第5話 迫り来る捕食者 (2)


「すみません、夕日新聞の者なんですが……貴女、巳隠学園の生徒さんですよね?

よろしければ取材にご協力を……」

「ご、ごめんなさい。今急いでますから……」


ここ数日の失踪事件による影響か、

最近はこうして報道関係の人たちから話しかけられることが多くなった。

この手の人たちに話しかけられるのは、ここ8日の内ではこれが5回目だ。

報道関係の人たちからすると私はよっぽど話しかけやすいというか、

気が弱そうに見えるんだろう。


「チッ!」という舌打ちの声が背中越しに聞こえてきて怖くなった私は、早足でその場を去った。

取材拒否された腹いせなんだろう。こうした反応もこれで5回目になる。


私に話しかけてくるメディアの人は柄の悪いというか態度が悪いというか……

怖い人ばっかりだ。

まともな記者さんも中には居るんだろうけど、

私は未だ一度もまともな報道の人と出会えた試しがない。


もしかすると、私にはそういう怖い人ばかりを惹きつけるオーラか何かが出ているんじゃないだろうか?

だってそう考えれば私が今まで怖い人ばかりに目をつけられながら人生を送ってきたことにも色々と説明がつくもんね。

前原先生、新田くん、蘇芳村さん……赤月さん。

私の脳内に、思いつく限りの"怖い人たち"が百鬼夜行の行列を作っている日本画のようなイメージが浮かぶ。


とりあえず私は、この先夕日新聞は絶対に買わないことに決めた。



佐藤さんが『もう一人の鬼』に食べられてしまってから今日で10日目。

私の認識では最初の事件があってからすでに10日経っているが、

佐藤さんの存在を認識できない世間ではそうじゃない。


連続美女失踪事件の最初の被害者は、1年B組に居る高村葉月さん……ということになっている。

一連の事件は、世間の認識では8日前から起こっているのだ。


それから後は、私の通う巳隠学園の関係者が次々と行方不明になっていた。


佐藤さんの事件の直後、高村葉月さんが失踪したという情報を知った私は、真っ先に『もうひとりの鬼』の犯行を疑った。

でもそれだと4人居る失踪者のうちまだ一人として存在を消されていないということになる。『鬼』が皆、人の認識を操れるチカラを持っているというのなら、こんなに世間を騒がせて目立つような真似をする必要があるだろうか?

チカラを使えば、誰にも気づかれないまま安全に人を食べて回れるはずなのに。


赤月さんが言うには、

「『鬼』には目を付けた人間エサのことを自分好みの命に『調理』する習性があるのよ。きっと、攫われた子たちは時間をかけて『鬼』好みの肉に作り変えられているに違いない」

ということらしい。もちろん、赤月さんは嘘つきな『鬼』の『女』の人なので、彼女の言うことはどこまでアテにしていいか分からない。


彼女の"愛情表現"はここ10日間、毎朝欠かすことなく続いていた。

時刻は今、7時15分。

校内には早朝練習をしている部活生と先生達しかいない。

私達の教室である1年C組の教室も、

この時間帯は私と赤月さん以外に誰も居なかった。


彼女はいつも決まって私より早く教室に着いていて、

静まり返った教室の中で読書をしたり鼻歌を歌ったりしている。

今日は……読書をしながら鼻歌を歌っているみたいだった。

なんてこった。盛り合わせだ。


「あら。ごきげんよう、ももか。……さあ。こっちへいらっしゃい」


私を見るなり本を閉じて手招きをする赤月さん。

膝をぽんぽんと叩いて私を誘うその仕草は、

"早く私に血を吸わせなさい"という合図に他ならなかった。


赤月さんの膝の上にちょこんと座った私は、

背中越しに感じる赤月さんの存在に、くすぐったさを感じて居た。

赤月さんが私の腰に腕を回し、抱きしめる形をとる。

彼女の吐息が首筋に触れて、むず痒いような気持ちいいような変な感触が、

首筋を通して伝わってくる。

……あっ。あぁ。……こんなの、良くない。

早く、事を済ませてほしい。こんな姿を誰かに見られでもしたら、

今度はどんなヘンな噂されるか分かったものじゃない。


「ねえ赤月さん! 早く、早く吸って?」

「……おねだりをするなんて、はしたない子」

「ちっ、違うよ!? こんな姿、誰かに見られたりしたら大変でしょう!?

