上がっている。まるで駄々をこねる子供の様だ。
「それしか言えねえのか、猫助。でもまあ……」
「最こ……高の喉ご……ビール」
景色に流れ去った看板をビアが辿々しく読んだ。ヴァインもその看板を目で追っている。
ビール瓶を片手に笑顔を見せる女性の看板。赤いリップが印象的だが、その鼻から上はバッサリと切り取られたようになくなっている。
「ビールを飲もう。ビールを」
喉を鳴らしたヴァインがスロットルを更に開けた。バイクが大きく揺れ、アルコがシャツの中に潜る。
道幅が狭くなり、段々と建物が増えていく。しかし未だ人気はなく、建ち並ぶ石造の建物からは生活の匂いはしない。
【 CHOPPER CITY】——そう彫られたアーチを二人と一匹を乗せたバイクが潜っていく。
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