♯5.5 来週の私へ

 古びたアパートに帰ると、時刻はもう22時を回っていた。まだ明かりは点いていない。きっと今日も、仕事帰りにパチンコにでも行っているんだろう。私は溜息をつきながら靴を脱ぐ。手を洗いうがいをしキッチンに移ると、少し遅めの夕食を作る。オムライスを多めに作ると、残った分は父の夕食にする為、ラップをしてから冷蔵庫に入れる。シャワーを浴びて、半乾きの髪のまま自分の勉強机に着く。


 「私はなんなんだろうな。」


 一人呟き大学ノートを開くと、私はペンを持ち、今日を綴る。


 ——今日もまた、あの堅苦しいインテリ少年に出会った。生意気にも小五でレッド・フロイドどころかアーチブレイキーも知っていた。しかも曲名まで。名前は確か...渉くん。妹ときっと同い年だ。もしかしたら学校も同じかもしれない。


 「学校かぁ... 」


 今の私にとっては、その単語を思い浮かべるだけで胸が苦しくなる。考えるだけで息が詰まり、いつもの過呼吸が始まる。しっかりしろ私、そう自分に言い聞かせ、深呼吸をしてからゆっくりとペンを走らす。


 今日も妹に会えなかった。当たり前だよね。朝から晩まで、あんな古びた給水塔の中に閉じ篭っていたんだから。私は意気地なしだ。このままじゃどんどん先送りになる。きっと学校にだって今のまま行かなくなる。心療内科で貰ったクソ不味い薬も飲む量が増える一方だ...


 来週の私にして欲しい事は、ただ妹に会うことだけ。無理に学校に行けなんて言わない。父親と仲良くしろなんて言わない。頭がこれ以上ピリピリする前に、どうにか勇気を持って欲しい。


 それと、出来たら禁煙。——


 弱虫な私から来週の私へ。


 柏 佳香

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る