勘違いが犯人に導く

 ミキは、ホワイトに着くと、一番奥の席に座った。


 「いらっしゃいませ」


 ウェイトレスが席に水を持って来た。その彼女にコーヒーを頼み、半分ほど飲んだ所で浅井が到着した。

 二人は、そのまま少し早い昼食をとることにした。

 そして、食事が終わり、食後のコーヒーが運ばれてきた。


 「昨日の帰り際に河本さんに、ミキさんって大声で呼ばないのって注意されちゃいました……」


 コーヒーを一口飲んだ後、浅井は唐突に言った。


 「大した大声でもないと思うけどね……」


 ミキは、どう思うと問われたのだと思い答えたが、浅井は意外な話を続けた。


 「いえそうではなくて、皆が三木みきさんだと思ったからだそうです。あ、三つの木と書いて三木さんです。先月、寿退社したすごーく美人な人がいたんです」


 「美人じゃなくてすみませんね……」


 ――そういう事か。そっちの三木さんが来たと思って、皆振り向いていたのか……。


 ミキは、もやっとしていたものが解決した。

 ドアを開けた時に、ミキを呼ぶのに浅井が叫び、皆が振り向いた時の事である。

 ミキを注目したのは、三木が来たのかと思ったのだ。

 ミキの下の名前など憶えている者はいないだろう。

 だから浅井が、『ミキさん』と呼べば『三木さん』だと思った。


 ハッとして浅井は言う。


 「ミキさんは、美人じゃないかも知れなませんが、カッコいいです!」


 「それ、褒め言葉じゃないから!」


 ミキは、浅井をジド目で見て言った。

 浅井は、カッコいいは良いとして、美人じゃないと言い切ったのに真顔で言っていた。


 「えー。褒め言葉ですよ! でも、勘違いってありますよね。僕も佐藤さん間違いしましたし……」


 「そうね……」


 ――そういえば、佐藤さんって孫がいるって言っていたよね? 違うとは思うけど……。


 「ねえ、浅井さん、佐藤さんのお宅で撮ったデータ持ってる?」


 「はい。ありますけど……」


 ミキの問いに、浅井は頷いて答えた。


 「ちょっと、それ貸してもらえる?」


 「いいですよ。どうぞ」


 ミキは、浅井からメモリーカードを受け取ると、パソコンに差し込んだ。

 そして、浅井が撮った画像を一つ一つ見ていく。


 「あった!」


 「何があったんですか?」


 「家族写真よ」


 ミキは、浅井を手招きしながら言った。横に座れという事である。浅井は、横に移動してきた。

 ミキは、写真を拡大した。


 「え? これって!」


 「たしか、家族写真があったと思って見たけど、ビンゴだわ……」


 拡大した写真には、先日ミキに声を掛けて来た男性の佐藤が親と一緒に写った物だった。

 佐藤という名字は珍しくなく、つながりがある可能性は低かったが、ミキは一応確認してみたのである。


 「男の佐藤さんって佐藤さんの孫?」


 「でしょうね。息子家族の写真を飾っていたのよ。でも、なぜ私に声を掛けたのかは、わからないわね……」


 「孫の佐藤さんに取材の事を話したとか……」


 「だったら嘘をついて近づく事ないでしょう? 私を見兎社けんとしゃの者だと知って声を掛けてきた可能性はあるかもだけど。まあ、理由は直接聞いた方が早いわよねー」


 ミキは、浅井の意見に首を横に振って返すと、鞄から貰った名刺を取り出した。


 「電話するんですか?」


 「勿論! 私に近づいた事と佐藤さんが殺された事、両方聞けるでしょ?」


 ミキはそう言いながら、名刺を見てスマホで佐藤に電話をかける。


 「大丈夫なんですか? 危険な人だったら……」


 「大丈夫ですって。少なくても偽名ではなさそうだし。あなたもいるんだし」


 「え? 僕……」


 浅井は、驚いた様にジッとミキを見ていた。


 「え? 何……」


 ミキが浅井にそう言った時、相手が電話にでた。


 『はい……』


 「私は先日、あなたに名刺を頂いたミキです。会えませんか?」


 『……いいですよ。場所は、そうですね。取りあえず、俺達が会った場所でどうですか? 時間は、一時間後でどうです?』


 少し間があったが良い返事が返って来た。

 ミキは、浅井に人差し指と親指で輪を作り、OKだと伝える。


 「わかりました。では、一時間後に」


 ミキは、電話を切ると立ち上がった。


 「じゃ、出ましょうか。一時間後に出会った場所ですって」


 「あ、はい!」


 浅井も立ち上がって、二人はホワイトを出ると、約束の場所に向かった。



 ○ ○



 ミキ達が着くと、もう佐藤は待っていた。

 先日と違い背広ではなかった。


 「早いのね」


 ミキがそう言うと、佐藤は、ミキの後ろの建物を指差した。

 ミキと浅井は振り返る。


 「あそこに入って話そう」


 「え? カラオケ店?」


 ミキが驚いて言うと、佐藤は頷いた。


 ――誰にも聞かれたくない話をする気って事よね?


