第四回『湖が舞台の話。アイテムは「ヘッドホン」』
ーーあなたが落としたのは金の斧? 銀の斧?
湖の精である私がちょっとした悪戯心で人間にそう問うてみたら、思いの外素直な人だったもんだから感心して両方あげてみた。
そしたら今度は噂を聞きつけた欲張り者が来てめっちゃ不快だったから元の斧は没収してやった。
なんて昔のことが未だに寓話として語り継がれてると知った時は、なんだかくすぐったい気分になった。特に前者を見習う教訓として広まってるところが気に入って、以来極々稀に人間の前に再び現れることにしている。
姿を現すルール①「不慮の落とし物であること」
姿を現すルール②「落とし物が興味深いこと」
この二つだけを決めていろんな湖を渡り、何人かの人間とやり取りしていたけれど……今回のこれは、興味深いっていうか、疑問しか湧かない。
今回の落とし物ーー「ヘッドホン」
いや、故意でしょ。むしろこれ不法投棄でしょ。どうやってこれ落とすのよ……頭に付けるモノよね、これ?
でもなぁ……見ただけで落とし物か否かわかっちゃう身としては、信じられないことに百パーセント落とし物なのよねぇ。どうしよ、とりあえず出るだけ出てみようかな。こんなモノ落とすような人間がどんな奴なのかちょっと興味あるし。
よし、そうと決まればざっばーん!
「私はこの湖の精。あなたが落としたのわぁああああ!?」
幾度となく(数回)人間の前に現れた私が、初めてこんなすっとんきょうな声を上げながらの登場をしてしまった。お化け屋敷の脅かし役じゃあるまいし。
いやだって、そりゃ驚きもするでしょ、こんな……出てみたら若い子が倒れてる状況とか。
「ど、どどどうする?! とりあえず……あ、あのー! もしもーし!?」
とりあえず、応答を願ってみた。意識確認は大事だし、せっかく出たのに無駄足になるとか嫌だし。
「……っ、ぐ、ぅ……」
「あ! よかった意識あった……もしもーし、おーい、このヘッドホン落としたは」
「んぐぅ、はぁ、はぁ……く、苦しい……」
意識はあるものの、若い人間はずっと胸を抑えて踞っている。どうやら何かの病気の発作とかが起きてしまってるらしかった。
た、助けを呼ばないと……でも、私の力はいまこの人にしか及ばないし……自分から触るのは禁止されてるし……でもこのままじゃ「落とし物:命」とか寝覚めが悪いにも程がある!
と、その時……湖の反対方向で「ちゃぽん」と音がした。
(また誰かが何か落とした!? なんにせよチャンス! なんとか気付かせてこの子を助けてもら……)
私の思考は、振り返ると同時に止まった。
そこにいたのは、身なりの地味なおじさんだった。そいつはポケットから煙草のケースとライターを取り出して火を付けているところだった。その銘柄は、いま湖に浮かんでいるのと同じ……
「レイクオブフェアリーバズーカッ!!!!!」
認識から怒りの投擲までコンマ1秒、我ながら凄まじい反射神経だったと思う。ヘッドホンは見事おじさんにヘッドショットが決まり、おじさんは「ぐぎゃっ!?」とかザコキャラモンスターみたいな悲鳴を上げていた。
おっと、いけない。そんな実況する前に退散しないと!
私はポイ捨てジジイがあの子に気付くことを祈りながら、再び湖の中へと帰ったのだった。
あーびっくりした……こんなの私の性分じゃないっつーのに。しばらく人間の前に現れるの控えようかな……。
その後、若い子はおじさんが救急車を呼んで助かり、空を飛んだヘッドホンの謎は都市伝説となったり小説の題材に使われたりしたらしいが、私がそれを知って複雑な気分になるのはもっと先のお話。
〈完〉
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