……あっ、でも赤月さんが『幻惑』のチカラで見えなくしてくれれば大丈夫か……」

「『幻惑』なんて使わないわよ。誰が来たとしても」

「えっ」


赤月さんが発した一言に不安になった私は首を傾けて、

背中側に居る赤月さんの顔を見つめた。

赤月さんの端正な顔が、視界いっぱいに広がる。

私の不安を感じ取ったのか、彼女は唇の端をゆっくりと吊り上げた。


「うふふ。どうしてそんなに不安そう顔するの?

別に、誰に見られたって良いじゃない。……見せ付けてあげればいい」

「良くないよ!こんな姿見られたら、皆になんて思われるか……」

「なんて思われるのでしょうね?

……『東雲ももかは実はレズビアンで、転入生とデキてた』とかかしら?

私はむしろ、そんな風に思ってもらえたほうが良いと思っているわ。

貴女が『男をとっかえひっかえしてる売女』だなんて酷い風に思われてるよりも、

私の彼女だと思われてるほうが、ずっといい」

「……ダメだよ。ダメ……」



「どうして?」

赤月さんがそう問いながら、私のブラウスのボタンを解き、肩まで露出させる。

そして、露になった肩甲骨の付近にそっと口付けをした。

これは、"今からここに牙を立てるぞ"という合図だ。

痛みを予感した私の身体が、緊張による硬直を始める。


「ダメだよ……

だって……だってそれじゃ、赤月さんまでヘンな目で見られちゃう」


ぴくり。

私の言葉を聞いた赤月さんが動きを止めた。

彼女が何故動きを止めたのかが分からなくて困惑する私の肩に、

途切れ途切れの吐息が降り注ぐ。

くっくっく、と喉を鳴らす音が聞こえてきてようやく、

赤月さんが笑いを堪えているのだと悟った。


「くっくっくっく、あっはっはっはっは!!!


……私の事を心配してくれているの?バケモノである私の事を?

