フローリスト

まきや

1. シシリー



フローリストの朝は早い。


まだ薄暗く、ひとりとふたりと、数える程しか人のいない駅前広場。

白いワンボックスが路肩に駐車し、エンジンを切った。


バクン。


リアゲートのロックが外れる音。運転席から一人の若い女性が降りてくる。


動きやすそうなGパンとTシャツ姿。

首には白いタオルをかけていた。

ドアを閉めた彼女は、いったん立ち止まって商店の立ち並ぶ歩道の方を見た。


まだ開いていない一軒の店、まだ開いていない店のシャッター。


英語でつづられた、フローリスト「シシリー」の看板。


彼女は元気に挨拶をした。


「おはようございます!」


車には、生花市場で仕入れを終えたばかりの

今日の花たちが、こんもりと積まれている。

これから店をあけ、この子たちを美しく、見栄え良く飾らなくてはいけない。


「おっと」


彼女は再び運転席のドアを開くと、助手席に置いていた、一冊の大型本に手を伸ばした。


【The Flower Fairies】


表紙にはその文字と、色鮮やかな子供の妖精の姿が絵描かれていた。


彼女は本を脇の下に挟むと、鼻歌を歌いながら、自分の店へと歩いていった。




「店長ー、このラナンキュラスたち、外でいいですかー?」


デニムのエプロンを着けた若い店員が、訊いてきた。

水揚げの終わった大きな花束を掲げて、店長に見せる。


「うん、いいよ。お願いね」


店長はそう答えて、水の入った重い花筒を床においた。


外見は美しい職場だけれど、働く私たちは意外と重労働。

特に休み明けは、体が慣れるまで少し時間がかかる。


タオルで汗を拭いながら、店の入口から通りに出た。

外の風にあたりつつ、軒先の飾り付けや名札を確認する。


もうすぐ9時。

通勤の人通りが落ち着き始める頃、店はオープンを迎える。


「店長ー」

「ん? どうしたの?」

「この子、変わってますね。花弁がひとつだけ色が…」


店員が手に取ったピンク色の花。

名前はラナンキュラス。

薄い花びらを持ち、中心から幾重にも広がるように咲く姿が美しい。色も豊富だ。


店員が取り出したのは、花桶の中のピンクの束の1本。

たくさんある花びらの中で、外側のひとつだけが、脱色したように真っ白だった。


「あ、珍しい! とっても魅力的じゃない」

「でもこれ、何か萎んでて、元気ない…

売り物にはならないと思うけどなー」

「んー。でも私、こういうの好きよ」


店長は店の奥に戻ると、細長いガラスの花瓶に水を入れて戻ってきた。

受けとった花を、一本だけベースに刺す。

そして、ふんふんと周りを探し見た。


軒先にあるディスプレイのアンティークチェア。

すてに、花と妖精の絵の大きな本が立てかけてある前に花瓶をポンと置いた。


「ここに飾っておきましょ!」

「店長…物好きですねー。

サービス品でも売れなかったら、捨てちゃいますよ!」


機嫌が良くないのか、若い店員は、ぷりぷりして店の奥に消えていった。

店長は苦笑した。


準備もほぼ終わった。

今日は快晴になりそうね――店長は思いっきり背伸びをした。


「さーて、今日も売るぞ! フローリスト【シシリー】、開店!」

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