第6話 浅ましき下郎 (2)

宍色鴇也ししいろときやは、母親の顔を知らずに育った。


鴇也の父は酒とギャンブルと女遊びに明け暮れ、家庭を省みなかった。

そんな父のことを男として見限った宍色の実の母は、

まだ赤子だった鴇也ごと父を切り捨て、早々に別の人生を選んだ。


ボロボロの安アパートで、

酒のニオイとそらまめのようなニオイに囲まれて宍色は育った。

そらまめのニオイは、男と女の股座またぐらから漂ってくる。

父親が連れ込んだ女との情事の匂いが、鴇也の家にはいつも充満していた。

だから鴇也は大人になった今でも、股のニオイにノスタルジーを感じる。


鴇也が11歳のとき、彼には二人目の母親が出来た。

高校を中退し、実家に勘当されたというその少女は、

16歳という若さで宍色家の嫁になった。

幼い顔立ちに似合わない派手な化粧を施し、

水商売の女特有の酒ヤケしたハスキーボイスをしていた。

年齢を偽って夜の街で働く家なき子。

そんな少女が、鴇也の"かあちゃん"になった。


かあちゃんは派手な外見に似合わず、意外にも家庭的な女だった。

掃除や洗濯をそつなくこなし、得意料理のシチューを父や鴇也に振舞ってくれた。


それまでコンビニ弁当やスナック菓子、カップめんが主食だった鴇也は、

初めて食べるお袋の味に感動を覚えた。


鴇也はすぐにかあちゃんのことを好きになった。

歳が近いせいか、母というよりは姉のような存在だったかも知れない。

面倒見の良いその少女に鴇也は懐き、歳を取るにつれ、

鴇也は彼女に思いを寄せるようになっていった。


宍色の父は強面の中年男だったが、年齢にしては幼すぎる部分があった。

鴇也が嫁に恋心を抱いていることを、顔に似合わないその繊細さによって悟ると、

息子の寝ている隣であえて嫁を抱くような真似をした。


寝ている振りをしている息子の前で、嫁に大きな喘ぎ声を上げさせては悦に浸る父。

鴇也はいつも、悔しさでシーツをくしゃくしゃに握り締めた。


かあちゃんは父に抱かれた翌日、決まって鴇也に食べたいものを聞いた。

それは鴇也に対する罪悪感の裏返しに等しかった。


困り顔で「鴇也くん、今晩何が食べたい?」と訊ねる母に対し、

鴇也はいつも拗ねた顔でシチューをねだった。


かあちゃんとの生活は鴇也が15歳になるまで続いた。かあちゃんはその頃ようやく成人する歳になり、結婚生活は既に4年目を迎えていた。

その頃にはもう、父とかあちゃんの関係は冷め切っていた。


性豪の気がある宍色の父は、一人の女では決して満足できなかった。

かあちゃんにも鴇也にも飽きた父は、家に帰らなくなり、

次第に愛人の家で夜を過ごすようになっていった。


キッチンに立つかあちゃんの背中は、

日に日に元気を失っていった。

鴇也はそれが腹立たしかった。

大好きなかあちゃんのことを大事にしない父のことを許せず、

ある日の夜、父親と大喧嘩をした。


取っ組み合いになり、食器棚を豪快に倒し、ふすまや障子を張り倒し、

家中をメチャクチャにしながら二人は殴りあった。15歳になった鴇也の身体は成人男性に劣らない筋力を身につけており、父にはそれが余計に腹立たしく思えた。


「もうやめて……!もうやめてよぉっ!」


かあちゃんの泣き叫ぶ声が響いても、二人は決して喧嘩をやめることはない。

血液の飛沫を畳や天井に散らしながら、

二人の男は一人の女を巡って熾烈な争いを繰り広げた。



ボロボロの畳み部屋の中央で、血まみれの鴇也は寝転がっていた。

アル中の中年男が、当時剣道部の主将となるまで鍛え上げていた鴇也に敵うわけはなく、息子に殺されそうになった父親は自宅の安アパートから姿を消し、愛人の家へと逃げ込んだ。


