クロススティグマ—cross stigma— 1.刻まれた街
hane
prologue——fallen
Where is the guy who took you?——お前を奪った奴はどこだ?
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暗闇の中で音が爆ぜた。
それはシンバルの音。それを合図にリズムが跳ねた。ストリングスが乗り、ティンパニが地を揺らす。トランペットの高音が夜を貫き、再びシンバルが打ち鳴らされた。
風が強く吹く。割れた雲から赤みがかった月が顔を覗かせ、地上を照らした。
——瓦礫。瓦礫。瓦礫。
そこは見渡す限り、瓦礫の山が広がっている。
大小高低様々に積み重なるその多くが、まるで機械で裁断されたような鋭い切り口を見せている。ダイス然とした
雲が晴れていき、月光が瓦礫の陰影を歪に波打たせる。
——その一つの山の頂上に人影があった。
ハットを被り、膨れた腹を揺らす黒衣の男。口髭を蓄え、右目に嵌めた
男は音楽に合わせ、まるで
だがその指揮に従う楽団はいない。
そこにいるのは山を囲むように立つ人影と、その中心に膝を折っている男が一人。
手足は拘束され、口には猿轡を噛まされている。その顔は汗と涙で濡れ、汚れている。何事か呻いたが、声はシンバルの音にかき消された。
赤い月を背に黒衣の男はなおも指揮を取る。その動きは鳴り響く音楽とともに激しさを増し、大きくなっていく。
ストリングスが速く、細やかな旋律を奏でていく。打楽器が地に響き、管楽器が高らかに鳴った——男が逃げようともがいた——再びシンバルが鳴る——同時に黒衣の男が虚空を握る。
音楽が止んだ、瞬間。
——逃げようとした男の姿が弾け、崩れ去った。
訪れた静寂の中、ドス黒いシミが広がっていく。その上にはまるで機械で裁断したような賽の目状の肉片が積み重なっている。
「ヒッ」と余韻に浸っていた男が堰を切ったように笑い始めた。それを合図に夜を揺らす音楽が再び何処かから鳴り始める。
——その時。
ごうと月影を切り裂き、なにかが空から墜ちた。
漆黒、無機質。白煙を上げ、瓦礫の台地に突き刺さるそれは十字架の様な形をしている。
少しの沈黙を挟み、黒衣の男が瓦礫の山を駆け下りていく。笑みを張り付け、好奇心に突き動かされた様な足取りは、まるでそれが吉報であるかの様だ。
男の背丈を超える十字架は先刻崩れ去った男の墓標のようだったが、刻まれた名を見て男は「俺の名前だ」と興奮気味にこぼす。
【コカレロ・ザ・
十字架にはそう刻まれていた。
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