#7 半分。
気がついたら、目の前が真っ暗だった。目は覚めているはずなのに、体の感覚が無い。まるで、金縛りにでもあっているかの様だった。雀の鳴き声が小さく頭に響く。どうやらもう朝の様だ。
昨夜、流れ星を見て意識を失った所までは思い出せる。だけど、あの後の記憶が全く無い。眠ってしまっていたというわけでは無く、間違い無く意識が切れていた。全身が怠く、何故だかおかしな話だけれども、心が軽く感じる。気がする。今は何時だろう?この真っ暗闇はどこだろう?頭の中が混乱してきた。もしかしたらまだ夢の途中なのかもしれない。僕が落ち着きを無くしていると、佳香さんが起きたのが分かった。
心の中の、何かがズシリと埋まる。上手く言葉が見つからない。
横になっていた体が、勝手に持ち上がる。目線が下に向かうと、スカートを履いていた。白くて細い、僕よりもちょっと長い足。茶色いローファーの靴。白いブラウスの制服。細くて綺麗な手。耳に当たるちょっと長めの髪の毛。何が起こったのか、理解できなかった。
「何ですか、これ」
わけがわからない。僕に女装癖なんてない。
「おはよ...う?」
おかしな事に、いつもより視界が高くなっていた。戸惑いながら、僕は世界を見渡す。太陽の光が眩しい。青くて広い空を、雀が数羽飛び回っている。慣れない視界に違和感を覚えながら、必死に何が起こったのかを考える。
「何…これ.... 」
佳香さんもこの異変に気づいたらしい。
「渉くん?」
彼女の呼び掛けに、ここに居ます。と応えると、僕と佳香さんは、一番近いところでお互いを見つけた。僕が佳香さんを凝視すると、彼女もまた僕を見つめ返してくる。
僕の精神は、佳香さんの体の中にあった。
「わけがわからない...」
僕がそう呟くと、強い灰色の気持ちが押し寄せて来た。それは僕と佳香さんの感情が混ざり合ったのか、より濃い色となる。
「私の中に、居るの?」
どうやらその様だった。僕が肯定の返事をすると、佳香さんは鳩が豆鉄砲を食らったかの様に、ポカンとしばらく固まってしまった。
「なんか、心が重い」
どうやら僕とは真反対の症状だった。2人分の心の重さなのだろうか?体重が突然数十キロも増えたら誰だって重く感じる。それと同じ原理だろうか?他にもたくさんの疑問がある。なんで佳香さんの体の中に居るのか?僕の体はどこに消えたのか…?
「僕の体は!?そうだ!僕の体はどこいった!?」
僕は、佳香さんの視界を通して自分の体を探す。けれど、狭い部屋の中に僕の体はどこにも無かった。
「佳香さん、もっと周りを見て下さいよ!」
僕が声を荒げると、佳香さんは気怠そうに言う。
「よく分かんないけど、私の中にはっきりと『ある』感覚があるから焦んなって」
「あ、あ...すみません...」
ある感覚って...だけど僕は少しホッとした。本当に佳香さんの中にある確証は無いんだけれど、わけが分からない事だらけで、頭がパニックになっているせいなのか、今はそれで安心できた。
さっきから灰色の感情が波の様に押し寄せて来るけど、これは僕のじゃない。佳香さんの不安という感情の色が、僕の意識に直接干渉している様だ。僕はまた不安に押しつぶされそうで仕方がなかった。
「お互い声は聞こえるみたいね」
「そうみたいですね...」
どうやら、お互い精神を通して会話はできる様だ。正確には精神を通すじゃ無くて、心の中に2人がいて、隣同士で普通に話す感覚だ。
「ちょっと落ち着かせて」
そう言うと、佳香さんはタバコを取り出し、コンクリートの床にトントンと小突き始める。火をつけようとしたところで、僕は止めようとする。けれど、体がいう事を聞いてくれない。どうやら体の主導権は本人にあるらしい。
「僕未成年なんで、タバコやめて貰えませんか?」
そもそも佳香さんも未成年なんだから、タバコを吸うのはおかしい、と今更ながらに思う。
「私の体なんだから、渉くんには問題ないでしょ?」
こんなおかしな現象が起こっている最中での会話では無いことは百も承知だ。でも佳香さんの体を通すということは、僕にも影響があるんじゃ無いだろうか?なんて僕が考えているうちに、彼女はプカプカと煙を吐き出した。
「...」
「ね?なんとも無いでしょ?」
なんとも無かった。どうやら体は共有していないらしい。体の持ち主が何をしようが、佳香さんの心の中にいる僕には、何の影響も無いらしかった。でも、なんとも無かった事に少し腹が立った。
「渉くん今少し怒った?」
「怒ってないです」
どうやら思考はともかく、お互いの感情は筒抜けの様だ。
「私もわけが分からないんだけど、何なのこれ?」
何なのと言われても、僕にわかる筈がない。けれど、意識を失っている間に、僕の意識が佳香さんの体に移った事は確かだ。
「これからどうする?」
どうすると言われても、僕には何のアイデアもない。そもそもこんな超常現象が起こっているのに、どうして佳香さんはそんなに呑気な質問を小学5年生の僕にできるんだ?普通、年長者が何か案を考えるべきではないんだろうか?
「渉くんまた怒ってる?」
「だから怒ってないです」
だだ漏れの嘘をついた。
「とりあえず、渉くんのご両親が心配しているだろうから、家出して私の家にでも来てる事にして、電話しなきゃな」
その事を忘れていた。何回目だろう。僕は憂鬱で死にたくなった。唯一の救いは、今日は土曜日で学校が休みだという事だけ。
「すぐに電話しなかった言い訳を考えなくちゃ」
僕がそう言うと、佳香さんは『あっ』と言って舌を出す真似をした。ちょっと可愛いと思ってしまったのは、この変な状況のせいだということにしよう。
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