血のついた天井を見つめながら、鴇也は肩で息をしていた。

安アパートの一室は、嵐が過ぎ去った後の被災地のように散らかっている。

二人の喧嘩が終わるまで部屋の隅で体育座りしていたかあちゃんが、

静まりかえった被災地の中でボロボロの鴇也に寄り添い、語った。


「私のお母さんも、さ。

お父さんに浮気されるような女だったんだ。

だから両親の仲はいつも険悪でさ。ハハハ。

家の空気は最悪で、私はいつも、そんな家に帰るのが嫌だった。


高校を中退してキャバで働き出したのも、結局それかま原因みたいなもんなんだ。

大嫌いな両親の世話になり続けるのが苦痛で、

一秒でも早く自分で稼げるようになりたかった。

もし自分が結婚したら、お母さんとお父さんみたいにはならないぞって決めてたのになぁ。


"蛙の子は蛙"ってことわざあるけど、あれってやっぱ、本当なんだね。

……私が作る家庭も、結局はあの人たちとおんなじだった。



……ごめんね、鴇也君。

駄目な母親でごめんね」


かあちゃんは何度も「ごめんね」と呟きながら、幼子のようにわんわんと泣いた。

かあちゃんが泣き止むまで、鴇也は彼女のそばに寄り、彼女を抱きしめ続けた。


そしてその夜……。


傷心のかあちゃんは鴇也に抱いてもらうことを望み、

寂しさから、血の繋がらない息子のことをオスとして迎え入れた。


鴇也の初めての女は、自分の母親だった。



母を抱いた夜、鴇也は夢を見た。

成長し、自立した自分が仕事を終えて帰ってくる夢。

夢の中の自分は、父が仕事で着ているような小汚い作業着ではなく、

ピシッと決まったスーツを着ている。


スーツを着て仕事をする人間は、鴇也の身近には学校の教員くらいしかいなかった。


夢の中のマイホームは清潔な新築マンションの一室で、

今自分が住んでいるような安いボロアパートとは違う。


玄関を潜った自分を、鴇也の妻となったかあちゃんが迎え入れてくれた。

リビングで待っていた息子と娘が母に遅れて玄関にやってきて、

「お帰りなさい、パパ!」と喜んで鴇也を迎え入れる。


そんな幸せな夢に浸る鴇也の目を、優しく照りつける朝日が覚ました。

毛布を脱ぎ捨て、上半身だけ起こた鴇也は、

自分の頬に涙が伝わっていることに気づいた。


夢は自分の願望を強く映す。

少年はそのとき、己の願望を知った。



―――俺はああいう幸せな家庭に憧れていた。

まともな父親が居て、優しい母親が居て、不自由なく幸せに暮らせる子供達が居て。

そんな当たり前の幸せが、俺は欲しかったんだ。


俺達で作ろう。かあちゃん。

浮気者の親父なんか捨てて、こんなボロな家なんか捨てて、

二人でやり直そう。かあちゃんがそばに居てくれたら、俺はきっと……!


きっと……!何があっても乗り越えられる……!