くっ、ククク。貴女という子は本当に、……愛らしい子。


―――大好きよ、ももか」

慈しむような囁き声でそう語りかけた後、

赤月さんは私の肩に牙を立て、その血を啜った。

彼女にはもう、何度も血を吸われてきた。

牙が私の肌を突き刺すたびに、チクリとした痛みに襲われる。

何度吸われても、この痛みだけは慣れない。

痛いのは嫌いだ。でも、赤月さんが私の血を吸いたがるということはつまり、彼女が他の人を食べたりなんてしていないという何よりの証拠みたいなものだ。


穢れた命それさえ胃の中に収めることが出来れば、多少は私の食欲も落ちる。貴女の不味い血で食欲をごまかす必要もなくなるわ』

赤月さんは10日前、確かにそう言っていた。

もしも彼女が獲物ターゲットを喰らってしまったのなら、

いちいち私の不味い血など吸いたがらないはずだ。


痛いのは嫌だけど、

彼女が痛みを与え続けてくれていることに、安心を覚えているのも確かだった。



「……ねえ、赤月さん」


事を終えた私は、赤月さんに膝枕してもらっていた。

仲の良い女の子同士が膝枕しあってるくらいなら……、

誰かに見つかったとしてもいかがわしくは見えない……はずだ。


視線を上げると、慈愛に満ちた表情で私を見下ろす赤月さんの顔がある。

彼女は私の頭を撫でてくれながら、「なぁに?」と優しく囁いた。

血を吸って空腹を紛らわせたばかりの彼女は、

その激しい気性を、穏やかなものへと変えている。


「『もうひとりの鬼』はどうして、

『幻惑』の力を使って失踪事件を隠そうとしないの?」


私は、一連の失踪事件について疑問に思っていたことを赤月さんに投げかけてみた。

人の認識を操ることが出来る『鬼』が、どうしてこんなに人目につくような真似をするのかがずっと引っかかっている。


失踪者の存在を消してしまっていれば、

連日のニュースに取り上げられることも無いはずなのだ。

ニュースになって騒ぎになれば、街中の人間は警戒するようになる。

当然、次の犯行だって行いにくくなる。


失踪事件そのものを『無かった』ことにしてしまえば、

警察に見つかる恐れも、次のターゲットに警戒される心配も無く、狩りを行える。

―――赤月さんだって、"狩り"を行う際はそう考えるはずだ。


「『もう一人の鬼』は、私ほど器用に『幻惑』の力を使えないのよ。

というか、『鬼』の力を使って人を惑わす術をほとんど持たない、と言ったほうがいいかもしれない。

佐藤こずえの存在を消し去ることが出来たのは『鬼』の牙や爪……分泌物などのあらゆる攻撃手段に、人間の魂を消し去る力があらかじめ備わっているから。

……魂が消え失せることによってその人の存在も皆の記憶から消え失せてしまう。

そういう仕組みなのよ」

「えっと、えっと……」

「簡単に言うとね?

『鬼』が望もうが望むまいが、

『鬼』に殺された者の存在は自動的に社会から消滅するのよ。

誰にも気づかれないうちにひっそりと狩りを行う……

そういう闇の暗殺者として古来より生き長らえてきたのが、

私たち『鬼』というバケモノなの。


そして、私のような優れた"暗殺者"だけが、

人を惑わすチカラを自由自在に使いこなすことが出来る。


貴女を周囲から見えないようにしたり、

転入生としてこの学園に紛れ込んだり、ね」


なるほど。

赤月さんの話を聞いた私は、

事件について抱いていた疑問を、ようやく解消することが出来た。


『もう一人の鬼』が赤月さんのような『幻惑』のチカラを持っていないのだとしたら、彼(彼女?)は人の認識を書き変える手段を、"食べる"こと以外に持たない、ということになる。

ニュースさえ見ていればその動向を追えるはずだ。


失踪者が新たに増えるなら、まだ獲物を蓄え続けているということだし、

これまでに失踪した人の名前が突然読み上げられなくなったりしたら―――。


想像して、私は身体を震え上がらせた。

赤月さんの言うことが全て本当なら、『もう一人の鬼』は失踪者たちを食べて妖力チカラを身に付けた後、きっと私を食べに来るはずだ。


恐怖に怯える私を見た赤月さんがサディスティックな大人の笑みを浮かべる。

さっきまで女神のような慈愛の表情を浮かべていた人と同じようには思えない。


「ねえ……赤月さんは、"お友達"のこと、見捨てたりしないよね?

私が食べられそうになったら、助けてくれるよね?」


聞いても無駄なことは分かってる。彼女がどれほど非道な人なのかは分かってる。

だけど私は、赤月さんに縋るしかなかった。

懇願するように、震える声で問う私に赤月さんは言った。


「ふふ……どうかしら?」


彼女はただ、はぐらかして妖しく笑うばかりだった。



テレテレテーレテレッ!

テレテレテーレテレッ!

テレテレテーレテッ!

テテテッテーレッテレ!

ジェ~ロ~ゥ……。


……。

…………。


こんばんは。ニュースJEROのお時間です。

今日最初のニュースは、H県陰泣市の連続失踪事件についての映像からです。


5日前から相次いでいる、連続失踪事件。

被害者はいずれも|市内にある某私立学校の関係者で、

これまでに在学生徒2名、在籍教師1名、計3名の行方が分からなくなっています。


こちらの映像は、某学校付近にあるコンビニの防犯カメラによるものです。

レジで支払いをしているこの女性は、最初の失踪者である宮前すず子さん(16)。

時刻は18時34分で、部活動の帰りにこのコンビ二へ立ち寄った後、

行方が分からなくなったと推測されます。


宮前すず子さん(16)。吉田景子さん(31)。石原あずささん(15)。

3人の失踪者に共通するのは容姿が良く、学校内外問わず異性に人気があったという点で、警察ではストーカーによる犯行の可能性もあると見ており―――。

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