第5話 迫り来る捕食者 (1)



 ビュウッ、と吹き付ける風が赤月さんの髪を真横に靡かせた。

沈み行く太陽が彼女のシルエットと重なって、

赤月さんに後光が差しているような光景を生み出す。

赤い夕日の光が、長い黒髪達の隙間を縫うように走っている。

その姿を見た私は、あの屋敷で初めて出会ったときの彼女の姿を思い出した。


長い髪に4、5本の赤いメッシュを走らせてある、彼女の美しい黒髪。

―――赤月さんの、バケモノとしての姿を。


「どうしたのかしら?いきなり屋上になんか呼び出して。

……愛の告白でもする気?」


軽口を叩きつつ、笑みを滲ませた余裕の表情で尋ねてくる赤月さん。

きっと私が何を聞こうとしてるか、彼女には大体の察しがついているのだろう。


「ねえ赤月さん。……貴女が、食べたの? 佐藤さんの、ことを」


恐る恐る尋ねた私を見て、赤月さんは「ふふ……あははははは!」と高らかに笑う。

どうして笑うんだろう。何が可笑しいというんだろう。

私は、真剣に話をしているのに。


「佐藤さんを食べて、鬼の力で存在を消しちゃったんでしょう?

だから皆は佐藤さんのことを覚えていなくて……」

「違うわ」


強い語調で否定した赤月さんに、私は言葉を失った。


「佐藤こずえ……だったかしら?

あの子は、私が食べたいと思えるほど、魅力のある肉ではなかった」

「な、ならどうして……」

「簡単な話よ。

―――あの子を美味しそうだと感じた『鬼』が、私の他にも居たというだけの話」

「な……!?」


赤月さんが語った内容に、私は絶句した。絶句するしかなかった。

そんなのウソだ。ウソだと言ってほしい。

こんな恐ろしい怪物が、赤月さんのほかにもまだ居るって言うの?

赤月さん一人でも十分恐ろしいっていうのに。


「また……変な嘘ついてるわけじゃないんだよね?」

「どうかしら?貴女が嘘だと思うのなら、

私の言うことは全て嘘になる。貴女にとってはね」

「は、はぐらかさないで真剣に答えてよ……」

「じゃあ、本当のことを教えてあげる」


赤月さんがそっと、私の肩に手を置き、耳元で囁く。


「気をつけてね。佐藤こずえを喰らった『鬼』は、貴女のことがだぁい好きみたいだから。……油断していると、貴女も食べられてしまうわよ」

「え……?」


もう一人の鬼が居て、しかもその鬼は、私を狙っている?

受け入れきれない恐怖と絶望が私を襲い、私は足を震わせてしまっていた。

追い討ちをかけるように、赤月さんが更なる言葉を紡ぐ。


「貴女のような『素質』―――つまり、鬼のチカラに対抗する『霊力』を持った人間のことを、鬼は易々と食べようとはしない。

初めは他の美味しそうな肉たちを食べていくでしょうね。けど、沢山の肉を喰らううちに貴女の『霊力』を上回るほどの『妖力チカラ』を身に着けた場合は別。

その時は、大好きな貴女を真っ先に狙いに行くわよ?」

「そんな……そんな……」


私の頭の中に、赤月さんに食べられてしまったバンドマンの人たちの姿が浮かぶ。

脚をちぎられ、首をもがれ、腹を貫かれ、終いには魂を引っこ抜かれて……。

最期には、誰にも覚えてもらえないまま、存在ごと消し去られてしまう。

……そんなの、いやだ。

自分が『鬼』に食べられてしまう様を思い浮かべた私の瞳に、涙が浮かんでくる。

そんな私の姿を見た赤月さんは、とても満足げな表情を浮かべた。


「うふふ……可愛い顔。貴女はやっぱり、泣いてる顔がよく似合う」


そう言い残し、彼女は私を放って屋上を去っていく。

私はというと、脚がすくんでしばらくその場を動けなかった。


彼女はきっと、この状況を楽しんでる。

"お友達"である私が、彼女に『助けて』と頼み込めば、聞いてくれるだろうか?