よくぼうを自覚した鴇也は、

産まれてから今までずっと自分を覆っていた暗闇が晴れたような気分になった。



ふと、鴇也の鼻腔びくうをシチューの匂いが掠めた。


―――かあちゃんの、シチューの匂いだ。


布団から飛び起きた鴇也はボロボロの引き戸に手を掛け、キッチンへと向かった。

希望が彼の足取りを軽くさせている。

世界が希望に満ちていることを、その時鴇也は初めて知った。


「おはよう!かあちゃん!」


鴇也の声は誰にも届くことなく、荒れたアパートの中に響き渡った。


その家には鴇也以外誰も居なくなっていた。

彼は何度もかあちゃんの名前を呼んだが、

家中のどこを探してもその姿を見つけることは出来なかった。


途方に暮れた鴇也が、

かあちゃんが作ってくれただろうシチューをひび割れた皿の上につぎ、テーブルに座った。その時、彼はようやくテーブルの上に一枚の書置きがあることに気づいた。


『ごめんね』


若い女らしい丸文字で書かれたそれは、

紛れもなく鴇也のかあちゃんが書いたものだ。


作り置きのシチューを皿によそい、スプーンで口に運ぶと、

クリームソースのまろやかな味わいが広がっていく。

最後に食べたかあちゃんのシチューは、涙の味がした。



鴇也はその後、母親の顔を見ることなく大人になった。




 高校卒業と同時に鴇也は警察学校に入り、寮生活を始めた。

警察を進路に決めたのは、それまで彼を育んできた自堕落な環境に別れを告げたかったからだ。

親元を離れて暮らし始めた彼は、肝臓を患った父がこの世を去るまで決して実家に帰ることは無かった。


同年代の若い警察たちは厳しい寮のルールに不満を抱くものも多かった。

しかし鴇也だけは、24時間ストイックに生活できる環境を喜ばしく思った。

ストイックな生活とはつまり、堕落しきっていた父親と真反対の生き方に等しい。


交番に配属された彼は、マジメに仕事に打ち込み、同期の誰よりも成果を上げた。


彼は寝ても覚めても―――業務時間外ですら仕事のことだけを考え、

体力面でも知力面でも自己研鑽を怠らなかった。


9時間の業務時間を終えた後、ウォーキングと称して自分の受け持ち区域をパトロールするのが彼の日課であり、

"ウォーキング"中に偶然泥棒を発見して取り押さえるなど、業務時間外にも積極的に警察官として働いた。


当時の上司は口癖のように鴇也に言った。


「自分の受け持ち区域から被害が出たら、それはお前の責任だ。

日ごろから住民に対して防犯指導を充分にしていないから起きるんだ。

被害が出たら己の恥だと思え」


鴇也はその言葉を素直に受け取り、地域の巡回パトロールを必死にこなした。

受け持ち区域を隈なく歩き回り、様々な人と顔なじみになった。

地域住民の動向を熟知した鴇也は、

怪しい人物とそうでない人物を即座に見分ける能力を培い、多くの犯罪者を検挙した。


荒事にも積極的に介入し、時には刃物を振り回すシャブ中のヤクザを警棒で撃退するなど、

剣道有段者の腕前を大いに活かすことすらあった。


交番勤務から機動隊に配属され3年が過ぎた後、

上層部に成果を認められた彼は巡査部長に昇進したことも相まって、

ノンキャリアながら25歳の若さで刑事課に配属された。

25歳―――丁度、今の彼が面倒を見ている新米刑事と同じ歳である。


当時の鴇也が配属されたのは主に窃盗事件を取り扱う捜査三課だった。

彼が最初の伴侶―――宮下幸恵みやしたゆきえと出逢ったのもその時期だ。


幸恵は某化粧品会社においてトップの業績を誇る優秀なセールスレディであり、

同時に万引きの常習犯だった。


彼女が盗んだ品物は数百点にも昇り、

鴇也に逮捕されるまでは誰も彼女を捕らえることは出来なかった。


幸恵の被害に遭った店舗は地域も業種もバラバラであり、

彼女が『窃盗旅行』などと称して県外で犯行に及ぶような真似をしていたことが、

警察の対応が遅れた要因の一つである。


取調室で俯く幸恵は、その小柄な体格も相まってか、

風が吹けば飛ばされてしまいそうなほど儚い印象を鴇也にもたらした。


営業部のエースらしくバッチリとメイクを決めたその顔には一見気性の荒さを感じさせるのに、

まるで迷子の子供のようなおぼつかなさを感じさせる。

鴇也はそこに、"かあちゃん"の面影を感じた。