 「いいわよ。二人っきりじゃないし」


 佐藤が先頭になって店に入っていき、二人はついて行く。手続きを済ませると部屋に案内された。

 そして、コーヒーを三つ頼んだ。


 「あ、歌う?」


 「いえ……。歌いにきたわけじゃないので」


 ドアの正面の長椅子にミキと浅井が座り、左側の椅子に佐藤が座っていた。

 早速とミキが聞く。


 「単刀直入に聞くけど、あなた、佐藤史江ふみえさんのお孫さんよね?」


 「あぁ。……あんたが、ばあちゃんを殺したのか?!」


 「え?」


 佐藤は、ミキを睨み付ける様に見て言った!

 まさかそんな事を言われると思っていなかった二人は驚く。

 どうやら佐藤も真相を確かめようと、話に乗ったらしい。


 ――もしかしたら、事件に関与しているかもって思ったけど違ったみたいね……。


 「違うわよ……。何故、そう……」


 そこで、ドアがノックされ、コーヒーが運ばれてきた。

 スタッフが出て行ったのを確認すると、ミキは続きを話す。


 「どうして私が犯人だと思うのよ?」


 「知ってるんだぜ。あんたが……組長の愛人だって事!」


 更に二人は驚いた!


 ――どうしたら、そういう勘違いになるのよ!


 「ミ、ミキさん……いつの間に」


 「あのね! ある訳ないでしょ!」


 本気で信じている様子の浅井に、ミキは言った。

 浅井は、真に受けるタイプらしい。

 しかし、限度があるだろうと、浅井の言葉に、小さな溜息をもらす。


 「組の人が言ったの聞いたんだ。『組長の愛人だった見兎社のミキ』と言った台詞を!」


 「なるほど、そういう事か……」


 ミキは、腕を組み椅子の背もたれにもたれかかった。


 「あなた、佐藤史江さんの自宅から電話の名簿を盗み見たんでしょう? たまに紙にも書いておく人いるのよね。それを持って行った時にその話を聞いた」


 「そうだよ! その時聞いたんだ! どうして殺したんだ!」


 ミキの仮説を肯定して、佐藤はミキを睨み付けた。

 サッポロンの皆に詐欺の電話が来たのは、佐藤が史江の電話帳を持ち出したからだった!