……いや、期待するのはやめよう。

赤月さんが肩を持つのはきっと、口だけの"お友達"わたしなんかじゃなくて、同じ血を通わせる、『もうひとりの鬼』のほうだろうから。



 暗い部屋の中、深紅は布団に包まっていた。


時刻は未だ20時で、年頃の娘がベッドに就くには早すぎる時間だったが、

真っ暗になっている娘の部屋を見ても、深紅の両親は特に気にかけなかった。


"正常"な人間として不自由なく生きてきた深紅の両親は、夜遊びを繰り返し、年上の男たちと派手に遊んでいる娘のことを恐れていた。

"理解の出来ない最近の若者"というレッテルを張り、今や娘を遠ざけている。


怖いことや辛いことがあって不安なとき、こうして布団に包まり、かたつむりになると安心できるということを教えてくれた子が、深紅には居た。

幼い頃、外で雷が鳴ると、その子と二人でかたつむりになった。

あの日から、随分と遠い場所にきた気がする。


深紅はじっと、自分の手を見つめた。

―――今日のお昼、アタシはこの手で人を殺した。仲の良い友達だったはずの、さとぴーのことを。


あの子の物言いにイラっときたのは確かだけど、別に殺したいほどさとぴーのことを憎んでいた、というわけじゃない。


ただ、さとぴーは美しすぎた。だから殺した。


アタシはただ見たかっただけだ。さとぴーの綺麗な顔が苦痛に歪み、

涙や鼻水を出しながら惨たらしく絶命するその瞬間を。

その瞬間さえ見れるなら、何も惜しくは無いと思えた。友達を失うことさえも。

アタシが人殺しになることさえも。


学校鞄のジッパーを開けると、

そこには白い糸に包まれたいくつかの繭が入っていた。

繭の中身は全て、バラバラになった佐藤こずえの亡骸だ。

食べ切れなかったこずえの身体をバラバラに引き裂いた深紅は、

死体を糸に包んで持ち帰ってきていた。


―――さとぴー、こんな姿になっちゃって可愛そう。辛いよね?苦しいよね?

でももう安心だよ。アタシの糸で か た つ む り に し て あ げ た か ら ね。


繭を愛しそうに撫でた後、深紅はその糸を解き、

中にあったこずえの肉片をムシャムシャと食べ始めた。

一口一口かじる度、肉にこびり付いた絶命直前のこずえの感情が―――恐怖と苦痛と絶望が、深紅の中に流れ込んでくる。それらは『鬼の嗅覚』によるものだ。

"絶品の肉"が抱いた感情を嗅ぎ分けるそのチカラで、

深紅は友の亡骸を一層美味しく感じることが出来ていた。


やがて一つの繭を喰らい尽くした深紅は、

鞄の中の繭が後4個しかないことに気づき、落胆した。

このままではいずれ繭のストックが切れる。

―――さとぴーを食い尽くしたって、きっとアタシは女を食うことを辞められない。ドラッグキメながらヤッてる時みたいに、絶対クセになるっていうのが分かる。


こずえを殺したときの感触。その多幸感。

それを思い出すだけで愉悦と官能が深紅の身体を巡る。

また、綺麗な女を食べたい。綺麗な女を泣かせ、苦しませ、喘がせたい。

繭を途切れさせたくない。早く、次の獲物を探さないと。


さとぴー以外にも、綺麗な女はいっぱい居る。

A組のいっしー、B組のはづきん、イッコ上のすずセンパイ。

保険医の吉田、赤月美桜。……東雲ももか。――ももちー。


思いつく限りの、綺麗な女たちの苦痛の表情が深紅の頭に浮かぶ。

待っててね。アタシのチョウチョたち。

今すぐアンタ達のこと、いじめてあげる。壊してあげる。


深紅の瞳がまた、サディスティックな欲望に濡れ、闇色に染まった。


それから数日……。

巳隠学園の関係者が、次々と行方不明になるという事件が起こった。

容姿の良い女性ばかりが行方不明になっていくその事件のことは、

ネット上や各メディアにて、"H県陰泣市連続美女失踪事件"と称され、

過去にも不可解な事件ばかり起きている陰泣市はまたもや、

『呪われた街』と噂された。



 次のニュースです。

連日、世間を騒がせているH県陰泣市の連続失踪事件ですが、

今日付けで新たな失踪者が出たという情報が入りました。

今日、行方が分からなくなったのは陰泣市にある私立学校の生徒。

―――石原あずささん(15)。


普段石原さんが通学に使用しているバスの運転手が今日の7時40分頃、石原さんがバスの後方で同級生と思われる女子生徒と会話をしている姿を目撃していたため、

バスから降りて徒歩で学校へ向かう途中で彼女は何者かに攫われ、

行方不明になったものと思われます。


同私立学校の関係者が行方不明になるのは今日で4人目。

8日前、一年生の高村葉月さん(15)の行方が知れなくなった3日後に、二年生の宮前すず子さん(16)が、さらにその2日後に教師である吉田景子(31)さんが行方をくらましています。

警察は一連の失踪事件を、同一犯、もしくは同一の組織によるものとして捜査を進めている模様です。


H県陰泣市といえば、3年前にも大規模な失踪事件がありましたね。

当時陰泣市に在住していたシンガーソングライターの『Marino』さんもその事件によって―――。

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