思わず同情的になってしまいそうな心を抑えつつ、鴇也はなるべく事務的な態度で幸恵の供述を取った。


幸恵の話を聞くうちに、事務的だった鴇也の心はじわじわと融解していった。

幸恵が胸のうちに秘めていた心の闇は、鴇也が持つそれと同種のものだったのだ。


家庭環境に恵まれなかった孤独ゆえに、早々に自立したこと。

病的なまでに職務に打ち込むことによって、孤独を忘れようとしていたこと。

まるで自分の話を聞いているような感覚に陥って、

調書を書きながら、宍色は幸恵の話に没頭した。


「最初の犯行は、ほとんど無意識でした。

会社帰りに立ち寄ったスーパーを出た先で、

ふとコートのポケットに手を伸ばしたら、

レジを通してないビタミン剤が入ってたんです」


無意識下に蓄積されていたストレスが、彼女の心に魔を刺した。

その顛末てんまつに、鴇也は自分の姿を見出していた。



幸恵が獄中に居る間、鴇也は彼女に何度も面会を求め、何通もの手紙を出した。

鴇也は幸恵を放っておけなかった。この世でたった一人、

幸恵のことを理解できるのは自分だけなのだと思った。

そして、自分を理解できるのも他ならぬ幸恵だけなのだとも。


幸恵もまた、鴇也と何度もやりとりをするうちに、

彼の中に洞穴の如く深いこどくが存在することを知った。

そして彼女は、鴇也の闇こそが歪な自分をすっぽりと収めてくれる

唯一の居場所なのかもしれないと思うようになった。


その数年後。

幸恵が刑期を終え、模範囚として世に送り出された直後。

二人は同棲をはじめ、まもなく籍を入れた。


幸恵との生活は、鴇也のそれまでの記憶の中で最も幸せな時間だった。

鴇也は警察共済組合で住宅ローンを組み、

陰泣市内に3LDKのマイホームを建てて二人で住んだ。

二人暮らしには若干広すぎる家だったが、

沢山の子供に囲まれた生活を将来を見据えての選択だった。


恵まれない環境で育ってきた二人は、

コンプレックスをバネにそれまでの人生を生きてきた人間だ。

鴇也も幸恵も幸せな家庭への憧れが人並み以上に強かった。

寝物語のたびに、『子供が何人欲しいか?』という話をし、甘美な夢に酔いしれた。


しかし現実は二人に対してどこまでも残酷だった。

結婚生活が1年、2年と続くにも関わらず、天は決して二人に子宝を授けなかった。


どれほど努力しようとも、どれほど深く愛し合おうとも、

いつまでも子供が出来ない事実に幸恵は次第に病む様になっていった。


見かねた鴇也は、産婦人科にて不妊治療を受けることにした。

検査の結果、幸恵の体は母体として至って健康体であることが分かった。

二人の間に子供が出来ないのは、主に鴇也の男性機能に問題があった。


「精子の運動率が極端に低いようですね」


医者が淡々と二人に告げ、精液検査のカルテを二人の前に差し出す。

精子の運動率の欄には、10パーセントを下回る数字が残酷に示されていた。


幸せだと思われた結婚生活は、それをきっかけにゆっくりと破綻していった。

精子に障害があることを無残にも突きつけられた鴇也は、

男性としての劣等感に苛まれるようになり、仕事に依存することで家庭から逃げた。


幸恵はそんな鴇也の態度を繊細に受け取り、心の病を加速させていった。

真実を受け止めて前に進むには、

二人の男女は夫婦として、または人間として幼すぎた。



そんなある日、鴇也の元に後輩の巡査から連絡があった。

連絡を受けた鴇也が後輩の働く交番に行くと、

そこには椅子に座って警察の聴取を受ける幸恵の姿があった。


「宍色巡査部長の奥様は、スーパーで万引きをされたんです」


巡査から事情を聴いた鴇也は幸恵に掴みかかった。


「なんでそんな馬鹿な真似をしたんだ!!刑事の妻であるお前が!!なんでこんな!!!」


激昂する鴇也に対し、幸恵は唇を震わせ、

ひたすらに「ごめんなさい」と呟き、涙を流した。

壊れたラジオのように、何度も何度も、同じ言葉を呟いた。

そんな妻の態度を見た鴇也はさらに激昂し、妻の頬を平手で叩いた。

様子を見かねた巡査が止めに入るほど、鴇也は理性を失っていた。


だが怒り狂う傍らで、鴇也は幸恵が万引きに及んだ本当の理由を、

彼女に問うまでもなく知っていたのだ。


―――幸恵をここまで追い詰めたのは、

出来損ないである自分を認められず、家庭から逃げようとした俺自身じゃないのか?



