九十九紙
りろ・だは~か
第一回『山が舞台のラブコメ、ワードは「冒険」』
高校生にもなると、まだ齢二十にも満たないながらも「老い」を感じ始めるものだと思っている。子供の頃は野山を駆け回れていた身体も、一時間もない体育の授業すら億劫になる程度には。昔から運動していた奴以外はみんなそんなもんだと思っていた。
「おーい、大丈夫かーい?」
「ぜぇ、はぁ……ちょ、一度休ませ……」
「もう!?さっき休んだばっかだよ!」
「その『さっき』からどれだけ経ったと思ってる」
「……十分くらい?」
「その六倍だよバカ!」
この女を除いては。
話の発端は、突然「日曜日、地元の山へ冒険に行こう!」なんて言ってきたこと。地元の山と聞いて学校の裏山を想定し、高校生が裏山を冒険だなんて今どき小学生でもやらないけど、一度言い出したら聞かないからなコイツ、と思って渋々了承したのが、すべての間違いだった。
彼女の言う「地元の山」とは「地元でも過酷と有名な山」のことだと知った時、金曜日の自分を呪いまくった。貴重な休みに体力を全消耗するなんて……明日学校行けないぞこれ。
「もう、気合いが足りませんぞ若者よー」
「お前が元気過ぎるんだよ……」
まったく……自分と同じく帰宅部のくせして、いったいどこからそんなエネルギーが出てくるのだろうか。最近はおつむと胸の分が体力に全振りされてるのではないかと推測している。
「あ、いまめっちゃ失礼なこと考えたでしょ!?」
訂正、体力と第六感にエネルギーが全部費やされてるらしい。野生動物かよ。
「むー! デリカシーのない人は置いて行っちゃいますからね!」
「おい、まだ何も言ってないだろ?」
「『まだ』ってことは、思っていたってことだもん!」
「論理の飛躍が過ぎる! て、ちょ、待って! ほんとに足が限界なんだってー!」
***
「ふひー……流石に疲れたねー」
「ひ……ふ……はひ、へほ……」
山頂に着く頃には、まともな言語を話せない程度にまで酷いことになっていた。
それもこれも、ただ登ればいいだけなのにこの女がやたらめったら何か見つけては報告して来て危険な目に遭ったからだ。蛇やら何やら見つけては捕まえ持ってくるし、新種のキノコ発見出来るかも!とか言って道なき道を進んだかと思えば足滑らせて転がり落ちて助けに行かされるし……よくもまぁ生きて山頂まで来れたものだ。
「だって、冒険と言えば探索と発見だもん!」
「それはそうかもしれんが、無鉄砲に突撃するのは冒険ではなくただの蛮行だ……」
呼吸を整え話せるようになってから咎めてみたら、本当に冒険するために来たらしい。そんなことに付き合わされた借りは、いつか利子付けて返してもらおうと胸に誓った。
「さて、冒険の締めくくりと言えばお宝なわけですが」
「そうなん?」
「そうです! 初めからそれが目的だったからね」
「初耳なんですが隊長……」
「そうね、言ってないからね」
「いや言えよ、そうすりゃこっちももう少し真面目に……」
「言ったら、絶対断られるもん」
それまでのおちゃらけた雰囲気はどこへやら、急に緊迫した面持ちでこちらを見つめてきた。
絶対断る……まぁ確かに断る可能性は高いだろうが、絶対なんて言いきられるのはなんだか癪に思う。いままでなんだかんだ彼女の無茶振りに毎回付き合ってきたつもりだが、そんなに信頼なかったのだろうか。
「……この山ね、登るのはかなり過酷だから、ちょっとしたパワースポット? 都市伝説? みたいな話があってね」
「……それって」
そういえば、そんな話が噂されたこともあった。とはいえ小中学生の頃の話で、今のいままですっかり忘れてたけど。
曰くーー「山頂まで辿り着いた二人組は、必ず結ばれる」
「しょうがないじゃない、ずっと好きだったんだもん。おバカな私といつも一緒にいてくれる『貴女』が」
……なるほどね。だから自分みたいな女と二人で登山なんかしようって言い出したわけか。
「……というわけで、私にとっては今日という思い出がかけがえのない思い出なのでした。付き合ってくれてありがとうね。さ、暗くならないうちに下山しよ」
「……お前、ほんとバカだよね」
「なっ……」
言いたいだけ言ってとっとと帰ろうとする彼女の口を、自分の口で塞いでやった。
「都市伝説も冒険も、たまにはいいかもね」
秋の夕暮れに染まる山よりも赤くなった「お宝」を手に、私達はしばらく二人の時間を楽しんでから下山したのだった。
おしまい
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