 「ちょっと待って! あなた大きな勘違いをしているわ!」


 ミキは、佐藤に左手をパーにして突き出した。


 「私は確かにミキだけどそれは名前なの。先月まで名字が三つの木で三木さんっていう人が会社にいたの。あなたが言っている人は、その人ね」


 それを聞いた佐藤は、青ざめる。

 関係ない相手に、愛人の話をしてしまった事に気が付いたのだろう。


 「あ、そっか! ミキ違いしていたんだ!」


 浅井も気が付き、なるほどと頷いた。


 「で、もし、私がその三木さんだとして、どうして殺人犯だと?」


 「………」


 「別に答えなくてもいいけど。ここに警察呼ぶだけだから」


 佐藤は、ミキの言葉に驚いて首を横に振った。


 「待ってくれ! 話すから! 俺がこの前話しかけた後に殺されたから、もしかして脅そうとしていたのがバレて、警告のつもりで殺されたのかと……」


 二人は、組長の愛人を脅そうとしていた事に唖然とした。


 「そういうつもりで私に声を掛けたんだ。っていうか、自分自身が殺されるかもとか思わなかったの?」


 「思ったさ! でも、借金は増える一方だし……。黙っている代わりに肩がりしてもらおうかと……」


 佐藤は、愛人の三木だと思い、ミキに近づいて、脅そうと思ったらしい。

 愛人だとバラすと言う脅しが通用しないとは思わなかったのだろうかと、ミキは、大きなため息をついた。


 「あなた、考える事が大胆ね」


 「はぁ……。あんたじゃなかったら、ばあちゃんを殺したのって誰なんだよ……」


 佐藤は、ミキの話を信じたらしく、がっくしと肩を落とす。

 ミキは、落ち込む佐藤に更に質問をする。


 「ねえ、あなた。火曜日に佐藤さんのお家行ったのよね?」


 「あぁ、そうだけど。十九時過ぎによく近くのスーパーに買い物に行くから、その間にこっそり……」


 佐藤は、そう素直に答えた。


 「もしかして、留守中に忍び込んだの? あ、もしかして合鍵持ってるの?」


 佐藤は、首を横に振る。


 「ポストの底の裏側に封筒が貼ってあって、そこに鍵いれてるんだよ。それを知っていたから、そのカギを使ったんだ」


 「じゃ、木曜日も?」


 「木曜? ……俺は殺してない! 行ってないし!」


 ミキの質問に佐藤は、少し考えてから怒鳴って答えた。


 「行ってない? それ本当?」


 「当たり前だ!」


 配達員の飯田が言っていた人物は、佐藤だと思ったミキだが、どうやら彼じゃなさそうだと思った。

 よく考えれば、殺した犯人がミキだと思ったからここにいるのだ。

 飯田が見た人物は、別人と言う事になる。


 「あの、佐藤さんの推定死亡時刻知ってるんですか?」


 突然、浅井は割り込んで来た。


 「木曜の十九時から二十二時だろう?」


 「え!」


 佐藤のその答えに、浅井は驚きの声を上げた。

 電話が来てすぐ後だったと、浅井も気が付いたのだ。

 浅井は、驚いた顔のまま、ミキを見る。


 「ミキさんは知って……」


 「警察で聞いたわ。浅井さんは、私のアリバイを確認した時に、一緒に確認が出来たから聞かれてないだけだと思う……」


 ミキは俯いて、そう答えた。


 「ちょっと待てよ! 何故あんた達がアリバイを聞かれるんだ?」


 「私達が、第一発見者だからよ」


 驚いて聞いた佐藤をチラッと見て、ミキは答えた。

 佐藤は、目を丸くしている。


 「な、なんで? なんで、第一発見者がおたくらなんだ?」


 接点がないだろうと言う顔つきだ。


 「あなたが名簿を売ったからでしょ? サッポロンの皆に詐欺の電話がかかって来て、あなたのおばあちゃんにだけ掛かってこなかった。だから、怪しいってサッポロンの皆に責められたのよ! 取材で知り合った私に、それを相談しようとしていた矢先に殺されたのよ! 自分の疑いを晴らす事も出来ずにね!」


 「そ、そんな。俺は、ばあちゃんには被害ないしと思って……」


 ミキの攻めに、佐藤は涙声で呟いた。

 浅はかな考えだった事に、佐藤は気が付いたんだろう。


 「あなた、犯罪に加担した意識ある? あるなら自首しなさい。もし、一人で行けないならついて行ってあげるから」


 ミキが、そう言うと佐藤は静かに頷いた。


 「自首はする。だけど、ばあちゃんを殺した犯人がわかってから……」


 「うーん。犯人ね。佐藤さんは居間で倒れていたし、玄関の鍵もかかっていなかった。顔見知りの犯行かしら? どう思う? 浅井さん」


 「どう思うって。彼を見逃すんですか?」


 浅井は、ミキの質問に驚く。

 すぐに警察に突き出すつもりがない様子のミキに驚いて浅井は言った。


 「見逃すつもりはないけど……。ただ、犯罪に加担したのは、サッポロンの人の話を聞けば、すぐに察しはつくわ。証拠をつかめば、遅かれ早かれ彼を逮捕しに来るでしょうね」


 「そうですね」


 ミキの言葉に、浅井も頷く。


 「そういう事だから逃げられないわよ。まあ、捕まるより早く、犯人を見つけたいなら私に協力すれば、叶う可能性は少しは上がるかもね」


 黙っているから協力すれとも言っている様に聞こえる台詞に、佐藤は驚いた顔を見せる。


 「……あんた面白いな。わかったよ。何かわかったら連絡する。俺、先に出るわ。これ、俺の分のお金」


 そう言い残し、お金を置いて佐藤は部屋を出て行った。


 「これで、よかったんでしょうか?」


 浅井がポツリと呟いた。


 「彼が、自分がした愚かな行動を後悔して反省してくれたらいいんだけど。そして、このまま警察に……」


 ミキがそう言うと、浅井は真剣な顔で頷いた。

 二人もカラオケ店を後にすると、一旦会社に戻る事にした。

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