そのとき二人は、もはやお互いが夫婦でいることの限界を悟ってしまった。


「私は、自分の子供が欲しかったの」

「……俺もそうだった。お前となら、幸せな家庭を作れると思っていた」



二人が久方ぶりに本音を打ち明けられたのは、

判の押された離婚届を市役所に提出する寸前でのことだった。



以降、宍色鴇也は刑事でありながら世間や社会への強い憎しみを抱いたまま、

刑事として働き続けた。

離婚を境にタガの外れてしまった彼は、

犯人を検挙するために手段を選ばないようになり、

ついには黒い繋がりすら利用するまでになっていった。


警部補にまで昇進した彼は、通称”マル暴“とも呼ばれるH県警暴力団対策部に配属となった。


マル暴となった宍色は金と暴力とセックスの魔力に取り付かれ、

ヤクザよりもヤクザらしい悪徳警官になっていった。

そこには、"かあちゃん"や幸恵を一途に想っていた青年の面影などなかった。


宍色は『女』を強く憎むようになった。

掴み損ねた幸せへの憧憬どうけいは、『女』への強い憎しみとして彼の心の奥深くに残った。


金や権力、暴力を巧妙に操っては世の女たちを手中に収め、穢して捨ててを繰り返した。

取り締まった被疑者の女性や、追い詰めたヤクザの情婦、果ては同僚刑事の妻まで、

ありとあらゆる女達を、弱みを握って追い詰めては穢した。

穢すことだけが、『女』への愛憎入り混じる複雑な感情を整理するための唯一の手段だった。



光輝く夜の街で、

顔面がボコボコになったシャブ中ヤクザの手首を掴んだ後、

宍色はその男に手錠を掛けた。

マル暴になってから数年。もはや何度と無く繰り返してきた逮捕劇だ。


「オイコラ、立てやクソガキ。

……シャブ吸ってんなら足折れてても痛まねえだろうが!!!」


ボロ雑巾と化した若いヤクザを恫喝し、無理やりに立たせる。

ヤクザの足は曲がってはいけない方向に曲がってしまっている。

もちろん、宍色の暴力によって足の骨を折られたが故だ。


逮捕したヤクザを車に詰めて連行する。

夜の繁華街を抜け、近隣の警察署に連行するまでの道すがら、

ハンドルを握る宍色は、窓越しに懐かしい人物の姿を見かけた。


国道沿いのレストランの前を歩くその女は、赤子を背負い、

小綺麗な背の高い男と共に歩いている。


「幸恵……?」


まともそうな父親が居て、優しい顔つきになった幸恵ははおやが居て、

その子供はきっと、自分のような不自由を感じることなく育っていくことだろう。


自分が求め続けてきた理想の家庭像が、そこにはあるような気がした。

届かない星に手を伸ばすかのように、幸せそうに歩くその女の後姿に、

宍色は手を伸ばす。


―――俺が欲しかったものを、もうお前は手に入れやがったのか。

俺と同じだったお前が、か?くっくっく。……チクショウ。チクショウめ。


ふふふ、と乾いた笑いを吐き出した後、宍色は手を伸ばすのをやめた。

全ての女を憎んで病まない宍色だったが、

そのときだけは不思議と、元妻の幸せを純粋に願えるような気がした。



その後、上層部に横領の罪をなすりつけられた宍色は、

H県警本部から陰泣署の捜査一係に左遷されることになる。

その時まで、宍色鴇也は暴力団対策部としての職務を実直にまっとうした。

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